ダメ人間を見るような
ネタばれ、姉弟子は今回登場しません
パワハラだのアルハラだのが騒がれる現代。
若者を中心に酒離れが進むとされているが、あくまでも都会の話。こうした流れが田舎に波及するには時間がかかるし、当てはまるのは若者。中年以降や、人の寿命を越えて生きる古種にとって、飲みニケーションは現役なのだ。
「……やっぱり飲んでる。……予想通りだけど、外れてて欲しかった」
「なんです、悠太。まるでダメ人間を見るような視線ですが、そんな目で親を見てはいけませんよ」
「親と師匠、双方に向けてに決まっているでしょう。俺が帰ってくるのを口実にしたのは分かってますが、昼間っからはやめてください。色々と悲しくなります」
田舎が都会と比べて緩い面はあるが、昼間は仕事がある。
昼間から酒を、が印象が悪いのは田舎も変わらない。
「いつも以上にピリピリしているね。もしや、そちらの女性が理由かい?」
「ええ、ライカ先輩の母親です。精霊の件でご挨拶がしたい、と。……だというのに、酒盛りをしている。アポイントを取っていないので、責めるのは筋違いですし、早めに世間の評価が幻想でしかないと見せたかったので、別に良いんですが……予想、外れててほしかった」
武仙が生ける伝説であることは間違いない。
絶刀や三剣を創出したことは人類にって有益であるが、武仙は聖人君主ではない。
昼間から酒を浴びるように飲むような、俗世に染まっている部分もあるのだ。
「なるほど、彼女の――初めまして。こちらの悠太の師、武仙と申します。娘さんには弟子が大変お世話になっており、感謝してもしきれません」
「い、いえ! こちらこそ、娘と精霊のことでご迷惑をおかけしてしまい」
「迷惑など、あるはずがありません。精霊という貴重な存在と関わる機会など、そうそうないのです。それに、停滞していた直弟子と孫弟子に成長の兆しが出ているのは、間違いなく娘さんがきっかけとなりました。一門の長として、深く感謝を申し上げます」
礼儀正しい武人のように、美しい礼をする。
人格者として申し分ない様であるが、手にした徳利が台無しにしている。
「時に、酒はいける口ですか? 知り合いの酒蔵が造った地酒でして、フルーティーな香りが白身魚と良く合います」
「フルーティー……白身魚……」
ごくり、とノドを鳴らす。
「ぜひご相伴にあずかりたいですが、お弟子さんがもう一人いらっしゃると聞いたのですが」
「弟子? ……ああ、アリエルですね。残念ですが旅に出ています。もしや交流が?」
「いえ、四日前に来ていたと聞いたので、ご挨拶した方がいいかなと」
「なるほど。しかし、今回の滞在は半日でしたので、挨拶をしても関わらなかったでしょう」
「半日っ!?」
半日が長いか短いかは人による。
基準を持たないエノーラで判別できないが、悠太の驚き具合から異常事態だと理解した。
「師匠、あの姉弟子が、半日!? まさか、酒を飲まなかったと……?」
「いつも通り、昼から夜にかけて飲み食いしましたよ。そろそろ外で飲もうかと提案をしたら、弟子を待たせてるから帰る、と」
「弟子っっっ!!」
信じられないのか、自身の頬を三度つねる。
それでも信じられないらしく、眉につばを付けた後、再び頬を三度つねった。
「……あの人の弟子、いったい……どんな人格破綻者なんだか……」
「気持ちは分かりますが落ち着きなさい」
「でも、入門希望者は基本的に師匠に丸投げする姉弟子が、わざわざ取った弟子なんですよ? 変人か狂人か人格破綻者のいずれかに決まってます」
「自分のことを棚に上げるのはやめなさい。――けど、まだアリエルのことが苦手なのかい」
「苦手ですが、芸風とか、音楽性とか、そうした違いからの苦手ですから。無理やり理由を捏造して戦おうとするのは、どうかと思います」
「あの子の本質は剣だ。戦いの道具であることを受け入れた以上、闘争の中でしか位階を上げることはできない。方向性が違うだけで、求道の強さは悠太と同じくらいだ」
「だから苦手なんです」
世界を俯瞰する空の目を持つ以上、その程度は理解している。
武仙流の剣士、理業伝の剣士として間違っていないが、それを自身に向けられるのは正直言って迷惑でしかない。
