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アオハル魔導ログ  作者: 鈴木成悟
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真剣であれば

 つんつん、つんつん、と頬が揺れる。

 意識はハッキリとしないが、うっとうしさから頬に触れる指を払う。


「真門、先輩が起きたよ」


 気怠げで、つまらなそうな声音には覚えがある。

 天乃宮家の一員である、小隈綾芽だ。


「ダメだよ、綾芽。無理やり起こしちゃ。……気分、どうですか?」


「……まだ、ボンヤリしている。戻ってきたばかりだから、仕方ないが」


 口を動かすと、焦点が迷子になった視界が意味を持つ。

 座ったままでも頭が付きそうなほどに低い天井。足を伸ばせはするが窮屈な長さ。

 乗ってきたボックスカーの、後部座席をベッドにしていた。


「状況に、変化は……」


「朱い妖精が現世に戻ってくるのは数分後です。コーヒーで一服する時間はあります」


 座席から足を落とし、座席にちゃんと座り直してから、マグカップを受け取る。

 なんてことのない、日常の中で行う動作をする度に、視界はクリアになっていく。


「妖精の方が先に出たはずだが、なんで俺の方が早いんだ?」


「車を結界で隔離しているので、時間の流れも曖昧になっています。冥府と繋がりやすくする調整もしているので、準備した結果ですね」


「僅か数分、先に戻ってこれるようにするのに、どれだけ時間をかけたんだ……」


「黄金よりも貴重な時間です。赤い破滅を滅ぼす可能性を高めるためなら、手間なんていくらでもはらいますよ」


 呆れるしかないが、これが命題を前にした魔導師だ。

 最も恩恵を受けているのが自分自身のため、呆れる以外にはできないが。


「異界の中はどうでした。斬るために必要なものは見付かりましたか?」


「斬るのに必要なことは、充分に。おとなしく斬られてくれるかは別問題だが」


「その辺りはご心配なく。すでに手配は終わっていますので」


 ギョロリ、と瞳孔が移動する。

 天乃宮家の手配がどれほど非人道的なことか、分かったものではない。


「言っておきますが、当主だからって星詠みの指示には逆らえないんですからね。普段ならワガママ言ったり変更を希望することは出来ますけど、世界の敵なんて緊急事態に贅沢言ってる余裕はないんです。だから文句は星詠みに言ってください」


「どこに居るかも分からない存在に、どう言えと?」


 悠太は知らないが、真門のポケットの中にいる。

 機密中の機密のため、本家以外の人間にはほとんど知らされていないが。


「実際に会ったら罵倒するんでしょうね。僕は当主という近い位置にいるので、いっつも文句言っていますが」


「斬りかかる、とは思わないのか?」


「必要なら斬るでしょうが、個人的に人を斬るってこと、あまりしないじゃないですか。ゴールデンウィークに襲いかかってきた流派は殺そうとしましたけど、あれは例外だったんじゃないですか?」


「…………姉弟子のような倫理観だったら、剣聖にはなっていない」


「イジワルしちゃいましたね。でも、個人的には好ましいです。剣人会で暴れたいって思ってる人からすれば業腹でしょうが、魔導師も剣士も、人間であれば理性的であるべきです。道を踏み外した人間がどうなるか、なんて外を見れば分かりますから」


 暴力の信奉者、と呼ぶべき者は多い。

 人は抑圧されることが大嫌いだ。社会に収まるように生きなさい、人に迷惑をかけないように注意しなさい、約束事は守りなさい、などの当たり前は窮屈に感じるのが人だ。なぜ自分を押さえ込まなければいけないかと言えば、人間社会を機能させるため。

