未踏魔剣
撤収は手早く済んだ。
悠太とライカが乗り込んですぐに敷地内から脱出。
人と車の止まった道路に法定速度などあってないようなもの。
制限速度など知ったことかとばかりにアクセルを踏み込んでいた。
「……疲れた」
「大仕事でしたからね。淹れ立てのコーヒーは出せませんが、紅茶に緑茶、炭酸にジュースと各種ペットボトルを用意していますが、飲みますか?」
「あるなら、オレンジジュース。果汁率低いやつ……」
糖分が欲しかったようで、がぶがぶとノドに流し込む。
四分の三ほどを飲み込んで、口を離した。
「……一つ聞くんだが、世界の敵としてはどの程度だ」
「戦闘力なら最下位クラス――あ、総合力として見てです。殺すだけでも最下位クラス。その代わり人類社会への影響力や、解呪の難易度が最上位クラス。典型的な特殊ギミック型なので、悠太先輩との相性が良かったんです」
「相性が良い相手で、これほどか……天乃宮や初空が手を回し続けたことも考えると、手を出すべきでないな」
関東全域を呪詛に沈め、社会そのものの機能を奪う。
呪詛の基点を探そうにも、一流程度の魔導師では意識を奪われる。
領域内で活動できたとしても、大量の端末に妨害されながら探索しなければいけない。
赤い破滅の中心に辿り着くだけで、これほどの障害を突破せねばならないというのに、普通に殺してはいけない。
「悠太くん、こんなのをまたやるつもりなの?」
「立場上、対処しろと言われそうだな、と……やりたくないですが……」
「滅多にないことなので安心してください。正直、厄介さだけなら教科書に事例が載ってもおかしくないので……機密なので載せませんが」
機密もそうだが、載せても意味が薄いこともある。
世界の敵にパターンなどない。似ているケースはあるが、対処方法を少しでも間違えれば人類史を揺るがしかねない悪影響を残すのが、世界の敵。悪影響の結果を伝えるならばまだしも、過去の対処事例を残すことは危険なのだ。
「戦闘能力最下位って話だけど……本当なの? 朱い妖精を取り込んでたし、スクラちゃんと似た神造兵器もいたよ。悠太くんが倒した後だったから良かったけど、すっごく危険なんじゃないかなって……」
「古種の二体や三体なら、最下位クラスです。化け物の最上位どころか、例外種が世界の敵なんて珍しくないので」
実を言えば、赤い破滅も例外種に足を踏み入れいた。
異界を形成したネットワーク自体が、何百年かすれば時間軸の例外種に認定される可能性があったほど。だからこそ、社会への影響や解呪の難易度が最上位クラスなのだ。
「悠太くん、そんな相手によく勝てたね……――って、そうだ! 聞きたいことがあるんだけど、いいかな!?」
感情に振り回されて忘れていたことを思い出した。
「何で私、生きてるの!? 真剣で斬られたはずだよね!!」
「あー……すみませんでした。業に至った高揚感や全能感なんかで、説明せずに斬ってしまって。ただ、言い訳になりますが……あの場で話すとライカ先輩がどうなるか分からず……」
「そこはいいから! 信じるって言ったのは私だから! それより理由を教えて!?」
悠太は、かさの減ったペットボトルを前に出す。
空いた右手で手刀を作り、一閃。ペットボトルは見事真っ二つに――なっていない。
「ラベル、剥がしてみてください」
「うん……んん? なんで、半分だけ……え?」
丁寧に糊を剥がすと、半分ほどでペロンと剥がれ落ちる。
剥がれたラベルは上半分だけ。下半分はそのままペットボトルに貼り付いていた。
「簡単に言えば、斬るものを任意で選別しました。今はラベルだけを斬って、あの時は異界だけを斬った。人体や服などの物質は異界には含まれないので斬れなかった。言ってしまえばそれだけのことです」
剣術に疎いライカでも、異常なことを言っているのは分かった。
そもそも全てを斬る剣――絶刀の時点で無法なのに、それ以上の無法をやってのけたのだ。若干引くのも仕方ない。
「絶招魔剣……ですね。文句なしに」
