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第十六話

 エニィさんと街へと繰り出した日から、また数日たった。


 未だ、魔物の被害は出続けている。

 日を追うごとに、魔物の数が増えているようだ。

 兵士たちが、そう噂していた。


 大丈夫なのだろうか?

 そんな心配が増えてくる。


 だが、全部が全部悪いことだけではない。

 魔物を倒す。

 すると、魔物由来の特殊な素材が手に入る。

 だが、それも綺麗に処理すればの話だが。

 それでも、魔物の肉、皮、魔石などなど。

 相当数が手に入っているという。


 だが、そうなればそうなったで値崩れの問題も発生する。

 が、まだ、そこまでには至ってないらしい。

 だから、領地的には潤うことになっていた。


「ほんと、いいんだか、悪いんだか……」


 ……いや、悪いだろ。

 当然、負傷者も日を追うごとに出ているのだから……

 幸い死者が出たとは聞いてはいない。

 それだけでも、如何に父の采配と兵士が優秀なのかが分かる。


 この、聞くだけで待つだけというのは、なんとも居心地が悪い。

 じわじわと真綿で締められる感覚。

 いつ、訃報が届くか分からない不安。

 それが、日を追うごとに強くなっていく。


 オレは何に、こんなに怯えているのだろうか?

 父がいなくなることか?

 それもあるのかも知れない。

 唯一、家族と言えるのが父の存在だ。


 だが……

 そんなに接点がある訳じゃない。

 それでも、家族なんだ。

 それで、居なくなるのが困るのだろうか?


 ……困る?

 何に?

 父が居なくなれば、兄が跡を継ぐ。

 それは、いい。

 ならば、オレはどうなる?

 それは、次期当主次第。

 つまりは兄の一存により、オレのこれからが決まるということだ。


 オレは、自分の行く末に不安を覚えているのだろうか?


 それはあるのかも知れない。

 けど……

 もっと、大きい問題がある。

 もし、父が負けてしまったら、この領地……

 いや、ここの領民はどうなる?

 エニィさんは?

 ヒュリエは?

 サララさんは?

 エイダさんにミーナさん……他にも……


 ヒュリエなんか『わたしが守るっ!』。

 なんて、言いかねない。

 エニィさんだって、もしオレが危なくなったら庇うだろう……

 あの人は、そんな人だ。

 それで、もし帰らぬ人になってしまったら?


「………」


 いやだ……

 そんなのはいやだっ!

 この世界に転生して、楽しいと思え始めたんだっ!

 それは絶対にいやだっ!


 ……はっきりと分かった。

 オレは手に入れた今がなくなるのが怖いんだ。

 

 そう思いながらでも、オレは自分の手の小ささに愕然とする。

 そういうのが、嫌で自分を鍛えていた。

 始めは、追放された後のことを考えてだったが。

 今は違う。

 オレは、この好きな人たちを守りたいんだ。

 もしかして、爺さんも同じ思いだったのかもな……

 どんな犠牲を払ってでも……守りたい。

 オレだって、自分が何をしたいかが分かった今。

 気持ちでは負けているつもりはないっ!


「だからと言って……」


 オレに何ができる……

 未だ、何も出来ていない。

 自分に自信も持てない。

 こんな幼児に何が出来るってんだ……

 気持ちがあったって……

 オレに何かを守る力なんてないんだ……


 オレは焦りにも似た感覚を胸に抱え、ただ肩を落とすしかなかった。


 §§§


 ―――格納庫で。


「さて、今日はここまでね」

「はい……」

「……元気がないわね。何かあった?」

「いえ、べつに……」


 と、言っては見たものの……


「あの……先生……」

「ふぅ……何度、言っても無駄よ。外には連れてはいけない。何度も言うようだけど、君がグラン様のところに行って何をするのよ。むしろ、君を守る手間が増えて、兵士の邪魔にしかならないの。わかってくれるかしら?」


 そう諭すエニィ先生の唇はすこし震えていた。


「……はい」


 分かっている。

 でも、何か胸騒ぎがするんだ。

 だから……


 と、言ったところで無駄だよね。

 もし、オレが先生の立場でも同じことをするだろう。


 そんな時に、整備をしている人たちの声が聞こえた。


「おい、聞いたか? 」

「何を?」

「さっき、帰ってきた輸送隊の兵が話してたんだけどよ、本陣襲われたってよ」

「本当かよ……

「それで、グラン様が深手を負って、レイリオーネがやられたらしいぜ」

「嘘だろ!?  相手は?」

「なんていってたっけな……」

「おいおい、聞いてたんじゃないのか? ボケるには早すぎるぞ」

「うるせぇ! お、そうだ。思い出した。『シムレティオ(擬態する者)』。なんでも、そいつは味方に化ける気味悪い魔獣って噂だ。レイリオーネに擬態して勘違いした兵士がグラン様の機体に攻撃したらしいじゃねぇか。それを庇って、そのまま……」

「おいっ! 滅多な事を言うなよ……縁起でもねぇ」

「けど、みんな噂してるぜ……」

「まぁ、どちらにしても……オレら残留組で命拾いしたな」

「ここで汗流して正解だわ」

「まったくだ」

「「ははは」」


 ――その会話に聞き入るフィル。

 拳を小さく握りしめ、怒りと恐怖で震えている。


 その話を聞いてオレは思わず走り出そうとしていた。


「まちなさいっ!」


 ――ガッ!


