第二十話
あの激しいボタン肉争奪戦の幕が降り、オレたちは本陣へと向かい始めた。
ほんと、あの戦いは凄かったな……
どっちも食い意地張りすぎだろ……
§§§
「さあ、始まりました。本日の舞台は――この煮えたぎる鉄鍋! 世紀の一戦です。今宵はどのような戦いが繰り広げられるのかっ! どうですか、ゲストのエニィ先生。氷結の麗人と名高い、あなたから見てどのような展開になると予想されますか?」
「……そうですね。一瞬の判断が勝敗を分ける、非常にシビアな戦いになるでしょう」
「おっとっ! そう言っている間にも既にはじまっています! どちらも静かな立ち上がりだ……さぁ、どう動くのでしょうか。息を呑みます。これは、何を狙っているのでしょうか?」
「どうやら、肉の煮え具合を確認してるのではないでしょうか」
「なるほどっ! たしかに煮え方が足りなければ、お腹を壊しますからね。おおっと、ここでサララが動いた! これはっ! 刹那の箸ハサミ! いきなり大技だっ!」
「ああっと、これはいけません。早すぎます」
「ああ、自爆ですっ! まだ、煮えきっていませんでした。その隙をついて、ヒュリエがいったぁぁ! 肉を掴んだぁぁ。これは、決まったかぁ」
「いえ、サララが差し込みましたね」
「ああ、残念! 肉を落とされました。惜しかったですねぇ」
「そうですね、どちらもいい動きをしています」
「さあ、両者一歩も譲らず! サララが右手で肉を狙えば、ヒュリエが左手で防御! 火花が散るような攻防戦!」
「手に汗、握りますね」
「おおっと! サララ、箸の角度を変えた! ヒュリエも負けじと肉の中心を狙い直す! この戦い、まさに白熱! 観客席からは『おおーっ!』『いやーっ!』の大歓声! いやあ、これは鍋界の頂上決戦と言っても過言ではありません!」
「どちらも、実力は伯仲してますからね。そう簡単には決まりませんね」
「おおっと! ここで、サララ、左手からの幻の箸突き! これぞ幻の技、通称『猪肉必中撃』!」
「ああっと、これは卑怯ですね。ヒュリエ選手の反応が間に合っていませんね」
「しかし、ヒュリエも負けてはいない! 秘技『肉奪い返しカウンター』炸裂! これはもう、鍋の上で命がけの攻防戦だあっ!」
「これはいい勝負です。観客席の冒険者たちも息を呑んでいますね。白熱してますね、これは」
「おおっと! ここでサララ、体勢を崩しても箸は肉を離さない! まさに『不屈の箸』! これには実況席も唖然!」
「いえ、ヒュリエ選手も負けてませんよ。背後から奇襲……幻の技『鍋底強奪』を繰り出しましたね」
「うわあっ! これは卑怯! 卑怯だあっ! だけど……それでも意地でも肉を話さない、サララ!」
「これは……すごい意地ですね。死んでも離さない! そんな、オーラが伺えます」
「そして…… 決まったァァァ! 勝者は――サララだぁぁぁぁ! とうとう、決まってしまったぁぁ」
「ヒュリエ選手……惜しかったですね。ですが鍋上の女王はサララ選手。圧倒的勝利でしたね」
「……どうでしたか、エニィ先生?」
「ええ、そうですね。まさに――聖戦という名にふさわしい戦いでした」
「なるほど……鍋をめぐる激闘も、時にここまでドラマチックになるんですね!」
「ふふ、勝っても負けても、こうしてみんなで鍋を囲めば、それはそれで平和というものですよ」
§§§
なんてな……
そんな、妄想のような勢いだったよ。
エダクス・ボアの襲撃以降、多少の魔物を見つけ倒した。
『コルクルス』『ラウスケルタ』。
など、そう強くはない魔物を倒し進んだ。
エダクス・ボアの脅威は単体でBになる。
が、さっきのように群れるとSにまで跳ね上がる。
そのため、先ほどの戦闘はそれなりに危険だった。
と、教えてくれた。
それでいくと『コルクルス』『ラウスケルタ』。
どちらも体長は一m弱くらい。
脅威も、単体はCとなる。
群れだとしてもBらしい。
が、巣などになるとA以上となる。
が、今回は数匹程度の襲撃でCに近い脅威だと言う。
そのために、さっくりと倒せた。
しかし、ローダーは大きすぎて戦うには不向き。
