…………先延ばし
天魔付属の三年生は、一月末頃から自由登校となる。
この時期になれば必要な授業が終わるのと、大学合格者を一人でも増やしたいことなどが噛み合ってのことだ。
部活動に関しても、夏の大会を最後に三年生は引退となる。
どの高校でも見られる日常風景は、牧野ライカには当てはまらない。
「アールグレイは、三種類残ってるな。カップとポットは、どれがいいかな? 特別感を出すならウェッジウッドやマイセンだけど、ノリタケの方が好きだからな。ピンクのバラ柄はあんまり出してないし、雰囲気に合うかも」
別館の研究室に隔離されているライカは、三年間のほとんどを一人で過ごしている。
クラスという概念から切り離され、基本全員参加の修学旅行も、ヴォルケーノの制御に不安があることなどから、一年遅れで参加となった。
同級生の動向などを気にしようという発想もなければ、今更なのでしない。
部活動もそうだ。魔導戦技自体がライカの技能向上に役立ち、ヴォルケーノの制御にも結びつくことから、引退などせず今も参加している。研究室が実質の部活になっている点も大きくはあるが、この点も同級生とは違う。
「問題は、放課後までどう保管するかだよね。要冷蔵は論外として――クーラーボックスに氷を詰め込めば、要冷蔵でもいけるかも? 小さめなら家にもあったし、帰るときにカップとポットを詰め込めば片付けにもなる。うん、一石二鳥……」
思い浮かべていたバレンタインの楽しい光景が、急に色褪せる。
一年前と比べて増えたカップやポット、茶葉の容器が片付いてしまった棚を想像すると、研究室にあと二ヶ月も居られないのだと自覚してしまう。
「…………先延ばしにしてたけど、少しずつ回収しないとな」
カップとポットの素材である陶磁器は、固いが割れやすい。
おカネを出せば買い直せるものばかりであるが、思い入れがあるので割りたくないし、傷付けたくもない。壊さないための包装をして、持ち運べるよう小分けにしなから家まで持ち帰る必要がある。
「赤い人の件で、香織ちゃんからおカネもらったから、業者に頼むことはできるけど」
赤い人とは、世界の敵である赤い女のことだ。
悠太の剣によって斬られた異界は、完全消失が確認され、その手助けをしたとしてライカにも少なくない報酬が入った。給料三ヶ月分の指輪が買えるくらいの高額だったが、悠太はもっと多いと聞いて、違う世界にクラクラとした。
受験勉強と資格勉強に忙しい時期なので、報酬には手を付けていない。
全部終わったら何に使うかを考えるのが、ここ最近の楽しみである。
「……無断で置いてるから、頼みづらいんだよな……絶対に怒られるし……」
高い陶磁器を大量に置いたことではない。
バレるような行動をしたことを、怒られるのだ。
「資格勉強の合間に、持ち帰り計画を作るか」
仕事が増えたとゲンナリしながら、一番安いアールグレイを取る。
ガラスのポットにお湯を入れ、あまりをカップとポットに注ぎ入れる。落ち込んでいたり、やる気が下がっても、紅茶の基本は外さない。
一〇〇度近い高温で一気に抽出する紅茶におって、冷たい容器は天敵だ。
冷え切った身体を温めるのにも向かないため、温度管理には気を遣う。
「紅茶、よし。タイマー、よし。テキスト、よし」
タイマーはスマホの機能を活用。
二五分と五分、二つの設定を用意し交互に押す。
これはポモドーロ・テクニックという、時間管理術の一つ。
二五分とは人間の集中力が持続する時間であり、それが切れる前に休憩を五分取る。これを四回繰り返した後に、三〇分ほどの長い休憩をする。受験テクニックの一つとして知られており、ライカは学校にいる間、この手法をずっと活用している。
お昼の時間や、部活動の時間は別であるが、授業時間中はずっと、外に出ることなく研究室にこもっている。これは受験期間に突入する前からだ。保健室登校の亜種みたいなもので、自習で単位を取っている。
「ん、んんー、お昼休みか」
凝った肩を回しながら、紅茶の準備を始める。
ポモドーロによるタイムテーブルも、お昼前に区切れるように調整済み。
紅茶の準備が終わる頃、予想通りの時間にドアが元気よく開かれる。
