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【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ  作者: 流石ユユシタ
第4章 美術館編

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第61話 VS黎明・二回戦目

 扉を潜った黎明達の目に飛び込んできたのは美術館に囚われた観客達。


 その全ての人間は絶望しており、恐怖に溢れていた。そして、そんな彼らに声をかける暇もなく……


 人々の間から、ずるり、と何かが立ち上がった。



 一体ではない。

 二体でもない。

 数十。数百。



 薄暗い展示ホールの至るところで、甲冑をまとった影が起き上がる。錆びた刀を握り、矢を背負い、槍を引きずる亡霊達。顔は潰れ、腹は裂け、首に矢を受けた者もいる。


 かつて戦乱の中で死んだ人間達。無念と恐怖だけを抱えたまま、この異界に縛られたもの。




「ひっ……!」

「ま、まただ! これ……!」

「嫌っ、来ないで!」




 一般人達の悲鳴が弾けた。その声に反応するように、亡霊達が一斉に刀を構える。



刃の先は、

人間達へ。

子供へ。

老人へ。

怪我人へ。

泣き崩れた母親へ。





「うふふふふっ♪」




 怪異・童子姫(どうじひめ)の笑い声が、展示ホール全体から降ってきた。声だけで姿は見えない。だが、声だけが甘く響く。





「動いちゃ駄目だよぉ。白いお兄ちゃんも、その後ろの人達も。一歩でも動いたら、この雑兵達が人間を斬っちゃうからねぇ」





 まさに人質、少しでも動けば人間を殺すと告げていた。そして、宵花はその怪異の群れを見て再び、脳裏に鋭い痛みを持つ。






「っ、い、痛い」

「また、頭痛?」

「はい……でも、情報がわかりました。目の前の武者みたいなのは【雑兵】。戦乱で死んだ人間の恨み。それが形となった怪異です」

「へぇ、頭痛がすると情報がわかるなんてすごいね。どういうシステムなの? 是非とも頭を見てみたい」

「……えっと、この件が終わったらレントゲン写真とかくらいなら」

「あー、レントゲンかぁ。それなら別に」

「他の方法で見ようとしてたのが信じられないのですが」





 宵花の情報により、怪異のことは知れた。しかし、この状況が好転したわけではない。




 圧倒的優位な状況に立ったと思っている、怪異側は声が軽い。




「卑怯だと思うかい? うふふ、変なのぉ。あたし達は怪異だよ? 人間みたいな遊び方なんてしないもん」




 童子姫の声が弾む。次の瞬間、亡霊の一体が刀を振り上げた。すぐそばにいたスーツ姿の男が、恐怖で腰を抜かす。





「や、やめ……!」

「ほら、見て見てぇ。すぐ死んじゃうよぉ」




 ぴたり。振り下ろされかけた刃が男の首筋で止まった。ほんの少しでも動けば、皮膚が裂ける距離。




「条件を言うねぇ。白いお兄ちゃん。その場で自分の体を刀で貫いて、自害して?」





 黎明側の空気が凍った。人々の悲鳴すら止まって聞こえるほどに。宵花は言葉を失い、祈も、透も、すぐに動けない。





「な……」

「聞こえなかったぁ? 自害。自分で、自分を殺して。そうしたら、人間は殺さないであげる」




 黎明の自害。確かにこの中で最も最優先で処分をすべきは黎明である。だからこそ、その選択に黎明は納得をしていた。




「ふーん。確かに俺が最優先ではあるよね。この中じゃ、ダントツに俺が強い」

「納得してる場合ですか!? 自害しろって、そうしなきゃ他の人間を殺すってことですよ!」

「分かってるさ」







 黎明は、ゆっくりと視線を巡らせた。




 亡霊の数。

 人間の配置。

 刃の距離。

 空間の広さ。




 その全てを、淡々と見ている。そして、彼らの様子を見て童子姫は、隠れた場所で笑っていた。



(そう、それでいい。見ろ。考えろ。迷え、迷え、迷い続けて♪)