多少は倒したものの、的が小さく逆に倒しにくかったらしい。
ちなみに『ラウスケルタ』は舌に毒を持っているために、少し危険だと言われた。
『コルクルス』は、可愛い見た目に反して凶暴と言う。
その生えた角で、突撃してくる。
ささると、返しがあるために傷口が酷いことになるらしい。
しかし、角は粉にすると傷薬として、とかげも毒薬として。
効能が優秀で、それなりに高く売れるという。
どちらも十五匹くらい狩れた。
そのために、冒険者の顔はいやらしくニヤけていた。
だが、ローダーの活躍の場が少なくヒュリエが、
「つまんなぁぁいぃぃ!」
と、欲求不満だった。
「ま、まぁ、また活躍の場があるさ……」
と、なだめてはみたものの……
どれだけ危険な街道になるんだよ。
そう度々、活躍する場なんてあっては堪らない……
そう思ったのだった。
しかし、これだけ魔物が出てくる。
それは、やはり魔獣に追い立てられている可能性が高いと噂していた。
襲撃されたというのも信ぴょう性が高いのだろう。
そう、話していた。
だから、怪我を負った。
亡くなった。
などと、噂が立ったのだろうな。
と、日が暮れ始めた頃、本陣の場所へ到着したのだった。
父の安否とオレの勝手な行動に対しての不安を抱えながら……
―――
夜の帳が落ちる頃。
オレたちの輸送隊が到着する。
本陣は崖を背にした天然の要害に位置している。
周りは切り立った岩壁取り囲まれていた。
唯一の侵入路。
そこは、巨木を組み上げた堅牢な門が立ち塞がっていた。
だが、その門には刻まれた無数の鋭い爪痕。
一部は焼け焦げたように黒ずんでいる。
突貫工事で修復された跡が痛々しい。
つい数日前までの激戦を物語っていた。
その様子に誰もが息を飲んだ。
「こいつぁ……あんな噂が立つはずだわ」
ギルド長はそう呟いた。
その後、ギルド長がひりついている門番に許可証を提示する。
が、兵士たちの目は鋭く、こちらを射抜くような殺気がこもっていた。
「……入れ。だが、余計な真似はするなよ」
低い声と共に門が開く。
中に入ると、そこはさらに異様な光景だった。
篝火の下で立ち働く兵士たち。
誰もが疲弊し、神経を尖らせている。
腕に包帯を巻いた者。
壊れた防具を黙々と修理する鍛冶職人。
そんな人達の姿が目についた。
そんな様子にギルド長が仕留めたエダクス・ボアの凍結肉を差し出す。
「景気付けだ。俺たちじゃ食いきれねぇからな。兵士さんたちで分けてくれ。まぁ、皮を剥いだあとになるがな」
血の匂いと泥にまみれた兵士たち。
なんとも信じられないものを見る目で肉を見つめる。
「……肉か。雑穀ばかりで肉なんていつ以来だ? ありがてぇ……感謝する」
その震えるような感謝の言葉。
本陣がどれほど追い詰められていたかが透けて見えた。
その後、夜の移動は危険と判断したギルド長。
そこで、オレたちは陣地の一角を借りて一夜を過ごすことになった。
そうと決まれば、早速冒険者たちはてきぱきと動き出す。
兵に誘導され、指定された場所に荷を下ろし始めた。
そんな中、エニィさんが父に報告にいきましょう。
そう言われたが、それはこの作業が終わった後にします。
そう、エニィさんに伝える。
すると「そう……」と、一言。
あとは何も言わなかった。
オレは、何かに理由をつけて後回しにしてしまった……
それに、ここまで本陣が酷いとは思ってもみなかった。
そんなところへ、どうやって顔を出す?
父だって、後処理に手を焼いているはずだ。
そんなところに、勝手にやってきて何を話すんだ……
きっと邪険に扱われるだけだ……
父に会うのが怖い……
「………」
ダメだ……
これじゃあ……前のオレと同じじゃないか……
オレは自分に不利なこと、嫌なことを後回しにする癖があった。
後回しにしたところで、状況がよくなることはない……
むしろ、悪化させるだけだ。
それが分かっているのに、どうしても踏ん切りが付けれない。
オレの悪い癖だ。
それに、ここまで本陣が酷いとは思ってもみなかった。
そんなところへ、どうやって顔を出す?
