業
「それで妖精。異界を捨ててまで俺から逃げ出して、こんなところで何をしている。封印されっぱなし、だなんて言わないよな?」
「ふん、羽虫が言うじゃないか。お前こそ、異界からの出方が分からないなんて言うようなら、笑いものにしてやるからな」
三度目の邂逅は、剣呑ながらも穏やかに。
互いに武器を持たずとも、その気になれば相手を殺す術を持つ者同士。
手を出せば無事では済まないと分かっているから、表面上は穏やかにしていた。
「取り込まれると同時に、神格の制御権を奪われたんだろう。取り返してやるから場所を教えろ」
「不覚を取ったのは事実だが、奪われたわけじゃない。燃料として利用するのがせいぜいで、熱量に耐える強度を持たない世界だ。現実に影響が出ているんじゃないか」
「中途半端なヴァルハラしか創れない妖精は言うことが違うな。他の様式で耐えられる設計を知らないだけだろうに。世界の強度は別にして、内部の創造性や自由度はこちらの方が上だぞ。どちらも悪趣味なのは変わらないが」
穏やかに談笑をしながら、熱と炎が消え去った館を出る。
長い階段を昇りきると、開きっぱなしのロッカーへと戻ってきた。
「無傷で封印を破るなんて、常識が通じないことをするね。この世界をどうにかするためとはいえ、話の通じない相手を解放して良かったのかな。外に出したら人々に迷惑をかけると思うけど」
「関東全域を呑み込んだ魔導災害を止めるために必要なら、許容できる被害だ」
軽んじられたと思ったのか、朱い妖精の目尻が上がる。
「許容できるとは、随分な物言いだな。僕は同じことをしても構わないんだぞ」
「やれるだろうが、やる意味があるのか? 俺や、俺以上に厄介な手合いに百年は狙われ続けることになるのに」
「……チッ、面倒な」
強がりを言っているわけではない。
神格を奪われ、現体をドロドロに溶かされ、封印され同化の責め苦を受け続けても、朱い妖精は古種だ。関東全域の知性体を自身の養分に変える方法はいくつも持っているが、実行する気も意味もない。
個としての人類はともかく、集団としての人類は厄介だ。
あらゆる古種の天敵に数えられるくらいに厄介で、だからこそ多くの古種が表立って騒動を起こさない。
「確認するが、神格の回収はできるのか?」
「当然だ。お前が異界を浸食しているから、手間もかからずできるだろう。――まあ、手に触れるほど近づけるなら、だが」
近付かなければいけないのは、出力が関係する。
赤い破滅の異界は、ワタクシ達の総量と神格に加え、ヴァルハラ異界までも組み込んでいる。力の大部分を削がれた朱い妖精と比べて、天と地ほどの溝があった。
だが、朱い妖精は神代から生き続ける古種だ。
古種の中でも力の使い方に優れており、触れることさえ出来るなら神格の制御権を奪い返す程度は用意なのだ。
「なら、向かうとしよう。目星は付けている」
古びたドアを開けると、人が雪崩れ込んできた。
悠太は個別に対処――などはしない。驚かず冷静に、破城剣を込めた拳を一人に振るい、まとめて押し返した。現実であれば長時間の準備が必要だが、ここは精神世界。気合いを込めれば即座に使用できるのだ。
「封印解除がトリガーになったか、妖精に反応して神格が活性化したかは分からないが、当然邪魔はするか」
殴り飛ばした程度で諦めるほど、異界は優しくない。
押し寄せる波のように、次から次へと人が群がってくる。個別に対処などすれば、現実でどれほどの時間が経過するのか分からない。
悠太は旋空を纏うと、体当たりなどをして雑に道を斬り開く。
「こっちだ、遅れずについてこい。間違っても捕まるなよ。また封印されるぞ」
「剣士が剣を振るわんでいいのか? ……いや、僕と殺し合った時も素手になってたし、刃もくそもない鉄の棒を振り回してたか……剣聖がそれでいいのか?」
「剣など手段に過ぎないだろう。それにデバイスにも利点はある。中身は精密機械だが、外側だけ見れば滅多なことでは折れず曲がらずだ。日常的に持ち歩いても銃刀法違反容疑で職質されることもない。非情に合理的だ」
