ただの休日
共通テストは休日に行われる。
受験生にとっては勝負の日だが、それ以外にはただの休日だ。普段は時間に追われてできない、贅沢な時間の使い方をしようと、多少浮かれる程度の日である。
「なんか、無駄に気合い入ってない? 高いコーヒー豆買うだけなら分かるけど、パン屋で食パン一斤とか、聞き覚えのない香辛料用意するとか、何する気?」
「カフェを特集してた番組があっただろう? アレ見て、作れそうだなと思ったから挑戦しようかと。まあ、最初から全部凝るのは無謀だから、オムレツとサラダくらいだが。香辛料を入れるだけでワンランク上のオムレツが、というレシピも見つけたし」
「わたしは楽できるから別に良いけど、まあ、コーヒーくらいは淹れるわ。ミルは確か戸棚の上、だったわよね?」
南雲家の朝食は、基本的に前日の残りだ。
米やおかずをレンジでチンすれば数分で済むし、腹持ちもパンより良い。また、おかずも多めに調理すれば、別の日に持ち越すことも出来る。
剣や魔導はカロリーを大量に消費するし、二人は高校二年という成長期まっただ中。
栄養的にも、手間的にも、お腹的にも、米は合理的な選択なのだ。
「兄貴、スマホ鳴ってるけど、出ないの?」
「…………出たくないが、仕方ないか」
卵を溶き始めようと、菜箸を持ったところだ。
メッセージなら朝食が終わるまで気付かなかったことにできるが、電話ではそうはいかない。というか、普通の連絡ならメッセージで済むのに、わざわざ電話をしてくるなど緊急性が高いに決まっている。
顔に面倒くさいと書きながら、通話の操作をした。
「やっと出たわね、南雲くん。寝てなくて安心したわ。最悪、ドア壊してでも回収しなきゃいけなかったし」
通話相手は物騒なことを言いだした。
「今すぐ駅前に来て。朝ご飯まだなら、こっちで用意してるから。じゃ、なるはやで」
言いたいを言い終えたら、通話が切れた。
礼儀をどこに捨ててきたと叱りたくなるが、相手が相手だ。
本当に切羽詰まっている可能性が高い。
「仕事が入った。今すぐ出るから、卵の処理は任せた」
「少し聞こえたけど、今の香織よね? 仕事っぽい感じしなかったけど」
「打診は前からされてた。状況が動いたのか、余裕がないんだろう」
フレデリカは不満を露わにするが、当事者は悠太だ。
当人が納得しているならと、それ以上は言わない。
「後は頼んだ。連絡があっても出れないと思うが、何かあったら連絡しろ」
「連絡しても意味ないって覚えとくわ」
部屋着から外出着に着替え、家を出る。
持ち物については言われていないが、財布とスマホ、それから竹刀袋に入れた剣型のデバイスだけを手に、集合場所を目指す。
なるはやの指示通り、赤信号以外は止まることなく走り続けた。
駅前に着くつと、ボックスカーの前で香織が仁王立ちしていた。
「予想通りの時間ね、面白味がないわ」
「遅れたならともかく、予想通りで文句を言うな。こっちは朝食の準備を放り出して出てきたんだぞ」
「ああ、お腹減って機嫌が悪くなってるのね。用意してるから乗りなさい。助手席よ」
文句を言っても仕方がないので、回り込んで助手席に座る。
運転席に人はおらず、トイレにでも行っているのかと首をひねる。
「急に呼び出ししてすいません、悠太先輩。来ていただけたこと、感謝します」
「真門くんが謝ることじゃない。小隈さんも連れてきたのは意外だが、おはよう」
「おはよう、先輩。今日はご愁傷様?」
こてん、と首を傾げる。
言い間違いなのか、合っているのか、判別が付かない。
「南雲くん、もう出るからシートベルト締めて。あ、ご飯はこれね、全部食べて良いから。コーヒーはホルダーに入れたから。お代わりが必要なら真門くんに言えば出るわよ」
受け取ったビニール袋をボンネットに置き、シートベルトを締める。
中身の分からない朝食に胸を少し弾ませながら手を伸ばすが、運転席に座る人物を捉えて動きが止まる。