「ライカせんぱーい! ご飯にしましょう!!」
一年生の、紀ノ咲成美。
ライカが登校する日は毎日、研究室で昼食を取るので、他の友人と一緒でなくて良いのかな? と少しだけ心配になる。
「お茶淹れたから、少し待ってね」
昼食時に出す飲み物は、常に変えている。
紅茶の銘柄という意味ではなく、緑茶やコーヒー、ハーブティーなど、飽きがこないように。個人の感覚だけだと好みが出てしまうので、密かに作ったローテーション表に従って。
「この香りは、セイロン……いえ、ニルギリですかね。それも高い方。安い方出してもいいんですよ」
「良いの。今日は高い方が飲みたくなったから」
香りだけでよく判別できるな、と感心する。
同じ銘柄でも、高いものと安いものでは明確に差が出る。渋みなど味に関連する部分よりも、香りの部分で。安いものは砕けてしまった質の悪い部位が混ざることもあるが、ブランドモノの高い紅茶は、そうしたクズを入れない。
だから高くなるし、香りも良くなるのだ。
「最近、魔導戦技に参加してないけど、調子はどう? 地獄みたいな環境、続いてる?」
人間関係の話題を出すのが一般的だが、共通の友人はいない。
必然的に、部活の話になる。受験勉強を優先して一月から参加していないライカであるが、受験の方が一区切りついたので、聞いてみることにした。
「……ヒドくなってます。パイセンがいるからってのが一番の理由ですけど、六割が一種か奥伝だったときには……もう……」
うわぁ、と引きつった声が漏れる。
魔導戦技だと被害を気にしなくて良いから、現実では出来ない破壊力のある術式や、無差別な呪詛などが平気で飛び交う。
奥伝達も殺し技や邪道なハメ技など嬉々として解禁する。
全員が平等な条件で、よーいドンで始まる競技なら技量や勝負勘などが大きく働くが、一〇〇人が入り乱れてのバトルロワイヤルだ。中盤まで生き残れるかは、実力よりも運の方が大きくなってしまう。
「……そんな地獄でも悠太くん、いつも通り総合一位なの?」
「もちろんです。初っぱに刈り取るって行動変わんないのに、いっつも最後まで残って、徒党組まれてお陀仏。事情知らない初見さんには、レイドボス扱いされてますよ。呪力なしであそこまで出来るんですから、人間ってスゴいですよね」
赤い破滅事件では、己の業を受け入れ一段上の位階に至ったが、本人に変化はない。
魔導戦技でも変わらずのようで、自分との間にある隔たりに辟易とする。
「魔導一種も奥伝も数少ないのに、よく集まるね。剣聖と戦える機会が少ないってのも大きいけど……心折れた人も多そうだな」
妖刀、スクラップ、朱い妖精、自我のない奥伝、赤い破滅。
この一年で遭遇した敵対者達を思えば、自分はよく折れてないなと感心する。
ヴォルケーノという特大の爆弾と共生していることが、一番の理由であるが。
「実際、多いと思いますね。意見書には、さっさと階級別を導入しろって書き続けてますけど……それするとパイセンに一泡吹かせるのが遅くなるんですよね。無差別級も……や、純度下がるし、あたしの方が上手くなるのが先か」
「無差別級は今の状況だよ。でも、階級別にするには、競技人口増えないといけないよね。悠太くんのおかげで参加できてるけど、もっと安くしないと参加できないし」
入会費、設備費、整備費、その他諸々を含めて一人あたり年一〇〇万円。
それが魔導戦技の参加にかかる費用だ。
「そんだけ払える魔導師の心折るって相当ですから、導入しないとマズいですよ、絶対」
確かに、と頷く。
神造兵器や古種、世界の破滅などという特級の厄ネタがうようよいる世界だ。
対処できる魔導師はいくらいても足りない現状で、心を折るだけの競技など百害あって一利なし。来年以降に変わるのだろうかと、少し気になるライカだった。
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次回は、10月10日(土)1:00 を予定しております。
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