「ああ、そうだ。京都で鬼面殿に会って、師匠の元弟子であると聞きましたよ。姉弟子の話を少ししたら、感情を露わにしてましたね。もしか昔からですか」
「あの子が、同門だったと言ったのですか?」
「師匠に師事していたのだろう、と聞きました。最初はとぼけましたが、根拠を提示したらわりとあっさりと。弟子の粗相に悩んでいるのと、諦観を抱えていましたが、それ以外は健康そのものですね」
「……あの子を導けなかったことは、後悔の一つです。アリエルを優遇したわけではありませんが、私の教えでは花開かないことをどうしても伝えられなかった。どのような形であれ、自らの意思で巣立ったことは、正直安堵を覚えましたよ」
徳利に直に口を付け、一気にあおる。
飲み干した後は、一升瓶を手に取り、徳利へと注ぎ入れる。
「あの子以外にも多くの弟子を育てましたが、後継と呼べるのは三人だけ。一人は鬼籍で、悠太は人間。寿命がないに等しいアリエルも、闘争の中で死にかねない。……ああ、本当に。私は弟子を育てるのが苦手だ」
「酔ってますね、大分。理業伝そのものが共感性の低い理念なんだから仕方ないでしょう。前提の絶刀は優秀すぎてそれ以上を求めませんし、そもそも修得出来る人が少ない。この逆風の中、俺を含めて三人も育てたんですから、充分に優秀です。それに、三剣と絶刀は剣人会を中心に広まっているんですから、師匠が死のうと失伝しませんよ」
絶刀は、鬼面でさえ修得できない絶技。
三つに分けた三剣も奥義に相応しい難易度で、三剣の一つでも扱えれば超一流。
苦労して絶刀を修めたとしても、絶刀は全てを斬る剣。剣士としての究極の一つであるので、その先を求める剣士自体が希少なのだ。
「直弟子に慰められても困るのだが」
「慰めているのではなく事実を言っています。あと、報告が。――祓魔剣の剛柔を分けました。後で見てく――……」
「――本当かい?」
酔いが覚め、目に鋭利な輝きが灯る。
「鬼面殿の見立てです。破城剣の剛柔と合わせてご教授いただきました」
鬼面は、剣人会の中でも上位の奥伝。
三剣の一つを修め、江戸初期から現代まで生き続ける鬼の古種。
その見立てであれば間違いはない。
「ただ、一つ――鬼面殿に教わるまで、三剣に剛柔があることを知らなかったのですが? 皆伝を渡した弟子にさえ話せない秘伝だとでも言うつもりですか。弟子の教育に苦手意識を持つとしたら、こうした抜けが原因ではないですか?」
数多いた弟子の一人でしかない、なら悠太は何も言わない。
だが、悠太は「心」の理の皆伝であり、三番弟子と武仙自身が認めている。
鬼面に教えた三剣の剛柔を伝えないなど、怠慢でしかないと責めた。
「……実を言うと、剛柔は絶刀に至る必須条件だ。アリエルでさえ、断流剣の剛柔を分けた後に、三剣を統合した。過去の絶刀使いも同じだ。破城剣か断流剣の分けた後に、絶刀へと至っている。だから、どちらかを分けたときに教えることにしているんだが……」
「俺は分ける前に至った、と?」
「いや、無意識下では分けていたと思うんだが、祓魔剣の剛柔は誰も分けていないというか、観測していないから、判別できなかったというのが正しい。それに、あくまでも無意識下でのことだ。下手に意識させるよりも、自然な成長を待つべきだと、アリエルと協議の上で判断した。だから、伝え忘れたわけではない。本当だ」
「…………なら、納得してあげます。――俺は荷物とか置いてきますので、エノーラさんの接待、お願いしますね」
釈然としないものを感じながら、悠太は自室に向かう。
三剣の剛柔を知らないというのは、武仙流の秘伝を知らないと言うこと。皆伝である悠太にとっては大恥そのもの。だが、理業伝を歩みを歪めると判断された結果と知り、文句をこれ以上言えなくなった。
荷物を部屋に放り込むと、汗を流すために風呂場に行こうと決めるのだった。
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次回は、5月20日(水)1:00 を予定しております。
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