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第十二話

 さっきまでの湖で見せていた柔和なエニィさんの面影はどこにもなかった。

 

 彼女の唇は固く結ばれ、奥歯を噛み締めている。

 それだけで、危険が迫っているのだろうと分かった。


「せんせ……い……」

「いいから、早く!!  死にたくなければ、走りなさい!」


 険しい表情を見せて、余裕のない声が飛んでくる。

 こんな先生は見たことがなかった。

 それだけに、相当に危険なんだと今ハッキリと理解した。

 そして、オレは本気でローダーに向かうことにした。


「えっ……はやっ!」


 バカにしていたオレの走り方に驚くエニィ先生。

 それだけに、予想外に距離が開いていく。


 

 だが、それよりも早くカサカサと乾いた脚音。

 それが石を弾き、薮をなぎ倒す音となって近づいてくる。


「まずいわ……」


 その声と同時に、薮から何かが飛んでくる。


 ――シュッ!


 それは、白い糸だった。

 糸の束がオレに向かって飛んできた。

 それを、オレは前傾姿勢で走ってる姿勢をさらに低くして躱した。


「やっぱり……」

「なななんですか、あれは」


 黒く蠢く何かが、薮から姿を表した。

 それは、人より一回りも大きい蜘蛛。

 その異様さに嫌悪感が走った。

 女郎蜘蛛のような禍々しい模様。

 それが、余計に忌避感をそそってしまう。


「……デスウィーバー(死を絡め)・アラクニス(取る蜘蛛)……」

「……強いのですか?」

「ええ、かなり……厄介ね」


 そんな話をしていると、さらに糸が飛んでくる!

 しかも、今回は三連射出された!


「……っ! 切り裂き、炭化せよっ! アルデンスラミナ(炎の刃)ッ!」


 エニィ先生が杖を構えて、そう叫んだっ!

 その瞬間、繰り出した炎の刃が糸を切り裂き、燃え尽き落ちる。

 一瞬にして全て焼き払った。


「すげぇぇぇ!」


 オレは素直に感動してしまった。


「そんな言葉ははしたないですよ。しかし……」


 と、チラっとエニィさんがローダーまでの距離を測る。


「……フィル君。合図でローダーまで走って」

「せ、先生は?」

「わたしは足止めします」

「そんな……」

「ふふ、そんな心配しないでください。わたしも頃合を測り、乗り込みますよ」


 笑顔でそう述べると、次の瞬間。

 

「ふぅぅぅ」


 と、目を瞑り集中力を高めるためにひと呼吸く。

 

 その様子にアラクニスも、先ほどの攻撃に警戒している。

 歯をギチギチと鳴らしながら、うろうろしていた。


 そして――カッと目を見開いた瞬間!


