第十九話
憤るヒュリエの戦いにオレは心を奪われた。
態勢を立て直した猪の突進を横に加速して躱す。
と、同時にハルバートを交差時に横薙ぎで切り伏せた。
胴体がぱっくりと割れ、力尽きる。
そのまま、まだ体制のない猪を振り上げたハルバートで打ち下ろす。
猪の頭は割れ、これもまた息絶えた。
それが、あっという間の出来事だった。
その様子にリーダーの猪が慄いていた。
その間にも、他の冒険者も一頭を倒していた。
サララさんも、あっさりと一頭を狩り終えている。
残すはリーダーと一頭のみ。
そのリーダーに攻撃を仕掛けていた、Aランクの冒険者とローダー一体。
だが、魔力を含んだ威圧の雄叫びに、気圧される。
それでも、踏ん張り攻撃を仕掛けるが、どうにも力が入らない。
そんなところに、猪の牙での突き上げをくらってしまう剣士。
「がぁぁぁ!」
致命傷は避けれているが、体に付けられた傷が深い。
その痛みに、悲鳴を上げる。
それをみた、ヒーラーが回復に駆け寄る。
だが、それをみた猪が突っ込んでくる。
そこにローダーが立ちふさがり腕で突進を受け止めた。
その隙に回復を始める。
すると、傷は癒えていき、呼吸が整い出している。
「すまない、助かった……」
そう一言告げると、立ち上がり剣を構え直した。
そんな中、
「次っ!」
と、今度はヒュリエが獲物を探して狙いを定めていた。
そして、その狙われた猪も簡単にハルバートの餌食となった。
その様子に、リーターの猪はローダーから離れ出す。
周囲の様子を観察して、不利を悟ったリーダーは逃走を選ぶ。
オオオオン!
と、襲ってきた雄叫びとは違い、一際甲高い雄叫び。
それは、逃走を告げる雄叫びだった。
残り三頭の猪は、それに反応して逃走を始めた。
リーダーもそれを確認すると、自身も逃走を開始した。
その、逃げ足は早かった。
襲ってきた時よりも、早いのではないかと思える程だった。
だが――
「このまま逃がすと思ってるのっ!! でりゃぁぁぁ!?」
そう、叫ぶと手に持ったハルバートを勢いよく投げつけた!
――ガスッ!
「ちっ!」
と、口惜しそうに舌打ちをするヒュリエ。
惜しくも、届かず少し手前の地面にハルバートが刺さっていた。
ゆっくりと歩き、ささったハルバートを引き抜くと、
「なんだ、大したこなかったわね。ふんすっ」
と、鼻息を荒くしていた。
§§§
最後の一頭が視界の彼方へと消えていく。
荒れた大地には、倒れ伏した猪の死骸。
それと、まだ消えきらない血と焦げの匂いだけが残っていた。
誰もすぐには動かなかった。
ただ、戦いの披露を癒すように。
余韻を噛み締めるように。
その場に立ち尽くしている。
「……終わった、のか」
ぽつりと誰かが呟いた。
「気を抜くな。索敵を続けろ。他の群れが寄ってくる可能性もある」
よく通るギルド長の声。
それが、張り詰めていた空気が現実へと引き戻される。
やがて、安全が確認される。
すると、冒険者たちは一斉に動き出した。
――戦闘の後始末だ。
倒れた猪のもとへ駆け寄る。
そのまま手際よく解体の準備に入る者たち。
オレはその様子を、ただ見ていることしかできなかった。
「……まずは魔石の回収ね」
エニィ先生が淡々と言う。
ナイフを手にした冒険者。
倒れた猪の胸元へ刃を入れる。
慣れた手つきで肉をかき分けた。
すると、奥から鈍く光る石が姿を現した。
「……これが、魔石……」
思わず息を呑む。
だが、その周囲にはまだ温かい血が溜まり。
それが、むせ返るような匂いが漂っていた。
あっさりと魔石を回収する。