 と、エニィさんに腕を掴まれる。


「話してくださいっ!」

「ダメっ! どうするつもり?」

「どうって……父のところに行くんですよっ! 当然じゃないですかっ!」

「待ちなさいっ! 今の話が事実とは限らないでしょっ! こんな時よ。なにかの間違かもしれないわよ」

「そんなの……行って確かめればいいんですよっ!」

「ダメよっ! そんな危険なところ生かせられませんっ!」


 くっ……

 分かっている!

 わかっているんだ

 オレがムチャクチャを言っていいるのはっ!

 けどさ……でも、確かめたいんだっ!

 どっちだったとしても……

 

 エニィ先生だってそんなに震えて……

 あっ……

 さっきも、声震えていたよな?


 もしかして……


「……先生……もしかして、知っていたんですね……知ってて、黙っていたのですか? ……どうなんですかっ!?」


 オレのその声に先生は後ろめたいのか視線を逸らす。

 その、動きにオレは確信した。


「知っていたんですね。何故、言ってくれなかったんですか……」

「それは……」

「分かっていますよ……そんなことを聞いたら、わたしが飛び出していくと思ったんですよね?」

「………」

「だけど……それでも……わたしは先生から聞きたかったですっ! うう……」


 オレは何故か、悲しくなり先生の顔が見れかった。

 そして、そのまま踵を返し、逃げ出したのだった……


「待って……まっ……て……」


 そんな力ない声が聞こえた気がした。

 たぶん、あの人のことだ。

 きっと、自分で言い出さなかったことを後悔してるのだろう。

 そんな先生がオレは好きなんだ。


 けど……言葉に出来ないけれども……

 オレは今回の先生の忠告には従えないんだ。


 ごめんなさい……


 心の中の、その言葉だけが精一杯だった。


 §§§


 オレは走った。

 この状況をなんとかしようと。

 ただ、闇雲に走っているわけじゃない。


 オレは人を探していた。

 こういう時に、たぶんだが力になってくれる人だ。

 確信はある。

 興味をそそりそうな条件も揃っている。


 アイツなら、きっと……


 ここだ……


 オレは息を整え、部屋のドアをノックする。


 ―――トンットンッ。


「は~い。だれ? サララなら、空いてるから勝手に入ってきて」


 そう、ヒュリエだ。


「えっと……そのフィルだ……フィルディナル……」

「えっ……」

「その入っていいかな?」

「ちょちょちょ……ちょっと、まってぇぇぇ~~~」

「え……ああ」


 それだけ伝えて、オレはドアの前で待つことにした。


 その間、何か部屋の中が騒がしい。

 たまに「いった~い」とか「ど、どこに置いたっけ?」。

 など、ドタバタとした音がしていた。


 そんな中、しばらくすると「ど、どうぞ」。

 そう言われて、ヒュリエの部屋に入ったのだった。


 中に入ると、ヒュリエは不自然に冷静な態度を取っていた。

 だが、その口元はにやけている。

 それを必死に抑えているのが、何かおかしかった。


 その余所余所しくも、落ち着きなく動く指先。

 微かにはずんだ声が今のオレにはどこか安心できる存在に思えた。


 部屋の中は、お嬢様とは程遠いものだった。

 豪華なレースのカーテンも。

 甘い香水の匂いもない。

 隅には手入れの行き届いた練習用の木剣。

 机の上には『これで、キミはローダーのプロになれる』。

 なんて現代では書かれていそうな指南書が開かれていた。


 そして、先ほどのドタバタの痕跡だろうか。

 敷き詰められた絨毯がわずかに捲れている。

 それに、棚の引き出しからは脱ぎ捨てたらしい服の袖がはみ出していた。


 だが、それよりもオレの目を引いたものがあった。

 それは、ぬいぐるみ。

 人の半分ほどの大きさだろうか?

 いわゆる、抱き人形といっても過言ではない。

 そんな、色あせ、擦り切れてるところがある、うさぎのぬいぐるみ。

 だが、決して粗雑に扱っていないのがよくわかる。


 そんな、可愛らしいところがあるのかと、少し微笑ましくなった。


「「………」」


 二人共予想外の展開で、どう話せばいいか分からず時だけが過ぎていく。


 ……な、なんて話を切り出せばいいのだろうか?


 頼む。何も聞かずにローダーを出してくれ?


