必然性は?
赤い雪が舞い、赤い霧が広がる。
世界を赤く染め上げる呪詛の中心地にて、コーヒーの香ばしい匂いが漂っていた。
「コーヒーいる? 神造兵器に飲み食いの機能がないってんなら別だけど」
「大神のより製造された身に欠点が思われるのは不快です。性能維持に飲食は不要な行為ですが、いただきましょう」
豆を挽いて淹れたコーヒー。
関東全域が呪詛に沈んでいるとは思えない品質だが、神造兵器は何も言わずに飲み干す。
機能に不備がないことを証明したかっただけらしい。
「行かせるのは巫女で良かったのですか?」
「ライカのこと、自分で決めたのはあの子よ。お膳立てもしたし、外堀も埋めたけど、最後の最後は自由意志。卑怯ではあるけどね」
「根絶する手段など、廃棄兵器にはいくらでもあるのでは。人類に根を張り、時間軸に寄生する異界だとしても」
「考え方が人外ね。効率だけ見るなら、いくらでもあるわよ。でも、どれだけ被害が出るか分からない。物理的、人的な被害はもちろん。精神や風評なんてコントロールしにくい被害だってある。対処を間違えたら、世界大戦の引き金になりかねないの」
赤い破滅の端末の総数は、二〇〇〇万人規模。
端末の比率は日本国内が最も多いが、世界各地に分散している。
関東全域で起こった魔導災害が、自国でも発生しかねないと知ったら、どうなるか?
魔導災害の格である端末が、隣人として普通に生活していると想像したら、どうなるか?
世界各地で魔女狩りが復活する、というのは優しい部類に入るだろう。
「人類にとって必要なのはね、赤い破滅が二度と起こらないという保証。完全踏破、完全攻略が出来ないとなったら、誰も手が出せないほどに汚染しなきゃいけない。簡単に言えば政治ってやつよ。あんたらにゃ分からないだろうけど」
「天乃宮の当主は構わないのか? 世界の敵を滅ぼすために、身内が消費されるかも知れないのを許容するのか?」
「え、僕にふります!?」
今日の仕事は終わりだと、くつろぎモードだったため、ビックリする。
「んー、許容と言われても、これが一番マシだってゼファエルが言ってるからなぁ。香織ちゃん惜しさに他のことを試して、世界大戦になりましたなんて結果になったらイヤだし」
「天乃宮家当主ではなかったのですか?」
「当主ですよ。だからここにはいますし、優先順位は違えません。僕より頭が良い人、容赦がない人、情が深い人、優しい人、強い人、そんな人達はごまんといます。その人達が悩みに悩んで出した答えを実行する。天乃宮当主とはそういう存在なんです」
一〇〇〇年続く命題とは、それほどに重い。
世界滅亡の回避とは、それほどに正しい。
だが、決して強制はしない。当主が反対したところで実行するのには変わらないが、反対した当主を関わらせるほど外道ではないし、余裕があるなら別の作戦に切り替える程度の情はある。
耐えられない責任を無理に押しつけることはしない。少しでも長く、当主という名の部品に、貧乏くじを引かせ続ける方が一族にとって利益があるからだ。
「それに、僕は悠太先輩にライカさんも、どちらも信頼していますから」
「剣聖が異界に囚われても、でしょうか?」
「世界の敵が異界を持っているなら、攻略は必須です。神造兵器のあなたに言うのはあれですが、異界には主の性質が色濃く反映されます。神霊のような例外や、古い種族ならこの基本法則から外れることがありますが、人間ならほぼ例外なく。ただ殺してはいけない世界の敵を理解するのに、これほどの攻略本は存在しません」
ゼファエル――天乃宮の星詠みの言葉ではない。
真門の持つ知識から出た、彼自身の考えだ。
「それに、悠太先輩は相性も良いんです。価値の空虚さを知り、自我のありかについて論ずる段階にあります。その上で、剣の理に到達するほどの執着を維持している。自我の同化を促す異界に対して、これほど有効なカウンターはいません」
あまりにも特攻な人選だが、実は偶然だ。
悠太を選んだのは天乃宮家ではなく、初空の未来視・天乙。
