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第十四話

 ――かつて数千の命が息づいていた複数の村。

 それが残骸となりはて犠牲となったと。


「街道は引き裂かれた馬車……そして、逃げ惑うことすら許されなかった無垢な民……その(むくろ)で埋め尽くされた……それが、二十年前のデボネア(暗黒の森)大災厄 」


 無数の魔物を追いやった魔獣の名前は『スコルペンダー(多足椎を宿す者)』。

 両肩にムカデが生えている巨大な人型魔獣。


 それは平和な茶会の香りを塗りつぶす生々しい血の記録。

 それを淡々と話すエニィ先生。


「その凄惨な光景に終止符を打ったのは、一族の恥と蔑まれたレムシャイド様」

「えっ! あの隔離されてる爺さん?」

「ええ、そうよ。フィル君の放蕩の祖父レムシャイド様」

「……あの爺さん、放蕩と言われているわりに只者じゃなかったんですね」

「そうね。ふふ」


 彼は狂気を宿した瞳で白銀の機体を駆った。

 

「その配下の兵士たちも獣となり戦ったらしいわ。なんでも、決戦の前に酒に魔薬……

 いわゆる、自我をなくさせる薬……

 いわば、狂気の酒……

 そう、言っても過言ではないでしょうね……

 それ程までに、状況が逼迫していたのでしょうね……」


 それを聞いた時、オレは爺さんを嫌悪してしまう。

 いくらなんでも、やりすぎだろうと。


「酷い人ですね……放蕩だけなら、まだ許せそうですよ」

「……そうでもないわよ。その兵士たちも、それを分かってて受け入れたそうよ。その、兵士たちの覚悟にフィル君のお祖父様……レムシャイド様は激しく(さいなや)まれたそうよ」


 その狂気の軍を指揮をして鼓舞した。

 何千の魔物は切り伏せながら追い立てた。

 

「なんでも、街道は魔物と兵士の血と臓物で埋め尽くされたらしいわよ。誇張はあるでしょうけど」


 また、魔獣のスコルペンダーは何台もの囮のローダで惑わす。

 そして『断絶の谷』へと執拗に追い詰めた。


 その後、仕掛けておいた罠。

 何台かのエピックジェネレーターを臨界寸前まで高めたローダーを配置。

 そして、合図と共に魔力爆発を起こさせる、

 そこにレイリオーネの火炎魔術で焼き払った。

 逃げ場を失い、重なり合って断末魔を上げる群れ。

 それを、彼は一滴の慈悲もなく谷ごとさらに魔力の炎で焼き払ったのだ。


 ――「一掃」という名のあまりに効率的な虐殺と犠牲。


 だが、その歴史の断片を語るエニィ先生の指が震えていた。


「放蕩と呼ばれているけど、わたしはレムシャイド様は立派だと思うわ。だから、その後のことも……女性を何十にも集めて……あっ」


 最後に、しまったみたいな顔をして言葉を止めた。


「あっ……なんです?」

「あ……えっと……これは、小さい子に話すのはちょっと……憚れるわね」


 なんの話だ?

 別に言ってくれてもいいのに。


「わたしも聴きたいっ! 気になるっ!」


 ずっと、ドキドキしながら聞き入っていたヒュリエが割って入ってきた。


「うう~ん……」


 酷く困っている様子のエニィ先生。

 なにが、そんなに困らせているのだろうか?


 オレは、少し考えてみた。

 まず、子供には聞かせられない。

 勝利の後……は、まず宴会か。 

 兵士たちの慰労を称えるだろうな。

 けど、それよりも先に犠牲になったものたちへの労いと哀悼だろうな。

 それは、別に問題ない。

 なら、そのあとになにが……


 ああっ!

 ……そういうことか?

 だから、放蕩と呼ばれているのか?


「あの……エニィさんの言いにくいことって……その、夜のいとな……」

「ああっ! ダメよっ! フィル君! 言っちゃだめっ!」

「え、あ、はい……」

「え、なになにっ!? フィル。分かったの?」

「あっ、いや……はは」

「なにっ! その反応っ! 分かったのなら聞かせてよっ! 知りたい知りたい知りたいっ!」


 これはダメだ……

 もう、ヒュリエの好奇心が爆発している。

 

 現にオレはブンブンと肩を持たれて体を揺さぶられている……


「わ、わかった。教えるから、落ち着いてくれ……」

「うんっ!」


 素直にワクワクしながら、オレの話に耳を立てる。

 ああ、どういえばいいんだ? これ?