(あの白髪のお兄ちゃんの動きが異常に速いことは分かっているんだよねぇ。飢津御前との戦いを見れば、嫌でも理解できる。ありゃ化け物、純粋な身体能力も化け物、こっちよりは断然上)




(それに加えて霊力があれば……鬼に金棒。勝てないし、止められない。たとえ人質が居たとしても認識すらできずに、人質を取られる。もし人質が一人だけなら、刃が振り下ろされる前に奪われるだろう)




(だが、数百人ならどうかなぁ。一人、二人、十人ではない。展示ホール全体に散らされた人質。その間に配置した雑兵達。人間達の恐怖の声が百単位で重なれば、どこから危機が来るのか判断も鈍る)





 救えるものなら救ってみろ。

 助ける者を選べ。

 間に合わない命を見捨てろ。

 その上で、絶望しろ。





(あのお兄ちゃんは、多分、人間の味方をする怪異。人間そのものじゃないかもしれないけど、人間を助けるためにここまで来た。だったら、見捨てないよねぇ?)




 童子姫は口元を歪める。そもそも、見捨てるつもりなら美術館になど来ない。人間に興味がないなら、飢津御前を倒して進む理由もない。


 ならば揺さぶれる。

 恐怖させられる。

 壊せる。




「制限時間をあげるねぇ。三分。相談してもいいよ♪」




 童子姫の声が甘く響く。提示された時間は思ったより長い。だからこそ、宵花は嫌な予感を覚えた。




「十秒以内に自害しなかったら、まず十人殺すねぇ。そのあと十秒ごとに、十人ずつ。あ、動いたらその瞬間に全員斬るよぉ」




 長い制限時間。それは慈悲ではない、人間達に考える時間を与えるため。正確に言えば黎明に考えさせるため。



 助かるかもしれないと期待させ、その期待ごと踏みにじるため。




 ──そして何より、この部屋を恐怖で満たすため。





 そう、これこそが真なる理由。童子姫の目的は、黎明を殺すことだけではなかった。寧ろ、サブプランとも呼べるだろう。




 いわばこの部屋は、巨大な炉。人間の恐怖を霊力へ変換し、吸い上げるための祭壇。恐怖が濃くなればなるほど、封印は薄くなる。閉ざされた地獄の扉が、さらに開く。




(もうすぐなんだよぉ。もうすぐ、地獄の扉が開く。あたしが勝っても負けても、どっちでもいい。人間が発狂するなら、それでいい。白いお兄ちゃんが見捨てるなら、それも楽しい。自害するなら、もっと面白い)




 童子姫は、心の底から楽しんでいた。




 救うか。

 死ぬか。

 見捨てるか。

 どれを選んでも、地獄へ近づく。




 最初から、勝ちが決まっている勝負。勝とうとはしてない、だからこそ、勝つことは不可能である。





「さぁ、迷ってぇ? 怖がってぇ? そして、死んでぇ? 人間のみんな、そこの白いお兄ちゃんが、自害したら皆んなを助けてあげよう。だから、全員でお願いをすることをおすすめするよぉ」




 悪意だけが残る声。人々が一斉に黎明を見た。


 助けてくれ。

 死にたくねぇ。

 自分達を見捨てないでくれ。

 でも、こんな若い子を見捨てていいのか。




 そんな矛盾した祈りが、視線となって突き刺さる。その視線を感じ宵花は歯を食いしばった。


 最悪だ。


 人質を取られることほど厄介な状況はない。結界を壊せば巻き込む。術を撃てば人を殺す。雑兵だけを狙おうにも、数が多すぎる。





「黎明さん……! どうしますかっ」


 宵花が声をかける。だが、黎明は答えない。


 ただ、刀を片手に立っていた。その様子を見て童子姫は笑う。





(そう、そのまま固まって。考えて。苦しんで。時間を延ばして。もっと恐怖を集めて――)