「走ってっ!」


 そう叫んだ。

 その言葉を合図にオレはローダーへと全速力で走る。

 それを見た蜘蛛は逃すまいと八本の足で走り出した。


「いかせませんっ! 汚泥の沼と化せっ! ルテゥムリムス(汚泥の沼地)!」


 杖を地面につけ、そう声を発した。

 その瞬間、アラクニスの走る前方に泥沼が発現する。

 しかし、範囲は狭い。

 いいところアラクニス二匹ほどの範囲だった。

 だが、その沼に足を取られ転倒するアラクニス。

 そして、状況を判断したアラクニスは空中に糸を吐く。


 その糸で風に乗り逃れようとしていた。


「それを待っていました。 全てのモノを貫き穿てっ! フェルムート(鉄塊の尖塔)ッ!」


 それはすぐさまに鋭く硬い土塊が凝縮し、高速に加速しアラクニスを貫いたのだった。


 アラクニスは足をバタバタさせていた。

 だが、すぐに仰向けになり足を硬直させて動かなくなった。

 その姿を見たエニィ。

 「ふぅ」と、額を腕で拭いフィルの逃れたローダーに視線を向けた。


 だが、そこに見た予想外の光景にエニィは震えたのだった。


 §§§


「――フェルムート(鉄塊の尖塔)ッ!」


 オレは走りながら、アラクニスとの戦闘を見た。

 その戦いに、先生が本物の実力者だということを初めて知った。

 ただただ、凄い……

 そう思った。


 そして、ローダーの近くまで辿り着いた。

 のはいいが……

 何か、ローダーの足元がおかしい。

 なにか、蠢く影が見えたのだ。


 それは二匹目のアラクニスだと気づくまで時間はかからなかった。


「まじかよ……」


 オレは走るのをやめて、その場に呆然としてしまう。


 これ……

 どうすればいいんだ……


 そう思う暇ものなく、獲物と認識したアラクニスがこちらに迫ってきた。


「は、はやっ!」


 その速さに驚いたオレだが、なんとか一撃目の突進を躱した。

 だが、体制を整える暇がないっ!

 そう思えるほどの速さでさらに、素早く方向転換をして襲いかかってきた。


「ま、まずい……」

 

 そう思った瞬間!

 アラクニスの突進を喰らって、吹き飛ばされる。


「ガッ………ガハッ、ゴホッ」


 二、三度転がされて、いささか肺を打ち息が詰まる。

 なんとか立ち上がろうとするが、それよりも早くアラクニスが覆いかぶさってきた。

 不快な模様に、醜悪そうに浮かべる嬉しそうな表情。

 そんな表情にオレは戦慄を覚えた……


 チキチキチキ……

 不快な音を響かせながら迫るアラクニス。


 まずいまずいまずい……

 なんとかしないと、なんとかしないと……

 何度もそう繰り返すオレの頭はレッドアラートが鳴りっぱなしだ。

 ぐるぐると回り続ける答えの出ない思考。


 そんなオレを、嬉々とした表情を浮かべながら顔を近づけ始める。


「フィル君っ!!」


 先生の声が聞こえる。


 オレは最後の力を振り絞る!

 腰に差していた木剣を抜き、両手で持ちなんとかアラクニスの顔を抑え抗った。


 だが……

 それも時間の問題だろう……

 こんな幼児の体力じゃ、そうは持たない……

 切羽詰まってしまった。


 先生も魔術を使おうとしている。

 だが、何を使えばいいか分からない。

 そんな苦悩の表情を浮かべ唇を噛み締めていた。

 きっと、オレを巻き込まない魔術を探しているのだろう。


 どんどんと力が抜けていく体。

 そして、肩口に微かにヤツの牙が刺さりだした。


「あああ……」


 オレは痺れる感覚に嗚咽を漏らす。


 もう、ダメなのか……

 ここで、終わりなのか……

 ヒュリエ、ごめん。

 先生……迷惑をかけてスイマセン……


 そんな言葉しか頭に浮かばなくなった。


 そして、腕に力が入らなくなった。

 そのとき、ヤツの顔が喜びの絶頂を迎えたような顔に見えた。


 ど、同時に――


 頭に何か映像が流れ込んでくる。


 な、なんだこれは?


 ――ターゲット確認。現時点から排除モードに移行。タキオンセンサー解除。クァンタムコンバーター起動。『XP-07 CODE: STRIKER』稼働開始。ミューオンレーザー、照射準備。ターゲット捕捉。照射開始。


 そう、頭の中で聞こえた気がした。


 そして――


 視界が青白く光る。

 アラクニスの牙がスローモーションに見えた。

 その後、オレの目の前からアラクニスの腹部へと細い光線が凝縮する――


 そして――音もなく消滅し、一瞬遅れて空気が焼ける音がした。

 