 ままよっ!


「……あー、つまりな。じいさんはその……

 戦いが終わった後……

 あまりにたくさんの『死』を見たからさ。

 その分だけ『命』を人間の温かさを確認したかったんだと思うよ。

 ……その……同時に何十人もの人に囲まれて、

 朝まで賑やかに過ごした……とか、そういうことじゃないかな?」


 え……? なにこの子。

 その年で、もう理解してるの?

 それに、何その深すぎる考察……引くわ~

 そんな引きつった笑顔を裏に隠し、エニィ先生は全力で乗っかってきた。


「そ、そうなのよ! あの方は、地獄のような戦場から戻ってね。

 その後、狂ったように女性たちを集めて……

 それはもう一晩中、数えきれないほどの方々と……

 その、命を謳歌されたの。

 ……それが、いつしか尾ひれがついて『放蕩』なんて言われるようになったけれど……」


「えーっ!? 一晩中パーティーしたの? 何十人も集めて!? ……フィルのおじいさん、凄すぎる」


 ヒュリエが別の意味で感動している。

 ……うん、ヒュリエはそのままのキミでいて。


 だが、オレは理解してしまった。

 仲間を焼き、魔物を屠り、血の海を渡ってきた男。

 自分の手を汚してまでも、守りきった街。

 それは、どれほどの悔恨が渦巻いていたことか……

 恐怖でたった一人で眠ることが出来なかったのだろう……

 

 誰かの体温に触れていなければ、狂気に狂いそうになる。

 そんな自分がまだ生きている。

 皆に詫びて、真っ先に死ぬべき自分が生き残っている。

 そんな、罪悪感を忘れたかったのだろうな……


 オレは、その爺さんに同情ぜずにはいられなかった。

 それは、今も続いているのだろうか?

 

 ……続いているのだろうな。

 更迭されるくらいだ。

 余程だったのだろう。

 同情するよ……

 そして、オレもエニィさん同様に尊敬しようと思った。


 ……じいさん。あんた、本当は誰よりも繊細だったんだな。


 だが、そんな心境にしんみりとはしていられない。

 

 そんな災厄が身近に迫っているんだ。


 だが、それとは別に自身の思慮の浅さに打ちひしがれるのだった。

 それは。エニィ先生の耳打ちだった。


「フィル君……以外におませね。その年で男女の営みを理解しているとはねぇ。どこで、そんな知識を得たのかしら~~是非、聞いてみたいものね。ふふふ」

「ガッ……!」


 し、しまったぁ……

 そら、ありえないよなっ!

 そんな五歳児なんていないって、普通……

 オレは自分の浅はかさと偏った知識をしられたことに赤面してしまうのだった。


 居た堪れないオレは話題を変えるべく口を開いた。


「そ、それで、何か対策があるんですか?」

「そうね、今は対策中でしょうね」

「それは、そうですね。昨日の今日というか、今日報告してすぐには無理でしょうしね」

「うんうん」

「パーティーかぁ。わたしも、そのパーティ出たかったなぁ」

「……あ、うん……そうだね。はは」

「え、えっと……惜しかったわね。あはは」


 オレとエニィさんは苦笑いをした。


「フィル様方。そろそろ、お茶をお下げしますね」


 話が一段落して、エイダさんがそっと告げてきた。


「あ、はい。お世話かけます」

「いえいえ、これも侍女としてのお役目ですので」


 ――コンコンッ。


 そんな時にドアを叩く音がした。


「どなたでしょうか?」


 と、エイダさんが問いただす。

 

「我が名はヒュリエ様の護衛役の『サララ・ラサラ』。こちらにヒュリエ様がいらっしゃると聞き及び、お迎えに参りました」


 はきはきとして、まるで武人のような物言いだった。

 その声を聞いたヒュリエが口を開く。


「あ~あ、お迎えがきちゃった! もうちょっと、楽しみたかったのになぁ~」


 と、ヒュリエは半ば諦めに近い感情で述べる。


 そして「どうぞ」とエイダさんが促す。

 すると、ゆっくりとドアが開き『サララ』と名乗る人? 

 が、中へと通されたのだった。


 ――ギィ!

 

 「失礼します」


 その声と共に現れたのは、淡い砂色の髪。

 それに、大きな耳が特徴的な女性――

 いや、獣人だった。

 つぶらな瞳だが、その奥には一切の油断がない。

 両の腰には小ぶりの曲刀(シミター)を差している。


 おお! 獣人だ!

