54 森の仲間と街の魔女
南の森の家に着いたあたしたちは、休むことなく家を出る。
その道々で教えてもらったのは、早朝あたしがラタトスクに連れ去られ、マックスが義父さんの羽を使って、あたしたちを追って行った後のことだった。
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わしは世界樹の切り株近くまで来て、木々の間に隠れているものたちに、細い口笛を聞かせた。
「鹿よ、聞こえるか」
木の間から、鹿が用心深く顔を出す。
次に木の根元に話しかけた。
「ウサギよ、キツネよ、聞こえるか」
巣穴から、ウサギとキツネが顔を出す。
次に、真っ直ぐ前を見て、腹に力を入れながら、語りかける。
「森の主、オオカミよ。まだこの国に生きているか?」
「生きているとも」
森の主は、その姿を現した。
「もうじき、お前たちの力を借りるときがくる。協力してくれるか?」
「我らは今も森にある。森のためなら力を貸そう」
森の生き物が、わしに約束をしてくれた。
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「義父さんが動物たちと話ができるなんて、初耳なんだけど!」
「言ったことがなかったからな」
義父さんは、食えない顔で言った。
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次に、お前の部屋に行き……
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「待ってよ! 乙女の部屋に、勝手に入ったわね!」
「誰が乙女だ。それに、緊急事態だったのだ、仕方なかろう」
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お前の部屋に行き、しまわれていたアンネリたちの髪を取り出した。
髪の魔法で気配を探していると、エドラたちの声が聞こえてきた。
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「ねえ、アンネリ。ライラはあの後、大人しくしていると思うかい?」
「思わない。だってあのライラだもん」
「そうよねえ」
その会話の途中で地鳴りのような音が響き、髪の魔法を通じても、建物がギシギシと軋む音がした。
「な、なに?」
慌てているアンネリの声にかぶさるように、癇癪を起したエドラの声が響く。
「ああ、言わんこっちゃない! ライラの仕業だね! 王都と言わず、この国から追放してやる!」
「それは止めて!」
「アンネリ、そんなこと言っている場合じゃないよ、見な!」
わしは魔力を高めて、彼女たちが見ているものを共有した。
窓の向こうの、エドラたちがいる部屋から少し離れた大通りに、次々と吸血樹が生えてきているのが見える。
「こいつは、ヤバいね」
「ヤバいって問題なのお?」
「エドラ! アンネリ! 聞こえるか?」
突然響いたわしの声に、アンネリは驚いて跳びのき、エドラが反応した。
「マグヌスかい? 今、どこだね?」
「わしは森の家にいる。ライラがラタトスクに攫われた。助けて欲しい」
「はあ? 今、こっちはそれどころじゃないんだよ! それもこれも、あんたんとこのライラが……」
「文句なら、後で聞こう。ライラを助けるのに手伝って欲しい」
「マグヌスおじさん! ラタトスクって神話に出てくる栗鼠ですよね? なんでそんなものが、今の時代にいるんですか? ライラはどこに連れていかれたの?」
「それを、これから話す」
「ライラは多分王城に連れていかれた」
「城ぉ? なんでまた!」
「まさか、あのいい男が、ラタトスクなの?」
二人の反応で、エドラはあまり深くまで事情を聞いておらず、アンネリはあの王子さんのことまで知っていることがわかった。
どちらにしろ、二人とも間違っとるが。
魔術を通して見える向こうの景色は、時折部屋が揺れ、ずうん、ずうんという低い音がする。
まだ王都では、吸血樹が生えてきているようだ。
「あの吸血樹を操っているのも、ラタトスクだ」
「そんなあ、王子様が犯人だなんて、あたしたちどうにもならないじゃない!」
「アンネリや、いいから黙って話を聞いてくれないか」
それからわしは、ラタトスクが取り憑いているのは、アンネリが知っているのとは違う王子だということを説明し、ようやく納得してもらえた。
「つまり、私が知ってるマックス様は、ラタトスクじゃないのね?」
「左様。マックス王子はライラを助けようとしている人だ。ラタトスクが取り憑いているのは、エスビョルンという王子だ」
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「ちょっと待った」
「なんだ?」
義父さんの話を止めたあたしは、自分の眉間にシワが寄っているのが自分でもわかるくらい激怒した。
「義父さん、ラタトスクがエスビョルンだって、知ってたの? マックスが本当は第五王子じゃなくて、第四王子だって知ってたわけ?」
「ぎくり」
「『ぎくり』じゃないわよ! おかげであたし、マックスが吸血樹を操っている犯人だって、王様たちに言っちゃったじゃないの!」
言いながら、気づく。
「……義父さん、アルフヒルドさんを知ってるわね?」
顔中に冷や汗をかいている義父さんを追い詰めようとしたら、「つ、続きを聞かないのか?」と逃げられた。
確かに今は義父さんを吊るし上げている場合じゃない。
また今度だ。
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とにかく、それでエドラやアンネリたちを説得し、力を貸してもらうことにした。
アンネリたちもお前の髪を持っているので、それを利用して魔力を貸してもらい、さっきの穴を通って、お前をここまで連れてきたというわけだ。
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「どうだ、おかげで助かっただろう」
「…………そうね、一応礼を言っておくわ」
「一応とはなんだ、一応とは」
「だって……マックスを置いてきちゃったじゃないの! あんなところに!」
あの部屋には、マックスと血のつながったアルフヒルドさん、王様、エスビョルンがいて、それから王妃様がいた。
でも、誰もマックスを大事にしていない。大事に思ってくれない。
王妃様だけ――皮肉にも、血の繋がらないただ一人の人――が、マックスに思いやりを持ってくれていたけど、他の人は皆自分のことばっかりだった。
なにより、実のお母さんのアルフヒルドさんが、あたしには許せなかった。
ひどく傷ついた顔をしていたマックス……
あたしは、あそこからマックスを救い出しに行かなきゃいけない!
「義父さん、あたし、もう一度お城に行く!」
「ライラや、なにを言い出すのだ!」




