第十七話
オレは朝早く、格納庫にやってきていた。
昨日の夜ヒュリエに―――「フィルは、格納庫で待ってて」。
そう言われた。
だから、待っている。
日も上がる前、朝もやに包まれた格納庫の静まり返った音。
誰もいない。
明かりもない。
ただ、重々しい雰囲気を醸し出していた。
もしかして、この世界にはオレ一人しかいないのだろうか?
そう感じてもおかしくない感覚だった。
そんな静寂を打ち破る声が聞こえてきた。
「むぅぅぅ……サララっ、離してよっ!」
「ダメです。大人しくしてください、お嬢様」
そう言いながら首根っこを掴まれ、ジタバタするヒュリエ。
と、掴んでいるサララさんが朝もやの中やってきた。
そして――
「まったく……こんなことだろうと思ったわ。フィル君」
と、エニィさんの声がその後ろから続いた。
「えっ……なんで、エニィさんが……」
まさかっ!
そう思いながら、ヒュリエに視線を向ける。
すると「ごめん……フィル」とヒュリエが謝る。
と同時にエニィ先生が察したように否定した。
「違うわよ。ヒュリエ様じゃないわ……ほんとに、もう」
「じゃ、じゃあ、何故……」
「それは――」
どうやら、焦ったオレの考えは読まれていたようだ。
魔力のないオレがローダーの操縦を頼むのならヒュリエしかいない。
それで、先回りしてヒュリエの行動をサララさんに監視してもらっていた。
すると、朝になると何やら不審な行動を見つけた。
そして、今に至っている。
「ほんとに、子供二人でなんとか出来ると本気で思ってたのですか?」
「わたしはこどもじゃないっ!? 立派に戦えるわっ!」
「お嬢様っ! それ、本気で仰っていますか?」
「うっ……」
サララさんの本気の迫力に、一瞬ヒュリエが萎縮する。
「……ほんとは分かっています。今、止めてくれて安心している、わたしがいます。でなければ……激しく後悔することになっていたかもしれません」
「なっていたかも……じゃなくて、なっていたのよ」
「………」
「……どう? これで諦めてくれるかしら?」
「わかりません……」
「まったく……わかったわ。なら、わたしが連れて行きます」
「えっ……!」
「今回は止められましたけど、その顔。またどこかで突発的に出ていきそうよね? なら、わたしの管理の下で一緒に行ったほうがマシよ。それでいいかしら?」
「はいっ……はいっ! おねがいします」
エニィさんの思ってもいない提案。
父の安否。
それによって決まる、自分の行く末。
誰かから、知らされるよりも自身の目で確認出来る。
そのことに、エニィさんに感謝するのだった。
それに、ヒュリエを巻き込んだ罪悪感と後悔。
そのとこに対しても、感謝が絶えなかった。
「オマエ……いいのか……?」
前に酒場での話に関係しているのだろうか?
サララさんが少し心配した顔でそう耳打ちする。
「いいのよ……まったく、こっちの身にもなってよね(ボソッ)」
どちらも小さい声で呟いたために、オレには何も聞き取れなかった。
けれど……そんなエニィさんの言葉に感謝した。
そんな、今にも泣き出しそうなオレの隣で……
「わたしもいくのぉぉ! わたしはフィルのお姉さんなんだからぁぁ!」
などと、どうにも手の付けられない野獣が一人いたのだった。
§§§
捕まった時よりも激しく暴れるヒュリエ。
流石のサララさんも根負けした。
結局「ギルドの荷下ろしを手伝う」。
そんな名目で、オレたちは街の外へ出ることになった。
サララさんはヒュリエのお守り役としてはトップだ。
しかし、事務仕事や堅苦しい作法は大の苦手らしい。
そのため、ブラックバード家からは「書記官」が来ている。
なんとも神経質そうなお目付け役が随行していた。
そんな書記官にサララさんが事の経緯を伝えた。
すると、彼は案の定、胃を押さえながら天を仰いだ。
「本家にどう報告すべきか……貴族の令嬢が下俗なギルドの労働に手を貸すなど……」
「なぁに。魔獣の出現に怯える領民に手を貸すのだ。ご当主様だって、我が娘は立派に育ったと喜んでくださるだろう」
そうサララさんは豪快に笑い飛ばす。
どうやらブラックバード家の当主も、かなり型破りな人物らしい。
書記官の苦労が忍ばれる。
一方、エニィさんもエイダさんたち周囲の大人に説明をしていた。
「ですが、エニィ様。何かあった場合、あなたの責任になりますよ?」
エイダさんのもっともな懸念。
それを、エニィさんは乾いた笑いを漏らす。
「ええ、そうね。でも……このまま止めても、この子たちはどうせ勝手にいなくなるわ。そうなれば、どのみち私の責任よ。だったら、目の届く範囲に置いておく方が探す手間が省けるってものよ。勝手に居なくなられるよりも遥かにマシだわ」
「……なるほど、納得しました。あなた様は戦闘経験も豊富だと聞いております。安心……とはいきません。が、どうかお気をつけ下さい」
エイダさんも納得したようだ。
エニィさんはこうなところは潔ぎが良い。
これは、ギャンブル好きな性質が関係しているのかもしれないな?
