52 母の愛
「そう、私は元々魔女仲間から、間者として王城に送られたのだ」
アルフヒルドさんが、マックスを産んだそもそもの発端を話し始めた。
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「今から三十年ほど前に蒸気機関車がこの国を走り出して、少しずつ森の木々が切り倒されていった。森に住む私ら魔法の民は、じわじわと生活圏を追われだし、危機感を募らせるようになっていった」
アルフヒルドさんが、記憶をたどるよう静かに語りだす。
その視線を一瞬、王様に向けた。
非難するような一瞥だった。
「それを始めたのは私ではない。先代の父王が始めたことだ」
「王よ、まさかそれで言い逃れできると思っているのか? あなたの代になってから、さらに路線が伸びて、機関車だけでなく工業化も進んだというのに」
「アルフヒルド様の仰る通りです。でも、この事業を推し進めようと王に勧めたのは、このわたくし」
「その通りだ。そのうえ妃の父であるハルヴァラ公の後押しもあったから……」
王様、気持ちはわかるけど見ててイライラする。
この人、一貫して自分の弁護や言い訳ばっかりだよねえ。
「相変わらず、他人に責任をおっかぶせますよねえ? 王様」
「おっかぶせ……」
アルフヒルドさんから森の民の頃の言葉が出て、思わず笑ってしまった。
「国王陛下、今は誰が悪い、誰のせいだ、という話ではないはずです。母上、魔法の民の間者としてこの城に潜入して、どうなさったのですか?」
マックスは父親である王様のこと、国王陛下って呼んでいるんだ。
父親と息子としての繋がりが見えないその呼び名に、また気分が重くなる。
「そう。為政者たちの意向を探り、もしこれからも森の木々を切るつもりなら、それを止めさせるよう働きかけるのが、仲間たちから課せられた私の役目でした。でもそれより、私は自分なりに考え、この国と森の民にとって最適な道を選んだのです」
「最適な道、とは?」
アルフヒルドさんに問いかけるマックスの顔は、母親に向ける息子の顔じゃない。
「もう一度始まりに戻って、二つに分かれたアルテアンの血を、約束に基づいて結びつけること。……つまり、ニーズヘッグの血を引く王子と、『森の女王』の婚姻」
説明するアルフヒルドさんも、母親の顔じゃない。
「その為に、王妃様の目を盗んで国王陛下の気を引き、さらに権力者にとっても魅惑的な道を教えてさしあげたのです」
手を震わせながら俯く王様と、唇を噛む王妃様。
なんだろう。
今ここには、幸せそうな人が一人もいない。
「王様は、ハルヴァラ公爵の影響から逃れたい、と思っておられました。そのために私は、私を利用することを、提案しました」
「古い血の結びつきを取り入れ、母上の血をひく子供を作ることを?」
「その通り」
自分のことなのに、まるで他の誰かのことみたいに話すマックス。
それに頷くアルフヒルドさん。
「……でも、王妃様と結婚する前ならまだしも、上手くいくとお考えになったのですか? 陛下」
また、王様に――父親に――他人みたいに話しかけるマックス。
「上手くいくか、いかないかじゃない! 私はなにかというと口を挟んでくる、ハルヴァラ公に我慢できなくなっていたのだ」
「陛下、それは本当に父に対するものですか? もしかしたら、わたくしに我慢がならなくなっていたのでは、ありませんか?」
王様は、王妃様の質問に答えることができなかった。
それ自体が、答えのように思えてしまう。
もしかしたら王妃様はこれまでずっと、聞こうとして、聞けなかったんじゃないだろうか。
答えを聞くのが怖くて、本当の王様の気持ちを知りたくなくて。
家具も、調度品も、カーペットも、何もかもが美しくてうっとりするようなこの部屋の中で、相変わらず幸せそうな人が誰もいない。
誰もが口をつぐんで俯いている中、アルフヒルドさんだけが一人口角を上げていた。
「私はこの国のあるべき姿を、取り戻そうとしただけです。そして……」
ゆっくりと、マックスそしてあたしを指さす。
「私が生みだした種が、こうやって芽を出そうとしています。もう、選ぶしかないでしょう?」
冬間近の沈みかけた赤い夕陽が、アルフヒルドさんを照らしていた。
アルフヒルドさんの、笑っているようで笑っていない顔を見て、あたしは背筋がぞわりとする。
話だけ聞いていると、彼女の言うことが正しそうに聞こえるけど、でも。
「さあ、マクシミリアン坊っちゃま。ライラ殿の手をお取りなさいませ。あなた様だってライラ様を好いておられるのでしょう?」
「止めろ! その姿で、ウリカの喋り方をしないでくれ!」
マックスが叫んだのと同時に、ノックと侍女らしい声が聞こえた。




