第十話
「ハッ!」
―――ブンッ!
木剣が空を裂く。
腕が痺れるが、残心は解かない。
この幼児の体で、母さんが残した『神道流』の神速を再現するのは無理がある。
「………」
うう~ん。
これでいいのかな?
………迷うなっ!
まずは一歩づつだ。
今までのトレーニングだって、地道に続けただろ。
それが、この前のヒュリエの時に役に立った。
と、思っている。
実際、まったくやらずにのうのうと暮らしていたとすると……
二回目のビンタも絶対に食らっていたはずだ。
だから、今もこれが正しいと信じろっ!
オレはあの時、ヒュリエの攻撃を躱した。
しかし、その後に何をすればいいの分からなかった。
それがどうにも悔しくてやるせない。
そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、あの濡れタオル事件から機嫌がいい。
格納庫で出会うと、こっちに来て話しかけてくる。
エニィ先生とローダーの練習をしていた時。
こっちに気づくと、模擬戦の合間にローダーで手を振ってきたりとか。
何かと、絡んでくるようになった。
あの性格だ。
もしかして、友達が少なく寂しくて……
なんて思っていたが「……ないな」と結論を出していた。
まぁ、それはそれとして仲が良いことは悪いことじゃない。
少なくとも、誤解を受けたまま終わるよりかは遥かにマシだ。
だから、今はこれでいいと思っている。
けれど……
オレはあの時、反撃出来なかった。
それが、ずっと心に引っかかったままだ。
そこで、せめて反撃できるようにと剣の稽古をしている。
何故、剣なのかは理由があった。
まず、はじめは単純に格闘技をはじめればいい。
そう思ったのだが、全く分からない。
他の人に聞いたとしても、誰も知らないという。
それならと騎士団の人にも聞いてみた。
§§§
「すまない。キミの要望には答えられない。我々はグラン様の配下であって、君の配下ではない。グラン様の許可がなければ、我々にはどうすることも出来ない。理解してくれ」
騎士は自身の息子の面影をオレに重ねたかのように申し訳ない素振りで断ってきた。
その姿に、無理を言ってしまった。
少し考えれば分かることなのにと、オレも少し悪い気がした。
この騎士の人の返事は当然だ。
彼らは父の配下であって、オレの配下ではない。
たとえ、息子とはいえ公私混同はできないだろう。
そう理解して、オレはこの騎士に貴族らしく一礼をしてその場を後にした。
なら、父に聞いてみるのもありか?
けれど……
同意を得られるのだろうか?
そんな不安はある。
だが、何もやらないでうだうだ考えるよりも……
そう考えて、ダメ元で父の元へと向かった。
§§§
今日は父が執務室にいるらしい。
そう、バトラーに言われた。
だが、グラン様に用事があるのならば、普通であれば先に面会の予約を取り、返事が届いてからの面会になるという。
「――そうですか……失礼しました」
と、肩を落とし踵を返そうとした。
だが、その姿を不憫に思ったのか、
「面会が許されるかどうか分かりませんが、承諾の有無を確認をしてまいりましょう」
と、父の部屋と入っていったのだった。
しばらくのうちに、面会が許された。
オレはバトラーに礼を述べて、父と面会したのだった。
面会すると早速オレは自分の要望を伝えた。
だが――
「お前の教育はエニィに一任している。我に願い出るのはお門違いだ。わかるか?」
「は……い……分かりました」
当然だな。
たしかに、エニィさんという教育係がいる。
それなら、エニィさんに頼むべきだ。
至極まっとうなことだ。
けど……あの人は魔術師だ。
格闘技や剣術など分かるはずがない。
だから、無駄だと思って聞くのを諦めていた。
「………」
やはり、自分で見つけるしか……
また、肩を落とし諦めようとした時に父が静かに話しかけてくる。
