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第十五話

 朝から響く騒々しい音の正体。

 それは、街道の巡回に向かうローダーや騎士たちの騒乱だった。


 昨夜、森の中で発見された荷馬車の惨状――

 その報告が屋敷に重苦しい影を落としている。


 犠牲者は三人。

 その遺体は正視に耐えぬほど無残なものだったらしい。

 遺体はびっしりと粘りつく「糸」に包まれていた。

 その糸を切り裂くと中からは……

 もはや人としての原型を留めていない遺体が出てきたと言う。


 他に犠牲者がいないか、周辺を探索。

 だが、他には何も見つかってはいない。

 そこで、不幸は三人と判断された。

 

 この事態を重く見た父は直ちに街道への厳戒態勢を敷いた。

 自らも愛機『レイリオーネ』に乗り込む。

 そして、騎士たちに直接訓令を飛ばしたのだった。


 ――と、エイダさんが教えてくれた。


「フィル様、分かっているとは思いますが、見に行こうなどと思わないでくださいまし。グラン様……ひいては皆様のお邪魔になります。いいですね」

「は、はい……」


 と、しっかりとエイダさんに釘を刺された。

 

 しかし……そう言われても気になるものではある。

 なんとか、見に行けないだろうか?

 それに、どう対応するのかが気になる。

 

 まずい……オレの知りたがり感がマックスになりそう。

 ある体張り芸人のごとく、押すなよと言われるのと同じ。

 なんだっけ?

 カリギュラ効果? だっけ?

 ほんと……難儀な生き物だね、人って。

 そんな感じだ。


 §§§


 いつもの庭――


 ヒュッ。

 ピタッ。


「………ふぅ」


 スッ。


 オレは最後の一振りの残心をしばらく残す。

 毎朝、気の遠くなるほど同じ動きを繰り返してきた。

 振り切ったあと、体にブレがなかったかを確かめる。

 足の位置。

 握った手の感触。

 風を切る音。

 剣筋の軌道――その一つひとつを頭の中で反芻する。


 体に叩き込んだ動きのはず……

 なのに、完璧と思える瞬間はまだ訪れない。

 そのままの姿勢を保った後に小さく息を吐く。

 その後、スッと木剣を腰に戻し一礼をした。

 

 あまり根を詰めるのも、良くないらしい。

 だから、ここで区切りをつけた。


 そして、最後に軽く庭を走り、終わりにした。


 父がどのような方法を考え、どのような選択をしたのか?

 気になるところではある。

 それに、魔獣が出たのかどうかも分からない。

 ただ、魔物の数は増えているらしい。

 

 廊下を歩いていると通りかかった居残りの兵士が話していた。

 どうやら、今回の父の作戦について話しているようだった。

 オレは、耳を澄ませて会話に聞き耳を立ててみた。

 

 なんでも、ローダー三機を一つの部隊として編成。

 それを、二十部隊ほどに分けて配置。

 街に一番近い街道には、それを五部隊配置。

 これは、最終防衛になるため、多めに配置しているのだろう。

 そして、他はそれぞれ決められた街道を分割して配置している。

 そして父の『レイリオーネ』と精鋭部隊は十年前の決戦の地。

 『断絶の谷』に本陣を置いているという。


 そんな話を聴いて思う。


 やはり、包囲を狭め、隘路に閉じ込めカタをつける。

 結局、それが一番いい方法なのだろうな。

 と、オレは納得した。


 そんな考えごとをしていると、エニィ先生を見つけ声をかける。


「先生っ」

「あら、フィル君。ちょうど君の部屋にいくところだったのよ」

「それなら、ちょうどいいですね。わたしも今、鍛錬を終えたところです」

「また、あの変な走り方してたの?」

「そうです。変な走り方です」

「ふふ。始めは、なんて変な子なの? と思っていたけど、この前の戦闘で『バカにできないわね』と感心したのよ」

「それはそれは、重畳の極み。先生もやります? 教えますよ」

「……重畳の……どこで、そんな言葉覚えるのよ……まったく。ほんと、変な子ね。でも、わたしもあの走り方、やってみようかなと本気思ったわ」

「っ!? ほんとですか?」

「ええ、逃げる時に役に立ちそうだしね。ふふ」

「いつでも行ってくださいっ! 手とり足とり、教えますっ!」

「あはは、そのときは、お手柔らかにね」

「はい、任せてください。それで――」


 その後、先生と楽しく話をしながら、オレの部屋へと向かうのだった。


 ――ちょっと、街の外の様子を見に行ってみたいけど……


 なにかいい方法がないのだろうか?


