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第十一話

 あの貴族たちが去ったあとにエニィさんがやってきた。

 ほんと……

 いつも、トラブルが去ったあとにくるなこの人……

 計算してるんじゃないか?

 そんな、疑念すら湧いてきたが飲み込むことにした。


 そして、さすがにあの塗料のことは放っておけない。

 そのため、エニィさんに伝えた。

 魔術師のエニィさんなら、なにか対処法があるのではと思ったからだ。


「……なるほどねぇ。そんなことがあったなんてね。やるじゃん、フィル君。さしずめお姫様を守る騎士みたいじゃない? カッコイイ。くすくす。ね、あなたもそう思わない?」

「っ!!? べべべつにぃ……」


 顔を赤らめぶっきらぼうにプイッと顔を横に背けながら、ヒュリエはそう言い放った。


「はぁ……それより、この塗料なんとかなります?」

「あら、冷淡ね、フィル君。もっと「これからは、オレが守ってやるからな」とか、言うことがあるんじゃないの? くすくす」

「………っ!!?」

「………」


 何を言っているんだ、この人……

 そんな小っ恥ずかしいこと言えるわけがないだろ……

 ヒュリエだって、呆気に取られてるじゃないか……

 ほんとに、はぁ……


「それよりも……どうなんですか?」

「あら、ほんとに素っ気ないわね。もう……安心しなさい。時間が経てば綺麗に消えて、元通りよ」

「ほ、ほんとにっ!? よかったぁぁぁ」


 エニィさんの言葉にヒュリエは安堵の表情を浮かべていた。


「それよりも、あいつらよっ! 今回のことは、ほんとに許せないっ! どうしてやろうかしらっ!」


 拳を握りしめ、怒りに打ち震えるヒュリエ。

 内に秘めた炎が舞い上がるようだった。

 そんな、ヒュリエにオレは冷静に促した。


「何もしないほうがいいと思う」

「はっ?」


 オレの言葉に「何いってんの?」みたいな返しが飛んできた。


「どういうことよっ! フィル! あんなことされて、このわたしが泣き寝入りしろってことっ!? 冗談じゃないわっ!」

「落ち着けって……仮にどうにかするって、具体的にどうするつもりなんだよ……?」

「そ、それは、あれよ……殴るっ!」

「「うっわ……」」


 オレとエニィさんが同時に呆れた言葉を上げた。


「な、なによ。何か問題あるわけ!?」

「あるって……前にオレに殴りかかってきたところを見ると、今回のようなことが何度も起こってるんだろう……そうやって感情のまま殴って、やり返されて、また怒る……お前、それ一生続けるつもりか? そもそも、お前がやりすぎなのが問題じゃないのか? だから、こんな陰湿な嫌がらせに走るんだろ……しらんけど」


 あ、つい前世のくせが……


「……そ、そんなことない……と、思う……そ、そんなことより、あいつらのやり方が気に入らないのよっ! こうなったら、お父様に言いつけてやるっ!」


「それは、ほんとにやめた方がいい。そこまで、ややこしくすると間違いなく、子供の喧嘩レベルの話を超えて、家同士の厄介な問題まで発展するぞ。いいのか? ドッロドロの政治劇が始まるぞ……」

「だから何? そうなって当然のことをしたのよ、あいつらはっ! 自分の立場ってのを分かってないのよっ!」


 そうだった。

 このヒュリエの家もオレと同じ辺境伯だったな。

 家格的に、どうもヒュリエの家の方が上なのだろうな。

 けど……だからといって……

 そんな簡単に人が人を切り捨てるのはオレは嫌だな。


「……なら好きにしろ。けど、正直そんなお前は見たくはない。やるなら、オレが見てないところでやってくれ。そして、そんな話はオレの前で一切しないでくれ……お前を嫌いになりたくないからな」


 オレは声のトーンを下げ、低くつぶやいた。


「……なんで、そんなことでわたしが嫌われなくちゃならいのよっ! 悪いのはあいつらよっ!」


 ヒュリエは涙を溜めて怒鳴る。

 その姿に、オレは予想外で驚いてしまう。

 まさか、泣くとは思わなかった……

 驚きながらも、オレは口を開いた。


「……ほんとにわからないのか?」

「わかるわけないでしょっ! フィルのバカっ!」


 ヒュリエは踵を返し、そのまま駆け出していった。


「………はぁ。まったく」


 溜息を吐いたオレにエニィさんが声をかけてきた。


「……あのままにしてていいの?」

「いいですよ。どうせ、何を言っても無駄でしょうしね。はは……」

「……フィル君。わたしは君が言ってることはよく分かる。でも、あの子はね、名のある貴族の娘よ。格下に舐められたなんて、普通は我慢できないものなの。年相応とは程遠いフィル君みたいな子じゃないと、受け入れられないんじゃないかな? 違う?」

「………」


 たしかに、エニィさんの言うとおりかも知れない。

 オレのこの価値観は前世の価値観だ。

 もし、オレもそんな縦の貴族社会に生まれ、現代の価値感を知らないとすると……

 たしかに、ヒュリエのような態度を取るんじゃないだろうか?


