最初と二度目-4
4回目だ。
イランとソジンが土曜日ごとに会うようになって4回目、つまり一ヶ月が経った。最初はただの同情で、面白くて、少しは気分転換になればと思ってのことだった。
けれど、会う回数を重ねるごとに楽しくなっていった。いつの間にかハヌルについての話は一切出なくなり、思い出しもしなくなった。
気がつけば、もう4回目の土曜日だった。
最初の週末はPC房で、2回目の週末は漫画カフェで、その日は特に込み上げる笑いを抑えきれなかった。3回目の週末もまた、お互いの家の近くにある映画館で異常なほど好みがぴったりなアクション映画を観ながらポップコーンを空にした。
最初はただの同情心で、成り行きで一緒に飯を食ってみたら面白かったからで、失恋の後に胸の奥にぽっかり開いた空虚な穴を埋めるための気分転換の集まりだった。
だが、会う回数が重なるにつれ、二人の会話からユ・ハヌルという名前は嘘のように姿を消した。これ以上ハヌルの悪口を言って怒りをぶちまける必要すら感じないほど、二人で過ごす時間そのものがずば抜けて楽しかったからだ。
そしてやってきた4回目の土曜日、午後2時。
二人が待ち合わせたのは、繁華街の中心に位置する巨大な3階建てのゲームセンター「キングゲームランド」の前だった。
「おい、遅れたならまず謝るのが筋だろ?」
建物の入口の柱に斜めに寄りかかっていたソジンが、チラッと時計を確認しながら口を尖らせた。
約束の時間にピッタリ3分遅れて到着したイランは、少し息を荒らげながらソジンの肩を軽く叩いた。
「あー、バスの信号に引っかかったんだよ、何だよ! 3分くらいで細けえこと言うなよ」
「3分つったらLOLでミニオン1ウェーブ流れてくる時間だぞ? お前レーン戦の開始から損して入ってんだよ」
「分かった、分かったって。3分遅れた代わりに今日ゲームセンター代は俺が奢るから」
「お、なら許す」
ソジンはさっきまでブツブツ言っていたのが嘘のようにニッと笑い、先陣を切った。
ゲームセンターの中は四方から響く機械音、ドラムやポンプの音で賑やかだった。入口近くのクレーンゲーム機を軽く通り過ぎた二人の足取りが向かったのは、奥にずらりと並ぶレトロ格闘ゲームエリアだった。
「お前、鉄拳できるのか?」
ソジンがレバーを握りながら、挑発的な視線でイランを見下ろした。イランは鼻で笑い、向かい側の椅子にドサッと座って500ウォン硬貨をスロットに放り込んだ。
「ハッ、俺はかつて近所のゲーセンを制覇した男だぞ? キャラ何にするんだよ?」
「俺は風間 仁。お前は?」
「俺はポール・フェニックス。崩拳一発で昇天させてやるよ」
レバーを握るソジンの指先が鮮やかに動いた。イランもまた向かい側で悲壮な表情を浮かべ、椅子に深く腰掛けた。
結果はまさにソジンの完全勝利だった。
ソジンの指はキーボードを叩くように恐ろしいほど精巧に動き、ソジンの操る風間 仁はイランのポールを空中に浮かせたまま着地する隙すら与えず、完璧なコンボを叩き込んだ。
「あ! いや、ちょっと待て! 今の技の判定どうなってんだよ!?」
「悔しかったらお前も上手く使えよ! コンボ入るぞ、コンボ!」
「あ、おい! コンボ止めろ! タイム! タイム!!」
「格ゲーにタイムがあるかよ、キチガイが!」
画面の中のイランのキャラクターは、ソジンの鮮やかなレバー操作とボタン連타によって空中に浮いたまま降りてくる気配がなかった。「KO!」という声とともにイランのキャラクターが地面に叩きつけられると、イランは悔しそうに頭を掻きむしった。
「あー、マジかよ! 俺のキャラなんで空中から降りてこねえんだよ!? イカサマだろ、これ!?」
「イカサマなわけねえだろ! 俺のコンボの味に酔いしれて立ち直れねえのか?」
「もう一回だ、もう一回! 次は俺のメインキャラ使う!」
意地になったイランが連続でコインを投入して挑みかかってきたが、結果は5連敗だった。
ソジンは格闘ゲームの達人だった。真剣にそっちの道に進もうかと悩んだことすらあるソジンに勝つのは至難の業だった。イランはそれを知らなかっただけだ。
「あー、ウザっ。お前ゲーム廃人かよ? 指が機械みたいに動いてんじゃん」
「認めろよ、カン・イラン。お前は格ゲーじゃ俺に逆立ちしても勝てねえよ。敗者は飲み物を買ってくるように」
「はいはい、お上手でお見事でしたね。俺がお前を叩きのめしてやるから。ついて来い!」
