新聞に載るような失敗
バレンタインデーまで、残り一週間を切った土曜日。
魔導戦技部の女性陣……というか、悠太以外の面々は、ライカの家に集合した。
「チョコを、作る……?」
「そう、バレンタインデーが近いでしょ。だから皆で作りたいなって」
理屈は理解できる。
従兄妹であり師匠である悠太も、バレンタインに渡すチョコの準備をしていた。
「……先輩達には今更なのでぶっちゃけますと、台所の出入り禁止令が出されてまして」
「悠太くんに確認したら、後悔しても責任を取って後始末が出来るなら自由にしてください、って言ってたよ。大丈夫ってことだと思うけど」
フレデリカは頭を抱えた。
後悔されるほどの失敗をすると思われるのは、別に良い。自分もやらかすと思っているから構わない。
(良い機会だとか思ってるんでしょうけど……うーん? ライカ先輩達を信頼してるのはある。でも、信頼だけで身内の恥を晒すか? 確実に迷惑かけるって分かってるのに)
拭いきれないほどの違和感。
悠太らしくなさを覚えながらも、対処すべきは眼前のこと。
「わたしの不器用さをナメてるようなのでハッキリ言います。火事になる可能性が高いので勘弁してください」
九〇度の角度でピシっと。
深く、深く、深~く、頭を下げた。
「火事って、そこまでです? 揚げ物ならまだしも、今日はお菓子作りですよ。オーブンは電子制御で、他に火を使うものなんて」
「成美ちゃんの言うとおりだし、私も一応、火のエキスパートだよ。ヴォルケーノに頼んで耐火性をあげるなんて、昔からやってたし」
「ライカ先輩、自慢していいことじゃないです。火事前提に話を進めないでください」
フレデリカはキッチンに並ぶ材料を確認する。
主に並んでいるのは、バター、砂糖、チョコレート、そして薄力粉。
「食材に触らないで、細々とした手伝いならしますが……」
「ダメ、ちゃんと参加しよう。簡単にできるチョコチップ入りのスコーンだから、初心者でもできるよ」
「あの、珍しく強引なんですが、理由を聞いても?」
ライカらしからぬ熱量に気後れする。
部活設立のために悠太を参加させたのはライカなので、強引な面があるのは分かるが、普段は控えめなので結びつかなかった。
心構えが出来てないこともあるが、いざ自分が向けられると、断りづらい。
善意の塊とでも言うべき、真っ直ぐな熱量に気後れする。
「私、もうすぐ卒業でしょ。第一志望に受かるかとか、魔導資格が取れるかとか、そんなの関係なく。皆と一緒に何か出来る機会なんて、ほとんど残ってないから、やりたいなって」
眩しさすら覚える真っ当な動機に、思わず顔を逸らす。
ライカに比べ、自分はどうだと自問する。まず、魔導を扱う経緯から違う。精霊や呪力量から危険視される点は同じだが、ライカは精霊を制御して真っ当に生活するため。対してフレデリカは匙を投げてたらい回しの原因になった連中を見返すため。
武仙流の方針か、悠太の方針か、地獄のような反復行動の末に復讐心に似た感情はすっかり萎えているが、見返したいという気持ちは今も根底にある。
台所に入るのを拒むのも同じだ。
不器用さから失敗をして、見捨てられたくない。
今も昔も変わらずに存在する、フレデリカという人間の骨子になった感情だ。
「むぐ……ぅ……ぐむううぅぅぅ…………分かり、ました。どこまで言うなら、やりましょう――ただし! 大変なことになっても知りませんからね! 忠告しましたからね!!」
「う、うん! ありがとう、フーカちゃん」
勇気を振り絞って一歩を踏み出す。
大団円に繋がる構図であるが、それが通用するのは漫画や小説の中。
現実は甘くない。
「あの、フーカちゃん…………大、丈夫?」
「…………ふ、ふふ、……ふふふふふふ…………だから、言ったでしょ。大変なことになっても知らないって……」
何が起きたのかを簡潔に表現すると――爆発した。
建物の一階部分が丸々吹き飛ぶ規模のエネルギーで、粉塵爆発が起こった。
「……あたし達の覚悟が足りなかったというか、想定が甘かったのは認めますが……なんで生きてるんです、あたし達? キッチンが災害現場みたいになってますが、ありえないくらい軽微ですけど……」