「渡した剣、普通のだったよね? なんで魔剣なの、真門」
こてん、と首を傾げる綾芽。
つまらなそうなままであるが、会話は聞いていたようだ。
「剣人会において、武を極めた証、って言えばいいのかな。確か、絶刀を越えるナニカを得てしまった剣技。剣に左右されないで扱えるのに、魔剣の域に至ってしまった絶招、だから絶招魔剣、って呼ばれるようになったとか」
「まだ、絶招には届いていない」
否定は説明ではなく、己の剣技に対して。
「空だけを斬る域に達したが、空に届かなければ片手落ち。彼我合一はこれ以上探求しないという戒めから絶招魔剣にしているが、これは極め続ける剣」
空「も」斬れる絶刀ではなく、空「だけ」斬る魔剣。
曇天の空を斬り開くことから開闢を名付け、それど空には未だ届かない。
故に、未踏魔剣――開闢。
「空虚や彼我合一よりは真っ当だが、疲れるから使わないだろうな」
「使わないと、極められないんじゃないの?」
「必要なのは研ぎ澄ませることではなく、間合いを空まで伸ばすことだ。……多分、これまでと逆のことをすべきなんだろう。捨て続けたから空だけを斬れるようになったなら、捨ててきたものを拾い集めないと…………」
うつら、うつら。
無意識のうちに船を漕ぎ、言葉に力がなくなっていく。
「…………寝ても、いいか……さすがに……限、界…………」
ぽてん、と背もたれに首が落ちる。
呼吸から意識が消え、省エネモードへと切り替わった。
「寝ちゃった……大変、だったものね」
ライカはねぎらうために頭を撫でたくなるが、衝動を必死に堪える。
寝たばかりの人間を撫でるなど、安眠妨害に他ならない。
「悠太くんが寝ちゃったから聞くんだけど――真門くん。私、今日の件に必要だった?」
「ええ、必要でしたよ。人質になって悠太先輩を追い込んだじゃないですか」
「――人、質…………星詠み様からの指示だって分かってるけど、当主なら止めてよ、そういう危険なこと。悠太くんに斬られた時、本当に怖かったんだよ!」
ライカと天乃宮家との付き合いは、中学に上がる前からだ。
真門が当主であることや、本家の人間である香織が外にいる理由など、ある程度は聞かされている。
「というか、悠太くんが絶招、魔剣? を使えなかったら、私死んでたんだけど……」
「その時は、何手か使って救出したと思いますよ。剣聖なんですから、その程度は。というか、真剣を渡さなかったらそうしてたと思いますけど」
「……そこまで徹底して、悠太くんを追い込んだ理由は」
「絶招魔剣を開眼させるため、でしょうね。一個人が内包する異界を斬るなら必要ないですが、二〇〇〇万人が繋がった異界です。空の目で「異界」という概念そのものを捉えることが出来たとしても、絶刀では切れ味が良すぎて斬りすぎてします。祓魔剣では鈍すぎて斬り損ねる。つまり、一皮むけてもらう必要があったんです……多分」
悠太は認めないだろうが、色即是空という理に至ったのは、絶刀に原因がある。
全てを斬ると言えば聞こえは良いが、斬るものを選べないという欠点がある。絶刀の前には全てが斬れるものであり、認識下という条件に当て嵌めれば斬ることができない、という差異は存在しない。
斬れないという区別がない世界で、価値を見いだせるはずがないのだ。
「…………真門くんって、やっぱり魔導師だよね。天乃宮家の当主になったのも納得だよ」
「やめてください、誰が頭魔導師ですが!?」
殺されかけたのだから、このくらい言っていいだろうと思う。
これ以上はやりすぎになるので言わない。
怖かったし、死を覚悟したが、信じたのだ。悠太は自分を絶対に助けてくれると。
だから、熱を帯びた頬を、不満ですと膨らませるだけで終わらせた。
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次回は、10月3日(土)1:00 を予定しております。
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