デザート
「やっぱりさ、チョコパフェにはバナナだと思うの。バナナとチョコの相性はもちろんだけど、生クリームの軽い食感とも合うし、バナナのあっさり感をチョコや生クリームの濃厚さがカバーするから、チョコパフェにはコレ一択だと思うの」
「好きなのか、バナナ?」
「違うわよ。チョコパフェのバナナが好きなの。あ、バナナメインじゃなくて、チョコメインじゃないとダメよ。バナナパフェだと生クリームだけになったりするから。チョコと生クリームの二重奏だからこそ、バナナが生きるのよ」
「……なるほど」
もういいや、とスプーンを動かす。
自分の口に運ぶのではなく、取り皿に分ける。メインのガトーショコラは縦に二分割し、チョコアイスやチョコのかかった生クリームを取り分ける。
下半分は分けない。そのそもパフェ共通のフォーマットなので、分ける意味がない。
「ありがとう。じゃあ、こっちも……」
「余ったのを寄越してくれればいい。そんだけ好きなのをもらうのはちょっと……年上の意地と思ってくれればいい」
「…………そう、……じゃあ、そうするわ」
葛藤があった。
半分こという前提で頼んだので、約束を破ることになる。
悠太の好意に甘えることにしたのは、被害を被る悠太からの提案だったから。好物の魅力に勝てなかったからとも言えるが。
「パフェに入ってるからってナメてたが、ガトーショコラのクオリティが高いな。単品……はないが、プレートには入っているのか。頼みたくなる」
「頼んでいいわよ。ここのデザートは美味しいから気持ち分かるし、バレンタインフェア限定だもの。食べれるウチに食べるべきだわ」
ならば、とデザートプレートを注文する。
ガトーショコラをメインに、チョコのアイスや、チョコソースのプリンなどのデザートが一つの皿に載っている。これらのデザートに合う紅茶もセットに付いているので、品数以上の満足感が得られるだろう。
「ご飯食べた後なのに、よく食べきれるわね……」
オムライス一人前。
パフェ一つと三分の二。
デザートプレートを全て食べ終え、セットの紅茶を楽しんでいる。
「プロのスポーツ選手はもっと食べるって聞くけど、剣聖とか奥伝もそうなの?」
「人によるが、身体が資本だとどうしても食べるな。筋力増量、体力向上には適切な栄養を取り、支出以上にカロリーを取らないといけない。痩せるだけならまだしも、ハンガーノックからポックリ、なんてこともありえる」
「こわっ……でも痩せるんだ。世の中の女が聞いたら飛びつきそうね」
「甘いな、ボクシングのダイエットコースが繁盛しているように見えるか? スポーツジムの幽霊会員がどれだけいると思ってるんだ? 痩せたいと常に言っている連中はな、枕詞に楽してがつく。――ハッキリ言うが、最低限のカロリー管理と、軽い筋トレを年単位で続ければ痩せるんだ。よっぽどヒドい体質でもない限りは」
高位の剣士とは、肉体管理、肉体制御のプロだ。
呪力に乏しく、魔導を使わないのに剣聖に至ったような怪物ならなおさらに。
「ふーん。じゃあ、痩せないって騒いでる連中って、ナマケモノなの?」
「優先順位が低いだけだ。確実に痩せるとして、年単位で我慢し続けるのは苦しくてツラいんだ。夏の水着で綺麗に見せたいからって、前年の秋から準備するヤツがどれだけいる?」
「一ヶ月前に騒ぐならマシ。ヒドいと前日とかに、痩せとけば良かったって喧しいのもいるわね」
「痩せる薬もあるが、食欲を抑えるのがメインだ。薬の力を借りて生活習慣を改善し、少量でも身体を維持できる状況を整えて、徐々に減らしていく。これが正しい使い方だったりするが、どう思う?」
「想像以上に真っ当ね。脂溶かしてとか、栄養素を吸収させないとか、そんなのと比べればだけど」
ネット広告やSNSの噂が情報源だろうと予想した。
「医者ってのは真っ当な仕事で、真っ当なことしてても稼げるんだ。身体を急激に作り替えるような危険な施術で稼ぐ必要なんてないし、そんなのが表の世界で広まるわけがない。だから成果を上げようとしたら真っ当に努力するしかないんだ」
