第37話:魔王の嫉妬と、執事の「お仕置き」
聖騎士団の侵入という「不潔なシミ」を完璧に一掃した魔王城「パンデモニウム」は、再び深い静寂と、アルベルトが整えた至高の秩序に包まれていた。
戦場となった回廊には、もはや返り血の一滴も、激闘の火花による焦げ跡すらも残っていない。アルベルトが指先一つで展開した洗浄魔法と、最高幹部たちが振るった「掃除としての武」が、この城の防衛能力が新たな次元に達したことを証明していた。
「……皆様。今回の防衛、実に見事な手際でした。……バルバラ様。貴女の鎧に付いた僅かな凹み、後ほど私の部屋で、筋肉の調律と共に徹底的に『叩き直して』差し上げましょう」
「お、応……。アルベルト。……貴様のその指先で直されるなら、悪くない……」
「メルヴィ様。空間定義の維持、お疲れ様でした。……貴方の脳に溜まった情報の熱は、私が冷たい果実水と共に、膝の上で冷やして差し上げます」
「あはは。……待ってるよ、執事さん。……君に整理されないと、僕、もう正解がどこにあるか分からなくなっちゃうからねぇ」
大広間に響く、アルベルトの穏やかで冷徹な「労いの言葉」。
だが、その一言一句が、傍らに立つ魔王ルナリスの心臓を、鋭い針のように突き刺していた。
彼女は、アルベルトが自分のためにこの城を守ったことを理解している。しかし、一人の女性としてのルナリスにとって、アルベルトが他の女性幹部たちに「特別なメンテナンス」を約束するその一瞬が、耐え難い「共有」に思えてならなかった。
「……アルベルト。……貴殿は、ずいぶんと口が滑らかだな」
ルナリスの声は、地底から響くような低さと、凍てつくような冷徹さを帯びていた。
「……ルナリス様?」
「あやつらを褒めるのはそれくらいにせよ。……大掃除を命じたのは、余だ。……そして、最も心を乱し、最も貴殿の『奉仕』を必要としているのは、この余なのだぞ!」
ルナリスの背後で、黒い魔力が嫉妬の炎となって揺らめく。
彼女はアルベルトの燕尾服の胸元を、力任せに掴み上げた。
「バルバラの鎧も、メルヴィの脳も、ゼノビアの影も……どうでもよい! 今夜、貴殿のその指先、その魔力、その声のすべてを……余一人のためだけに、使い切れ!」
「……おや。ルナリス様。……それは、一国の主としての言葉でしょうか。それとも……独占欲に理性を焼かれた、一人の『不機嫌な少女』としての言葉でしょうか?」
アルベルトは、モノクルの奥で妖しく瞳を光らせ、ルナリスの耳元で残酷なほど優雅に囁いた。
「な……ッ!? き、貴殿……、余を誰だと思っている!」
「私の、唯一無二の主人ですよ。……ですが、主人の心がこれほどまでに不潔に乱れているのは、執事にとって最大の不手際。……よろしい。今夜は、他の誰にも真似できない、そして他の誰にも教えることのない、究極の『主従メンテナンス』……いえ、『お仕置き』を執り行いましょう」
アルベルトは、ルナリスを軽々と抱き上げると、跪いて驚愕するバルバラたちを一瞥もせず、城の最深部にある、主従だけの禁域へと歩み出した。
「皆様。本日の業務はこれにて終了です。……明日の朝まで、何があってもこの扉を開けないでください。……たとえ、主人のどのような『声』が聞こえてこようとも、です」
扉が閉じられ、重厚な結界が張られる。
ルナリスは、アルベルトの腕の中で、恐怖と、それ以上に抗い難い期待感に、全身を震わせていた。
魔王専用のプライベート・メンテナンスルーム。外界の喧騒も、最高幹部たちの羨望の視線も届かぬその密室には、アルベルトが主人のためだけに調合した、理性を甘く溶かす『宵闇の香』が満ちていた。
ルナリスは、柔らかなカウチに押し倒されるように横たわり、己を見下ろすアルベルトの瞳に射抜かれていた。
「……アルベルト。貴殿、本当に……余を、お仕置きするつもりか?」