 だけど……それでも……

 そんな家の上下関係で揉めるのは見たくない。

 と、思うのはオレのわがままかも知れないなぁ。


 だからといって、今は何もできないだろうな。


「………ヒュリエの頭の冷めた頃合を見計らって、もう一度話してみます」

「うん、それがいいと思う。折角、フィル君にあんな素敵な娘が出来たのだからね。しっかり、手を繋いでないと、これから一生現れないかもしれないしね。あはは」

「なっ! 何を言ってるんですかぁぁ!」


 そうして、オレたちはヒュリエのことを一旦胸にしまった。

 その後、そのまま重たい気持ちを抱えたまま街の外へと出るのだった。


 §§§


 ――城塞都市『セクト・アーデ』西門にて。


 切り開かれた丘――

 そんな意味を持つ城塞都市『セクト・アーデ』。

 この西門は人が賑わう中央とは違った物静かな雰囲気があった。

 それもそのはず。

 ここはヨーグ帝国の首都『アクロネイヤ』とは真逆の門。

 ドラゴネス連峰にあるエスヴァール公国。

 それを抜けるとザナドゥ商業連合国へと続く街道の玄関口だからだ。


 その街道の中間から北方には未開の森『ジャボーダン大森林』。

 ――別名『暗黒の森(デボネア)』が広がっている。


「この街道、魔力の少ない場所だから普段は魔物が出ないんですけどねぇ」


 エニィさんが軽く肩をすくめた。


「昔は危なかったけど、今は境界に封魔石を置いてるから。数百メートル以内の魔力に反応して、方向感覚や平衡感覚を狂わせるんですよ。あれのおかげで森に押し込めてるの」

「へぇ……それでも、たまに出てくるんですか?」

「ええ、絶対じゃないからね。交通量も少ないのよ。――まあ、今日はそんな心配ないわ。行きましょうか」


 普段は安全。

 ――とはいえ、極まれに危険な魔物や魔獣が現れる街道。

 その街道をエニィさんが操るローダーで歩いていた。


 どこまでも広がる、草木の大地。

 街の周辺には穀倉地帯があり、小麦畑が広がっていた。


 それは、現代日本の都会では、まずお目にかけられない光景。

 その、壮大さにオレは圧倒されていた。

 目を輝かせながら、操縦席に映し出された景色に心躍らされた。

 時折、通りかかる人にエニィさんがローダーの手を振り答える。

 道中、野菜を積んた荷馬車をみつけた。

 すると、ローダーからエニィさんが降りて交渉してみたり。

 なんとも、のどかな時間が流れていた。

 何もかもが、新鮮で時間を忘れさせてくれたのだった。


 ………それでも、やっぱり人間だ。

 太陽が高くなり、草原が単調に見え始めた頃にはだんだん飽きがきた。


 §§§


「………」


 ………飽きてきた………


 いや……初めはね。

 そらね。

 見たこともない景色に感動してたよ。

 けどね……

 長い間、ずっと同じ景色だとね。

 さすがに……ね。


「そろそろ、お昼になりますね」

「……そうですね」

「あら、飽きちゃった?」

「あ、いえ……そういうわけじゃ……」

「ふふ、正直に言っていいわよ。わたしも飽きてますしね。もう少ししたら、綺麗な湖があります。そこでお昼にしましょう」

「いいですねぇ。正直に言うと、わたしも飽きてました。あはは」

「だよね。じゃあ、そこまでは、フィル君が操縦しよっか」

「えっ! いいんですか?」

「はい。フィル君はすごく筋がいいですよ。安心して任せられます」

「はは、お世辞が上手いですね」

「お世辞じゃないんだけどねぇ。それじゃあ、操縦を切り替えますよ」

「はいっ!」


 そして、オレに操縦が移行され、操縦するのだった。


 §§§

 

