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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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二万人

 放課後の部活は中止になった。

 成美とライカからそんな連絡が届き、悠太は暇を持て余す。

 フレデリカの時間が空いていれば稽古の一つでも付けるところだが、魔導剣術部の活動日。受験生らしく勉学に励むのもよいが、魔導戦技部の予定だったので参考書などの勉強道具は家に置いてある。

 夕飯の買い物でもすべきかと昇降口を出ると、見慣れない車が校門付近に停まっている。

 要人が乗っても恥ずかしくない、国産のハイグレード車だ。

 イヤな予感を覚えつつ近付くと、後部座席のドアが開いた。


「閣下、今日ヒマよね? 乗ってきなさい」


「……天乙……はぁ、仕方ない」


 十二天将の一人、天乙だ。

 断っても別にかまわないが、乗らないとより面倒になるので乗車する。

 翌日の話題になるかも知れないが、噂などよりも初空の未来視の方がよっぽど怖い。


「何よその顔。美人に誘われたってのに嬉しくないの?」


「もう一〇年、いや、八年くらいしてから言え……とテンプレートで答えるべきだろうが、八年後でもお前の誘いは嬉しくない」


「……言うじゃないの」


 愛らしい顔が怒りで歪む。


「用事は何だ? 赤い破滅関連の不手際でも責めに来たのか?」


「なによ、用事がなきゃ来ちゃいけないっての」


「遅いくらいだが、他に接点なんてないだろう……あっても困るが。天乃宮どころか剣人会だけでも手一杯なんだよ、俺は」


 半月前に起こった、赤い破滅が起こした騒動。

 関東全域が呪詛に沈んだ大災害は、世界的なニュースになった。役人の首が何人か飛びかねない大事件だが、表向きの首謀者はあの朱い妖精だ。半日もかからずに事態を収束させた手際を褒めるべきであるとし、すでに下火状態。

 規模の割に被害が少なかったことも要因の一つであるが。


「まず、被害について。経済損失とかは言ってもしょうがないから、人的被害に絞るけど――死者二万人で済みそうね。全世界合わせての人数で、ほとんどが異界消失の余波を受けて。もともとが寝たきりとか、深く繋がりすぎて反動が大きかったとか、不可抗力よ」


「……二万、多いな」


「いいえ、少ないわ。異界に繋がってたのは二〇〇〇万人規模。〇・一%しか死ななかったんだから、最小限としか言えないわね」


 小さな町が丸々消失するほどの死者数だが、それでも最小限。

 世界の敵が絡む事件とは、まさしく災害なのだ。


「…………赤い破滅の異界は、消失したと思って良いんだな」


「そうね。未来視が見た未来は消失した。その点では、天乃宮家とも意見が一致してる」


 愛別離苦の理、彼我統一の業。

 赤い女の至った理業によって形成された異界なのだから、同じモノは二度と現れない。

 異界に関わる原理原則からも、それは揺るがない。


「でも、繋がっていた人間はほとんどが生き残ってる。影響の度合いは違うし、入れ込み具合にも差がある。プロの魔導師も少なからずいるだろうけど、魔導一種クラスに限ればもっと少ないでしょうね」


「……異界に適正のある関係者が、似たものを目指してもおかしくはない、か……それはさすがに仕方ないな。空を斬ったからと言って、空に焦がれた心までは斬れない」


 消滅した世界の再現。

 命題としてはポピュラーな部類であり、表向きの首謀者である朱い妖精が追求する命題でもある。


「そう、仕方ないことよ。国家が規制したってやるバカはいるんだから、閣下が気にする必要なんてないの。だから――はい」


 天乙が渡したのは茶封筒。

 のり付けもされず、何も書かれていない封筒。

 悠太が中身を取り出すと、入金記録の証明書が顔を出す。


「初空家からの成功報酬。閣下の口座に入金済みだから、返金は受けないわ。――というか、返金したら税金が大変になるから返さない方がいいわよ」


「…………何度見返しても桁が一億なんだが……」


「日本円でキッチリ一億よ。びた一文、間違ってないわ」


 一億円という数字は、少なくない――どころの話ではない。

 大企業の売上げや、億万長者の資産額を耳にすれば、大したことないかもしれない。だが、億万長者は資産の大半が証券や不動産などの形を取っており、現金で一億を保有しているわけではない。