天乙なりの理屈はあるが、悠太を主軸に攻略手順を揃えたのが天乃宮の星詠みであり、盤面を整えたのが真門達、天乃宮家の人員なのだ。
「ならば、彼の巫女は? 精霊の加護により呪詛を弾いていますが、直接干渉されては抵抗できないはずです。精霊も幼いとなれば、自我の同化には耐えられないと予想します」
「そこは、うん…………詳しい選定基準は知らないけど、だから、先輩の後なんだと思うな。……同化できない上、異界を自分の理で浸食する毒を受け入れて、無事なわけないし……その上、冥府の核に抵抗するってなったら、ねぇ……?」
年末にその事実を伝えただけに、現状についてはよく知っている。
異界に飛び込んだ悠太以上によく知っているのだ。
「異界への援軍でないことは理解しました。その上で、なぜ? 巫女の役割とは?」
「朱い妖精のことが、そんなに心配?」
「無論。大神の復活に必要です」
「……極小の確率でも存在するなら、足を止めることはできない…………理解できる理屈だ。命題を持つ魔導師なら、なおさらに。ここにいる、ほとんどの人が囚われてる思考で、人生どころか世界を歪めかねない執着そのもの」
天乃宮家の一員である香織は当然として。
魔導師でない真門、悠太も、命題に値する執着を持っている。
命題に至らずとも、魔導師であれば研究テーマという形で優先すべきものがある。
「でも、ライカさんには命題がありません。まだ、かもしれなくても、今はありません」
ただし、命題や研究テーマを持つ魔導師は、ごく少数だ。
持つ者はほぼ上澄み、魔導師の上位陣であるが、ほとんどの魔導師は職業として魔導を扱う者達。命題持ちの世界とは、通常とは別の理屈で動く世界なのだ。
「星詠みがあの人を選んだというなら、命題を持たないが故の視点、普通の人としてのあり方が必要なのだと思います」
「世界の敵に、普通が? 理解不能。理屈に合いません」
「そんなことはありません。僕たちにとって、赤い破滅は世界の敵です。攻略し、正しく滅ぼす必要があります。でも、世界の敵に至ったのは、世界の敵に至る前は、確かにただの人だったんです。ただの人が抱いた感情が、不幸なことに世界の敵に届いてしまった。人が世界の敵に至るのは、ほとんどがコレですから」
「……かつて普通であった。なるほど、盲点です。しかし、必要でしょうか? 至った経緯であれば、剣聖が理解すればよいはずです。理解できずとも、彼の剣聖であれば斬る道筋を見つけることはできるでしょう」
「随分と高評価ですね。勇士でない判定だったと思いますが」
「神域に至った剣を評価しないなどありえません。例え勇士でなくとも」
自身と、自身の同型機を斬った上に、ヴァルハラ異界を攻略したのだ。
勇士判定出来ないだけで、悠太のことは評価している。
評価できない点が、神造兵器にとって重要事項なのだが。
「間違ってませんが、抜けている視点があります」
神造兵器だから抜けてしまう視点。
世界の敵というフィルターを通してしまうと、見えなくなる盲点。
「世界の敵もまた、人であるということ。人である以上、精神的な揺さぶりが重要になります。平時でなく、今のように追い詰められた状態でならなおさらでしょう」
「揺さぶるのが巫女である必然性は?」
「星詠みの選別をくぐり抜けたことが最低条件ですけど、僕個人の意見としてはライカさん以上の適任はいないんじゃないですかね」
これは、香織も同意するはずだ。
「だって、難攻不落の悠太先輩を揺さぶった乙女なんですよ。色即是空に似た理を持つ世界の敵が相手なら、刺さること間違いなしですって」
コーヒーをすすりながら、香織も頷いて同意した。
人の機微に疎い神造兵器は、そいうものかと首を傾げた。
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次回は、8月26日(水)1:00 を予定しております。
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