悔しくてたまらないといった表情で、イランがソジンの袖を掴んで引っ張っていった先は、足元と手すりが華やかに光り輝くリズムゲーム【ポンプ】の前だった。
「ポンプ??」
「ビビった?」
「いや、これはちょっと。お前これ得意なのか?」
ソジンが少し呆気にとられた表情で尋ねた。
イランは何も言わずにポケットから500ウォン硬貨を機械に放り込んだ。そしてステップ台の上に立ち、手すりを軽く握った。
「よく見てろ。これが本物だ」
最高難易度の曲が始まると同時に、イランの動きが180度変化した。さっきまでの格闘ゲームで鈍くやられていた姿はどこへやら、鮮やかにステップを踏む速度は目でも追いきれないほどだった。
華やかな譜面が降ってくるそばから「PERFECT」の文字が画面を埋め尽くした。
「うわ、マジか……」
ソジンの口がぽかんと開いた。周囲にいた小学生数人が珍しそうにイランの周りに集まり、見物し始めた。イランは汗ひとつ大してかかず、悠々自適にオールパーフェクトを記録してプレイを終えた。
機械から「ALL PERFECT!」という雄大な声が響き渡ると、額に滲んだ汗をそっと拭いながら、ソジンに向かって片方の眉をクッと上げた。
「見たか?」
「お前……マジで頭おかしいのか? 勉強しないでゲーセンに住んでんのか?」
「俺、身体で取るリズム感はちょっと抜群なんだよな。さて、次は誰が飲み物を買う番だっけ?」
「買ってやるよ、買ってやる! どうせスプライト飲むんだろ!」
「お、大正解!」
二人は機械の横にある自動販売機で冷たいスプライトを2缶買い求めた。シュワッと弾ける炭酸を一口飲むと、詰まっていた喉の奥がすっきりと通る気分だった。
「ふはーっ!」
イランが息を吐き出すと、頬がぽっと赤く染まっていた。その姿に胸がキュンと鳴ったが、ゲームセンターの騒がしい音に紛れて静かに消えていった。
ジュースを1缶あっという間に空にし、格闘ゲームにリズムゲーム、バスケットボール投げまで夢中になって2時間ぶっ通しで遊ぶと、足がガクガクしてきた。
「あー、汗かいたな。次どこ行く?」
自然と尋ねた。家ではなく、次に遊ぶ場所を気にする声。ソジンはスマホで時間を確認すると、イランを振り返った。
「カラオケ行くか?」
イランの口角がニッと上がった。
「お前、分かってんじゃん。ゴーゴー!」
二人が向かったのは、ゲームセンターのビルの4階だった。4階のカラオケのドアを開けて入り、真っ直ぐカウンターへ近づいたソジンが自然にカードを取り出した。
「2時間で! 氷カップ二つとスプライトも二つお願いします」
「おー、言わなくても分かってるってやつか?」
後ろからイランがクスクス笑いながらついてきた。
「分かってるとかじゃなくて、お前も俺もこれしか飲まねえからだろ。早く入れよ」
8番のお部屋です、とカウンターで告げられた部屋を探して奥へと進んだ。小さな部屋で照明が華やかに回っていた。
イランがソファにカバンをポンと放り投げ、真っ先にマイクを握った。ソジンも隣の席にドサッと座り、スプライトの缶を開けて氷カップに注いでいた。
「おい、お前何歌う? 俺が1曲目予約するぞ」
イランがリモコンを握り、番号をテンキーで押した。イントロスキップボタンを押すと同時に伴奏が流れ始めた。
『ドゥン、ドゥン、ドゥン――』
重厚でエモーショナルなロックバンドのサウンドが部屋中に広がり始めた。
ソジンの指が一瞬止まった。氷カップにジュースを注いでいた手を止め、モニターを見上げたソジンの目がまん丸く見開いた。
【現在曲:刺(가시)】
「あ?」
ソジンの口から呆れたような溜息が漏れた。
イランがマイクを口元に運ぶのをやめ、ソジンを振り返った。
「何だよ? お前この曲知らねえの?」
「知らないわけねえだろ、キチガイが! 俺カラオケ来たら1曲目絶対にこれ歌うんだよ!」
「は? 嘘つくなよ!」
「マジだって! お前これ予約したのか? 俺今リモコンでこの番号押そうとしてたところだったんだぞ!」
ソジンがテーブルの上に置かれたカラオケの本を指さした。偶然にも『刺』のページが開かれているのがバッチリ見えた。
「……」
「……」
しばし言葉を失い、お互いを見つめ合った。
トッポッキの好み(もちろんトックとオデンという点だけでピッタリだと思ったわけだが)、PC房のフードの好み、食事メニューの好み、飲み物の好みに続いて、今度はとうとうカラオケの好みまで一緒だった。
こんなことってあるのか?