 ……ダメだ。

 ストレートすぎる。

 かと言って、他に言い方が分からない。

 う~ん……


 と、悩んでいるとヒュリエが口を開いた。


「そ、その……なにか、あったの?」

「え、なにが?」


 オレはそのヒュリエの言葉にドキッとしたが平静を保つ。


「わたしの部屋に来るのなんて初めてだし、その……なにかあったのかな……と」

「そうだっけ?」

「そうよ。それにフィル、どこか辛そう」

「……っ! はは、分かるんだ」

「そ、それは、その……お姉さんだし……ねっ」


 と、顔を背け顔を赤らめる。


「はは、そういえばそうだね」

「ふ、ふんっ。だから……その、何か、あったのなら遠慮なく話してよね」

「っ……」


 その言葉に、オレは泣き出しそうになる。

 いや、むしろ泣いていた。


「ど、どうしたのっ! どこか痛いのっ?」

「いや……そうじゃない……ヒュリエの言葉に安心してさ……それだけだ」

「安心……って、別に大したことなんか言ってないわよ……」

 

 オレはこんな子に無茶な頼みをしようとしている。

 それも、ヒュリエの関心を餌に利用しよとしている。

 いいのか? ほんとにそれで?

 オレはこんなに汚い奴だったのか?


 けど……今は……


 オレは固唾を飲んで、覚悟を決めた。


「……ヒュリエに頼みたいことがある」


 喉がひどく乾いていた。

 言葉を出すだ

 胸の奥が軋む。


「な、なによ、改まって」


 ヒュリエは少しだけ背筋を伸ばす。

 どこか期待しているような、そんな目だった。


 ――やめろ。


 頭の奥で、もう一人の自分がそう言っている。


 けど、それを無視した。


「その……ヒュリエはさ。ローダーで実戦、出てみたいって思ったこと……ないか?」

「っ……!」


 一瞬で、表情が変わる。

 分かりやすい。

 ……分かっていて、オレは続けた。


「今、ギルドにローダーが集まってるだろ? 輸送隊に紛れれば……外に出ることも出来るかもしれない」

「それって……」


 ヒュリエの声が少しだけ弾む。


 ――最低だな、オレ。

 分かってる。

 こいつが何を望んでるかなんて。


「ヒュリエなら……出来ると思う」


 言ってしまった。


「っ……」


「前も見ただろ。操縦、上手かったし……その、正直……頼りにしてる」


 違う。

 こんなの、全部――

 オレは拳を握りしめる。


「一緒に行けば……その……きっと、いい経験にもなるし……」


 ――やめろ。


 もう一人の自分の声が、さっきよりも強くなる。


 これは違う。

 こんなの、頼みじゃない。

 こんなの……ただの――利用だ。


「フィル」


 不意に、ヒュリエが静かな声で呼ぶ。

 顔を上げると、さっきまでの無邪気な顔じゃなかった。

 少しだけ、真剣な目。


「……それ、本当のお願い?」

「っ……」


 心臓を掴まれたみたいに、息が詰まる。


 やめろ。

 それ以上、見ないでくれ。


 オレは――


「……違う」


 気づけば、口が勝手に動いていた。


「ごめん。今の、全部嘘だ」


「え……?」


「ほんとは……父さんのところに行きたいんだ」


 もう、止められなかった。


「本陣が襲われたって聞いて、それで……だから……確かめたい」


 声が震える。


「けど、オレ一人じゃ無理なんだ。ローダーも動かせないし……このままじゃ、何も出来ない」


 視界が滲む。


「だから……ヒュリエを利用しようとした」


 言った。

 言ってしまった。


「興味あるだろうなって……そう思って……」


 最低だ。

 ほんとに。


「……ごめん」


 それしか、出てこなかった。

 しばらく、沈黙が落ちる。

 やっぱり無理だ。

 こんな頼み、聞けるわけが――


「……ふふ」

「え……?」


 顔を上げると、ヒュリエが笑っていた。

 さっきまでの真剣な顔じゃない。

 いつもの、少し得意げな笑顔。


「やっぱり、そうだった」

「……怒らないのか?」

「なんで怒るの?」


 きょとんとした顔で、首を傾げる。


「だってフィル、初めてわたしに頼ってくれたじゃない」

「っ……」

「ちょっとくらいズルくたって、そんなのどうでもいいわよ」


 そう言って、一歩近づいてくる。


「それに――」


 少しだけ、視線を逸らして。


「危ないのくらい、分かってるわよ」

「……!」

「でもね」


 すぐに顔を上げて、にっと笑った。


「わたし、お姉ちゃんだし」


 胸を張る。


「弟が困ってるなら、助けるに決まってるでしょ?」

「ヒュリエ……」

「任せなさいっ! フィルはわたしが守るんだから!」


 その言葉に、胸が締め付けられる。


 こんなにまっすぐで。

 こんなに迷いがなくて。


 それなのに――オレは。


「……ありがとう」


 それでも、そう言うしかなかった。

 ヒュリエは満足そうに頷く。


「決まりね。明日の早朝、輸送隊に紛れ込むわよ。ちゃんと準備しておきなさい」

「ああ……」


 もう、後戻りはできない。

 分かっているのに。

 オレは、彼女の手を取った。

 小さくて、温かい手。


 それを――離すことが、出来なかった。


 窓の外では夕闇が迫っている。

 遠くの森から不穏な風が吹き抜けていた。


「……決まりね。明日の早朝、輸送隊が準備をしている所に紛れ込むわよ……準備しなさい、フィル!」


 こうして、俺たちの無謀な……

 けれど、もう後戻りできない夜が始まった。

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