ルナリスの声は、震えていた。魔王としての威厳を必死に保とうとしているが、アルベルトが燕尾服を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げるその「本気の仕草」を目にするだけで、彼女の魔力は、熱を持った蜜のように蕩け始めていた。
「ルナリス様。貴女様は、余計なものを溜め込みすぎました。……嫉妬という名のノイズが、貴女様の美しい魔力回路を泥のように汚し、判断を狂わせている。……執事として、主人の『心身の不潔』を放置することは、死にも勝る屈辱です」
アルベルトは、黄金色に輝く香油――主人の魂を直接調律するための特注品を、自らの掌にたっぷりと注いだ。
「……さあ、覚悟してください。今夜、貴女様は『魔王』であることを忘れ、ただの、私の指先に縋るだけの存在に戻っていただきます」
アルベルトの熱い掌が、ルナリスの白い項から背中にかけて、ゆっくりと沈み込んだ。
「ひ……、あぁ…………ッ!!」
ルナリスの身体が、電流を流されたように跳ねる。
アルベルトの指先から流れ込むのは、精密に制御された「支配」の魔力。それが、嫉妬で強張っていた彼女の神経を一本ずつ解きほぐし、同時に、彼女が渇望していた「独占的な安らぎ」を、脳の芯にまで直接流し込んでいく。
「あ、あああああッ!? アルベルト……貴殿の、貴殿の魔力が……余のナカに……っ!」
「どこを触れられても、それは私の魔力です。……バルバラ様たちに施したのは、あくまで『表面の清掃』。……ですが、貴女様に施すのは、魂の深部までを私という規律で塗り潰す『完全同期』ですよ」
アルベルトの指先は、容赦がなかった。
ルナリスの肋骨の隙間をなぞり、溜まっていた焦燥を物理的に掻き出し、代わりに「自分が一番愛されている」という絶対的な安心を、快感と共に刻み込んでいく。
一突きごとに、ルナリスの魔力は暴走を止め、アルベルトの拍動と同じリズムで脈打ち始めた。
「……はぁ、はぁ……っ。……ずるい、ぞ。……このように……余を、貴殿なしでは生きられぬ身体に……して……っ」
「それでよろしいのです。……貴女様の孤独も、重圧も、嫉妬も、すべて私が飲み込んで差し上げましょう。……その代わり、貴女様の世界のすべてを、私に預けなさい」
アルベルトは、蕩けきったルナリスを正面から抱き寄せ、彼女の角の付け根――魔王にとって最も敏感な秘部を、舌先で慈しむように、しかし支配的に「洗浄(愛撫)」した。
「ん、んんぅ…………ッ!!」
ルナリスの絶叫が、防音の壁に虚しく吸い込まれる。
それは魔王としての最期であり、アルベルトの「所有物」としての新生であった。
数時間後。
メンテナンスを終えた寝室には、至高の安らぎが漂っていた。
アルベルトの腕の中で、汗ばんだ肌を月光に晒し、幸せそうな寝息を立てるルナリス。
彼女の心には、もはや一点の嫉妬も残っていない。アルベルトが自分にだけ与えてくれた、あの背徳的で濃密な時間の記憶が、彼女の魂を完璧なまでに満たしていたからだ。
アルベルトは、眠る主人の額をそっと指先でなぞった。
「……やれやれ。……不機嫌な主人を整えるのは、城全体の大掃除よりも骨が折れますね。……ですが、この『乱れ』こそが、執事にとって最高の報酬でございますよ」
翌朝。
玉座に座るルナリスの姿に、最高幹部たちは言葉を失った。
彼女の放つ威厳はかつてないほどに高まっており、同時に、その美しさは神々しいまでの輝きを放っていた。そして何より、アルベルトを一瞥した瞬間に彼女が見せた、甘く、勝ち誇ったような微笑。
「……バルバラ、メルヴィ、ゼノビア。……貴殿たちのメンテナンスも良いが、やはり、アルベルトの『真髄』を知っているのは、余だけのようだな」
ルナリスの余裕に満ちた言葉に、幹部たちは「一体昨夜、何があったんだ……!?」と戦慄しつつも、執事の「お世話」を巡る戦いが、新たな次元に突入したことを悟るのであった。