「……そういえば、お前の母『ライラ』は元は『神道流』道場の娘だった。その、指南書をエイダから遺品だからと渡されたことがあった。もし、必要なら持っていくがよい」
そう言いながら、机から一冊の本を出してきた。
「よいのですか?」
「元々はライラの物だ。必要なら、その息子に渡してなんの不都合があるか? そうではないか?」
「あ、ありがとうございます。父上」
オレは父の配慮に感謝した。
そのあとに、少し母の話を聞いた。
なんでも、母はこの世界の二大流派『神道流』と『影神流』の一つ。
『神道流』の流れを組む道場の娘だったという。
簡単にいうと『神道流』は相手よりも早く。
むしろ、相手が何が起こったかも分からないくらいに素早く一太刀を浴びせる。
という、一撃必殺の剣。
方や『影神流』は後の先の剣。
相手に攻撃をさせて、躱した直後に一太刀を浴びせる剣術。
いわゆるカウンターに重きをおいた剣だ。
昔から、才能があり練習熱心でその道場でも抜きん出ていた。
しかし、母は女性で跡取りには慣れなかった。
母はそれでも良かったらしい。
そのまま、穏やかに暮らせていければ良かったという。
しかし、そうはならなかった。
この世界の『魔神』を崇める教徒に襲われたという。
一人や二人なら問題がなかった。
しかし、七人ほどに襲われ、その時に傷を受けたという。
そして、さらに悪いことにその刃には毒が塗られていた。
襲われたと聞きつけた、門下生によって助け出されたのはいいが後遺症が残った。
普段の生活には差し支えないが、戦闘となると体がついていけない。
そこで、母は剣を捨て別の道を模索した。
道場での礼儀や正しい姿勢。
そして、剣だけではなく学問に通じていて知的な振る舞い。
それが幸いして、ここブッシュボーン家の侍女として雇われたという。
父は母を懐かしむように話してくれた。
そして、話が終わるとオレは部屋を退室した。
そして、今はその指南書と前世で短い時間だが剣道を教わった師範の教えを思い出しながら、剣の練習をしている――
「ハッ!」
オレは剣に見立てた木剣を上段に構えて、そのまま打ち下ろす。
このまま続ければ、暴力という名の理不尽に多少は抗えるかも知れない。
そう信じながら、続けるのだった。
§§§
定番になった朝のトレーニングと最近始めた剣の練習。
それを終えた後は汗臭い体を近くの井戸で水浴びでさっぱりさせた。
今日は魔力測定の日が一ヶ月に迫って、ナーバス……
に、なっているであろうオレにと、街の外へと気分転換にローダーで散策する。
予定をエニィさんが提案してきた。
特にナーバスになどなっていない……
と、いうよりもむしろ、結果など出ている。
むしろ早く終わってくれ。
そう思っているだけなんだけどな。
けど、そういったオレの言動がナーバスになっていると受け取られたのかもな。
まぁ、だけど、それならそれでオレも街の外は見てみたいとは思っていた。
だから、気分転換にも丁度いい。
今日は楽しめばいい。
むしろ、オレは子供のようにワクワクしていたのだった。
そんな気持ちを持ったまま、待ち合わせ場所の格納庫へと歩を進めた。
相変わらず、オレが待ち、あとからエニィ先生がやってくる。
この構図は、これから先も変わらないらしい。
仕方なく、またオレは格納庫の中を見学を兼ねて暇つぶしをしていた。
すると何やら声が聞こえてくる。
その声の方に向かうと、黒い機体が見えてきた。
また、ヒュリエが誰かとトラブっているのか……
そう思っていたが、どうやら違うようだ。
オレは近くのローダーの影に隠れたその子達を観察してみることにした。
そこには五人程の子供たち。
オレよりも体が大きい。
見た目が十歳そこそこなのだろうと推測できそうな子たちだ。
そんな彼らが、ヒュリエの機体に何かをしようとしているのが見て取れた。
「………」
これは、あれか。
ヒュリエが言っていた、いけ好かない貴族の子弟ってヤツか?
たしか高慢ちきなカーライル家とすこしふくよかなヴァーゲンザイル家のお子様だったけ?