 その後、緑の液体が飛び散り、アラクニスの上半身が蒸発。

 蒸発した胴体からは緑の体液が飛び散る。

 そして、残骸が地面に崩れ落ちた。


 ――排除確認。武装格納確認。ジェネレーター及びクァンタムコンバーター休止。スリープモードに移行します。


 再び、聞こえた声。

 それを最後に、聞こえなくなっていた。


 気が付けば、オレの体に緑の液体が飛び散っていた。

 何が起こったか分からない。

 だが、助かった。

 そう思うと全身に力が抜けていた。

 

 しばらく、安堵に少し目を瞑る。

 すると、絶命したのかと思ったエニィ先生がオレを抱き起こす。

 その瞳には涙が溜まっていた。

 オレに息があることを確認すると、さらにボロボロと泣き崩れた。


「ごめん、ごめんねっ! 怖かったよね……ごめん、ごめん」


 と、オレを力強く抱きしめる

 そんな先生は泣きながらずっと謝っていた。

 その泣き声に、オレは力なく呟く。


「そんな泣き顔先生には、似合いませんよ。折角、たすかったのですから、喜びましょうよ」と。

「なんて子よ……まったく、こんな時にまで……ううっ……でも良かった……良かったよぉぉ! うわあん」


 先生はしばらく、その場で泣いていたのだった……


 §§§


 アラクニスとの戦闘は終わった。

 傷ついていたオレの体は先生が回復と解毒をかけてくれた。

 他に体に異変がないかの確認をすると、ローダーに乗り込むのだった。


 ――ローダーの中の空気は少し重かった。

 

 けど、決して空気が悪い重さではない。

 どちらも、あの戦闘で魂が抜け放心している。

 そんな重さだ。


「……あの、良かったですね。わたしが助かって、先生の給料が無くならずにすん……」

「バカッ! 何言ってるのよ、こんな時に! 言っていいことと悪いことがあるわよっ!!」

「……す、すいません……」


 本気で怒る先生。

 初めて見た気がした。

 場を少し明るくしようとしただけなんだけど……

 ちょっと、無神経だったかな。

 けど……なんか嬉しいな。


 そう思いながらも、少しでも空気を変える為にオレは質問した。


「その……聞いてもいいですか?」

「わたしも聞きたいことがあるけど……先にどうぞ」


 慣れた手つきでローダーを操縦しながら先生はそう言った。


「では、あの魔術はなんです? いつもと違ってる気がしましたけど」

「ああ、あれはね、略式魔術よ」

「略式?」

「そう、普段と違って、緊急時に即座に放つための魔術……そう言えばいいのかしら?」


 たしかに、敵が迫ってきている時に長々と詠唱など出来るはずはない。

 しかも、近接となれば唱える暇もなく倒されるだろう。

 しかし、即座に放つ魔術。

 そんなものがあれば、攻撃に幅が広がる。

 と、納得してしまった。


「便利ですね」

「そうね。けど、問題もあるのよね」

「問題?」

「そう。まず威力が弱くなるし、範囲も限定される。これは略してしまう弊害ね」

「なるほど」

「それに、無理やり略式にする為、その分魔力の消費量も増える。それに、集中力も尋常じゃない。わたしも連続で使えるのは7回が限界ね」

「へ、へぇ」

「あと、基本がしっかりしていないと、まず使えない。何度も繰り返して、ほんとに何度もね……そうやって、体に染みこませてやっと使えるようになるわね」


「そ、そうなんですね」


 想像以上に弊害が凄かった。

 威力が弱い。

 範囲も狭くなる。

 そんな反面、魔力が減るのかと思えば逆に増えるとか……

 それに、最後がAI学習のように何度も繰り返さないと身につかないと言う。


 そのエニィさんの言い方に、深い研鑽の日々が思い浮かばれる。

 そして、改めてこの人……

 実は本当にすごい人なのではと思い知らされた。


「質問はそれくらい?」

「あ、はい。そうです」

「そう……なら、わたしも質問するわね」

「どうぞ」

「……あの最後の攻撃はなんだったの?」

「最後?」

「そう、フィル君が襲っていたアラクニスが突然、蒸発した攻撃よ」


 あ、そういえばそうだ。

 頭に変な映像が浮かんで……

 あれは、宇宙だったのか?


