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敵意を感じられない慌てるその大きな声に私はホット胸を撫で下ろした。
しっかりと目が開かず、半目になった状態で私をそっと抱きかかえる男性を見つめた。
手入れされていないぼさぼさの前髪が邪魔をして、しっかりと顔は見えなかったが、私がいた国の顔立ちではなかった。服装も全く違う世界の人だ。
中世ヨーロッパの騎士みたいな服……。
髪の色もベージュっぽいクリーム色。少しくせ毛で柔らかそう。目の色はビー玉のような透き通ったターコイズブルー。
なんて綺麗な人、と心の中で呟く。
「なんてことだ……」
男性は私を心配そうに見ている。
汚い私を何の躊躇いもなく抱きかかえているなんて……。本来なら私に触れるのさえ嫌がられるはずなのに。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼の美しさを汚してしまう気がする。
「団長を呼んでくる!」
もう一人の男性はそう言って、急いでどこかへ走って行った。
私はチラッと周りを見渡した。
こんな建物、本の中でしか見たことない。どうやら私は人通りの少ない路地裏にいると思われる。
私は地面へと視線を落とし、アスファルトじゃないことを確認する。どこか遠くで聞こえる音は、車ではなく馬車の音。
……私、違う世界に来ちゃったのかな?
あの人たちがいない世界ならば、とても幸せだ。私は昔の曖昧な記憶を思い出しながら、ここに来れたことを嬉しく思った。
「大丈夫か?」
私を覗き込む男性の表情は本気で私のことを心配してくれていた。
大丈夫です、と言いたいのに声を上手く発することが出来ない。私はコクッと小さく頷く。
さっきまでゴミ袋に入っていたから私の匂いは相当臭いと思う。光が当たって初めて自分の皮膚を見たが、血で赤く染まっている。その上、ゴミまみれ。
灰色のワンピースのような服はボロボロに破れており、血で汚れている。
「き」と声をなんとか出す。男性は私が何か話始めようとしていることにすぐに気付く。
小さな声しか出せないことを察してくれて、私の口元への近くへと耳を寄せてくれた。
「きた、なくて、……ご、めんなさ、い」
私はなんとかそう言い切った。その瞬間、意識がプツンと切れた。
私の体力が限界を迎えたのだ。
目が覚めると私は柔らかく大きなベッドの上にいた。
四柱式のベッドに天蓋がぶら下がっている。私の前にいた部屋の二倍の大きさはあるベッドだ。
シーツは上質だし、辺りを見渡すと高価そうな壺に優美なピンク色の花たちが飾られている。
私はゆっくりとその場に体を起こして、大きな四角い窓の外を見つめる。
茜色の美しい夕日が見える。……景色に対して美しいと感じたのはいつぶりだろう。
…………ここはどこなのだろう。それに、この部屋……。
気絶してからのことは何も覚えていない。
あの人が運んでくれたのかな……。
「不潔なのに」と呟く。
声がちゃんと出た。まだ本調子じゃないが、話すことができる。
それに喉に少し潤いを感じる。もしかしたら、私が気絶している間に、水を飲ませてくれたのかもしれない。
私はふと、自分の身体に目を向けた。
乾いた血で汚れていた腕はほとんど包帯で覆われていた。怪我を負っていた場所全て、手当てされている。
痛みはまだ身体全体にあるが、それでも少しましになった気がする。
服も高級感のあるワンピースのようなパジャマにいつの間にか変わっていた。
コンコンッと扉の音が広い部屋に響く。
その音に思わずビクッと体が震えた。ドアをノックする音は殴られる時、そんな考えが頭によぎった。