陰から観察していると直ぐにわかった。
あの、偉そうにふんぞり返りながら何かの支持を出しているのがカーライル家。
そして、その近くに金魚のフンのように引っ付いているふくよかな体型の子がヴァーゲンザイル家の子供なのだろう。
あとは……その子達より下の爵位の子達なのかもね。
と、予想がついた。
「おい、早くやれ。もたもたするな」
偉そうにふんぞり返っていた子がほかの子達に指示を飛ばす。
「ミゲル様。ほ、ほんとにこれ大丈夫なのですよね?」
「問題ない、セルベル。ただ驚かすだけだって」
「い、いや、そうじゃなくて、こんなことがバレたら……」
「それも大丈夫だ。この特性の魔力塗料は時間が経てば、綺麗になくなるようになってる。だから心配するなって」
「な、なら……」
「……これであの女も、鼻をへし折られるんだ。いつも俺たちをバカにしやがって……親父にもあいつと比べられる俺の身にもなってみろよ」
そう言いながら、その子達が足首にある可動部分の魔法陣になにかの薬品を塗っていた。
「はは、これで傲慢なあいつの悔しがる顔が拝める。屈辱に打ち震える顔が見ものだな。ざまぁみろだ」
「いつもいつも、おれたちを馬鹿にしやがって、いい気味だ。わははは」
「で、でも、これで大怪我でもしたらオレたち……」
そんな、セルベルに肩に手を回して話しかける。
「心配性だな。お前も馬鹿にされて悔しいんだろ? そうなったとしても、これは事故だ。オレたちには何も関係ない。そういうことだ」
と、ニヤニヤといやらしい顔を浮かべながら話していた。
「さぁ、そういうことでとっとと終わらすぞ」
その言葉で彼らは作業に戻る。
作業中にもヒュリエに対しての不満の声を上げながら。
「………」
あいつ……どれだけ恨み買ってるんだよ……
ほんと、友達いないんじゃないか? これ?
それで、何を言っても普通に接してくるオレに好感を持った感じなのか?
と、そんな勘違いすら思い浮かんでしまうよ。
けど、いくらこいつらがヒュリエを嫌っているとしても、これは見過ごせない。
「………」
……見過ごせないか。
前なら、それでもオレは何もしなかっただろう。
いや、知ってても無視してただろうな。
そんなオレがオレは嫌だったんじゃないか?
だったら、オレは何をするべきかがわかっているんだろ?
………よしっ!
そう心の中で呟き、この子達を止めに入ろうと決意した。
だが、こういったヤツらは真正面から言っても反発を買うだけだ。
だから……
「ねぇ、そこで何をしてるんですか?」
オレが何も知らない風を装って質問をしてみた。
すると、全員がビクっと体を硬直して声を発したオレに顔を向けてきた。
「だ、だれだっ、お前ッ!?」
偉そうにしていたリーダー格。
カーライル家のミゲルと呼ばれていた子が、驚いた声で尋ねてくる。
「えっと、わたしはただ通りかかっただけなんだけど……お兄さんたちは何をしていたんです?」
「お、お前には関係ない……さっさとどっかにいけ」
「……そうした方が良さそうですけど……その、黒い機体はヒュリエって人のじゃないですか?」
「な、なんで、そんなこと知ってるんだ? お前、あいつの知り合いか?」
警戒しているミゲルは焦ったように尋ねてくる。
オレはそのまま話を続けた。
「ええ、知ってますよ。あの人、ほんとひどいですよね。前にわたしがここを通りかかって、カッコイイなと手で触れようとしたら、いきなり殴りかかってこられたんですよね。ほんと、たまったものじゃないですよ」
そういうと、警戒を緩めだしたミゲルが饒舌に話し出す。
「な、なるほど。お前もあいつに恨みがある口か?」
「そうですね。突然、訳も分からず殴りかかられれば誰だって、腹たちますよね」
「そうそう、ほんとそうなんだよっ! あいつはいつもそうなんだ!」
と、それを皮切りに他の子達もヒュリエへの不満を吐き出し始めた。
「あいつにはほんとイラついた」
「いっつも、もっと痩せないと強くなれないとか。何様だよ」
「でも、ローダーの扱いが巧くて、それに地でも強いんだよな……それで、いつもオレたちを見下してくるんだ」
などなど、余程溜まっていたのだろう。
悪口吐露合戦が始まった。
聞いているうちにはオレは気分が悪くなりそうになる。
そんな中、完全に警戒を解いたミゲルはオレに提案をしてくる。
「なぁ、お前もあいつに恨みがあるなら、オレたちの仲間になれよ」
「なかま……ですか? ……悪くないですね」
「そ、そうか。はは、お前も相当腹に溜まってたのな」
「それで、何をしてたんですか?」
「それは――」
と、ミゲルは得意げにさっきの塗料の話を繰り返した。
「――なるほど。それは、悪くないかもですね。ですが、ちょっと危険じゃないですか?」
「そんなの知るかよっ! 何が起こってもあいつが悪いんだっ!」
喧々と捲し立てたミゲル。
こいつ、相当腹に据えかねてるのな。
そう思えるほどの剣幕だった。
「けど、それ表にばれると大変なことになりませんか?」
その言葉に皆ギョッとする。
「きっと、大怪我するような事故を起こしたら、調査が入りますよ。すると、徹底的に調べられて証拠なんかでると、家に連絡がいくのではないですか? 結果、犯行がバレると本家の人はどうするのでしょうか? 家の恥として下手したら見限られるかもしれませんよ」
そのオレの言葉に全員体が強ばりだし、不安な空気に包まれた。
そして「な、なぁ、やっぱり止めた方がよくないか?」。
そ、口々に話しだした。
「う、うるさいっ! そうなってもオレが父に頼んでもみ消してもらえばいいだけだっ!?」
「………」
おいおいおい……
とんでもないことを言い出したぞ、こいつ。
ほんとに分かってるのか?