「……天乃宮、なぜシートベルトを締める?」
「締めないで運転するのは交通違反だからよ」
「…………質問を変える。お前免許持ってないだろう」
南雲悠太と天乃宮香織は、どちらも現役の高校二年生。
運転免許を取得できる年齢ではない。
「職質される心配してるのね。大丈夫よ、上に話は通ってるし、現場でも通用する免許だって特別に発行してもらったから」
偽装免許である。
いや、上に話が通っているなら、正規という扱いになるのかもしれない。
どのみち不正であるが。
「運転手を用意できない理由があったのか?」
「魔導一種相当を運転手にするって、贅沢通り越して利敵行為だからね。当事者の私に一番丸く収まるのよ」
さらりと言うが、よほどの緊急事態である。
魔導一種はどの国でも重宝されるレベルの一流であり、絶対数が少ない。
それを運転手にするなど正気の沙汰でないが、逆を言えば正気では片付かないナニカが起ころうとしている。
「道路交通法なんかはちゃんと頭入ってるから、まずは食べなさい。カロリー足りなくて仕事失敗しましたなんて言ったら、死んでなくても殺すから」
運転の腕については信じることにして、ビニール袋を開ける。
出てきたのは、ラップに包まれたバケットのサンドイッチ。
半眼になりながら一つを手に取り、かぶりついた。
「美味いな、なかり。バケットの固さが気になるが、タマゴサラダの水分でパサつきを感じない。――天乃宮が作ったのか?」
「キッチン握ってるのは私だし、自分の分作るついでよ」
「コーヒーとも合うし、相当に研究しているんじゃないか? 俺は栄養と作りやすさ優先でレシピを決めるから、素直にスゴいと思う……量が多すぎるのは、どうかと思うが」
半眼になった理由は、バケットの数。
全部食べて良いと言われても、五つは食べきれない。中身にかぶりがないので、ただ量を増やしていないのは分かるが。
「そう? 私基準だから、足りないかもって心配してたんだけど」
「鬼種と食事量と一緒にするな。魔導を使わない分、俺の食事量はアスリート程度だぞ」
タマゴサンドを食べきり、コーヒーで口をリセット。
二つ目に取ったのは、バルサミコ酢ソースのローストビーフだ。
「贅沢に肉を盛ったな。縦じゃなく横に切れ込みを入れてる所に執念を感じるぞ」
「大半の日本人はサンドイッチを誤解してるわ。パンじゃなくて具が主役なの。おにぎりに例えるなら、ご飯の部分はパンじゃなくて具よ。はみ出るくらい肉を押し込んでようやく、サンドイッチって言えるの。薄いハムを一、二枚とか、ふざけてるのかしら!」
サンドイッチに対して、なにやら一家言あるらしい。
下手に反応すると長くなると警鐘が鳴るので、何事もないように三つ目を吟味する。
残るサンドイッチは三つ。野菜たっぷりの健康的なサンドイッチ、ツナマヨとチーズのサンドイッチ、そして生クリームとフルーツたっぷりのサンドイッチ。
締めにするなら甘い味であるが、問題は量だ。
ローストビーフはかろうじてパンが繋がっていたが、生クリームのサンドイッチは完全に切り離されている。挟むというか、生クリームに埋もれていると表現するべき状態。
絶対に胸焼けすると思い、ツナマヨとチーズのサンドイッチを選んだ。
「もう充分なんだが、残りはどうしたら」
「――いらないなら、もらう!」
綾芽が興奮気味に手を伸ばしている。
運転席の香織は仕方ないとため息をつくので、悠太は後ろの席にビニール袋を渡す。
綾芽は生クリームのサンドイッチを取りだし、残った野菜サンドを真門に押しつけた。
あまりにも分かりやすい反応に、悠太は苦笑しながらコーヒーを口にした。
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次回は、8月15日(土)1:00 を予定しております。
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