そう思わせられた。
その後、いよいよローダーで屋敷の正門を抜けようとした時のことだ。
「……いや、それは無理ですよ、エニィ様。私の権限では、子供がローダーで門を出るなんて許可できません」
門番が困り顔で首を振る。
流石にここは正攻法では通れないか。
そう思った瞬間、エニィさんが門番ににじり寄る。
そして、その耳元でボソボソと囁いた。
「大丈夫よ。私が無理やり通ったことにしておいて。それに……」
その後の言葉をオレは聞こえてしまった……
「この前のサイコロの貸し、これでチャラにしてあげるわ。ふふふ……」
「……っ!? ……了解しました! 強行突破されたと報告しておきますっ!」
門番の顔色が劇的に変わる。
そそくさと見事な敬礼と共に門が開け放たれる。
……オレは耳を疑った。
エニィ先生……こんなところでもですか……
門番も門番だ……何してんだよ……
そう思わずにはいられなかった。
世の中、何よりも「借金の帳消し」の方が効くこともあるらしい。
オレはローダーのコックピットの中で少しだけ遠い目をした。
そんなオレたちの後ろには、ヒュリエが操縦するローダーが続いた。
オレとエニィさんは二人乗り用のいつものローダーだが。
ヒュリエのは一人乗り用。
じゃあ、サララさんはどこへ?
となるが、なんともヒュリエのローダーの肩に載っていた……
マジかよ……
と、思ったが、エニィさんもヒュリエも平然としていた。
二人共「まぁ、サララだから問題ないわ」。
そういう事らしい。
どれだけ、身体能力が高いんだ……
そう思わずにはいられなかった。
§§§
そして、忙しく働いている冒険者ギルドにやってきた。
早速、エニィさんがギルド長に話を付けに行く。
「大丈夫なのでしょうか?」
そんな問いにサララさんが「アイツに任せておけ」と一言。
すると、やはり人手が足りないのか「助かる」と言われたらしい。
そんな簡単にと思ったが、エニィ先生は元S級の冒険者らしい。
サララさんも同じく元S級。
そら、二つ返事で応じる訳だ。
などと、納得した。
「ん? おめぇ、エニィじゃねぇか。なんだ、教師はお払い箱になって戻ってきたのか? がはは」
「お生憎様。今も、継続中よ」
と、軽口を叩いているエニィさん。
だが、その名前を聞いた途端。
忙しく動いていた人たちが動きを止める。
そして、ざわざわと騒ぎ出した。
中には、どんな人物なのかとのぞき見る者。
憎々しげに、睨む者。
相変わらずだと、笑みをこぼす者。
ほんとに様々な視線が向けられていた。
それは、サララさんも同様だった。
そんなエニィさんとサララさんに言いつけられてることを思い出す。
「いい、フィル君、ヒュリエ様も聞いて。決してローダーから決して身を出てはいけません」
と、いつにもなく真剣な二人の顔で言われた。
どうも、連れているのが子供だと知られる。
そうなると、よからぬ事を考える輩が出る可能性がある。
ただでさえ、オレとヒュリエの面倒を見ないといけない。
なのに、余計な手間を増やしてしまう。
それは、オレも望んではいない。
だから、オレもヒュリエも素直に従うことにした。
「そうそう、それより――」
と、作業をしながらエニィさんはギルド長に何かを尋ねていた。
どうやら、噂の真偽をたしかめているようだ。
「ああ、その噂か。ありゃ、デマだ」
と、ギルド長によると、どうやら噂が錯綜していると言う。
本陣が襲われたのは事実だが、父、グランが怪我をしたというのはデマらしい。
ただ、本陣が襲われたことに対して怪我をしたのでは?
