4 温かいスープ
私が何も言う前に、扉がゆっくりと開く。きっと、寝ているのだと思われている。
見知らぬ場所で見知らぬ人が入って来ることに対して、無意識に気を引き締めてしまう。
私を手当てしてくれているということは、相手は害を加える気はないと分かっている。それなのに、自然と体が硬直してしまう。
髪をピチッとお団子にまとめたメイド服を着た若い女性がダイニングワゴンを押しながら入って来る。
ダイニングワゴンには温かいスープが乗っていた。カボチャの匂いが微かに漂ってくる。その匂いに食欲が刺激され、お腹がぐぅっと小さく鳴った。
クラシカルな雰囲気に、本当に自分は違う世界に来たのだと認識する。
私、あの地獄から解放されたんだ。ここには私を知っている人は誰一人いない……!
その喜びに思わず涙が出そうになる。これが夢なら一生覚めないでほしいと願う。
メイドと目が合う。彼女は私を見つめながら少しの間固まった。
私が起きているとは思っていなかったのだろう。「あ」と声を漏らして目を見開く。
どう反応するのが正解なんだろう。……ここのしきたりを私は全く知らない。
とりあえず、お辞儀?
私が軽く頭を下げようとした瞬間、メイドは「すぐに坊ちゃんを呼んできます」と慌てて部屋から出て行った。
坊ちゃんって、誰?
あの私を助けてくれた綺麗な人だったらいいな……。まだちゃんとお礼を言えていない。
またあの人に会いたい。また奴隷として働かされるかもしれないけれど、それでも私の命を救ってくれたのは確かだ。
私はチラッとダイニングワゴンの上に乗っていたスープへと視線を向ける。スープからは湯気が出ており、「今のうちにお食べ」と私を誘っているように見えた。
スープってあんなに眩しく見えるものだっけ?
まともな食事をしてこなかった私にとって、そのカボチャのスープは輝いて見えた。
あまりにも空腹に耐えきれなくなり、私はベッドから出てスープの方へと足を進ませる。足に力が上手く入らず、ふらふらとした足取りになる。
……まだ完全に体力が回復していない。
歩く度に全身がズキズキと痛む。かなり重症な怪我人であることを自覚する。
私はスープの近くまで来た瞬間、スプーンも握らずにお皿ごと口に付けてゴクゴクと音を立てて飲み始めた。
カボチャのスープが体に浸透していく。
私が栄養失調気味だったから、消化に良いものを持ってきてくれたのだと思う。いきなりの食事に吐き気を催すことなくすんなりと体内に摂取できる。
行儀が悪いことは百も承知だ。それでも、私は目の前にあるスープを飲まずにはいられなかった。
久しぶりの温かな美味しいご飯に私は静かに涙を流す。
涙腺なんてとうに壊れていたと思っていた。泣きたくても泣けない日々が続き、私はもう涙を流すことなどないのだと思っていた。
それなのに、たった一杯のスープでこんなに涙が溢れて来るなんて思いもしなかった。
もうすぐスープを飲み終えようとした瞬間、駆け足で誰かが部屋に入って来た。
涙を流しながらスープを飲む私と私を助けてくれた端整な顔立ちをした男性の目が合う。
「目が覚めたのか……」
一瞬何が起こっているのか分からなかったが、その一言で私はハッと我に返る。
勝手にスープを飲んでしまった……。
「ごめんなさい」と弱々しい声で呟き、私はそっとスープが入っていたお皿をダイニングワゴンの上に置く。その時に手が震えた。
なんて醜態を見られたのだろう。失礼な奴だと思われてここから追い出されるかもしれない。
私はその恐怖に体が微かに震えた。
「これは君の食事だから、謝ることはない。……美味しかったかい?」
私の不安を取り除くように、男性は優しい口調で声を掛けてくれた。




