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第24話:筆頭の陥落と新体制

 魔王城「パンデモニウム」の夜明け。それは、建国以来続いていた「旧き規律」が、一人の執事によって完全に塗り替えられた歴史的な朝であった。


 玉座の間。魔王ルナリスの前に並び立つ、魔王軍最高幹部の面々。その光景は、数週間前とは劇的な変貌を遂げていた。

 白銀の鎧を眩く輝かせる将軍バルバラ。知的で清涼な空気を纏う参謀メルヴィ。そして、アルベルトの背後の影から静かな熱視線を送る諜報員ゼノビア。

 そして、その中心。かつて「鉄の女」と呼ばれた筆頭カサンドラが、僅かに伏せ目がちに、しかし一点の曇りもない完璧な礼装姿で立っていた。


「……カサンドラ。貴殿、昨夜はアルベルトに相当『厳しく』教育されたようだな」

 ルナリスの問いかけに、カサンドラの肩がびくりと跳ねた。

「……ル、ルナリス様。……不徳の致すところです。このアルベルトという男……家政の実力において、私の想像を遥かに超えておりました。……認めざるを得ません。彼こそが、この城の乱れた機能を整える、唯一の『楔』であることを」


 カサンドラは、隣に立つアルベルトをチラリと盗み見た。アルベルトの視線と一瞬重なっただけで、彼女の耳たぶが朱に染まる。昨夜、メンテナンスルームで味わわされた、規律という名の鎧を一枚ずつ剥がされ、精神の深部まで「洗浄」されたあの背徳的な安らぎ。その感触が、まだ肌の裏側にこびりついている。


「あはは。カサンドラ様までそうなっちゃうなんてねぇ。執事さんの毒は、規律よりもずっと甘くて強力だったみたいだなぁ」

 メルヴィが揶揄するように笑う。

「フン、カサンドラ。貴様もようやくわかったか。アルベルトに磨かれることが、どれほど魔王様への忠義に繋がるかをな!」

 バルバラが胸を張り、なぜか自分のことのように誇らしげに語る。


 最高幹部全員の攻略完了。それは即ち、魔王城の全機能がアルベルトという「執事」という名のOSによって制御されるようになったことを意味していた。


「……さて。皆様のご機嫌が整ったところで、新体制の業務報告をさせていただきます」

 アルベルトは、淀みない動作で羊皮紙を広げた。

「筆頭閣下には今後、城内全域の『定期クリーンキャンペーン』の総責任者を務めていただきます。閣下の規律への情熱を、そのまま美化活動へ転用していただく形です」

「……美化、活動……?」

「はい。閣下が厳しく睨みを利かせるだけで、廊下の埃は恐怖で消し飛ぶでしょう」


 アルベルトの無茶苦茶な理論。だが、今のカサンドラに拒否権はない。

「……承知した。……魔王城の品格を保つため、私が先頭に立って……その、掃除という名の規律を叩き込んでやろう」

 こうして、最高幹部筆頭という最も重い役職が、事実上の「掃除当番長」へと書き換えられた。


 だが、この平穏に見える新体制の裏側で、魔王ルナリスの心中は穏やかではなかった。

(……全員だ。最高幹部の全員が、あやつに胃袋を、肉体を、そして心を預けてしまった。……あやつが指を鳴らせば、余の城の女たちは皆、一斉に跪くのではないか?)


 ルナリスは、玉座の肘掛けをぎゅっと握りしめた。

 彼女は知っている。アルベルトが有能であればあるほど、彼女自身の「特別な場所」が薄まっていく恐怖。

 バルバラ、メルヴィ、ゼノビア、そしてカサンドラ。彼女たちがアルベルトに向ける視線は、もはや単なる「有能な使用人への評価」ではない。それは、自分と同じ、あるいは自分を脅かしかねない「女としての熱」を帯びている。


「アルベルト。……貴殿、少し働きすぎではないか?」

 ルナリスは努めて冷静な声を装い、アルベルトを呼び寄せた。

「滅相もございません、ルナリス様。主人の環境を整えることに、限度など存在しませんよ」

「……ならば、今夜は全業務を中止せよ。……バルバラたちのトレーニングも、メルヴィの整理も、カサンドラの説教も、すべてだ」


 ルナリスは立ち上がり、アルベルトの燕尾服の胸元を、独占欲を隠そうともせずに掴んだ。

「今夜は、余と二人きりで、城の最上階で『月の観測』を行う。……他の者は一切、近寄ることを禁ずる! これは、魔王としての、そして――貴殿の唯一の主人としての、絶対命令だ!」


 最高幹部たちの間に、衝撃が走った。

「なっ……魔王様! ずるいです! 今夜は私の肩の筋肉の揉み解しの日で……!」

「僕だって、新しい魔法式の同期をしてもらう約束がぁ……」

「……あたいは、影の中にいるから……邪魔はしないよ……」

「規律違反です、魔王様! 執事の時間は公平に分配されるべきです!」


 一斉に上がる抗議の声。

 しかし、ルナリスはそれらを一喝した。

「だまれ! 余が最初に見つけた執事だ! 順番を守れ、この家臣どもめ!」


 アルベルトは、彼女たちの争いを見つめながら、困ったような、しかし完璧に計算通りの微笑を浮かべた。

「……左様でございますか。……やれやれ、主人の我儘を叶えるのも、執事の重労働の一つですね。……皆様、今夜はルナリス様を最優先させていただきます。……ですが、安心してください。……皆様の分の『おやすみの給仕』は、後でこっそり影を通じてお届けしますよ」


 アルベルトの囁きに、幹部たちは一瞬で毒気を抜かれ、顔を赤らめて沈黙した。


 魔王軍最高幹部を掌握し、城の平和を維持する執事アルベルト。

 だが、主人の独占欲という名の嵐は、ここからさらなる「究極のわがまま」へと加速していく。


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