癇癪日
フレデリカの実家では、奇妙な生物が徘徊している。
全体的には球体だ。小さな丸い身体に手足と、頭に葉っぱらしき物が生えている。
葉っぱがあるので植物に由来する何かだとは予想できるが、魔導全盛の時代でもまず見られない珍種。動物園か植物園か、またはホルマリン漬けにでもされかねないナマモノが、一匹でなく三匹、家中をトコトコと徘徊しているのだ。
「んままー、まーままー」
「ごごー? まごご」
「まらら、らまーま」
徘徊だけでなく、鳴き声も発する。
おまけに、同種でコミュケーションを取っており、人が何を言っているのかを理解できる知性も持っている。
そんな奇妙な生物が、悠太のぺちぺちと叩き、おもちゃにしていた。
「お兄さん、なんでドーマ達のおもちゃにされてるんです?」
「……やる気とか、色んなものが……ゴリゴリと削れて」
「人間ですから、そういう日もあるでしょう。ただ、グッタリするなら自分の部屋の方がいいんじゃないです? 親戚の家の居間でやってるのは何でです?」
「宴会中で、うるさくて、あと師匠に対しての感情が整理できてなくて……本気で刃傷沙汰を起こしそうだから、緊急避難」
「なるなる、偶にある癇癪日ですか。こっちに矛先がないならお好きにどうぞー」
奇妙な生物、意思あるマンドラゴラの飼い主であるアイリーンは、向かいに座る。
ノートパソコンと手帳を開き、何かを打ち込んだり書き込んだりしている。
アイリーンは害獣駆除の事業を中心とした会社を興している。年末年始のこの時期はさすがに休みであるが、アイリーンは経営者。
そも、労働基準法が適応されるのは基本的に雇われる側の労働者だ。
企業の社長や役員、個人事業主などには適応されないので、どれだけ働いても法律違反にされることはない。この個人事業主に適応されない、を悪用するとワーキングプア問題などになるが、アイリーンは株式会社の経営者なのでまた別。
年始、つまり一月というのは、経営者にとって鬼門の一つだ。
年末年始で銀行業務が完全に止まるので、口座引き落としの結果が分かるのがいつもよりも遅いので、回収業務などが遅れる。また、仕事始めが四日、土日を挟んだ場合はさらに後ろ倒しになるので、請求書関連の業務がカツカツになる。
また、日本企業に多い三月決算であれば、一月は最終であり四期の始まり。
最終決算を黒字にするために手を変え品を変え、と焦る経営者は数多い。長期休暇だからと休んでいるヒマはない、というのが正直なところである。
「警告。業務が長時間に及んでいます。休息を推奨します」
「じゃあ、コーヒー淹れて~。酸味強いやつ」
「了承。しばらくお待ちください」
台所から、ガリガリと豆を挽く音が届く。
メトロノームのように一定のリズムであるが、機械ではなく手挽き。しばらくすると、ドリップポットの湯が沸き、コポコポという抽出が始まる。
一滴、一滴、と抽出された黒い液体が落ちる度に、目が覚めるような香りが弾け飛ぶ。
台所から居間に届いたそれは、仕事の手を止めてしまうほどの魔力があった。
「お待たせしました。砂糖とミルクはこちらに」
「ありがと~」
一口目は、何も入れずに。
まず広がるのは、果物のような甘味を感じさせる香り。
口内では収まりきらず鼻から抜け出ると、次に爽やかな酸味が訪れる。
余韻を楽しもうとするが、ガマンできずに二口目。さらに、三口目。
ノドを鳴らすのに疲れてカップを放せば、ノドの奥から甘さや酸味を伴う香りが立ち上り、今度こそ余韻をめい一杯楽しめる。
コーヒー豆本来の味と香りを楽しんだ後は、砂糖を入れて良く溶かす。
その後に、ミルクを落とす。
ミルクが混ざりきらないうちに口に付ければ、コーヒーはまた違う顔を見せる。
「ああ~、糖分とカフェインが決まる~」
「神造兵器の使い方としては、随分と贅沢だな」
「スクラちゃんを工業製品扱いするのはやめてくださいね~。ちゃ~んと、戸籍だって取りましたし、剣人会も黙認を決めたんですから」
「……失言だった、すまん。ただの機械にこの味は出せないな」
