高等技術
満腹であっても、夕食を作らなければいけない。
食卓を一人で担うことの弊害だが、悠太は特に問題視していない。
理由はいくつかある。自分や、弟子であるフレデリカの身体作りのため。習慣化しているので目を瞑ってもできるため。昼の時点で作るものを決めているため。フレデリカに教えるのが面倒くさいなどなど、作る理由はいくつもある。
文句が出るのは悠太からではない。フレデリカからだ。
「別にさー、兄貴が夕飯をどこで食べようといいの。楽しみは必要だって思うし」
「一食くらいなら大きな変化はないぞ? 身体作りは一日にしてならず。ある程度継続しなければ変化はない。良くも悪くもな」
「別にいいって言ってるじゃない」
明らかに責めている。
悠太の用意した夕食に問題はない。ご飯におかず、味噌汁というよくある家庭料理。ビタミン摂取のため野菜が多めだが、タンパク質として豚肉も入っている。量も充分に用意しているので、責められる理由が分からない。
「味か? いつも通りになるよう味見もしたから、問題ないはずだが」
満腹なので少量だが、味見はしている。
良くも悪くも家庭料理の範疇に収まるありふれた醤油味だ。
「……なんで土産の一つも買ってこないのよ。美味しいもの食べたんだからちょっとはお裾分けしてもいいじゃないの!」
隣の芝は青いではないが、従兄妹が豪華な食事をしたのに自分はいつも通り。
端的に表現すれば羨ましい、の一言に集約される。
「仕事の一環だ。前に受けた仕事の経過報告のついでに食事を、という流れだ。車で送迎してもらうのに土産を持って帰るわけないだろう。急だったか持ち帰るための準備もしていない。両手が塞がるのは好ましくないし」
通学カバンは、教科書やノートを入れることを前提に設計されている。
少量なら食料品を詰め込むことはできるが、調理済みの飲食物を入れるには適さない。袋に入れれば問題が、悠太は剣聖。知らぬところで恨みを買っていたり、打ち倒して名を上げようという悪漢もいる。
両手が塞がった程度で不覚は取らないが、相手にチャンスと思われることが問題だ。
常に意識してはいないが、気を付けられるなら気を付けている。
「百歩譲って良いとしても、せめてオシャレな夕飯を作ってよ! 一人だけオムライス食べるなんてズルいじゃない! ケチャップライスとフワフワ玉子だったんでしょ!」
「分かった分かった、明日ケチャップライスは作っとくから、自分で包め」
「は? 何言ってんの? 薄焼き玉子にケチャップライスを包むなんて高等技術、わたしが出来るわけないじゃない。兄貴がやってよ」
「破くと文句が出るからヤダ」
結局の所、オムライスが食べたかったのだ。
悠太はオムライスを頼んだのは、自分では作らないから。南雲家の食卓を一人で担う悠太が作らないなら、フレデリカも食べれない。そんな中、一人だけ食べたと聞けば、食べたくなるのが人情だろう。
「土産なし、オムライスなし、ってんなら、別の形で埋め合わせして」
「具体的な要求は何だ?」
「デザートにケーキ。ガトーショコラ買って」
「さすがに明日以降だ。駅前のケーキ屋でいいな」
手打ちが成立した。
すぐに欲しいと言えば自分で買いに行くハメになるのが目に見えていたから。
「ファミレスでデザート頼むなんて珍しいわよね。最近、部室で食べてるのと、専門店で買う方が多いのに」
「ちょうどバレンタインフェアをやってたのと、相手方が頼んだから合わせてな。まあ、ガトーショコラが予想以上に美味くて追加したが」
食べたメニューについては聞いている。
パフェにデザートプレートまで平らげたことについては、呆れが先になったが。
「バレンタイン、そんな時期だったわね。剣術部の男共がチラチラ見てきて鬱陶しいったらありゃしない。兄貴のクラスはどう?」
「浮ついているが、俺に話題を振ってくるのはいないな」
「アンタッチャブルに触れるバカはあんまいないし、反応鈍そうだものね」
