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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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チョコ、食べたい

 一月末頃。

 ライカは顔は枕に埋まっていた。


「やーだー、もう、やぁーだぁー」


 大学受験が一段落し、重圧から解放された。

 その結果、一時的に幼児退行状態となったのだ。


「シャーペン、持ちたくない……参考書、見たくない……デバイス、触りたくない……」


 赤い破滅の騒動は、世間には国際指名手配犯による魔導テロと発表された。

 首謀者は朱い妖精こと朱のユートピアと捏造され、赤い女のことも呪詛ネットワークのことも異界も冥府も隠蔽された。捕縛も殺害もできなかったことは非難の対象にされたが、世間が注目したのは別のこと。

 大学入試共通テストだ。

 将来を左右する重要なことであるし、関東全域という被害者の多さ、さらには他の地域に被害が広がらないとも限らないので、全国一律で延期の決定が下された。

 全国一律はやりすぎだという声もあるが、関東全域の魔導災害など天災クラス。

 仕方ないという声が大半を占め、次の週末に恙なく実施となった。魔導災害の後遺症から抜け出せないものは、それを考慮して別日程での実施。

 あまりにスムーズに決まったことに疑問の声があり、陰謀論もささやかれたが、ある意味では当たっている。なにせ天乃宮の星詠みが決定した未来だ。アフターフォローも含めて、根回しは済んでいた。


「…………数字も、漢字も、見たくないぃ……でも、見直さないと……不安」


 ジタバタ、ポカポカ、と手足を暴れさせること、一時間。

 三魔大――国立第三魔導大学の、個別試験の問題を開き、自己採点を始める。

 第一志望に落ちた場合、次の行動に移らなければいけない。三魔大への入学が一番自由が効く選択肢であるが、他の選択肢もある程度の自由はある。

 準備を怠ればその分、将来の自由は減っていくので、必死にならざるを得なかった。


「……うん、うん。――うんっ、なんとか、合格圏内。大丈夫……多分」


 四度見直し、四度とも同じ採点結果を出しても、不安は拭えない。

 面接などの項目が残っていることもあるが、一番は来月の資格試験。


「後は、魔導三種さえ合格すれば内定……だけど、それが一番の問題……」


 プロの魔導師になるために必須の国家資格。

 合格には大卒レベルの知識と技量が必要と言われる資格に、高卒レベルで挑むのだから胃も痛くなる。


「準備は前からやってたし、香織ちゃんからは合格圏内って言われてるけど……でもぉ…………落ちたく、ないなぁ」


 不安をかき消すためにも、いますぐにデバイスを持って、魔導の練習がしたい。

 参考書を開いて、得意を盤石にして、苦手を少しでも潰したい。

 そう思いながらも、積み重なった心労で身体が動かない。


「今は、回復優先。ヴォルケーノも元気ないし、私も動きたくない。でも、眠くないしな。つまんなにのに、何もしたくない……」


 やる気は気力は、無限に沸いてくるものではない。

 数値化できるものではないが、鬱病という精神疾患が何もしないという治療法があることを教えてくれる。

 再び枕に顔を埋めたり、仰向けになってスマホを弄ったり。

 SNSやショート動画すら開きたくないので、ホーム画面をスライドさせるだけ。時折アプリを押してしまうが、すぐに閉じてまたスライドする。

 そんな中でたまたま開いたカレンダーに、指が止まった。


「一月……一二月……三月…………――二月?」


 国民の休日くらいしか表示されないカレンダー。

 何も書かれていないはずのある一日を、人差し指でタップする。


「一四日……バレンタインデー…………チョコ、食べたい」


 むくりと、起き上がる。

 近所のスーパーに行ける程度の格好に着替え、部屋から這い出る。

 受験勉強と資格勉強で頭の隅に追いやっていたが、バレンタインデー色に染まった店が数多い。すぐに食べられるチョコ菓子はもちろん、手作りチョコの特設コーナーが作られている。紅茶に合うスコーンなどを偶に焼くことがあるので、ついつい自分のスキルで作れるチョコ菓子について考えてしまう。