父だって、後処理に手を焼いているはずだ。
そんなところに、勝手にやってきて、何を話すんだ……
分かっている……分かってはいるんだ……そんなことは。
そんなオレの様子にエニィ先生は何も言わない。
ただ、オレの様子を伺っていた。
まるで、なにかを試しているように。
そんな状況にオレの心臓は様々な不安に駆られたままだった。
そして、全ての作業が終わった。
オレは覚悟を決める。
父への報告をエニィさんと告げに歩き出したのだった。
「あ、フィルもグラン様のところにいくの?」
と、ヒュリエとサララさんと合流する。
「え……う、うん」
「そっかぁ。わたしたちも流石に挨拶くらいはしておかないとね。と、サララと相談してたんだ」
「そうか……」
「暗いわね、フィル。大丈夫よ、きっとグラン様なら喜んで迎えてくれるよ」
と、明るく笑いながら励ましてくれた。
ありがたい……
こういう時にこんなヒュリエが救いになる。
オレ一人……いや、エニィさんもいる。
だけど、ここまで心を軽くしてくれるのはヒュリエだけだ。
総思えてしまった。
ヒュリエの明るさのお陰で胸のつかえが軽くなり、再び歩き出したのだった。
§§§
本陣に篝火が灯り始める。
夜になり、ひんやりと涼しい風が吹き抜ける。
熱を帯びた火照った体に吹き付けて心地いい。
しかし、その心地よさとは裏腹に心の中は恐れと不安で吹き荒れていた。
緊張しながら、父の天幕へと歩いていると後ろから声がかかる。
「フィル……?」
え?
……だれ?
「……おまえ、フィルか?」
振り返ると、一人の青年が立っていた。
年は……現代だと中学生くらいだろうか。
白のチュニックに鮮やかな青の革鎧。
騎士を思わせる洗練された装い。
だが、多少の汚れが見受けられる。
たぶん、戦闘で付いた傷なのだろう。
だが、それでもローダー乗りとしての機能美。
それと、高貴な気品を同時に漂わせていた。
年に似合わない落ち着き。
オレとは違う。
まさに優等生のような雰囲気があった。
「え……あ、はい……」
その姿に、こんな返事しか咄嗟に出てこなかった。
「へぇ……」
じっと、オレの全身を見つめてくる目。
まるで動物園で初めて見た珍獣でも見ているようだった。
な、なんだ……?
「……可愛いな、フィルは」
「は?」
まったく予想していなかった言葉に、思わず変な声が出た。
「はじめまして、かな?」
にこりと笑いながら、そう言われる。
……あれ?
どこかで見たことがある。
どこだったかな?
………あっ!
「その……もしかして、母の葬儀の時にいませんでしたか?」
「……ほう?」
怪訝な表情をうかべ、青年の眉が少しだけ上がる。
「すごいな。フィル。一歳の時のことを覚えてるのかい?」
「……あ」
しまった……
一歳の頃の記憶なんて、普通あるわけがない。
まずい……と、言ってから気づいた。
だが、青年はくすりと笑う。
「まぁいいさ、改めて――」
軽く胸に手を当てる。
「僕はアルトメイア。おまえの兄になる」
「……兄」
「よろしくな、フィル」
すっと、差し出された手。
オレは少し戸惑いながら握り返す。
「あ、はい……よろしくお願いします」
皆がぎこちないオレのやり取りを見ていた。
そして、兄が何かに気づく。
「おや?」
兄さんの視線がオレから後ろへと向いた。
「ヒュリエ嬢もご一緒か」
視線の先はヒュリエだった。
「こんばんわ、ヒュリエ様。ご機嫌いかがかな?」
その言葉遣いは、さっきまでのオレへのものとはまるで違う。
丁寧で、どこか軽やか。
そして、手慣れている感じがした。
「ええ、悪くないわ」
兄の問に素直に応じたヒュリエ。
……あれ?
「聞いていますよ。なんでもエダクス・ボアをあしらわれたとか」
「……!」
ヒュリエの肩がぴくっと揺れた。
「さすがですね。さすが、名だたるブラックバード家の令嬢。美しさだけではなく、勇敢であらせられる。おみそれいたしました」
「そ、それほどでもないですわ……運がよかったのです」
え? ……誰?
一瞬、本気でそう思った。
いつものヒュリエとは違う。
どこか、よそ行きの声。
少しだけ背伸びしたような口調。
でも――その顔は、嬉しそうだった。
「いえいえ、ご謙遜を。今度ぜひ手合わせ願いたいものです」
「え、ええ……機会があれば……是非……」
完全に調子を崩している。
でも、それでも――楽しそうだった。
「この前の訓練での動きは素晴らしかったですね――」
「いえ、アルトメイア様には及びませんわ――」
「―――」
二人の会話は、自然に続いていく。
まるで、最初からそういう関係だったかのように。
その様子に何か……
オレは……なんだろうか?
こう……ほんの少し……
胸の奥に……チクリと……
何かが刺さるのを感じていた。
痛い……
というほどじゃない。
でも――確かにそこにあった。
名前のつけられない、
静かな「なにか」が。
……と、その時。
「ふふ~ん」
背後から、小さな笑い声が聞こえた。
振り返った。そこには――
腕を組んで、先程までオレの隣にいたエニィ先生がこちらを伺っていた。
その口元はにやにやとわずかに緩んでいる。
「……な、何ですか、その顔」
「べつにぃ~?」
そんなエニィ先生は、ただ面白そうに眺めているだけだった。




