57 オニゴッコ
しばらくの間、南に向かって飛んでいたけど、マックスは身体を少し左に傾けて、東に向かい大きく旋回した。
汽車に乗っていたラタトスクからは、真っ直ぐ南に向かったように見えただろう。
「さて、栗鼠っころを出し抜くには、どっちに行けばいいかな?」
「栗鼠っころって……あはは。他人の悪口は言わない主義じゃなかったの?」
「ラタトスクは邪霊だから、ちょっとくらいいいかな、と思って」
そう言いながらマックスは下の様子を探っている。
渓谷から遠ざかったあたしたちは、小さな集落の上を通過していた。
「エスビョルンの体から抜け出たあいつは、夜の間なら自由に動き回れるらしい。隠れる先は慎重に決めないと……」
「ねえ、もしかして、トールビョルンって、エスビョルンさんと二重人格ってこと?」
「よく知ってるね、二重人格なんて」
下の景色を眺めていたマックスは、驚いてあたしの顔を見た。
「なに言ってるの。去年評判になった小説で、そういう話があったじゃない」
「そうか」
自慢じゃないが、あたしは結構本を読んでいるんだ。
王都に出てからあまり外に出なかったから、部屋で読書をして気分を紛らわせていただけなんだけど。
「ライラ、未来予知でどっちに行ったらいいか、わかるかい?」
「うん、待ってて」
東西南北の方向に、感覚を研ぎ澄ませる。
「……あれ?」
「どうした?」
なぜか「南」がいいと出てしまった。
「ちょっと待ってね。もう一回、やってみる」
東西南北の他、今度は南東、南西、北東、北西にも感覚を研ぎ澄ませる。
「……だめだ、また『南』がいいって出ちゃった」
「うーん。わざと南に向かった振りをして胡麻化したのに、どうしたものか」
だって南は義父さんの家がある方向だ。
ラタトスクだって、きっとあたしたちは、あの家に行ったと思うのに違いない。
マックスは迷った様子で、「とりあえず、降りられそうな場所を探そう」と言った。
義父さんが作った羽は、鳥が空を飛ぶようにはできていない。
実際は「飛ぶ」というより、移動しながらゆっくりゆっくり「降りている」だけだ。
降りられそうな場所を探しながら、マックスはあたしを迎えに来る前、お城でのことを話してくれた。
主に第三王子のエスビョルンさんと、第四王子(とマックスが思っていた)トールビョルンのことだ。
「ラタトスクは、昼の間はエシィの中に棲みつき、体を操っていたんだ。私には『トールビョルン』という名前を名乗り、第四王子だと説明していた」
「だからマックスは自分のこと、第五王子だと思っていたのね」
マックスは口に出さなかったけど、多分アルフヒルドさん、というかウリカさんもそう説明していたのだろう。
義父さんも知っていたのに、マックスが自分を「第五王子」だと言ったとき訂正しなかった。
多分、アルフヒルドさんと口裏を合わせていたんだ。
どうしてそんなことをしていたのかな。
「エシィにしてみれば、昼間はラタトスクに操られて、夜は本当の自分として生きていたわけだ。睡眠をとれる時間が夕方と明け方しかなかったのだから、体が弱って当然だ」
「じゃあ、本当のエスビョルンさんは、マックスが知っていた通りの優しい人だったってこと?」
「その通り」
頷いて、マックスが小高い丘の上を指さす。
「あそこに降りるよ」
「どうしたの? こんな灌木の茂みに入り込んで」
小さい丘に降り立った後、茂みに踏み込んだマックスについて歩く。
「ラタトスクが次にどこに現れるか、『真実の瞳』に聞いてみようと思って」
「え、わかるの? そんなこと」
「『今夜ラタトスクが行く先はどこか』と条件を絞れば、ある程度わかるはず」
「……ああ、瞳の力を使うと、強制的に寝ちゃうんだもんね。だからここに隠れておくんだ」
「そういうこと」
茂みの中の、適当に座れそうな場所を見つけて、二人してしゃがみ込む。
マックスの瞳の色が紫から赤と青に別れ、光を放った後紫に戻った。
「……うん。やはり今、ラタトスクは南の森に向かっているな」
「わかったの?」
「ああ。たぶんそうするだろうとは思ったし、そう思わせるために陸橋では一旦南側に向かったのだけど、とにかく神出鬼没な奴だから不安……で……」
そこまで話したところで、マックスは眠ってしまった。
話し声が止んで静かになると、風が枝を揺らす音にも敏感になる。
やだ、早く目を覚ましてよ。こんなときにもし、あいつに見つかったら……。
ガサッ!
後ろで音がする。
驚いて飛び上がりそうになりながら振り向くと、栗鼠が顔を出した。
思わず悲鳴を上げてしまって、慌てて自分の口を塞ぐ。
栗鼠は驚いたように、茂みへと姿を消した。
「あ……本物の栗鼠か……」
心臓のバクバクが落ち着いてくると、人の気も知らずに寝こけているマックスが憎らしくなってきた。
おかしいなあ。
五分くらいで目を覚ますって、言ってたのに、まだ起きないの……?
ガサッ!
再び茂みが揺れる音がする。
だ、大丈夫!
きっと栗鼠か、ウサギか、そんなところ……。
だが、振り向く前にあたしの肩に誰かの手が載せられ、聞き覚えのある声がした。
「見つけた」




