53 穴
「だいぶ暗くなって参りましたので、あ、明かりをお持ちしました。入っても、その、よろしいでしょうか?」
ほんの少し震える、女性の声。
王妃様が怪訝そうな声で、入室の許可を与える。
「マレーナ、どうしたの? お入りなさい」
「し、失礼いたします……」
扉が開く瞬間、邪悪なモノの気配がして、あたしと、そしてアルフヒルドさんが叫ぶ。
「開けちゃだめ!」
「開けるな!」
既に遅く、マレーナと呼ばれた侍女が扉を少し開いたと同時に、隙間から何かが飛び込んできた。
咄嗟に立ち上がり逃れようとしたあたしに、ソレが覆いかぶさってくる。
「エスビョルン!」
「なにをするのです! 離れなさい!」
マックスと王妃様が止めようとする中、王様は声も出ないようだった。
エスビョルンと呼ばれた第三王子は、その素早さも動きも、もはや人間のものではない。
あたしの口を塞ぐその手は、毛が生えていた。
人間の腕に生えているようなものじゃない。
ふさふさとした、けものの毛。
「夜が来た! 私の時間だ! この体は、もう要らぬ!」
ラタトスクは叫ぶと、エスビョルンの体を脱ぎ捨て、邪霊としての真の姿を現した。
「共に来い、ニーズヘッグ! 我が女王。共にラグナロクを乗り越えるのだ」
ラグナロク?
なにを言っているんだろう。
口を塞がれ呼吸がままならない中、気が遠くなりかけながら、振りほどこうと暴れる。
畜生!
こんなヤツの思い通りになってたまるか!
「なぜ私を拒む。私にはお前の力が必要なのだ。ラグナロクを生き延びるには……」
「とんなもの、とっくのとうに終わってるわよ!」
必死で暴れていたらラタ野郎の腕が少しゆるんだので、肘鉄を喰らわせてやった。
邪霊相手に通用するのかわからなかったけど、なんだか痛そうにしているから、効果があったかも。
やった!
「この馬鹿女……!」
そのとき。
本性を現したラタトスクとあたしの間に虚ろな空間が現れ、誰かがその向こうからやってきた。
「おお、間に合ったようだな、ライラや」
「と、義父さん?」
「マグヌス氏?」
驚いているあたしとマックスを余所に、義父さんがあたしの腕を掴んだ。
「ほれ、逃げるぞ!」
「え?」
強引に引っ張られて、なにかの穴のようなところへと飛び込む。
「ここ、どこ?」
「穴だ。昔からただ穴と呼んでいる。ここを通り抜ければ、かなり遠くまで逃げることができるぞ」
「ええー? 義父さんがにそんなことができるなんて、聞いたことなかったけど?」
「わし一人では、こんなことはできん。お前の友達や姉さんたちに、力を借りたのだ」
それって、アンネリたちのこと……?
「説明は後だ。ほれ、もうすぐ着くぞ」
着くってどこに?
その疑問は、すぐに消えた。
あたしの目の前に、義父さんの家の居間が現れたからだ。