すると、魔物が萎んでいく。
どんどんしぼみ、最終的には二割ほど小さくなった。
「え? どういうこと?」
「あ、フィル君ははじめだったね。魔石を取ると魔物は小さくなるの。どうやら、魔力で筋力とか大きくなってるのよね。それが、動物と違うところね」
「へ、へぇ……」
予想外の事実に驚くオレにエニィ先生が説明をしてくれた。
なんとも、魔力の不思議な力だと感心してしまう。
それよりも……
「その……エニィ先生は手馴れていますね」
「そう? 冒険者だと普通よ」
「わたしは、この匂いと生々しさに吐き気がします……」
オレは口を抑え、気持ち悪さを訴えた。
「あ、そっか。フィル君は、初めてだったわね。ふふ。それじゃあ、これもお勉強よ。少しは慣れましょうね。ふふふ」
「ぜ、善処します……」
からかうような先生。
たしかに、こんな経験はしておいたほうがいいのだろう。
そうは思うのだが……
出来れば、あまり体験したくはないものだ……
そう、思った。
「……血抜きはどうする?」
エニィ先生との会話が終わった時、誰かが声を上げる。
その声にギルド長が答える。
「この数だ。全部やってたら日が暮れるな」
「だが、このままじゃ肉も毛皮も使い物にならねぇ」
現場にわずかな迷いが生まれる。
その空気が漂う中、エニィ先生が口を開いた。
「――凍結させるわ」
その一言に周囲の視線が集まる。
「腐敗を止める。血抜きの代わりにはならないけど、被害は最小限に抑えられる」
「……ちっ、仕方ねぇか」
ギルド長が舌打ち混じりに頷く。
「ああ、頼む。最悪、毛皮だけでも持ち帰れりゃ上等だ」
「了解」
短く応じると、エニィ先生はローダーの腕を構えた。
冷気が集まり、白い霧が地面を這う。
――次の瞬間。
倒れた猪たちの周囲一帯が一気に凍りついた。
血も肉も、そのままの形で封じ込められていく。
「すげぇ……」
思わず声が漏れる。
「これで、しばらくは保つわ。運びなさい」
その指示でローダーたちが動き出した。
凍結した死骸を荷台へと積み込んでいく。
たんたんと手慣れた動きで次々と処理されていった。
その一方で――
「こっちは埋めるぞ!」
別の場所で声が上がる。
見ると、いくつかの死骸はその場に残されていた。
「全部は運べねぇ。血の匂いも強すぎる。他の魔物を呼び寄せる」
「ローダー、穴を掘れ!」
命令と同時に地面が抉られる。
掘り起こされた土の中へ。
あらかじめ取り払われた猪の頭部も投げ込まれていく。
「頭だけでも埋めときゃ、匂いは多少マシになる」
その言葉に、オレは小さく息を呑んだ。
――これが、冒険者の“仕事”。
戦って終わりじゃない。
後始末まで含めてすべてが現実なんだ。
ふと視線を向ける。
するとヒュリエはローダーから降りていた。
そして、オレの隣の腰を下ろしていた。
何事もなかったかのように。
「はぁ……ちょっと暴れ足りないわね」
先ほどの戦闘の余韻が残っているのだろうか?
そんな、強がりを呟いていた。
しかし、どこか満足げに息を吐いている。
「すごいな……ヒュリエは……」
「そ、そうっ!? その……ありがと」
オレの言葉に嬉しそうに照れるヒュリエ。
その態度に比べオレの表情は暗い。
そして、顔を俯けオレはポツリと呟く。
「それに比べてオレは……何もできなかった」
「………」
「ただ、すごい人たちの戦闘を見守るしか出来なかった……それに、もし、朝、先生に見つからず、二人だけだとしたら……それで、ヒュリエに何かあったら……オレは……オレはっ」
――がばっ! ギュッ。
えっ……?