 しかも猫型獣人だ。

 初めて見た。

 しかし……思っていたよりも小さいな。

 

 全体的に浅黒く、小柄な彼女。

 彼女は砂漠の集落出身の『スナネコ族』。

 そう呼ばれる種族だと言う。

 そんな種族もあるのだなと納得した。

 だが、肝心なのはそこではない。

 

 問題は、その格好だ。

 オレは、その装束を見た瞬間、視線は釘付けになった。


 まるでどこかの格闘ゲームの女軍人。

 それを彷彿とさせる極めて機能的。

 かつ刺激的な格好だったのだ。


 上半身は、肩から脇にかけて大きく開いている。

 タイトなノースリーブの軍用クロップド丈(丈の短い)トップス。

 その下から覗く腹部。

 それは浅黒い肌にうっすらと縦のライン。

 それが、しなやかに鍛え抜かれている。


 だが……

 何より、オレの視線を奪って離さない「一点」があった。

 

 ――デカい。

 

 小柄な体躯には到底不釣り合いなほどの、豊潤な「実り」。

 激しい動きを前提としている。

 そう思える厚手の生地でガッチリとホールドされている。

 はずなのだが……

 それでも隠しきれない圧倒的なボリューム。

 それが、今にもその機能を放棄して溢れ出しそうなほどの主張を放っている。

 軍人のような無骨なノースリーブ。

 そこから伸びる、傷跡の残るしなやかな腕。


 そして、その中心に鎮座する、圧倒的な存在感。


 たしかに、体は小柄だ。

 しかし……

 その『双丘』だけは、大柄だった。


「ふふ~ん。フィル君。どこ見てるのかな? ふふ」

「べ、べつにっ!」


 オレが恍惚としているとエニィ先生がいたずらぽく尋ねてくる。

 それを、オレは動揺を隠すように否定した。


「お嬢様、お部屋に戻りますよ。これ以上、他の皆様に迷惑はかけられません」

「わかっているわよ。もう……」

「……んっ? ……エニィ。……エニィ・ミニィ。貴様、生きていたのか?」

「しっかりとね。今は、このフィル君の家庭教師よ。ふふ」

「……なんだと……おまえが教師とは世も末だな」

「ひどっ! あなたこそ、貴族様の護衛なんて、どんな風の吹き回しよ」

「ふっ。お互い変わったってことか?」

「そうね」

「話したいことも山ほどあるが、今は任務の遂行を優先する。さぁ、お嬢様。戻りますよ」

「むぅぅぅ。わかったわよ……」


 サララさんに促され、ふてくせられながらも渋々ヒュリエは従った。


「では、ご迷惑をかけた。これで失礼する。……エニィ。あとで、ギルドの近くの『金瓶の酒亭』に来い。久しぶりの再会を語ろうじゃないか」

「……わかったわ」

「では、失礼する」


 そう言うと、サララとヒュリエは戻っていくのだった。


 しかし……

 サララという人には素直に従うんだな、ヒュリエは。

 それよりも……


「知り合いだったのですか?」

「うん……昔、ちょっとね」

「そうなんですね」


 先生にも先生の過去がある。

 それを根掘り葉掘り聞き出そうとするの野暮ってものだ。

 気にはなるが、今はこのままでいい。


 ちなみに、サララさんは『スナネコ族』。

 砂漠に住む猫型の獣人。

 そして、種族的にあまり大きくならないらしい。

 成長しても百五十センチ程度。

 猫というよりは小柄な少女のような外見だ。

 過酷な砂漠で生きるために適応した結果なのだろうか。


 世界には様々な種族もいるのだなと実感した。


「さて、それじゃ、わたしも部屋にもどるわね。それじゃあ、良い夢を。フィル君」


 そして、エイダさんとミーナさんを残して誰もいなくなった。


「我々も、これで失礼します。ごゆるりと、フィル様」


 二人も、そう言うと出て行った。

 そして、誰もいなくなった。

 さっきまで、がやがやと賑やかだった部屋が静まり返っている。

 一人になると、こうまで部屋が広くて寂しいものだと思わせられる。

 なんだかんだで、オレは淋しがり屋なのかもしれない。

 そう思わせられた。


 §§§


 次の日――


 屋敷は朝から物々しい雰囲気に包まれていた。


 オレの部屋からも聞こえてくる、ローダーの音。

 中には、それ以上に大きい音。

 きっと、レイリオーネの音だろうと思える、重厚な音も混じっていた。


「何か、あったんですか?」


 オレは朝の準備をしているエイダさんに尋ねてみるのだった。

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