誰かがドッキリカメラでも仕掛けて撮影しているのだろうか?
「誰かにまさか聞いたとか?」
「何で俺がわざわざそんなこと聞くんだよ?」
イランはマイクを握ったまま乾いた笑いを漏らした。ソジンも呆れ返って壁に頭を打ち付け、お腹を抱えた。
「プハハハ! 知らん、頭おかしいだろマジで。あー! マイク持てよ! 一緒に歌うぞ!」
結局二人はマイクを一本ずつ分かち合い、声を張り上げて歌い始めた。
「君の記憶が!!」
「過去の愛がぁぁぁ!!」
声が枯れるほど高音を張り上げ、跳ね回って大騒ぎした。1曲終わるやいなや次の曲を予約したが、約束でもしたかのようにバラードから2000年代のロックバンドの曲、ヒップホップ曲まで、選曲するそばから歌詞をすべて暗記している曲ばかりだった。
「お前これ知ってるか?」
「知ってる! これ名曲じゃん!」
「よっしゃ、一緒に歌おうぜ!」
二人はマイクを分け合ってデュエットで歌い継いだ。どちらが威張るわけでもなく、お互いの声質が異常なほど綺麗に重なり合った。
笑って、叫んで、踊って、ジュースを飲みながら歌っているうちに、あっという間に予約時間の1時間が過ぎ去っていった。
モニターの右上には【残り時間:30分】の文字が見えた。
息の上がった二人はマイクをテーブルの上に置き、ソファにへたへたと体を横たえた。今終わった曲の余韻と、二人の荒い息遣いだけが狭い部屋に響いた。
次の曲を予約しないと、静かな沈黙が部屋を満たした。
周囲が静かになると、不思議とドクンドクンという心臓の音が大きくなった気がした。一生懸命歌ったから跳ねている心臓なのか、それとも別の理由からなのか、ソジンには区別がつかなかった。
ソジンはチラッと横を振り返った。
汗に少し濡れた前髪をかき上げながら、氷カップをいじくっているイランが見えた。
ふと、胸の奥がムズ痒いどころか熱くなってきた。ああ、これ、歌のせいで跳ねているんじゃない。
もう抑えきれない感情が喉元までこみ上げてきた。
「イラン」
ソジンが静かに口を開いた。
イランの顔がソジンの方へ向いた。
「ん?」
ソジンは口を開き、すぐに下唇をギッと噛んだ。
何を言えばいいのか、頭の中が真っ白に染まってしまった。言葉を口に出したいのに, 唇がプルプルと震えて上手く外に出てこなかった。
口を開けては閉じるのを何度も繰り返すソジンを見つめながら、イランは静かに視線を合わせた。
ソジンがどうしても言葉を続けられずに躊躇っていると、待っていたイランが低く呟いた。
「何だよ。言えないなら俺から言おうか?」
その言葉にソジンの目が大きく見開かれた。イランはすでにソジンの気持ちを、そして何を言おうとしているのかすべて見抜いているかのような目つきだった。
その優しさに、わけもなく意地が湧いた。どういうわけか、自分から言わなければならない気がした。そうするべきだった。いや、そうするのだ。
「いや、俺が言う」
「じゃあ早く言えよ? 命の短い奴は待ってる間に死んじゃうぞ?」
イランが戯れに笑いながら言った。その図々しい冗談にソジンも耐えきれず、プッと声を漏らして笑ってしまった。
気まずく強張っていた肩の力がスルスルと抜けていった。これで楽に話せそうだった。
「俺たち、気が合いすぎだろ? 怖いくらいに」
「ふむ、そうだろ? 不思議なほどピッタリ合うよな」
「だから、めちゃくちゃ楽しくて」
「うん。楽しいよ」
「じゃあ、俺たちこれからも会い続けるか?」
ソジンの質問に、イランは氷컵をテーブルの上に置きながら首を少し傾けた。目が少し細められ、赤い唇が目に飛び込んできた。
「友達として?」
「んー……友達として会いたいか?」
「さあね?」
「あー、ちょっとハッキリ言えよ」
「お前こそハッキリ言えよ」
愚痴をこぼすようでありながらも、イランの視線は一瞬たりともソジンから離れなかった。
ソジンは逃げ場がないことを悟った。認めたくはなかったし、少し格好悪い気もしたが、今のこの気持ちを素直にぶつけなければ一生後悔する気がした。
ソジンは目をぎゅっと瞑って叫んだ。
「俺、お前が好きだ! 友達じゃなくて、恋人として付き合おうぜ!」
部屋の中にソジンの声が響き渡った。
