帰りたくない
新幹線、鈍行列車、バス、と交通機関を様々乗り換えた後、舗装されていない道を歩く。
夏休みの合宿と同じルートのため、魔導戦技部の面々は心構えがあった。ガラガラとスーツケースを引きながら、体力を温存するために口数は少なめ。
バス停から、徒歩で約四〇分。
車や自転車の利用を検討する距離を、一〇代の若さを武器に突き進む。
「……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
若さが全てとは言わない。
しかし、一〇代から二〇代前半が、肉体的な全盛期であることは事実。
トレーニングの程度にもよるが、三〇代を過ぎれば体力の衰えを感じ始める。
国家資格を持つプロの魔導師であろうとも、人間である以上、生物的な制約から逃れることは出来ないのだ。
「ママ、平気? 死にそうな声してるけど……」
「……ぜぇ、ぜぇ、……明日は、筋肉痛ね……」
「身体強化は使ってるよね?」
「ふふふ、コンクリートで舗装されてない道なんて、歩きなれてないの。使ってるけど、焼け石に水よ」
スーツケースも手放してしまいたいが、大人としてのプライドから手放せない。
体力に差はあれど、娘と同じ年頃の子に弱音など吐けない。吐くくらいなら、わざわざ同行しようとさえ思わない。
内心弱音だらけになるのは仕方ないことだが。
「帰ってきちゃったかぁ……」
大人であるエノーラは息も絶え絶え。
夏に来たことのあるライカと成美も、足が棒になっている。
悠太とフレデリカはケロリとしているが、悠太は憂鬱そうに家を見上げる。
「気持ちは分かるけど、どうするの?」
「……帰れば酒盛りに巻き込まれる。先に挨拶をしよう」
「問題の先送りにしかならないわよ」
「今行こうと、後に行こうと、結果は変わらない。なら後回しの方が良い。……あと、本当にいるのか確認したい……」
「気持ちは分かるわ。分かるから……わたしを巻き込むことだけはやめてね」
夏にはさっさと実家に帰った悠太が、帰らずに同行する。
違和感を感じるも、疲労から指摘することが出来ない。
インターホンを押してから、フレデリカは家の戸を開けた。
「ただい――……」
「おかえりフーカちゃん――!!」
ただいま、と言い切る前に、小柄な女性がフレデリカに抱きついた。
「聞いたよ聞いたよ京都で魔導災害に巻き込まれて入院したってお友達のために無理したってのは悠太くんから聞いたけど自分の身体を大切にしなきゃだめゴールデンウィークに入院したのも同じ理由でしょそりゃ呪詛対策は大変だけど自分を焼くって正気じゃないよそりゃフーカちゃんの目指す先は正気でいたら辿り着かないしほどほどで満足してるわたしが言っても響かないかも知れないけど自分を大切にしなきゃ」
「まずは、ど、い、て!!」
抱きつく母親、ミレイユを引き剥がす。
「どいてって、ヒドいよフーカちゃん!」
「ヒドくないわよ! ……入院した理由が同じなのは、さすがに反省してるわ。でも、半年も経ってないのに対策を立てるのは、ちょっと難しいというか……」
「フーカちゃんが不器用なりに頑張ってるのはわかるよ。むしろ、火界咒をあれだけ枝分かれさせてるのはスゴいって思う。専門じゃないけど、魔導師として嫉妬しちゃうし……ただ、ね。親としては自傷を選択肢に入れてるのは、すっごく心配というか……」
「ごめんなさい……それは、確約できない……足りないものは多いし、自傷程度で有利になるなら安いものよ」
フレデリカが目指す魔導一種は、最高位の魔導師である証。
二種や三種を取得し、プロとして活動しながら研鑽を重ね、ようやく取ることのできる超難関資格。取得後の進路については魔導師ごとに異なるが、得意分野については第一人者として政府から意見を求められることもある。
フレデリカの進路は確定していないが、荒事から逃れることはできない。
一瞬の判断が生死を分ける世界において、負傷や自傷程度で生き残れるなら選ぶのは珍しくない。
「むむぅ……――悠太くん、フーカちゃんにどんな教育しているの?」