 その瞬間。黎明が、息を吐いた。




「なるほど」




 小さな声。次いで、彼の足元から白い光が漏れた。




「色々考えたけど、やっぱり性に合わない。俺は考えすぎず、自由に行こう」

「……え?」





 宵花が聞き返すより早く、黎明の霊力が爆発した。




MP飛ばし(インナーフォール)




 それは、攻撃ではなかった。白い霊力が、滝のように展示ホール全体へ広がる。


 しかし、滝のようにと言っても上からではない。黎明の内側から霊力が溢れ出したのだ。床、壁、空気、人間の影。あらゆる隙間から、霊力の奔流が吹き上がり満たされる。




 瞬間。人々の意識が、ふつりと途切れる。それと同時に悲鳴が止まった。


 恐怖に歪んでいた顔が、眠るように緩む。立っていた者は膝から崩れ、座り込んでいた者はその場に倒れ込む。


 全員。数百人が、同時に。




 これは、ただ霊力を飛ばしただけだ。以前、影森町で、志乃をいじめる同級生に向けて霊力を飛ばしたのと全く同じ。霊力は圧のような一面もあり、それを当てることで相手をビビらせることができる。


 それを再び、同じように行う。違いがあるとすれば、その出力。以前はただビビらせただけだが、今回は違う。多大なる霊力を一瞬でこの部屋で満たすことで、人間全員を気絶させるほど驚かしたのだ。




「なっ……!?」




 童子姫の声が初めて乱れた。いきなり動いたからだ。動くなと言っていたのに、何の迷いもなく、黎明は行動を開始する。


 


(どういう判断してるんだっ、人間が死ぬって言っただろ。でも、これで雑兵は動き始めた。人間をビビらせて気絶させることはできても、怪異は気絶はできないからねぇ?)



(まぁ、怪異をビビらせるほどに霊力を強めると、人間がそれに耐えられなくて死んじゃうから。この程度で収めるしかないだろうけど)



(じゃあ、何のために霊力飛ばしたんだよって話だよねぇ? 状況が混沌としすぎて、狂っちゃったのかなぁ?)





 展示ホールの端で、一体の雑兵の首が飛ぶ。





 次。

 腹を裂かれる。

 次。

 刀ごと腕が消える。

 次。次。次。


 恐ろしく速い。いや、速いなどという言葉では足りない。





 黎明の姿が、展示ホールの至るところに残像となって現れる。白い髪が尾を引き、刀の光だけが線となって残った。


 雑兵達が、人質を斬ろうとする。だが、刃が人間の皮膚に届くより早く、黎明の刀が亡霊を刻む。





(速いっ。人質を斬ろうとする雑兵だけど的確に狙ってるっ。でも、それも限界だよねぇ。だって、広範囲に攻撃しすぎれば、人間も巻き添えだし)




(同時に、人間を斬ろうとすれば、絶対に誰かを見捨てる選択肢となる。まぁ、元から犠牲前提で助けるってタイプってことなのかな?)




 そう、いくら黎明が速くても、全てを完全に防げるわけではない。




 亡霊の刃が、気絶した人間の腕を裂く。別の場所では、腹に刃が突き刺さり血が溢れる。




 しかし。次の瞬間、その傷が塞がる。展示ホール全体に、淡い白い光が満ちていた。




 ──陰陽術【陽遁術】光ノ範奏(ひかりのはんそう)。一定範囲内を治癒の効果で満たす術。



 黎明は霊力を解き放った瞬間から、この空間全体に治癒の術をかけていた。斬られても治し、刺されても塞ぐ。なにより命が零れる前に、強引に戻す。


 


 そして、その状況を理解した童子姫は、今度こそ驚愕をあらわにする。



(マジかっ、こいつっ!? この部屋全体に治癒の御技をかけてやがった!! しかも、その効果の桁があまりにも大きい。大きすぎるっ!!)




