――死別の克服
「ワタクシ達がなぜ、魔導災害を起こしたのか。一言で言うなら――」
――死別の克服
「それは、不老不死になる……って、ことですか?」
魔導師に限らず、誰もが一度は夢見る境地。
寿命を延ばすだけであれば、ある程度は実現している。魔導を極め、寿命を延ばしたことで古種に至った人間は幾人もいる。魔導師ではないが、身近な所では、悠太の師である武仙などが当てはまるだろう。
だが、寿命を延ばせるのは才能あるごく一部のみ。
人類という種族としては一〇〇年の壁を越えてはいない。
「いいえ、不老不死とは違います。なにせ殺せば死ぬんです。死ぬのであれば、死別からは逃れられません」
そうなのだろうか、と首を傾げる。
理屈は通っているのだが、言葉遊びのような気がして引っかかる。
「殺せば死ぬなら、不老不死とは呼べないんじゃないでしょうか?」
「最も不老不死に近い存在を上げるなら、神霊種がいます。顕現した現体を殺しても、神話が残っているなら再び顕現することができます。ただ、新しい現体は、以前の現体とは違う存在です。以前の個体と再び出会えないのなら、それは死別と言うべきでしょう」
神霊種に対する正しい知識がないので、仮説が合っているかは分からない。
それでも殺す前の記憶がなかったり、性格などが違うのであれば死別と言えるだろう。
「神霊種などの例外種でさえ、不老不死にはほど遠いのです。人類種がそれを越えると考えるのは傲慢としか言えません。故に、死別の克服と不老不死とは別物なのです」
「じゃあ、どうするんですか? 死ぬのにどうやって、死別を克服するんですか?」
「ワタクシ達が見つけた答えは――死後の統一です」
赤い呪詛と冥府が結びついている理由が、ついに出た。
「万物万象はいつか死ぬ。例え神であっても逃れられないのなら、死後に再会すれば良いのです。生者と世界と死者の世界を繋ぐ縁があれば、生きながらに死者と交流することができる。これこそが、ワタクシ達の目指す死別の克服です」
「……なら、この赤い呪詛が、生者と死者を繋ぐ縁、……でも、なんで今なんですか? どんな条件があるかは分かりませんが、大規模な魔導災害を起こせば国が動きます。現に、天乃宮家や悠太くんも……」
善悪や、倫理的な問題は横に置くとして、赤い女の行動はおかしい。
死別の克服という命題に真摯に向き合うのであれば、魔導科災害など起こさず、水面下で赤い呪詛の感染者を増やした方が命題の達成に近付く。国家など、大規模な組織に排除対象と認定されることは、それほどに重いのだ。
「……ええ、ええ…………そうです。これは、ワタクシ達が失敗した証、なのです……」
「失敗して、魔導災害が……なにかの、儀式を……」
「広義では……儀式、と言えますね…………そういえば、あなたとも、縁がありましたね」
現代の魔導ではなく、古い魔導に分類されるものの一つが、儀式だ。
儀式の内容によって効果や影響の規模は変わるが、世界の法則そのものに影響を与える禁忌も存在する。禁忌でなくとも、儀式の制御に失敗したり、手順そのものにミスがあれば、容易に魔導災害を引き起こすほどに繊細だ。
失敗と聞いて儀式を連想するのは、魔導師としては当然のこと。
「朱い妖精様を、取り込んだのです」
想像すらしなかった事実を、赤い女は口にした。
「取り、込んだ……? 朱い妖精って、この階にいた神造兵器の持ち主だった……」
「ええ、その妖精様で間違いありません。実は文化祭の折、ワタクシもあの場にいたのです。神造兵器の方々も、その時にワタクシ達となりました。妖精様もワタクシ達になっていただくべく取り込んだのですが、未だに……むしろ、あの方の保有する神槍の欠片に、押し潰されそうになっています」
頭が真っ白になる。
赤い女は、ライカの理解を超えていた。
