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第25話:魔王の独占欲と、至高の主従誓約

 魔王軍最高幹部全員が、一人の人間の執事によって「お世話」され、牙を抜かれた。

 魔王城「パンデモニウム」は今や、鉄と血の軍事拠点ではなく、世界で最も清潔で、最高効率の家政が支配する「管理された楽園」へと変貌を遂げている。


 だが、その平穏こそが、主である魔王ルナリスの心をかつてないほどに掻き乱していた。

 彼女は今、自室の豪奢な天蓋ベッドに腰掛け、鏡に映る自分の姿を凝視していた。バルバラは肌を磨かれ、メルヴィは知性を整えられ、ゼノビアは影の安らぎを得た。そしてカサンドラまでもが、規律を執事への依存へと書き換えられた。


(……あやつらは、皆、アルベルトに磨かれ、満たされている。……だが、余は? 余はあやつらの『主人』であり、アルベルトを最初に見出した主だぞ……!)


 ルナリスは、爪が食い込むほどにシーツを握りしめた。

 アルベルトの「公平な奉仕」は、執事として完璧だ。しかし、一人の女性としてのルナリスにとって、それは耐え難い「共有」であった。彼女が欲しいのは、城の機能を維持するための執事ではなく、自分一人を、壊れるほどに慈しむ「私だけのアルベルト」なのだ。


 バァァァンッ!!

 扉が勢いよく開け放たれた。現れたのは、銀のトレイを携えたアルベルト。

「ルナリス様。お休み前のハーブティーを持ってまいりました。……おや。寝室の魔力濃度が異常に高いですね。また、独占欲という名の不純物を溜め込んでおいでですか?」


「……黙れ、アルベルト! 貴殿というやつは……いつもそうだ。涼しい顔をして、余の配下を次々と毒していく。……今夜は、誰にも、何処にも行かせぬぞ!」

 ルナリスはベッドから飛び出し、アルベルトの胸元に突き飛ばすように飛び込んだ。

 トレイを魔法で空中に静止させたアルベルトは、彼女の猛攻を平然と受け止める。


「バルバラに、マナーのついでに髪を撫でたそうだな。メルヴィには、計算を褒めるついでに菓子を食べさせた。……筆頭のカサンドラに至っては、あんなに骨抜きにしおって……! 貴殿のその指先は、一体どれだけの女に奉仕すれば気が済むのだ!」


「ルナリス様。すべては貴女様の資産価値を高めるための――」

「資産など、どうでもよい!! 余を見ろ! 余だけを、余のためだけに使い切れ!」

 ルナリスは叫ぶとともに、自身の魔力で寝室に最強の『封鎖結界』を幾重にも展開した。それは外敵を防ぐためではなく、アルベルトという「獲物」を、夜明けまで一歩も外へ出さないための檻。


 アルベルトは、モノクルの奥で僅かに瞳を細めた。

「……そこまでの覚悟をお持ちでございますか。……よろしい。主人の過度なわがままを叶えるのも、執事の重労働の一つ。……今夜は、他の誰にも教えたことのない、そして、他の誰にも耐えることのできない、究極の『主従メンテナンス』を執り行いましょう」


 アルベルトは、自らの燕尾服を脱ぎ捨て、ワイシャツの第一ボタンを外した。

 彼の全身から、これまでの幹部たちには見せたことのない、重厚で、かつ圧倒的な「所有欲」を孕んだ魔力が漏れ出す。

「ルナリス様。……貴女様は、私が手掛けた最初の、そして唯一の『真の主人』。……その魂の深部まで、私の規律で塗り潰して差し上げます」


 アルベルトは、ルナリスの細い手首を掴み、彼女をベッドへと押し倒した。

 それは、給仕の延長線上にあるケアではない。

 執事という立場を利用して、主人のすべてを掌握し、自分なしでは呼吸することすら苦しくなるほどの、狂気じみた「調律チューニング」。


 アルベルトの指先が、ルナリスの魔力のコアを直接刺激する。

「ひ……、あ…………ッ!!」

 ルナリスの背筋に、これまでにない衝撃が奔った。

 バルバラに施したマッサージよりも鋭く、メルヴィに施した整理よりも深く、ゼノビアに与えた安らぎよりも官能的な、全感覚の制圧。


「……バルバラ様たちに施したのは、あくまで『表面の清掃』に過ぎません。……貴女に施すのは、肉体と魂の『完全同期』。……今夜が明ける頃には、貴女の心拍も、魔力の波長も、すべてが私と共鳴せずにはいられなくなりますよ」


「アルベル……ト…………っ! ああ……、そうだ……。余を……余を、貴殿の色だけで……染め上げろ……!!」


 ルナリスは、アルベルトの首に腕を回し、その支配を全身で受け入れた。

 部屋の外では、扉をこじ開けようとするバルバラや、嫉妬で魔法を暴走させるメルヴィたちの気配がしていたが、今の二人には、それすらも遠い世界の雑音に過ぎなかった。


 魔王と執事。

 城内すべての女性を攻略した果てに辿り着いたのは、主従という名を超えた、絶対的な依存と愛の極致。


 夜明け。

 結界が解かれた寝室から現れたルナリスの顔には、魔王としての威厳を超えた、神々しいまでの美しさと、満たされた充足感が宿っていた。

 そしてその傍らに立つアルベルトは、相変わらず一点の隙もない執事の顔で、跪いていた。


 一人の執事による「家事」という名の世界制圧は、ここに一つの完成を見たのである。


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