「………」


 分からない……

 まったく、思い至らない。

 オレ自身、誰かに聞きたいくらいだ。

 そんなオレに説明なんて……

 仮に宇宙のイメージとかいって、伝わるのだろうか?

 この世界に宇宙などど概念があるのかすら、疑問だ。

 なら、全く分からないで通したほうがいいのだろうか?


「その……すいません。まったく分からないです」

「……そう……まぁ、いいわ。とにかくたすかっ……と!」


 そう言葉を途切るエニィ先生。

 

「また、出たわね」

「なにがで……す……わぁぁぁぁ!!」


 オレはその光景に嫌悪感に体が震えた……

 何故かというと……

 さっき、殺されかけたアラクニスがワラワラと湧いていたからだった……

 その数およそ数十体……


「ななななんですか、これぇぇ」

「あらら。その様子だと、しっかりと恐怖を埋め込まれましたね。ふふ」

「笑い事ではないですよっ! どどどうするんですかっ! これぇぇぇ!」

「それは、まぁ、蹴散らしますよ」

「えええ……あ、あんなのが一杯いるんですよ……」

「すっかり、苦手になっちゃたのですね。でも、安心しなさい。あれは、アラクニスじゃないわよ」

「え……?」

「あれは、スクレイバー(擬態蜘蛛)よ」

「そ、そうなんですか?」

「よく見ると、模様が違うでしょ?」

「あ、たしかに……」


 よく見ると、女郎蜘蛛のような激しい横縞とかではない。

 どちらかというと、てんとう虫のような水玉になっていた。


「いや、それでも気持ち悪いですって」

「ふふふ。かっわいい」

「言ってる場合ですかぁぁ。ほんと、どうするのですか……」

「どうするって……危険だから排除するわよ。さっきは良くもやってくれたわね。その恨みをキッチリあんたたちで返してあげるわっ!」

「へっ?」

「行くわよっ! しっかり捕まっててねっ! イイィィ、やっはぁぁ!」


 ちょちょちょ、ちょっとぉぉぉぉ!


「わぁぁぁぁぁ!」


 オレの絶叫が響く中、歓喜に震える奇声をあげながら、群れに突っ込むのだった……


 §§§


「――あっけないわね」

「………(放心)」

「フィル君? 大丈夫?」

「………ハイ、ゲンキデス……」

「ちょ、ちょっと……ほんとに大丈夫?」

「エ、ナニガデスカ? ……ハッ!」

「正気に戻ったかしら?」

「え……あ、はい。終わったんですか?」

「ええ、殲滅したわよ」

「……それは、よかったですね」


 オレは少し前の記憶がない。

 なにか、エニィ先生が笑いながらローダーを動かしていた記憶だけがある。

 それだけだ……


「さて、糸を回収してとっとと戻りましょうか」

「……ええ……」

「と、思いましたが、街道の異変を伝えるのが先ですね」

「そうです。それがいいで……す。え? 異変があったんですか?」

「そうね。普通なら、あんなに魔物が沸くことはないわ。アラクニスがいたのも変。これは、なにか良くない前触れかもしれません。だから、街に戻り早く報告をしたほうがいいと判断します」


 眉をひそめ、真剣な表情を浮かべて先生はそう述べた。


「でも……ちょっと、もったいないわね……あの、糸は高く売れるのに……ああ、もったいない」

「そんなにですか?」

「あの糸、魔力をよく通すのよ。それに、上質な糸だから人気が高いの……あの糸で作ったローブは極上品よ……ああ、惜しい」

「はは……惜しいことをしましたね」

「ほんと、そうっ! もうぉぉ、悔しいっ!」


 などと、言いながらオレたちは城塞都市『セクト・アーデ』。

 その西門へと急ぐのだった。

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