「徹底した反復が基本です。剣術については、剣人会の基準では普通よりだと思いますよ? 魔導剣術でも問題なく馴染んでますから」
「そうなの?」
「そうね、指導だけなら普通ね。要求水準と負荷とか強度が異様なほど高いだけで」
「段階が上がれば強度が上がるのは当然だろう? 愚直に仕上げていくと信じているからこそ。というか、あと一歩で壁を壊せそうな気がするんだが…………師匠に相談するべきか?」
一足一刀以外はぱっとしないが、一足一刀は奥伝級の練度なのは評価している。
剣魔一体という境地を確立しつつあり、さらに魔導戦技に関わってからは、ぱっとしない部分にも厚みが出てきている。剣士としての位階が上がっても不思議ではなく、上げられていないことを師として悩んでいた。
「相談すべきかって、もしかしてまだ武仙さんに会ってないの?」
「…………この時期は、帰りたくないなって……」
親戚なので素直に答える。
すると、ミレイユはすぐに理解した。
「アリエルちゃんが帰ってくる時期だからね。四日前に挨拶したけど、相変わらずだったよ」
「四日前……そうですか、姉弟子が帰っているのか……」
「その後は、会ってないけどね。いつも通りフラフラ~ってしてるから、何しているのかは分からなくて」
悠太の姉弟子、アリエルは放浪者だ。
治安の悪い地域、政体が不安定な国、激戦地などが主な出没地であり、武仙や悠太であっても現在の所在地を知らないのだ。
「姉弟子は姉弟子ですから、無理もありません。……まあ、帰ってきているなら、会わないわけにはいけませんね。…………はぁ」
心の底から、ため息を吐き出す。
言葉が伝わらなくとも、帰りたくないんだな、と理解できるほど分かりやすい。
特に今は京都で鬼面に相対したばかりで、姉弟子に会いたくないのだ。
「先輩、俺はそろそろ帰りますね。何かあれば連絡をください」
「うん、けど、そんなにイヤなら帰らなくてもいいんじゃ……」
「姉弟子に対して挨拶をしないのは、弟弟子としてありえないこと。という建前を嬉々として掲げながら、おっとり刀で駆けつけますよ。……ええ、もちろん、微塵もそんなことを思ってもないのに、俺と斬り合いする理由が出来たと喜んでのことです」
姉弟子が世界中を放浪するのは、戦いの火種を探してのこと。
剣聖にまで至った悠太など、絶好の獲物である。
「あの、悠太くん? その、アリエルさんがいたとしたら、ヴォルケーノちゃんにも関わるよね? なら、挨拶をしたいんだけど、一足先に紹介してもらっても良いかしら」
瀕死状態から回復したエノーラが声をかける。
悠太は、信じられないと目を見開いた。
「本気ですか、エノーラさん? 師匠はともかく、姉弟子は人外です。ヴォルケーノのことをあなたから伝えたら殺しかねない危険人物です。もちろん、そんなことは俺がさせませんが、アレに餌を与えないでください!」
精霊は霊長類に分類されているが、魔導災害でもある。
人に憑いた精霊であれば人権などあるはずがなく、殺したところで罪に問われない。
「え、餌……? なら、アリエルさんにはやめるけど、武仙様にはしてもいいのよね? だったら、早めにさせてほしいわ」
「師匠ならば問題ないですが、酒盛りに参加することになりますよ。おそらく、俺の実家に泊まるよう強要――ではなく、強く薦められて朝まで拘束されないですが、それでもいいですか?」
「強要……だ、大丈夫よ! 私だって親戚付き合いがあるもの。ライカちゃんのためなら、朝までの酒盛りだって耐えられる!」
「わかりました。そこまで言うなら、紹介します」
おそらく、疲労によって思考力が下がっていたのだろう。
ズレた部分で覚悟をしたのも、思考力が下がっていたからに違いない。
実の娘は、そう思うことにした。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、5月16日(土)1:00 を予定しております。
執筆の励みになりますので、ブックマークや評価、感想などは随時受け付けております。よろしければぜひ是非。