となり、その憶測に尾ひれをついてるらしい。
「もし、仮に怪我をしていたとなると、こうまで冷静でいられるわけがねぇ。兵士たちは動揺、ここも、もっとひりついてるはずだぜ……ったく、このクソ忙しいって時にロクでもない噂を流しやがって」
と、文句を垂れていた。
「と、言うことらしいわよ。フィル君」
その言葉にオレはホッとする。
その後、少しの騒々しさもあったが着々と荷積みが終わり、出発となった。
§§§
エニィさんがギルド長への取り計らいで護衛という形で街の外へと出ることが出来た。
ほんと、S級というだけで信用が半端ない。
何もかもを省略して、スムーズにことが運ぶ。
それだけじゃないだろうね。
このギルドでの顔の広さもあるのだろう。
「………」
まぁ、それがいい意味なのか、悪い意味なのかは分からないが……
そんなオレたちはギルドでもローダーの扱い長けた人。
『テオドール』というB級の『シーフ』。
を、先頭に前方の様子を伺ってくれている。
隊列はこうだ。
先頭:ローダー1機(斥候兼護衛)
中央:荷馬車10台(2列 or 1列)
側面:ローダー2機(左右カバー)
後方:ローダー2機(殿。エニィ、ヒュリエ、サララ)
冒険者PTは、
前方警戒:Aランク2PT
側面:Bランク2PT
後方:Bランク1PT
こういった配置になっている。
そして、外側の冒険者パーティも警戒しながら進む。
――完璧に近い布陣。
街道は静かだった。
「……暇ね。もう~なんにも出てこないじゃないのっ!」
一応、このローダーに近距離でなら魔道具により通話は可能。
その魔道具からヒュリエの愚痴が聞こえてきた。
当たり前だ……
ゲームのエンカ率じゃないのだから、そう簡単に出てこられたら困る。
そんな危険な道を誰が通りたがるのか?
――そう、突っ込みたくなるくらいには。
街道は平和だった。
あまりにも、拍子抜けするくらいに。
だからだろう。
いつの間にか、周囲の空気が緩んでいた。
「なぁ、昨日の酒場の姉ちゃんよ……あれ、これくらいあってよぉ」
前方の男が、やたら誇張した手振りで胸の大きさを示す。
「ばっか、お前。それ違ぇよ。あの子はもっとこう……」
「いやいや、オレはああいうのより、ちっさい方が好みだな」
なんの話をしているのかは、聞かなくても分かる。
分かるのだが……ねぇ……?
「はぁ……まったく……これだから冒険者は……」
そんなあなたも冒険者ですよ。
と、オレはエニィさんに突っ込みそうになった。
そんなことを思っていると、横から冷たい声が飛んだ。
「最低」
弓を背負った女性が、露骨に顔をしかめていた。
まるで、ゴミでも見るかのような目だ。
「うわ、出たよ。怖ぇなぁ」
「聞こえてるんだから当然でしょ。仕事中に何の話してるのよ」
「いいじゃねぇかよ、平和なんだからよ」
「だからってねぇ……」
と、肩を落としため息を吐いていた。
だが、完全に止める気もないらしい。
緩い。
あまりにも緩い。
別の場所では、また別の話が始まっていた。
「この前の依頼、惜しかったよなぁ」
「あー、あれな。あと一歩だったんだがな」
「まぁ、またいい話も来るさ。焦ってもしゃーねぇ」
「違いねぇ」
どこにでもあるような、他愛のない会話。
命のやり取りをしている連中とは思えないくらい、普通のやり取り。
――いや。
だからこそ……か。
こういう時間があるから、やっていけるのかもしれない。
……なんて、少しだけ思った。
そうしているうちに、初めの陣地に着いた。
父のところまでは、この陣地を含めて四箇所に立ち寄る。
一箇所に一台の荷馬車を置いていく。
輸送効率を考えれば、それが最も早い。
帰りに空になった荷馬車を回収し、街へ戻る。
――それが、この輸送の流れだった。
そして、父の本陣へは五台の荷馬車を届けることになる。
§§§
三箇所目に到着した頃には、ちょうど昼になっていた。
「よし、ここで一旦休憩だ!」