(脳天を割ったはずなのに、その人間がすぐさま治り、寝息を立ててるだとっ。どういう治癒精度なんだよっ)



(通常、治癒ってのは自分よりも相手の治す方が難しい。だって、自分の体はわかっていても、相手の体なんてわかるはずがないから)



(だというのに、相手の脳みそさえも、再現をできる。それに脳みそなんて、高密度の繊細な器官じゃないのかっ!? 壊したら治せる、そういう枠組みじゃないだろッ)





 童子姫は、次々と雑兵がやられていく様子を見ながら身を震わせた。あまりにも、黎明と自分の立っている場所が遠すぎたから。




「……神格の中でも、上澄の上澄の怪異だと、言うのか。でも、そんなのが何で人間の味方とかしてるんだよぉ。神ならもっと人間を見下してろよぉッ」





 そして、宵花も現実から大きく離れた現状に、放心状態になっていた。




「嘘……」


 

 攻撃。制圧。治癒。


 それらを同時に、広範囲で行っている。全ての物事を同時にマルチタスクで寸分のクリなしに行う黎明。



 一つ一つが、あまりに丁寧であり、純度も高い。しかも、それに加えて……



「最初に、霊圧を飛ばして観客を気絶させたのは……《《配慮》》。治癒を常にかけ続ける中で、痛みすらも感じさせないために。この展開で、よくそんな気遣いを挟む余裕が……」




 震える声。隣で、透が唇を歪める。




「流石にこれは天才であるオレでも、ステージがまだ遠い。治癒の術を広範囲で、ここまでの精度とはな」



 

 その間にも、黎明は止まらない。雑兵の群れが、まるで草のように刈られていく。雑兵が次々とやられていく、的確に、最短で、迷いなく崩れ落ちていく。


 

「あ、俺が全部倒しちゃってもいい? おじさんとかも倒したかったりする?」

「いや、今回は大丈夫だ。流石に入る気になれねぇよ」

「あ、そう。確かにそうした方がいいかな。人質もいるし」





 軽い声が、戦場に似合わないほど自然に響く。その様子を童子姫は、理解できなかった。



 なぜ混乱しない。

 なぜ迷わない。

 なぜ人質が数百人いて、それでも最適解を引ける。



 人間を気絶させる?

 全員を治癒する?

 その上で雑兵だけを数秒で全て斬り伏せる?




 そんなものは、策ではない。




 理不尽な暴力である。圧倒的すぎる力による、盤面そのものの破壊。






「ふざけ――」





 童子姫が声を漏らした時。最後の雑兵が消えた。それと同時に展示ホールに、静寂が戻る。


 斬撃の音が止むまで時間にして、一分にも満たない。数百の亡霊は、欠片も残さず祓われていた。





「よし、これでスッキリした」




 ゲームの小さなイベントを終えたような、そんな調子。





 宵花は、ただ立ち尽くす。目の前の光景を、頭が受け入れようとしない。いつまでも情報が完結しないように、理解を拒んでいるかのようだった。


 あれほど絶望的だった状況が、たった一分足らずで消えた。



 透は舌打ち混じりに笑った。その視線は黎明に強く向いている。




「相変わらず反則くせぇ。天才の立場がねぇよ」

「おじさんも頑張ればできるんじゃない?」

「当たり前だ、オレは天才だろ。まだまだこれからだ。未来があるんでな」

「おじさんって結構歳だよね」

「四十代だ、まだな」

「……四十代っておじさんじゃないのか、知らなかった」




 三者三様。祈はすごいと憧れ、透は闘争心を燃やし、宵花は戦慄する。だが、黎明はもう別の方を見ていた。





「で」




 視線の先。


 展示ホールの壁に掛けられた、一枚の絵。そこには、日本人形の少女が描かれている。





「そこにいるよね」





 黎明が言った瞬間、絵の中の少女がぴくりと震えた。




(バカな……き、気づかれた? いや、まさか、そんなはずない。ハッタリに決まってる、完全に全ての気配を絶っているはずっ)




 しかし、黎明の目線はそこにずっと向いていた。






(いや、ハッタリじゃないッ!!!!??)