ヒュリエは突然、オレを抱きしめた。
優しく、力強く。
「大丈夫! 大丈夫だよっ! もしも、二人だけだとしても、フィルはわたしが守るからっ! お姉ちゃんに任せてよっ!」
「ヒュリエ……」
その言葉にオレは救われる。
泣いてしまいそうになる。
と、同時にこんないい子を巻き込んでしまった……
その思いが強くなるのだった。
「オレも……オレも強くなるから……いつか、ヒュリエも守れるように」
すこし涙目のオレは強がった。
どうやれば、追いつけるのかは分からない。
けど……いつか……
その思いだけが強くなっていた。
「うん、楽しみにしてる」
しばらく、そのままだった。
しかし、なにかを気づいたかのようにヒュリエ。
「そうだっ!」
そう言うと、首に付けていたネックレスを手渡してきた。
「これは?」
「あげるっ!」
「えっ! ……い、いや、貰えないよ」
「いいからっ! これは、フィルの屋敷に来る前に露天で見つけてわがまま言って買ってもらったものなの」
「いやいや、そんなもの貰えないってっ!」
「ほんとにいいから! 貰ってくれないなら、もうフィルのことは知らないからっ!」
ええ……
なにそれぇ……
と、ちょっと呆れてしまう。
だが、ヒュリエがこれ以上意固地にならないように貰うことにした。
首につけて宝石を持ち上げ、光に当ててみる。
すると、七色に光り、様々な色合いを見せていた。
「へぇ。すごく綺麗だ」
「でしょう。なんでも、露天商がいうには『妖精の涙』っていうらしいよ」
「なにそれ……すごく貴重そうだけどっ! や、やっぱり、そんな貴重なものは……」
「あはは。フィルはすぐ騙されそうね。そんなの嘘に決まってるじゃない。そう、高いものでもなかったし。でも、色合いが綺麗で気に入ってたんだ。だから、ほらっ!」
と、同じものをもう一つ出してきた。
「お揃いだね。えへへ」
「なんだよ……余りだったのかよ……」
「ちがうわよっ! 二つで一つだったのっ! その……なんでも、どんなに遠くにいても、これをもっていると……その……ごにょ」
「え、なに?」
「その……ちゃんと分かるのよ」
すこし言葉を濁しているみたいだが、そういうことにしておこう。
「はは、でも、なんか嬉しいな。ありがとう。お姉ちゃん」
「っ!? そそそそうよっ! お、お姉ちゃんだからねっ!」
と、ぷいっと顔を背けながら、そう言い放った。
「あ、それと、後ひとつ露天商が何か言ってたかな? なんだったかな。うう~ん……まぁ、いいわ」
その後、オレたちは「今日の晩御飯はなんだろうね?」。
など、他愛のない話をしたのだった。
§§§
まだ日はまだ高い。
だが、戦闘の疲労と空腹には抗えない。
そこでギルド長の指示で、早めの夕食を取ることになる。
食材は――二頭分。
丁寧に血抜きをされたエダクス・ボアだ。
いわゆる、ボタン鍋である。
やがて、あちこちに焚き火が起こされた。
ひとつやふたつではない。
十を超える火が、平野のあちこちで揺らめいている。
それぞれの火を囲むのは、パーティごとの冒険者たち。
Aランクの者たちは少し離れた位置に陣取った。
落ち着いた様子で鍋を囲んでいた。
一方で、Bランクの連中は賑やかだ。
「おい、それ肉入れすぎだって!」
「うるせぇ! 今日は稼いだんだ、いいだろ!」
笑い声と怒鳴り声が混ざり合う。
後はローダー乗りたち。
彼らは、近くで機体の点検をしている。
そのため、交代で鍋をつついていた。
肉の焼ける匂いがあたりに広がっていく。
オレはざっと見渡した。
三十……いや、四十人近い人間がいるだろうか。
この人数が一斉に食事をしている。
その光景は圧巻だった。
「すごいな……」
思わず、声が漏れる。
その横で、別の戦いが広がっていた。
「お嬢様。ここからは真剣勝負です」
「わかっているわよ。サララ」
鍋の前で向かい合う二人。
その視線は、ぐつぐつと煮え立つ鍋の中――
柔らかく煮込まれた猪肉へと注がれていた。
「その肉はわたしが先に目をつけていました」
「何言ってるのよ。それは最初からわたしの獲物よ」
「ならば――奪い取るまでです」
「上等じゃない」
――バチッ。
視線が火花を散らす。
次の瞬間。
二人の箸が、同時に鍋へと突き出された。
「はやっ!?」
思わず声が出る。
だが、どちらも譲らない。
肉を挟んだまま、ぴたりと止まる箸。
「離してください、お嬢様」
「そっちこそ」
ぐぐぐ……と、妙な力比べが始まる。
その様子を、周囲の冒険者たちは苦笑しながら見守っていた。
「……なんの戦いなんだ、これ」
「ふぅ……フィル君、わたしたちはこっちで平和にたべましょうか」
「は、はい……」
オレとエニィさんは平和に食事をしたのだった。
「あああっ! お嬢様それはないですっ!」
「ふふ~ん。とった者勝ちよ。サララ」
まだ、やってるよ……
と、平和? に食事が進むのだった。