誰かの声で、張り詰めていた空気が一気に緩む。
ローダーのエピック・ジェネレーターを止める。
続いて、荷馬車の軋む音も消えた。
代わりに聞こえてくる。
人の声と、乾いた笑い声。
――さっきまでの警戒が嘘みたいだった。
「なぁ、あそこの酒場の給仕の子、覚えてるか?」
「おう、あの子だろ? 注文取りに来たときさ――」
「ばっか、お前それ違ぇよ。あの子はもっとこう……」
また始まった。
今度は、別の酒場の看板娘の話になっていた。
……ほんとに……男って……
人のことは言えないのだが……
懲りないな、この人たち。
「はぁ……ほんとっ、最低っ!」
弓を背負った女性が、呆れたように吐き捨てる。
「聞こえてるんだからやめなさいよ」
「いいじゃねぇかよ、減るもんじゃねぇし」
「品位の問題よ!」
完全にいつものやり取りらしい。
一方で、別の場所では――
「そういや、聞いたか? あのダンジョンの話」
「ああ、あのA級の『銀狼』だろ? あと一歩だったらしいな」
「まぁ、命があっただけマジなんじゃね?」
「まったくだな。欲をかくとロクなことがねぇしな」
――同じ冒険者でも、ほんとバラバラだ。
そんな中、不意に視線がこちらに集まった。
「……ん?」
「おい、あの子供……」
やばい。
と思った瞬間――
「そういえば、紹介がまだだったわね」
エニィさんが、あっさりと言った。
どうやら、今までのパーティの様子から、紹介しても大丈夫と判断したのだろう。
ついでに、子供がいるので守ってね。
そんな意図も汲み取れなくもない。
どちらにしても……食えない人だ、ほんと。
「この子たち、今回一緒に動くわ。腕は保証する」
……いやいやいや。
一瞬、場が止まった。
「……嘘だろ?」
「嬢ちゃんが、ローダー動かしてたのかよ……」
「え、ちょっと……かわいい……」
反応が、極端すぎる。
次の瞬間――
「か、かわいい……」
「ちょ、ちょっと近いっ! 離れてよっ!」
女性の回復職だろうか?
簡素だがどこか神秘的な錫杖を持っている。
服装も整えられた小奇麗な聖職服を身にまとっている。
その人にヒュリエが、勢いよく抱きつかれていた。
「や、やめなさいよっ!」
「や~ん、何この生き物! かわいすぎるぅ」
「ちょ、ちょっとぉぉぉ! サララァァァ! 助けてよォォ!」
……なんだこれ。
と、思っているのも束の間。
今度はオレも同じように肩を叩かれた。
ついでに頭を撫でられたりしていた。
「ちっせぇのに根性あるなぁ!」
「いや、やめてくださいって……!」
完全に、子供扱いだ。
「ほらほら、そのくらいにしなさい」
エニィさんが、苦笑しながら間に入る。
その横で――
「……近づきすぎです」
サララさんが、いつの間にかヒュリエの横に立っている。
無言の圧を放ちながら……
さすがに、雰囲気があって近寄りがたい。
さっきまで騒いでいた皆も、すっと距離を取る。
……怖い。普通に怖い。
「……まったく」
ヒュリエは頬を膨らませていた。
だが、まんざらでもないように、どこか嬉しそうだった。
その後も、くだらない話と笑い声が絶えなかった。
緊張と、気の緩みが入り混じる。
――なんとも、賑やかな旅だ。
オレはいつの間にか「ふふふ」と笑っていた。
§§§
そして、昼休憩がおわる。
「よし、そろそろ行くぞ!」
四箇所目の陣地で、最後の荷馬車を引き渡す。
「ご苦労さん!」
「助かったぜ!」
軽く手を上げる兵士たち。
それに応じるように、こちらも手を振り返す。
短いが、確かな繋がりだった。
「これで最後だな」
「ああ……あとは本陣だけだ」
「気を引き締めていくぞ」
誰かのその一言で、空気が変わる。
さっきまでの緩さが、嘘のように消えていた。
――そして。
オレたちは、父の本陣へと向かい歩を進めるのだった。
誰もが、このまま何もなく辿り着く。
そう思っていたのだが、それは突然やってきたのだった――