「チョコが欲しいなら日頃から菓子のお裾分けをすればいい。負い目と、日頃のお返しという大義名分を与えておけば、ハードルは確実に低くなるというのに」
「鈍いじゃなくて無粋よ、それは」
自分がモテている指標として、チョコが欲しいのだ。
日頃のお返しで貰っても……嬉しいは嬉しいだろうが、モテたいだけの連中はそんな努力をしたくない。水着シーズンの寸前で痩せたいと騒ぐ連中と同じと考えればいい。
「人の善性に頼った策だからな。確実性は皆無だが、その程度の義理も抱かれないなら脈なしだろう。その意味でも日頃の行いの結果が、チョコの数になるんだろうが」
「掘り下げるんじゃないわよ。でも、兄貴の考える確実な策ってなによ?」
「簡単だ。当日に男からチョコを渡せばいい。パウンドケーキあたりの日持ちして、切り分けても見栄えがするのがベストだな。まともなヤツなら翌日にはお返しくらいするだろう」
「……本末転倒じゃない」
モテたい男にとって、敗北宣言と同義だ。
この手のイベントで騒ぐ連中にとって、お約束を破ることは禁じ手なのだ。
「どんな頭してたらそんな発想が出てくるのよ……剣のことした頭にないくせに……」
「ちょうどガトーショコラを作ろうとしてるから、自然と。当日に部室で配る予定だ」
耳がおかしくなったこと、耳を引っ張る。
痛いので正常だ。念のために発声練習もするが、ちゃんと聞こえた。
「当日って、バレンタインの? お菓子作りなんて、やんないのに、わざわざ?」
「先輩は卒業間近で、来年も部活が続くか分からない。日頃から青春青春とうるさい後輩との縁が切れる前に、少しくらい付き合ってもいいかなと考えてな。思い出作りにはちょうどいいだろう」
筋は通っている。
フレデリカは魔導剣術部がメインの二足のわらじであるが、楽しさは感じている。
悠太は剣のことしか頭にないが、情はある。一年も関わった先輩と後輩のために動くのは理由としては充分。
だが、違和感は拭えない。
「…………男の方がチョコを用意するって、バレンタインとしておかしくない?」
「だからこそ、サプライズになる。ライカ先輩なら喜ぶだろうし、後輩は悔しがるだろう。一石二鳥というヤツだ」
普段の言動から考えても、不思議でない動機だ。
らしくないこと、ではあるが。
「レシピとか材料は、調べればいいとして。道具はどうすんのよ。オーブンはレンジがあるから良いとして、お菓子用の道具なんてないわよ」
「普通に売ってるんだから、買えばいいだろう。今後も続けるかは分からんから、壊れてもいい百均あたりで見繕うつもりだが――欲しい道具でもあるのか? 継続的に使うなら、良いやつを買ってもいいぞ」
「使い切れないくらいあるからって、無駄に散財するんじゃないわよ」
収入が収入なので金銭感覚が狂っている部分はあるが、台所周りは悠太のテリトリー。
使わないのに高い道具を買って、死蔵する未来が実感として想像できた。
「お前に教えるのが面倒だから俺がやってるが、本気でやりたいなら料理も教えるぞ? 面倒くさがってやらないが、社会に出たら料理は必須技能だ。真っ当な栄養摂取はもとより、外食ばかりよりも食費が少なくなって節約に」
「お大臣様ムーブの後に節約の話しないでよ、混乱するじゃない! あと、料理とかは、ちょっと……不器用突破して身体に刻み込むまでの惨状を考えると……」
「だから、本気でやりたいなら付き合うぞ。剣の師匠の前に、従兄妹なんだから」
「…………か、考えとく」
食事は生死に直結する。
だからこそ、度を超した不器用なフレデリカにとって、容易には頷けないことであった。
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次回は、10月28日(水)1:00 を予定しております。
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