そんな事が出来るのは、相当に高い爵位がある家だけだぞ。
それに……どれだけ家の格を傷つけることになるのか、理解してるのか?
それ以上に、前後の見境なく今のヒュリエに憤りを感じてるってことか……
それとも、皆の手前引くに引けないかか?
まぁ、どちらにしても下手したら破滅に向かっていると認識できていないのだろうな。
ある意味同情するよ。
「おまえ、なんなんだよっ!? オレたちの邪魔をしに来たのかっ!?」
「邪魔などと、とんでもない。ただ、このやり方は危険だと教えただけですって」
「ふざけたことを……」
ミゲルはワナワナと拳を握り、体を震わせていた。
「提案なのですが」
「なんだっ!?」
「こんなことをするよりも、相手より強くなって見返したほうがよくありませんか?」
「……おまえ、何を言っているんだ?」
「分からないのですか? 仕方ないですね。では、はっきりいいましょう。こんなくだらない真似をする暇があれば、鍛錬でもして少しでも強くなれって、言ってるんですよっ!」
ミゲルは顔を真っ赤にして詰まった。
「お、お前みたいなガキに……言われたくねぇよ!」
「だったら証明してみせればいいじゃないですか。言葉じゃなく、結果で」
「だまれえぇぇぇ!!!」
逆上したミゲルが拳を振り被り襲ってくる。
――遅い。
あいつより遅い。
それだけで、日々の鍛錬をしていないのがよくわかった。
基礎的な体捌きも知らない子供の動きだ。
オレは首をわずかに傾け、飛んできた拳を紙一重でかわす。
「……なるほど。ヒュリエよりも遅いし、軽い。これじゃ、あいつにバカにされるのも納得ですね」
「黙れッ! 黙れ黙れ黙れぇッ!」
振り回される拳の風圧。
だが、一発も当たらない。
十数秒も経たないうちに、ミゲルの肩は激しく上下し始めた。
日頃のトレーニング不足は明白だ。
オレは最後に放たれた、力のない右フックを掌で受け流し、そのまま彼の喉元に拳を突き出した。
「――ッ!?」
触れてはいない。
だが、拳が空気を叩く衝撃がミゲルの喉に伝わる。
ミゲルは目を見開き、その場に尻餅をついた。
「……あいつに殴られた時は、もっと『殺気』があった……ミゲルさん、あなたが本当に憎むべきは、彼女じゃなくて自分自身の不甲斐なさじゃないんですか?」
ミゲルは屈辱に顔を歪ませ、地面を叩いた。
「……行こうぜ、お前ら……こんな、薄気味悪いガキとつるんでられるかよ」
捨て台詞を残し、彼は仲間を連れて逃げるように去っていった。
「ふぅ……これで良かったのだろうか?」
オレは自分でも答えが分からないまま、踵を返そうとした。
すると、そこにヒュリエが佇んで、ずっとオレを見つめていた。
そして、その姿を見ながらゆっくりと歩き出すと。
「その……ありがと……」
そう一言を告げて、自身の機体へとヒュリエはそそくさと去るのだった。