「ライカ先輩の言ってた耐火性能を上げたからね。おかげで小咒制御から中咒、大咒と連鎖的に制御する時間が稼げたわ。これがなかったら、中咒まで持たなかったでしょうし」
伊達でも酔狂でもなく、フレデリカはプロの魔導師だ。
不器用な自分は必ず何かをしでかすと確信していたから、火界咒を扱えるように準備を整えた。おかげで新聞に載るレベルの大事故は免れたが、事故の規模が想定以上だった。
ライカの張った耐火性能を上げる結界と、ヴォルケーノが自発的に動いたことで時間的な猶予が出来、フレデリカの対処が間に合ったのだ。
それでも部屋がひっくり返るような被害が出たが、軽微である。
「作った生地は……さすがに使えないね。材料もダメになっちゃったし――よし。皆で買い出しに行こう。ついでにお昼ご飯も買って休憩しよう」
事故のショックからいち早く復帰したのはライカだった。
「正気ですか? 買い出しって、また挑戦するんですか? 同じことするかもしれないんですよ。注意しててもコレだったんですよ!?」
「言いたいことは分かるよ。でも、悠太くんと約束したの。後悔しても責任を取って後始末が出来るならって。フーカちゃんの忠告を無視してもやりだしたんだもん。ちゃんと責任取って完成まで付き合うから」
虚を突かれた、致命的なまでに。
常識に当て嵌めるならフレデリカに触らせるべきでない。失敗しなければ成長しないというが、限度はある。今も爆発事故は限度を超えていた。ライカとヴォルケーノの手助けがなければ、確実に新聞に載るような失敗だ。
中咒が間に合わずとも、人死にや重傷にはさせなかった。
人的被害は確実に軽傷ですませたが、代わりに建物は吹き飛んだだろう。
それを理解しているかはまでは分からないが、やりとげるまで投げ出さないという覚悟があった。
「……――ここまで言われたら、わたしも覚悟をしましょう。チョコチップ入りのスコーン、絶対に作ってみせますから」
心臓に火が点った。
「でもその前に、片付けが先ですね」
取りだしたデバイスを、いそいそと操作する。
人差し指を立てた腕を伸ばし、ジッと眺め、デバイスに何かを入力。それを何度か繰り返す作業を五分ほど続けた。
「マクロ九六、クリーナー」
術式を起動すると、全てが動き出す。
部屋を白く化粧していた薄力粉はフレデリカの眼前に球状にまとまり、お菓子作りで使われたボウルやトレーはシンクへ。紙の類いは大きさごとに振り分けて床に積み上がり、ついでとばかりに塵や埃も球状にまとまった。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
塵と埃と薄力粉を火界咒で燃やし、残った灰はゴミ箱へ。
粉塵爆発が起こる前よりも、綺麗に片付いたキッチンができあがった。
「これでよし。後は細かい配置だけね。先輩、どこに置けば良いか教えてくれますか?」
「……何、いまの?」
「ただのテレキネシスですよ。入力が多すぎてほぼマニュアル状態なのと、消費呪力が多いのが玉に瑕ですが、入力が終わればデバイス任せなのが評価点。日頃の掃除は普通にやった方が楽ですけど、こういう時には便利な術式なので重宝してます」
自分で制御する部分が多い術式との相性が悪い。
反復行動はその欠点を補うための修行だが、どうしても手数が少なくなる。戦闘では少なくとも構わないが、世の中というのは戦闘以外の状況の方が多い。
時間をかければ使える手札を用意するのは、そのためだ。
「…………私、プロになれる自信なくなってきたよ」
「フーカ先輩は、プロになってからある程度時間経ってるのと、パイセンの弟子ですから。比べちゃダメですって」
例え魔導三種であっても、プロとアマチュアの差は大きいのだ。
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次回は、10月31日(土)1:00 を予定しております。
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