「否定。このコーヒーは、アイリーンの反応を見て細かく調整をし、機械的な正確さで抽出しています。数値の入力が出来れば再現は可能かと」
「相手の反応を見て調整するのは充分に人間的な行為だ。それに、俺の分を淹れたのはスクラップの自己判断だろう? ……うん、美味い」
悠太の回答に、スクラップはきょとんとする。
「疑問。本機のコーヒーは、アイリーンの好みに調整したものです。南雲悠太の好みでないと発言します」
「それでも美味いと思った。……こいうときほど、未熟を感じる。空を斬ることが全てであるが、あくまでも俺にとっての全て。他者から見れば無価値であるし、俯瞰すれば全てが無価値。それを忘れて他人に当たるなど……」
「わたしは人間的な方がいいですねー。感情論を振り回されると困りますが、情が一切ないのはもっと困ります。お兄さんが情を解さないとなれば、親戚として見れなくなるので」
「…………まあ、理……魔剣を一度捨てたのは、それが理由だが」
絶招魔剣、彼我合一。
色即是空の理が行き着く先の一つ。
人の内面、人格を否定し、機能のみで判別する境地。
他者と自社の境界を曖昧にし、生死さえも代替可能だと認識させる不可避の魔剣。
この魔剣を完成させた上で、悠太は自身に必要ないと探求を放棄した。
「剣士の理が何かはしりませんが、お兄さんは難しく考えすぎです。気に入らないなら師匠だろうと姉弟子だろうと斬っちゃえばいいんです。一般人を斬ったら問題ですけど、どっちも化け物剣士なんですから、問題になんてなりません」
「一度斬ると、箍が外れやすくなるからヤダ。姉弟子みたいになりたくな……――スクラップ、一つ聞きたいことがある」
「疑問、何でしょう?」
「姉弟子が来たときに、会ったか? ケンカを売られなかったか?」
自身が関わりたくない、会いたくない、という気持ちから視野が狭くなっていた。
最弱の剣聖である自分に斬り合いを申し込む戦闘狂が、神造兵器であるスクラップに手を出さないはずがないことを。
「回答。模擬戦を希望されましたが、仕事があるので断りました。帰る前にも希望されましたが、同様に断りました」
「あの人はいつも通りでしたね~。会社に押しかけない程度の常識はありますけど、スクラさんを釣り出すためにわたしに殺気を出しましたよ」
「……同門がごめん。今度会ったらネチネチ文句を言っておく」
「おやおや~、斬り捨てるとか言わないんですか~?」
マグカップを両手で包み込み、にやりする。
「斬り合いを望んでる姉弟子にそれすると、ご褒美になるからしない。ネチネチと文句言った方が効く」
「適確に相手がイヤなことをする、やっぱりお兄さんは人間的ですね。アリエルさんは、相手を理解するのがちょっと弱いですから。情よりも結果を優先するところを見ると、やっぱり人外なんだなと実感します」
包み込んだままコーヒーを運ぶが、中身が空になっている。
眉をひそめながら考え、カップをスクラップに差し出す。
「コーヒー、もう一杯もらえますか? 次はフルボディの苦いやつで」
「了承。すぐに準備します。二人分用意するので、飲み終えたら持ってきてください」
そう一声かけ、マグカップを大事そうに抱えながら台所へ。
悠太で遊ぶのに飽きたのか、三匹のマンドラゴラ達はスクラップを追いかける。
「……魔導師の家でも、ここまでファンタジーな光景も珍しい」
「来年からは、東京の家がこうなりますよ? スクラさんはわたしの秘書ですし、あの子達を置いてくのもアレなので」
言われて初めて気付いた。
南雲家よりも遙かに狭い家に、二人と三匹が追加される。
広い家の引っ越しを選択肢に入れながら飲むコーヒーは、酸味を強く感じるのだった。
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次回は、5月23日(土)1:00 を予定しております。
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