(息抜きには、ちょうど良いかな。成美ちゃんとか悠太くんに渡したら喜ぶだろうし、お茶に合うのって部活で出せば、自然に渡せるし)


 すぐに食べる分のチョコ菓子を買い、その足で電車に乗る。

 駅ビルに入っている本屋に早歩きで突撃すると、一直線にレシピが並ぶコーナーへ。

 気になった本を手に取り、中身を確認して元の場所に戻していく。気になった四冊ほどを確保し、次にバレンタイン特集の一角へ。そこでも同じ行動を取り、気になった三冊を手に取ったてからレジへと向かう。

 帰りの電車では、家まで待ちきれないのか特に気に入った一冊を開く。

 読み込むような時間がないので、気になったレシピのページを折るだけに留める。

 家に着いた後はすぐに部屋へと戻り、七冊の本を読み込んでいく。折り目を付けたレシピは四〇を越えた。


「ここから、さらに絞り込まないと。全部作る時間も、材料費もないし…………七冊は、さすがに買いすぎだったな」


 受験勉強に使っていたノートの、まっさらなページを開く。

 そこに材料費、製作難易度、見た目の三項目を作り、四〇あるレシピの一つひとつに点数を付けていく。付け終わったら、見た目を基準に上位のレシピを選び、材料費、製作難易度とさらに足きりをしていく。

 最終的に残ったのは、二つのレシピだった。


「はぁ、やっと決まった……」


 肩をぐるぐると回し、目頭を押さえて揉みほぐす。

 スマホの時計を見ると、間もなく夕飯の時間である。


「残りはご飯食べてからだけど、えっと、あと決めることは」


 余白部分に、必須事項をメモする。

 必要となる材料、家にあるもの、買い足す必要があるもの、道具はあるか、オーブンはどのくらい占有するのか、など、思いつくままに項目を書き足していく。

 細かな中身はまだ書かない。

 書いていると夕飯の時間を逃してしまう上、全体像を把握しなければ後で足りないものがあったと悲鳴を上げることになる。


「お菓子に合わせる紅茶も決めないと。部室にあるのは……いや、さすがに明日学校に行って確認をしよう。雰囲気に合ったポットとカップも選びたいし、冷蔵庫の空き状況も……って、お茶請けの補充、大丈夫だっけ? 受験にかかりっきりで、見てなかったし」


 思考がお菓子作りから外れ始めると、母親から声がかかる。

 夕飯の時間になったと意識すると、空腹だったことを思い出した。

 三大欲求に抗うことなどできるはずもなく、シャーペンを置いてリビングへ。

 受験の重圧から一時的にでも解放されたためか、数ヶ月ぶりに美味しいと感じながら腹を満たす。空いた食器をシンクまで運んだ後は、部屋にも戻って続きをする。


「なんか、ゴチャっとしてる……まずは振り分けよう」


 別のノートを開き、すぐに決めること、明日決めること、後日やること、と欄を作る。

 夕飯前に書き出した決めることリストを欄に振り分けてた後は、手帳に転記する。


「えっと、材料からだね。分量はぁ――」


 やることが決まれば、リストに線を引いていくだけ。

 必要な材料は書き写せば良いし、製菓当日の時間割もレシピの手順をパズルのように並べていくだけ。お菓子は一つ作るのにも時間がかかる。複数種類を同時に作るのであれば、こうした準備が欠かせない。

 冷蔵庫や棚を開けて在庫状況をチェックすれば、買い物リストもできあがる。

 受験勉強よりも容易いが、量が多い作業を終えれば解放感が身体中を駆け巡り、その勢いで肩を伸ばす。


「終わったぁ-。残りは明日、学校に行ってからだけど…………何、やってんだろう」


 有意義な休日だったことは間違いない。

 資格勉強も休んだもの、計画通りなので問題ない。

 だが、将来を決める瀬戸際になっているのに、バレンタインデーの準備に半日を費やした事実を前に、罪悪感で胸がいっぱいになるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

次回は、10月7日(水)1:00 を予定しております。


執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。

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