 そう、考えていた。


 §§§


 父が魔獣の調査を始めてから数日経った。

 多少の進展があり、魔物の討伐も順調らしい。

 ただ、やはり、ここまで魔物が出てくるのおかしい。

 そう考えているようだ。

 そして、魔物もどこか追い詰められている感があったという。

 たぶん、餌を求めて無理やり出てきているように見えたと兵士が話していた。


 魔物討伐も緩慢な、それでいて予断を許さない状況が続く。

 が、今日は久々の休息日だった。

 ルミナ教による「安息の日」――

 この世界の一週間にも、そんな仕組みがある。

 

 この世界の時間のサイクルは、ほぼ地球と同じ流れだ。

 一年は三百六十五日。

 そして、一周間は七日で休息日が一日ある。


 この休息日は『ルミナ教』からの教えから、始まっているという。


 その昔、女神『ルミテーリア』が一周間毎に一度。

 教徒の皆と語らいあったところから始まったという。

 それが派生し、心の中で『静かに神と語らう日』。

 そんな日を作り、安息日としたのが始まりだったらしい。


 それが、周りの国に伝わる。

 今では人族の国々の多くがこれを容認している。

 たとえ熱心な信者でなくとも「心の中で神と語らう日」。

 そう定義して、安息日として世界の常識となっている。

 だが、それは人族の間だけの話。

 魔族や獣族など人族以外は、それぞれの神や信仰、しきたりを守っている。


 そしてオレは今、エニィ先生と街に繰り出していた。


 ……だが。


「おい、何付いてきているんだ……」

「いいじゃないっ! わたしも街を見たかったんだもんっ!」

「……だもん……じゃない……サララさんと一緒に出ればいいだろ……」

「フィル殿。我が主の我儘に貴殿を付き合わせることとなった。……迷惑であろうが、万事良しなに取り計らってもらおう。なに、暴漢の対処は任せろ。礼には及ばん」

「……」


 ……及ばん……

 じゃないよっ……

 まったく……


 はぁぁ、もういいや。

 

 普段なら、エニィ先生の講義の最中だ。

 きっと、今は魔族の言語のレクチャーを受けているはず。

 人族の間では人族の言語が公用語になっている。

 どうやら、それは昔の世界を巻き込んだ神話の時代に遡るのだろう。

 その時に、纏まっていたお陰で言語の統一が行われた。

 そして、世界に散ったとしても、同じように使われたのだろうね。


 ただし、魔族や獣族などはまた別になるようだ。

 そこで、オレはエニィ先生が魔族出身ということで今教えてもらっている。

 計算などは、


「……なにこれ……なにを教えろというの? これ以上は専門的になりすぎる」


 そういことになったらしい。


 中学レベルの数学くらいなのだけどね……


 そこで、もう一つ魔法陣の勉強も教えてもらっている。

 のだが……これは、お手上げだ。

 まったくもって、意味が分からない。


 ので、基礎だけで一杯一杯。

 先生は「ふふ~ん。手こずっているわね」。

 と、ニヤニヤしながら教えてくる。

 それが、オレには鼻持ちならない気分になった。

 それだけに、この人のスゴさが分かってしまう。


 と、まぁ、今の講義はそんな所だ。


 そして、今日は安息日。

 そこで、街へ行くために許可を取り出かけようとしたのだが……

 そこに、運悪くヒュリエに出会ってしまう。


 あとは、もうお察しの展開だ。

 少し違うのは、さすがに街へ行くために『サララ』さんが同行したのだ。


 ああ……もう、のんびりと過ごしたかったのに……

 その想いは儚く消えた……


 ……人の夢と書いて『儚』。

 言い得て妙だな……ほんとに。

 

「ねぇねぇ、フィルフィル。 あれはなに?」

「ああ、あれは――」


 こんな感じで、事あるごとにヒュリエが尋ねてくる。


 サララさんも「いけません、お嬢様。そのようなものを――」。

 とか、なんだかんだで、介護に大変そうだったよ……


「ふふ、まさかサララと一緒に子供の世話を焼くことになるとは思いもしなかったわ。あなたも、いい保護者っぷりね」

「……オマエ、侮辱しているのか?」

「違うわよ。感心してるのよ」

「……そうか。すまない。ああ、お嬢様、そっちにいってはなりませんっ」

「ふふ。なんだか、微笑ましいわね」


 と、エニィさんもまんざらではなさそうだった。


 そんな、ヒュリエたちとは対照的に街は少し不安に包まれていた。


 前はもっと街の大通りに活気があった。

 けれど今日は、どこか湿っぽく沈んでいた。

 露店で足を止めている客たちもどこか暗い。

 話しているのはいつもの買い物の相談ではなかった。

 それよりも、声を潜めて不穏な噂を共有している。


「……聞いたか?  西の村じゃ、ローダーの装甲ごと食いちぎられた死体が見つかったらしいぞ」

「ああ、例の『多足』の魔獣だろう?  20年前の悪夢が再来するって話だ……」

「嘘だろ、あの『スコルペンダー』はレムシャイド様が全滅させたはずじゃ……」


 行き交う人々の顔には、怯えたような影が落ちている。

 それは恐怖に怯えた市民たちにより、噂も大げさに誇張されていた。

 街を覆うのは、安息とは程遠い。

 じっとりとした恐怖の予感だった。


 そんな中、一際騒がしい一角があった。


 大人数で、大声をあげながらなにか作業をしていた。

 その中には、ローダーも作業をしている。

 なかには操縦席がむき出しのローダー……かな?