「言われてみればそうよね、って納得するけど――じゃあさ。なんで真っ当じゃないことして痩せようとするのが多いのかしら?」
「楽して、短時間で、成果を出したいからだ。見栄を張りたい、モテたい、グループで上位に立ちたい。努力してたら遅い、意味がない。――だから外法に頼る。今がよければ、後なんてどうでもいい。もしくは、自分は上手くいく側に立てる。そんな普通の感覚の結果だ」
正常性バイアス、と呼ばれる心理状態だ。
歳を取ればある程度先を考える余裕が出てくるが、若いうちは目の前のことが全て。
大人の一年と、若者の一年では、価値が違うとも言える。
「じゃあさ、閣下はどっち側なの? 危険な状況に突っ込むことあるけど」
「仕事じゃなかったら突っ込まないし、当然持ってる。あくまでも普通の感覚だが、矯正はされてるからマシな側かな」
矯正の結果修得したのが、観の目であり、空の目だ。
今を見るとは客観性を重視することで、自分は大丈夫という主観は邪魔。武術とはこうした当たり前にある邪魔を矯正しながら、段階を進めていくのだ。
「実を言うと、自分の容姿とかってピンとこないのよね。最低限の身だしなみ整えればいいじゃんって思うんだけど、手入れすれば可愛いのにとか、太ってなくて良いよねとか、思春期になったら変わるのかしら?」
「思春期にはホルモンバランスが変わるから、あるだろう。薬で食欲を制御するように、脳はホルモンなんかで思考を誘導する。生物としての本能、正常な行動だが――お前は眼の問題があるから、真っ当にはならんだろう」
「正直言って、現実感が乏しいのよね。閣下も似たところあるでしょうけど、何か変わったのよね。年末から時間経ってないってのに」
切っ掛けがあるとしたら、赤い破滅の件。
天乙も分かっているので言葉にしない。
「俺のケースが当てはまるとは限らないが、無理にでもイベントに参加すると良い」
「イベントって、コンサートとか何かの大会とか?」
「季節行事も含めて良いな。例えばコレ」
バレンタインフェアのメニューを指す。
「人間の脳は、動いた後に理由付けをする。だから意味とか考えずにまず行動。イベントへの参加は、社会の一員であるという認識が得られやすいから。――自分で言っただろう。限定なら食べれるうちに食べるべきだと」
「時期が近いし、ちょうどいいっちゃ、ちょうど良いわね。でも告白する相手なんていないわよ」
「家族に渡せばいいだろう。人間にとって恋愛要素が大きいのは事実だが、親族への情も同じくらい大切なものだ。顔も合わせたくないほどに嫌っているなら話は別だが」
血の関係性は、現代においても重い。
近くて重いからこそ、拗れるとどうしようもない。幸いなことに天乙はそこまでではないので、渡しても良いかという気持ちに傾いた。
「損はなさそうだし、やってみるわ。選ぶのも楽しそうだし。――ちなみに閣下はどこで買うの?」
バレンタインに渡すチョコに関する質問だと、理解するのに呼吸三つ分かかった。
女性メインのイベントのため、頭から抜け落ちていたのだ。
「まだ決めてなかったが――手作りに挑戦するか。美味しかったし」
メニューにデカデカと描かれるガトーショコラ。
固いので持ち運びを考えてもアリな選択肢であった。
「お菓子作れるのね。簡単なの?」
「グラム単位で計測して、秒単位、一度単位でレシピを守れば出来る。もし作るなら、チョコチップクッキー当たりにするといい。手順が少なくて失敗しにくく、手作り感が出てちょうどいいぞ」
「面倒くさそうだけど、考えとくわ」
つい口走ってしまったが、悠太はレシピを知らない。
帰ったらレシピを検索することを、脳内メモに書くのであった。
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次回は、10月24日(土)1:00 を予定しております。
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