 大企業の売上げも同じだ。

 売上げとは、費用を計算する前の数字。一〇〇億円以上の年商がある企業でも、利益が一億円に満たないケースも珍しくない。


「億単位なら、分割でもよかったんじゃないか? 初空家もポンと出せるほど余裕があるわけじゃないだろう」


「大丈夫よ。政府とか剣人会とかの、表向き渡せない連中からの口止め料も含まれてるから。初空家がポンと渡した後に、内々で補填される予定なの」


「口止めか。表向きの発表に合わせるのと、手柄を寄越せってことか――なら、分かった」


 証明書を茶封筒に戻し、カバンの奥にしまい込む。


「お節介かもしんないけど、税理士の紹介する?」


「その点は剣人会に投げることにしてる。最低限の繋がりを持ってないと、剣聖が首輪として機能しないからな」


 人を縛る首輪として、金銭関連は強いのだ。

 剣人会に所属する高給取りは奥伝だが、だいたいが金勘定が苦手だ。

 いや、金勘定が得意な人間の方が少ない、というべきだろう。金勘定と切っても切り離せないはずの経営者でさえ、会社の資産を溶かしきり税金が払えなくなるのだ。剣一筋に生きてきた剣士共であればなおさらに。


「外の人間が言うのもあれだけど、大丈夫なの? 騙されたりしてない?」


「剣人会なんてヤクザ商売を騙せるなら、他の詐欺に手を出すはずだし、第三者というか、税務局のチェックが常に入ってるそうだ。組織監査のついでに、ランダムで個人の処理状況についても監査していると聞いてる。剣聖は常に最優先とも」


「半分軍隊みたいな連中だから、そりゃ首輪付けるか。詐欺られて海外流出なんて、失態どころの騒ぎじゃないし」


 赤い破滅が証明したことだが、理や業に至った者は危険なのだ。

 異界に落とし込めば世界の敵になりかねないし、無差別に辻斬りをするだけでも無視できないほどに被害が大きい。

 魔導が使えず、肉体のスペック的に最弱の悠太であっても、だ。

 数で囲んで、銃で遠距離から撃ち続ければ必ず死ぬ。それは確定事項だが、殺すまでにどれほどの被害がでるか想像できない。祓魔剛剣を旋空で纏い、銃撃の威力を斬って無力化。その間に距離を詰めて、可能な限り惨たらしく殺す。

 こんなことをされれば士気が崩壊して逃げる隙を与えてしまう。

 最終的に殺すことと、殺すまでにどれだけ被害が出るかは、別の話なのだ。


「……個人的には、ここまでもらっても困る」


「不動産とか美術品の方が良かったの? 欲しいなら、仲介業者紹介するわよ」


「…………現金よりもらっても困るモノを提示するな」


 だから報酬が現金の形で振り込まれるのだ。


「子供みたいなワガママを言わないでほしいわ。閣下みたいのが一番困るの。使い切れないなら会社立てるか、どっかに投資しなさい。ビジネスはおカネが面白いように溶けるから、処分するにはちょうど良いわよ」


 売上げと利益は違う、という話にも関わる。

 退職金で喫茶店を開くのが夢、という人がいるが大抵は失敗する。

 退職金が二〇〇〇万円と聞けばめちゃくちゃもらえたと思うだろうが、商売でははした金だ。立地にもよるが、家賃だけで月に何十万。内装を拘れって半分消えたというケース。人が入らず維持費という名の赤字が積み上がる日々。

 悠太が大金をもらって困るのは、無欲だからではない。

 使おうとしないから困っているだけなのだ。


「初空に投資しろという話が、今日のメインか?」


「違うわよ。今日は閣下を――ご飯に誘いに来たのよ」


お読みいただきありがとうございます。

次回は、10月17日(土)1:00 を予定しております。


執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。

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