虚空と旋空を絶招にするくらいなので、剣自体への執着がまるでない。
剣士として異端であるし、剣士を名乗っていいのかと疑問を覚えるが、絶刀を振るう時点でナマクラでも神が斬れるのだ。頑丈さを基準にするのも仕方ない。
「非情に興味深い話だが、道は分かっているのか? 封印の蓋を中心点と勘違いしていただろう。間違えていたら、遠からずワタクシ達の群れに呑まれることになるぞ」
「ついてきてたんですか。部屋でおとなしくしていれば、群れに追われることはないでしょうに。それとも、自分は襲われないという余裕ですか」
「まさか、君に同行している時点でワタクシ達から狙われる立場になったとも。余裕はないが、どうしてもこの目で見たくてね。この世界がどう終わるのかを」
女の言葉を証明するように、ワタクシ達の手は彼女にも伸びていた。
「酔狂なことですが、理屈は分かりました。合わせて中心への道順を教えてもらえると、非常に助かるんですが」
「残念ながら、あの部屋以外は知らないよ。ワタクシはワタクシという自我を持ってしまったけど、部屋を出たら自我がなくなってしまうかも、という恐怖が勝っていたからね。それに、ここに残った死者は自分の世界に閉じこもっている。見なよ、あの顔を」
指の先にいるのは、悠太に殴り飛ばされたり、雪崩れ込んでくるワタクシ達。
必死の形相をしていると思うが、そんなことはない。表情がない、なんてこともない。
友人と馬鹿話で盛り上がる顔、知人の不幸を悲しむ顔、吉報に喜ぶ顔、失敗に落ち込む顔、誰も彼もが違う表情を見せているが、追いかけるときの表情ではない。首から上と、下との間にあるはずの繋がりが見えない。
あまりにも、人間味を感じさせない顔である。
「あれが、ワタクシ達になるってことで、ワタクシ達を維持するってことなんだろうね」
「不遜にも神に成りかわりたい……というなら、分かるんだが。あの女は微塵も思っていない。多くの魔導師や古種を見てきたが、異質すぎる」
「理業伝の業とは、こういうものだ。そうだな、あえて名付けるなら」
――彼我統一の業
「別れから逃れられないなら、別れた後に一つになれば良い。どれほど長く生きようと、死から逃れられないなら、冥府にて再会すれば良い。この異界はその手段で、神格は都合の良いリソースということだ」
「不遜というより滑稽だな。死後であろうと基準はある。勇士でなければヴァルハラに招かれないように。制限をかけなければ、際限なく増え続けて最後には崩壊する」
「あの人も分かっているはずだが、理屈じゃない。理性で止まれず、約束された破滅に向かわざる感情、だからこそ――業、と呼ぶ。……ここだな」
足を止めたのは、何もない廊下。
何もない虚空を前に手刀を構え、息を整え、振りかぶる。
「武仙流・皆伝――絶刀」
全てを斬る剣で何を斬ったのかを、悠太は説明できない。
異界を見て回り、この世界の普通を実感したからこそ、感じ取った歪みを斬っただけ。
全てを斬る剣を振るった先には、人が通れる程度の裂け目が広がった。
悠太はその裂け目に、躊躇なく飛び込んだ。
「隔離された空間を斬って、無理やりに開いたか。呪力のない羽虫が無茶苦茶をする」
「でも、誰も通したくない場所なら、意味がある場所ってことだろう。これで間違っていたら――盛大に笑って煽ってやろう」
朱い妖精と女も、悠太を追って飛び込む。
裂け目が閉じたのはそこから数分後のことだったが、ワタクシ達は誰一人として、その裂け目に近付こうとはしなかった。
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次回は、9月12日(土)1:00 を予定しております。
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