 そんな重機を操り、荷物を移動させていた。

 まるで、海を目指して翼をひらく、疾風(ハヤテ)のようなロボアニメに出てくる様相だった。

 

「おい、それはそっちじゃない! 右の荷馬車に持っていけ。おいっ! そこは、空けとけといっただろうがっ!」


 と、テキパキと指示を飛ばす人もいた。


 あれは、何をしているんだ?

 それに……あそこって……


「ねぇ、エニィさん。あそこって?」

「え。ああ、冒険者ギルドね」

「冒険者ギルドっ!」


 なんと、心に響く名前だろうか!

 あの、荒くれ者たちの聖地っ!

 まさか、オレが聖地巡礼を行えるとは。

 いやはやいやはや。

 なんと趣深い……

 いや、感慨深いか?


 どちらでもいいっ。

 とにかく、オレは感動している。


「はぁぁぁ~~~」


 オレはいつの間にか悦に入ってしまい、感嘆の息を吐いていた。

 そんなオレを「この子大丈夫?」。

 みたいな目で見ているエニィさんがいた。


「ハッ! ……こほん。あ~冒険者ってあの冒険者ですか?」


 そんなオレを変な目で見ていたエニィさん。

 それを、なかったことにするように冷静にエニィさんに尋ねてみた。

 なんか言葉はおかしいけど……


「そうね。その冒険者ね。ちなみに、冒険者にどんな理想をいだいているか知らないけど……そんなにいいものではないわよ。暴力的で、金に意地汚くて、信用のしの字もない、油断も隙もない人が大半よ。はぁ……まったく」

「は、はぁ……」


 どうやら、碌な人間がいないらしい。


「そ、それで、あれは何をやってるんでしょうね?」

「気になる?」

「べ、べつにぃ……」


 なにか、からかわれそうで、素直になれないオレは少し強がった。


「あら、折角マスターに聞いてこようと思ったんだけどなぁ~ちらっ」

「うっ……」


 この先生、素直に聞いても、強がってみても。

 結局は、こうやってからかわれる……

 いい性格してるよ、ほんと……


「はぁ……わかりました。気になりますから、聞いてみてくださいよ」

「あはは、そうやって素直な方が可愛いわよ。フィルくん」

「んっ……とに」


 そう言いながら、手をひらひらさせながらエニィさんは聞きに行ってくれた。


 その間、サララさんがオレの護衛もしてくれていた。

 脳天気にはしゃぐ、ヒュリエの面倒をしながら……

 まるで、猫のように自由奔放に動き回るヒュリエ。

 その護衛は、非常に大変だろうと思えたサララさん。

 だが、非常に優秀で例え隠れていてもすぐに見つけ出す。

 どうやら、匂いや気配で分かるらしい。

 それも獣人の特性らしい。


 そして、時間のかかる食べ物、いわゆる飴菓子を与えて大人しくさせていた。

 ほんと……よく、分かってらっしゃる。

 などと、感心しているとエニィさんが戻ってきた。

 

 そこで聞いた話はこうだった。


「……どうやら『糧秣りょうまつ』……つまり食料や物資を届ける準備で大わらわなのよ」

「糧秣……って……もしかして、父の部隊へのですか?」


 オレが尋ねるとエニィ先生は頷いた。

 そんなエニィさんは、忙しなく動く冒険者たちを指差した。


「そう。軍の正規兵はみんな前線に出払っているから、

 後方の輸送部隊の護衛が足りないらしいわ。

 そこでギルドに依頼が下りて、

 腕の立つ冒険者たちをかき集めているの。

 あそこのローダーも、重い食料袋や予備の魔石を馬車に積み込むために駆り出されているのね」


 なるほど。

 たしかに、戦闘は剣を振るう者だけでは成り立たない。

 兵士たちの胃袋を満たす。

 機体の燃料を絶やさない。

 その「物流」こそが、勝利の絶対条件だ。


「……でも、冒険者に護衛を頼むなんて、そんなに状況は悪いんでしょうか?」

「正規兵を割けないほど、街道の魔物が増えているのかもね。

 それに、さっきの噂……魔獣の件だけど。

 ギルド側もかなり警戒しているみたい。

 ……報酬も、いつもの倍以上は出ているそうよ」

 

 そんなエニィ先生の言葉。

 それを聞いて改めて、遠く『断絶の谷』の方角を眺めた。


 安息日という名の穏やかな空気。

 だがその裏側では、巨大な歯車がギチギチと音を立てて回り始めていた。

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