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第12話:空間魔法の私物化

「あはは、やるねぇ執事さん。僕の『知識の回廊』を、掃除用具一つで真っ向から突破しようなんて。君の頭の中も、僕の部屋と同じくらいイカれてるんじゃないかなぁ?」


 参謀メルヴィは、天井まで積み上がった古文書の頂で、猫のようにしなやかに身を翻した。

 彼が指先を僅かに動かすたび、時計塔内部の空気は粘り気を帯び、物理的な距離感が狂い始める。アルベルトの目の前にあったはずの机が、次の瞬間には遥か数キロメートル先にあるかのように縮小し、逆に足元の埃の粒が、巨大な岩塊となって視界を塞ぐ。


「……なるほど。空間を私物化し、物理法則を自らの怠惰に合わせて捻じ曲げる。知恵を極めた者の行き着く先が『掃除からの逃避』とは。執事として、これほど嘆かわしい光景もありませんね」


 アルベルトは、手にした『万物を吸い込む魔導箒ボルテックス・ブルーム』の柄を、一点の曇りもない動作で握り直した。

 彼の立つ周囲だけは、メルヴィの狂った魔法の影響を一切受けていない。アルベルト自身の内側から溢れ出す「規律」という名の魔力が、周囲の空間を強制的に正解の形へと固定しているのだ。


「いいよぉ、やってごらんよぉ。……でも、ここは僕の『脳内』とリンクした固有空間なんだ。僕が『ここはゴミ捨て場だ』と定義すれば、君がどれだけ掃こうが、それは永遠にゴミであり続けるんだからぁ」


 メルヴィが不敵に微笑み、両手を広げた。

 瞬間、時計塔の壁面が脈打つように膨らみ、無数の「かつてメルヴィが失敗した魔導実験の残骸」が、意志を持った触手のようにアルベルトへ襲いかかった。

 液漏れした魔導ポーションの空き瓶、回路がショートして暴走を続ける歯車、呪いを放つ古い鏡――。それらが空間の歪みによって加速され、全方位からアルベルトを圧殺せんとする。


 だが、アルベルトは半歩も動かない。

「……掃除の基本、その一。――動線の確保です」


 アルベルトが箒を一閃させた。

 それは物理的な攻撃ではなく、空間の「継ぎ目」を正確に掃き出す所作。

 シュンッ、という鋭い風切り音と共に、襲いくる残骸の触手たちが、アルベルトの数センチ手前で、まるで目に見えない壁に衝突したかのように霧散していった。


「な、なんだって……!? 僕の空間定義を、力ずくで書き換えた……? いや、それどころか、僕の魔法の『座標』を物理的にズラしたのかぁ!?」


「左様でございます。メルヴィ様。貴方の魔法は美しいが、あまりに散らかっている。……計算式の端々に、昨日食べたスープの染みが残っているようなもの。その僅かなノイズこそが、執事にとっての絶好の『摘み取りどころ』なのです」


 アルベルトは、歪んだ空間の中を、まるで平坦な廊下を歩くかのように一歩ずつ進んでいく。

 メルヴィは焦りを感じ、さらなる術式を編み上げる。部屋全体の重力を逆転させ、数万冊の魔導書を弾丸のように発射させた。


「やめてよぉ、近づかないで! そこには僕の、三百年分の『思考の澱』が詰まってるんだ! それを捨てられたら、僕は僕じゃなくなっちゃう……!」


「いいえ。それは貴方の『澱』ではなく、ただの『重荷』です。……参謀とは、魔王様の進むべき道を照らす鏡であるべき。その鏡が、これほどまでに曇っていては、主人が迷われるのも道理です」


 アルベルトは箒を逆手に持ち、歪んだ床の一点――空間の歪みが最も集中する「特異点」へと突き立てた。

断捨離エクソシズムの第二段階。――『本質』の抽出」


 ドォォォォンッ!!

 時計塔が激しく震動し、壁に投影されていた偽りの星空や、無限に続くかと思われたゴミの回廊が、凄まじい勢いでアルベルトの手元の箒へと吸い込まれていく。

 メルヴィが魔法で「価値あるもの」として定義し、保存していたガラクタたちが、アルベルトの絶対的な審美眼に触れた瞬間、ただの「汚れたゴミ」へと還元され、消去されていく。


「あ、あああああッ!? 僕の、僕のコレクションがぁ……!!」


「メルヴィ様。貴方が守るべきは、古いガラクタではなく、今この瞬間も貴方を信じ、決断を待っておられるルナリス様の未来です。……執事として、貴方のその腐敗した甘えを、根こそぎ洗浄させていただきます」


 アルベルトの放つ純白の魔力が、時計塔の内部を真っ新な「空白」へと塗り替えていく。

 やがて空間の歪みが完全に収束したとき、そこには、三百年ぶりに日の目を見た清潔な床と、呆然と立ち尽くす参謀メルヴィの姿があった。


「……あ。……頭の中が、静かだ……。こんなに、風通しがいいのは……生まれて初めてだなぁ……」


 メルヴィは、自分の浮遊魔法が解け、床に足がついていることに気づいた。

 かつての混沌とした熱気、脳を焼くような情報の濁流は消え去り、そこにはアルベルトが用意した「究極の静寂」だけが支配していた。


「……さて。空間の整理は終わりました。ですがメルヴィ様、本当の掃除はここからですよ」

 アルベルトは、シワ一つない手袋を嵌め直し、床に転がっていた「最後の一冊の魔導書」を優雅に拾い上げた。

「貴方のその、栄養失調でガリガリになった肉体もまた、主人の資産。……次は、その貧相な胃袋を、私が完璧に管理させていただきます」


 メルヴィは、初めて味わう「清々しさ」に震えながら、目の前の完璧すぎる執事を見上げた。

 その瞳には、恐怖を通り越した、抗い難い「依存」の兆しが宿り始めていた。


 知能の迷宮を物理的に破壊し、空間すらも私物化(私物整理)してみせたアルベルト。

 参謀メルヴィ陥落へのカウントダウンが、静かに始まったのである。


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