言葉を吐き出した後のソジンは、顔が一瞬で破裂しそうなくらい赤くなり、がっくりと首を垂れた。胸が張り裂けそうなくらいドクンドクンと鳴った。『余計なことを言ったか、焦りすぎたか』という不安が襲いかかろうとした、ほんのわずかな瞬間。
「いいよ」
一発で、迷いのない返事が降ってきた。
ソジンはびっくりして顔を上げた。
イランが晴れやかに笑いながらソジンを見つめていた。照れたり戯けたりする気配など一切なく、真心のこもった顔だった。
「は?」
「好きだって言っただろ? だから、いいよって答えたんだよ。恋人として付き合ってくれって言っただろ?」
「あ? うん」
「俺も好きだ。だから、いいよ」
イランのさっぱりとしたストレートな答えに、ソジンの口が呆然と開いた。
モニター画面の右上には、相変わらず【残り時間:20分】という文字が光っていた。
けれど、二人のうち誰もリモコンを握らなかった。
イランが手を伸ばしてリモコンを取ると、適当な曲の番号をランダムに押し、何曲も続けて予約して採点機能をオフにした。
イントロスキップも押さず、マイクをテーブルの上にコンと音を立てて置いた。
スピーカーから穏やかな伴奏が流れ始めた。
もう歌を歌う必要はなかった。
イランがソジンの方へ体をそっと傾けた。ソファの上で二人の距離がゆっくりと、そして自然に縮まっていった。
服の端が触れ合い、温かい体温がお互いの肌に直接伝わってきた。
ソジンは目を閉じないまま、近づいてくるイランの顔をじっと見つめた。
イランの手がソジンの頬をそっと包み込んだ。指先から伝わる温もりがソジンの頬を伝って全身へと広がっていった。
「ユン・ソジン」
「うん」
「ハヌルより俺の方が大切にしてやるから」
「ふざけんな……比べんなよ。その名前、もう出すな」
きっぱりとしたソジンの言葉に、イランもふっと笑って顔を伏せた。
どちらからともなかった。二人の唇が柔らかく重なった。
カラオケの華やかな照明が頭の上でゆっくりと回り、スピーカーからは意味のない伴奏が流れていた。
誰かに傷つけられて擦り切れていた二つの心が巡り合い、一番似通っているお互いの温度で痛みを溶かしてしまった。
慎重で優しい接吻が長く続いた。
唇が触れ合った感触は、生々しいほどに柔らかかった。乾いた唇の隙間からお互いの息遣いが絡み合うたび、胸の深いところから名も知れぬ温もりが波のように押し寄せてきた。
イランの手がソジンの頬を温かく包み込んだ。冷たい氷カップをいじくっていた指先にわずかな冷気が残っていたが、ソジンの赤くなった頬に触れた瞬間、嘘のように心地よい温もりへと変わった。
イランはまるで世界で一番壊れやすいガラス工芸品を扱うかのように、とても慎重で丁寧な手つきでソジンの顔を撫でた。
『あぁ、俺、本当にこいつのこと好きなんだな』
ソジンは自分でも気づかないうちに、イランの腰をそっと抱きすくめた。するとイランの体がわずかにビクッと跳ねた。
深く吸い込む息の合間に、聞き覚えのあるスプライトの香りが混ざり込んだ。触れては離れ、再び躊躇いながら探し求める唇の感触は甘かった。
イランが唇を離し、ゆっくりと顔を上げた。
ごくわずかな距離で二人の息遣いが交互に絡み合った。イランの瞳が細波のように揺れていた。
「お前、目閉じないのかよ?」
イランが低く低い声で呟いた。
「お前こそ目開けてただろ」
ソジンが赤くなった顔を隠せないまま、ふっと笑ってみせた。
「照れくさかったからだよ、何だよ」
「照れくさい奴がこんな風に見つめるかよ? 普通閉じるだろ」
ソジンが愚痴をこぼしながらも、腰を抱いていた手を下ろし、イランの指の間に自分の指を滑り込ませた。
隙間なく恋人繋ぎをしてくる手は、あまりにも柔らかく優しかった。
コツン、そのまま額を合わせた。額が熱かった。病気で出る熱ではなかった。心地よい感情の花が咲いた熱だった。
「カン・イラン」
「何だよ」
「俺たち週末ごとにジャゲチ食いに行かなきゃな」
「当たり前だろ。唐辛子の粉かけてな」
「スプライトも飲んで」
「ツナキムチ炒飯も」
「もちろんだろ」
繋いだ指先から温かい温もりが 行き交った。
残り時間10分が静かに差し引かれていく間、二人はお互いの手を強く握り締め、堪えていた笑いを爆発させた。
自然と再び唇が重なり合った。そして、今度はスルスルと、二人とも目を閉じた。
相変わらずスプライトの香りを含んだ息遣いが行き交い、頭も心臓も震えていた。




