55 助けに行くわよ!
「義父さん! さっきの穴を使わせて!」
「馬鹿も休み休み言え! せっかく助けてやったのに……」
「いやよ! じゃあどうして、マックスも一緒に助けてくれなかったの?」
暴れるあたしを押さえつけて、義父さんが叫んだ。
「もうアンネリやエドラたちも、魔力が尽きてヘトヘトのはずだ。今更言われても無理だー!」
「そんな……」
ああもう! どうしてあのとき、無理やりにでもマックスの腕を掴んでこなかったんだろう。
あの人たちの中に、マックスが一人残されていることを考えると、胸の中がグチャグチャに搔きまわされて、頭がおかしくなりそうなんだ。
勢いよく手を振りほどいたあたしに、義父さんがオロオロと尋ねる。
「な、なにをしようというのだ、ライラや」
「なにって、マックスを迎えにいくのよ!」
「穴はもう使えんと言っただろう」
「そんなものなくたって、王都に行く手はあるわ!」
自分の上着を取ろうとして、あのお城に置いてきたことを思い出した。
義父さんの上着(マックスと交換したフロックコートだ)を拝借し、家を飛び出る。
「待て! 待ちなさい、ライラ!」
「待ってなんかいられない!」
「わしのコートを返せ!」
「後でね!」
今から一番近い駅まで走れば、最終の王都行きにまだ間に合う。
待っていて! マックス!
+ + +
息を切らしながらも、どうにか最終の汽車に間に合った。
義父さんの追跡を振り切って(というか、家を出てすぐに義父さんはあたしに追いつけなくなった)駅舎に飛び込み、大慌てで切符を買い、一般車両に入る。
この時間だと乗客も少なく、個室を取らなくても一車両に一組か二組くらいしか座っていない。
適当な座席に座り一息つくと、蒸気機関が前の方で、ポォー……と木管楽器みたいな音を出し、汽車が動き出した。
シュッ……
シュッ……
シュッ……
シュッ……
車輪を動かす蒸気の音が、次第に速くなる。
でもあたしは、どうにももどかしくて「速く」「もっと速く」と思いながら、膝に置いた手を握りしめた。
最後に見たマックスの顔。
アルフヒルドさんに「ウリカの喋り方をするな」と叫んでいた顔。声。
人混みの中で、親とはぐれてしまった子供のようだった。
あたしが行ったところで、マックスを助けられるか、わからない。
下手すると、またあたしもラタトスクに、もしくはお城の兵士に捕まってしまうかも知れない。
でも、抱きしめたいんだ。
あの不安げなマックスを。
「あたしがいる」
そう、教えたいんだ。
その為だけに、あたしは行くんだ。
王子様と魔女だとか、身分が違うとか、もうためらわない。
フレームなんとかとか、ニーズヘッグとか、どうでもいい。
マックスがあたしを好きなんじゃなくて、あたしがマックスを好きなんだ。
会いたい!
会いたい!
会いたいんだ!
車窓に写った自分の顔を見た。
涙が滲んでいる。
指で拭って大きく息を吐き、泣くのを堪えた。
+
後ろの扉が開いて、車掌さんが入ってくる。
「切符を拝見します」
コツ、コツ、コツ……と足音が近づいてきた。
確かこの車両の乗客は、あたししかいなかったはず。
コートのポケットを探って、さっき買った切符を出した。
ちなみに、切符を買ったのも義父さんのコートに入っていた財布から出している。
義父さん、ゴメン。
後で返すから。
「切符をお見せください」
その声に、あたしは精いっぱいの作り笑顔で切符を見せた。
「どうぞ」
……が、あたしに差し出されたその手には、けものの毛が生えていた。
「……ヒッ!」
声にならない悲鳴が、喉から吹き出る。
そこにいたのは人間の子供ほどの大きな栗鼠で、裂けた口がニヤリと笑っていた。
ラタトスクの手が伸びて、あたしの腕を掴む直前、転がるように座席を飛び出した。
一度車両の前方に動くと見せかけて、ラタトスクの脇をくぐり、後ろへ走る。
フェイントを掛けられたラタトスクは怒りで「グゥアーーー!」と鳴きながら、あたしを追いかけた。
扉を開けるのももどかしく、あたしは後ろの車両へと駆け込む。
それをラタトスクが追う。
居眠りから起きた乗客がラタトスクを見て、「なんだ、こいつは!」と叫び声を上げる。
その後も、乗客の横を通り過ぎるたびに悲鳴が聞こえた。
構わず、後ろの車両へと駆け抜ける。
最後の扉を開けたとき、汽車はあの陸橋の上に差し掛かっていた。
初めて、マックスに出会ったところ。
彼があたしを抱えて飛び降りた、あの陸橋。
ガガン! ガガン! ガガン! ガガン!
デッキに出たあたしは足を止める。
これ以上は行き止まりだ。
ニタリと笑ったラタトスクが、「追い詰めたぞ、我が女王」と言いながら、毛の生えた腕を伸ばしてきた。
そのときスカートのポケットの中で、布の袋が動いた。
同時に、コウモリの羽――なぜかツバメのように真っ直ぐに飛んでいる――が空を横切ったのが見える。
瞬間、あたしはデッキの手すりを踏み越えて、目のくらむような陸橋から飛び降りた。
「馬鹿な!」
ラタトスクがあたしの腕を掴もうとするが、間一髪届かない。
「あんたなんかに、捕まるもんか!」
捨てゼリフを吐きながら、あたしの身体は渓谷を落ちていった。