 誰も彼もが自由を叫んで、野放図に動き回れば当たり前の平穏など崩れてしまう。

 そして、抑圧されることに耐えられない人間ほど、周囲のことを考慮しない。自分一人が自由に振る舞ったところで、便利な社会が壊れるわけないと信じている。

 魔導がある世界で、そんな考えは飽和した砂糖水より甘いというのに。


「だから、先に謝ります。イジワルをします。悠太先輩が断らない、断れないことと知りながら、必要なことだからと言います」


 真門の手には、一振りの刀が握られていた。


「冬内の習作、本物の日本刀です。これで赤い破滅を斬り殺してください」


「……必要なこと、とは誰が言ったんだ……」


 せめてもの抵抗だろう。

 天乃宮家当主である真門が、何と言うかなど分かり切っているのに。


「星詠みの指示です。冬内がイヤだというなら、魔剣や妖刀でも構いません。よく研がれた、人の肉と骨を断ち斬れる真剣であれば、何を使っても構いません」


「……逆を言えば、デバイスのような鈍器は許可できない、と。……本当に逃げ場をなくしてくる指示だな。冬内を持ってきたのは、俺を慮ってのことだろう」


「魔導が宿った特別な武具は好まないと知っているので。冬内の刀は、制作過程にこそ魔導を用いていますが、それ以外はただの武器です。折れず曲がらずよく斬れるだけの、理想的な日本刀です。その上、無銘でもあります」


 名前は最も短い呪。

 日本の魔導師であれば一度は耳にする心得であり、真理だ。

 人は世界を認識する際に、言葉と名前を用いる。魔導的にこれは非常に強力な前提であり、名付けただけで性質が変わってしまったという事例も存在する。

 故に、無銘であることに意味がある。


「……絶刀を最も効率よく扱うために、か」


「絶刀である必要はありません。三剣であれ、それ以外であれ、担い手の色を邪魔することなく反映する剣ですから。まあ、剣士でないので受け売りですけど」


 冬内の習作はただの日本刀。

 人斬り包丁としての性能はトップクラスであるが、現在の金属加工技術の粋を集めれば類似の性能に届く。剣人会の奥伝の中にも、そうした現代だからこその武器を使う奥伝は珍しくない。にもかかわらず、冬内の習作を求める剣士や魔導師は数多い。

 伝統に付随する前例や信仰という後ろ盾。

 無銘だからこそ生じる魔導的な加工のしやすさ。

 なにより、人を斬ることのみを追求した、人斬り包丁としての完成度。

 あらゆる点で、日本刀を扱う剣士に最適な刀なのだ。


「………………」


「やはり、気は進みませんか?」


「…………正直に言えば、そうだ。……だが、…………」


 空になったマグカップと引き換えに、刀を受け取った。


「これは正式な仕事だ。星詠みが必要だと言うのなら、振るしかない」


 絶対にイヤだとごねれば、引き下がるとは思う。

 しかし、剣聖がしてはならないワガママだ。日本という国家に所属し、その庇護を積極的に受ける以上、対価を払わなければいけない。空を斬る探求を容認されている以上、それに見合う利益を提示しなければいけない。

 国家を相手にすれば、悠太は必ず負けるのだ。

 空を斬ることが出来なくなることを、悠太は認めるわけにはいかない。


「怨んでくださって構いません」


「悪いのは俺の未熟だ。師匠なら武器を選ばずに斬れる。姉弟子も出来るだろうが……別の理由でやらないからな。なにより、ナマクラを振るう方が間違っているんだ」


 常日頃から持ち歩かないのは、現代社会の事情から責められることはない。

 私闘や稽古であれば、感情以外で責める理由はない。

 責められるのは、仕事の場合。魔導を使うためにデバイスを用いるなら言われないが、悠太は魔導を扱えない。刀の形をした鉄の棒を振っているに過ぎない悠太に対し、非難の声があるのは事実なのだ。

 封殺できているのは偏に、悠太が成果を出し続けているからに他ならない。


「……そっちではなく…………いえ、言っても仕方ないですね。上まで行けば分かることですから、今のうちに言っておきます。怨むなら僕たちにしてください、と」


「よく分からないが? そこまで言うなら、そうしよう」


 重量は剣型デバイスの方があるはずなのに。

 手にした無銘の刀は、満足に振るえるのか怪しくなるほどの重さを感じた。

お読みいただきありがとうございます。

次回は、9月23日(水)1:00 を予定しております。


執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。

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