ヴァルハラ異界を形成する朱い妖精は、ライカにとってヴォルケーノを使っても届かない遙か遠い格上。そんな存在を人がどうこう出来るなど、想像すらできない。
悠太のように殺そうとするならまだ理解できるが、取り込むなどという発想、何を食べ何を経験すれば出てくるのだろうと、現実逃避するほどの異端。
「何を食べ、何を経験すれば出てくる発想か、ですか……面白い表現をしますね」
無意識に口に出ていたらしいが、話が頭に入ってこない。
声らしき音、会話らしき響きが右から左へと流れる。
「始まりは愛犬でした。寿命でしたが、幼いワタクシにはその離別は耐えがたく、思ってしまったのです。この子の魂をワタクシが取り込めば、ずっと一緒にいられるのではないか、と。幸か不幸か、その試みは成功しました」
愛犬も死別に入るなら、不老不死を除外するのも当然かも知れない。
他人事のような感想が浮かんでは弾ける。
「その次は、両親でしたね。呪詛の核となる妖刀を手にした後のことで、ワタクシがこの手でグサリと。少年院などに入れられると覚悟しましたが、虐待に耐えきれなくなった末の正当防衛だとされ、保護観察処分に。尊属殺人が撤廃された恩恵を受けた、と言えますね」
魂を取り込んだと知られれば、保護観察などという甘い判決は出されなかっただろう。
殺人がなくとも、魂への干渉は禁忌そのもの。発覚すれば執行猶予なしの実刑が確定する重罪であるが、未成年がするわけがないという先入観。特殊な見鬼や機器がなければ観測できないという事実から、逃れたのは必然と言える。
「その後は、ワタクシ達を増やし続けました。ワタクシ自身には力や知識はありませんが、ワタクシ達のいずれかが理解したり、実行できるならばいいのです。そうして蓄えた力と知識の果てに、ついに冥府と神格を得るに至りました」
脅威の本質は、インターネットと同じだ。
SNSなどに流れた一枚の写真。何の変哲もない人物写真の、瞳に映った光景から自宅を特定されたという話は数え切れないほど聞く。これは風景の一部を知る人の情報や、特徴的な建物が見える角度などから、写真を撮った位置を特定する技術から特定される。
ネット上においては、一人がこの技術を持っている必要はない。
一つの情報を持っているだけ、一つの技術を持っているだけ、このような人間が複数集まり、技術と情報を結集することで、驚異的な結果を出す。
赤い女がやったのはこれと同じで、これを積み重ねた朱い妖精の吸収した。
関東全域を呪詛に呑み込む力を持った、世界の敵にまで成長してしまった。
「あなたは、どう感じましたか?」
蹲ったまま、赤い女は手を伸ばした。
「神話の重さに耐えきれば、人類はついに届くのです。死別の克服という偉業に。四苦八苦の一端を消し去れるのです」
「ワタクシ達を、増やしたと言いましたね。つまり、耐えるために、あなたを増やすために、この赤い呪詛を振りまいたんですか?」
「……ワタクシ達の大半が望んだ、防衛本能の結果です。冥府の神話に押し潰されぬために、少しでも重さを分け、ワタクシを生かし、ワタクシ達の伽藍を完成させるために。……しかし、増やすだけではダメなのです。時間軸の例外に耐えるには、相応の質が必要なのです」
赤みがかった視線から、目をそらせない。
まばたきさえも、躊躇してしまう。
「もしも、あなたが死別を、別れを、少しでも惜しむというなら、この手を取っていただけませんか? あなたの精霊が協力をしてくれるのであれば、届くかもしれないのです」
死を目前にして、赤い女は足掻き続けていた。
心の底から、救いを求めて手を伸ばしていた。
どうかてをとってください、と。
この苦しみを和らげてください、と。
ライカは、その手を――
お読みいただきありがとうございます。
次回は、9月2日(水)1:00 を予定しております。
執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。