 一か八か、童子姫が飛び出す。絵の中から、現実へ。


 小さな体が宙を跳ね、黒い袖から無数の糸が放たれた。糸の先には、鋭い針。人間の首を貫くための呪具。




「まだ終わってないよぉ!」



 叫びながら、童子姫は笑う。だが、遅い。黎明はすでに目の前にいた。



「終わってるよ」




 一閃。童子姫の両腕が飛んだ。




「え」




 二閃。胴が斜めに裂ける。




「なん、で」




 三閃。それにて首が宙を舞う。あまりの神速に童子姫の瞳に、初めて恐怖が宿った。


 理解不能なものを見る目。


 自分が遊ぶ側だと信じていた怪異が、初めて、自分が遊ばれる側だったと気づいた目。





「あたし、まだ……遊び……」

「うん。楽しかったよ」

「そ、うか、遊ばれていたのは……わたしの……ほ、う」




 黎明は、にこりと笑った。その視線はもう、童子姫には向いておらず、興味が消えたように前を向いていた。




「さて、次のボスは誰かな。連戦はやっぱり面白いよ」





 童子姫の体が、白い光に包まれる。悲鳴すら上がらなかった。そのまま少女の形をした怪異は、灰のように崩れ、展示ホールの床へ消えていく。






──すると、先ほどと同じように次なる扉が現れた。





「お、行くか」




 そう呟き、黎明達は扉を潜る。扉を潜った先は暗い部屋であった。中央に大きい水晶が置かれているのが特徴的だが、それ以外には特徴がない。





「まさか、こんなに早く儂の元に辿り着くとはな」




 そこには一体の怪異がいた。火車坊(かしゃぼう)、焼き焦げた山伏装束を着た、二メートルを超える体を持つ怪異だ。



 髪は炎に溢れており、常に猛々しく燃え上がっていた。





「お、次はあんたか」

「そうだな。しかし、儂では逆立ちしてもお主には勝てぬ」

「ほほう? 降参というわけかな、だけど経験値は頂くよ」

「血も涙もないやつだ。まぁ、構わぬ」






 そう言って、火車坊(かしゃぼう)は自らの後ろに手を伸ばした。次の瞬間、ごごごごご、と。


 美術館全体が揺れた。それにより床に亀裂が走り、壁の絵画が落ちる。






「──今の、儂なら勝てぬという意味だからな」

 



 そして、唐突に黎明達の前に黒い裂け目が現れた。その先はひたすらな闇であり、何があるのは全くわからなかった。


 そこから、赤黒い光が漏れ出す。それを見た宵花の顔が青ざめた。




「まさか……地獄の門……!?」




 童子姫達は、この地獄の扉を開けるために人間を生かしていた。この部屋が吸い上げていた霊力。そして、美術館で人間をひたすらに恐怖させた際に出た恐怖。


 それらを、集めて【地獄の門】を開けるために全て行動していた。だが、まだ門を開けるにはまだ霊力が足らなかった。



 さっきまでは……




 しかし、黎明は先ほどの戦闘で莫大な霊力を解き放った。


 気絶、治癒、制圧。全てを成立させるための膨大な霊力。それが、結果として扉に流れ込んでしまった。


 微かに裂け目から何かが聞こえる。


 笑い声。

 泣き声。

 唸り声。

 怨嗟。

 歓喜。

 飢え。

 殺意。





 ──そこは、地獄。そう感じるほどの醜悪な気配。


 




「ようやく開いた。では、先に地獄で待っている。そこで、儂の真の姿をお見せしよう」





 そう言って、火車坊(かしゃぼう)は破れた空間に入っていった。圧倒的な邪悪の気配。





「これが、地獄」




 

 宵花は悟った。もし、この裂け目が完全に開けば、東京は消える。日本も消える。いや、人類そのものが滅びる。





 そう断言できるほどの絶望が、そこには広がっていた。








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