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53/82

53 穴

「だいぶ暗くなって参りましたので、あ、明かりをお持ちしました。入っても、その、よろしいでしょうか?」


 ほんの少し震える、女性の声。

 王妃様が怪訝そうな声で、入室の許可を与える。


「マレーナ、どうしたの? お入りなさい」


「し、失礼いたします……」


 扉が開く瞬間、邪悪なモノの気配がして、あたしと、そしてアルフヒルドさんが叫ぶ。


「開けちゃだめ!」

「開けるな!」


 既に遅く、マレーナと呼ばれた侍女が扉を少し開いたと同時に、隙間から何かが飛び込んできた。

 咄嗟に立ち上がり逃れようとしたあたしに、ソレが覆いかぶさってくる。


「エスビョルン!」


「なにをするのです! 離れなさい!」


 マックスと王妃様が止めようとする中、王様は声も出ないようだった。

 エスビョルンと呼ばれた第三王子は、その素早さも動きも、もはや人間のものではない。

 あたしの口を塞ぐその手は、毛が生えていた。

 人間の腕に生えているようなものじゃない。

 ふさふさとした、けものの毛。


「夜が来た! 私の時間だ! この体は、もう要らぬ!」


 ラタトスクは叫ぶと、エスビョルンの体を脱ぎ捨て、邪霊としての真の姿を現した。


「共に来い、ニーズヘッグ! 我が女王。共にラグナロクを乗り越えるのだ」


 ラグナロク?

 なにを言っているんだろう。


 口を塞がれ呼吸がままならない中、気が遠くなりかけながら、振りほどこうと暴れる。

 畜生!

 こんなヤツの思い通りになってたまるか!


「なぜ私を拒む。私にはお前の力が必要なのだ。ラグナロクを生き延びるには……」


「とんなもの、とっくのとうに終わってるわよ!」


 必死で暴れていたら()()()()の腕が少しゆるんだので、肘鉄を喰らわせてやった。

 邪霊相手に通用するのかわからなかったけど、なんだか痛そうにしているから、効果があったかも。

 やった!


「この馬鹿女……!」


 そのとき。

 本性を現したラタトスクとあたしの間に虚ろな空間が現れ、誰かがその向こうからやってきた。


「おお、間に合ったようだな、ライラや」


「と、義父(とう)さん?」


「マグヌス氏?」


 驚いているあたしとマックスを余所に、義父(とう)さんがあたしの腕を掴んだ。


「ほれ、逃げるぞ!」


「え?」


 強引に引っ張られて、なにかの穴のようなところへと飛び込む。


「ここ、どこ?」


()だ。昔からただ()と呼んでいる。ここを通り抜ければ、かなり遠くまで逃げることができるぞ」


「ええー? 義父(とう)さんがにそんなことができるなんて、聞いたことなかったけど?」


「わし一人では、こんなことはできん。お前の友達や姉さんたちに、力を借りたのだ」


 それって、アンネリたちのこと……?


「説明は後だ。ほれ、もうすぐ着くぞ」


 着くってどこに?

 その疑問は、すぐに消えた。

 あたしの目の前に、義父(とう)さんの家の居間が現れたからだ。

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