 ――ガシュンガシュンガシュン。


 やっぱり、操縦は面白いな。

 あれほど、飽きた景色が七色に色づいてしまう。

 なんだかんだで、この人が先生になってくれて良かったと思えるよ。


 ――ちらっ。


「ん? どうかした?」

「いえ、いつも先生は呑気だなぁ。と」

「え、それ、ひどくない? いっつもフィル君のためにと頑張ってるんですけどぉ」

「冗談ですよ。ほんと、感謝してますよ。はじめは「なんて胡散臭い魔術師なんだ」なんて思ってませんから」

「えっ! ちょ、そんなこと思ってたわけ!? ひどーい」

「はは、先生だって「ふふ、金づるを掴まえた」って、言ってたの聞こえてたんですよ。これくらいは、言われても文句ないでしょ」

「ええ……き、聞こえてたんだ……あ、あれは、その……借金で……」

「あはは、分かってますよ。背に腹を変えられなかったんでしょ、あの時は」

「そ、そうよ……うう。恥ずかしいな、もう」

「で、その借金はどうなったんですか?」

「当然、完全に返したわよ! はは、一気に返した時の驚き晴らした顔を見せてやりたいくらいだったわよ。あっははは」

「……ほんと、調子がいいですね。相変わらず」

「当然よ。だって……」

「「そうでなければ、生きていけない」」

「ですよね?」

「あはは、分かってるじゃない」

「そら、先生の弟子ですからね」

「あら、君も言うようになったわねぇ。っと、そろそろ着くわよ」


 そんな話をしていると、湖のほとりが見えてきた。


「うわぁ……すごいですね」

「そうね、ここが『ドラゴニックレイク』。ドラゴンすら水を飲みに来ると言われる湖よ」


 そんな雰囲気はある。

 どこまでも澄んだ青く光る湖。

 近くに存在するドラゴネス連峰から想像されたのだろうと思われる湖の名前。

 だけど、これはそう思われるくらいの荘厳さだった。


「さてと、じゃあお昼にしましょうか。適当な開けた場所で止めてね」

「はい」


 オレは少し開けた場所を見つけ、手早く準備をしたのだった。


 §§§


「――はぁ、おいしかった」


 エニィさんが得意げに布を広げた食材。


 まずは燻製のグリル鳥モモ。

 程よく香りが閉じ込められたスモーキーさに舌鼓を打った。

 一口かじると、ジューシーな肉汁。

 そして燻製の深みが広がった。

 現代のコンビニ飯とは次元が違う。


 その次は彩り蒸し野菜。

 氷魔術で鮮度完全保存されていた。

 摘みたてのようなシャキシャキ感があった。

 その虹色の野菜にレモンハーブソース。

 それが甘みと酸味が交互に攻めてきた。


 間に今朝焼いたパンが香ばしい。

 ついでに、鳥モモと野菜を挟んで美味しく頂いた。

 エニィ先生もオレの様子を見て、真似て美味しく頂いていた。


 最後はフロスティングベリー。

 氷魔術で薄氷纏わせただけ。

 ――なのだが、シャリッと溶けるのが最高だった。


 口に入れた瞬間――

 凍った果汁が弾けて湖畔の冷気と混ざり合う。

 絶品だ。


 食べ終わったあとは綺麗に片付けをして。

 ほとりでこの素晴らしい景色を眺めていた。

 時折、頬を投げる風が心地よい。

 こんな、穏やかな時間が何よりも大切にするべきことのように思えた。


 そんな中、しばらく、先生とたわいのない話をして過ごした。


 その後――


「では、そろそろ帰りますか。遅くなると怒られますしね」

「そうなると、先生の給料も減りそうですしね」

「そうなのよ……って、なにをいわすのよ」

「あはは。それじゃあ、先生の財布を軽くさせないためにも帰りましょう」

「もう、ほんとに……ふふ」


 そう笑う先生がオレは好きなんだろうな。

 と、この時に思えていた。


 §§§


 帰り道もオレの操縦だ。

 ……あれ? 

 もしかして先生は練習と称して楽をしたいだけ?

 なんて考えも浮かんだが、違うと思うことにした。


 そして、足取り……

 もとい、ローダー取りも軽く操縦していた。

 すると、エニィさんがふと眉を寄せた。


「ん……? 何か変ね」

「どうしたんですか?」

「この辺の魔力の流れ……少しおかしいわ」


 そう呟く先生を他所にそのまま歩いていた。

 が、異変はすぐそこにあった。

 前方に、道端で壊れた馬車が転がっている。

 ローダーを止め、エニィさんと共に降りて調べる。


「盗賊……は、こんな危険な街道をねぐらにするなんてしないはず」

「じゃあ、何なんですかね? この馬車が狙われた?」

「それにしては……物取りっぽくないわね。荷物がそこら中に散らばってる。それに、これを運んでいた人はどうしたのかしら?」


 辺りを見回すと――


「先生っ!」


 オレの声に、エニィさんが駆け寄ってきた。


「先生っ! この足跡……そしてこれっ!」


 オレの指差す先――

 そこには足跡の近くに、地面にべっとりと広がる血だまり。

 近くに引きずられたような泥の跡が、藪の方へ続いている。

 それに、なんだろこれ?

 ……糸?


「これは……フィル君、ローダーに戻るわよ!」


 その声に急いでローダーへと戻るのだった。

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