最初と二度目-5
付き合い始めたからといって、人間が一夜にして180度変わるわけではなかった。
月曜日の朝、青羅高校の廊下は相変わらず騒がしかった。そしてその廊下の真ん中で、またしても誰かが一触即発の状態で対峙していた。
「おい、ユン・ソジン。お前昨日何で俺のLINE既読無視したんだよ?」
体操服の上着を雑に羽織ったカン・イランが目元をひそめ、ソジンの行く手を阻んだ。
「既読無視とか言うなよ。俺は昨日10時過ぎにはバタンキューだったんだっての。お前こそLOLのランク回すのに夢中で俺のメール見てなかったの知ってんだからな?」
ユン・ソジンが鋭い表情で言い返した。通りすがりの生徒たちがそろそろと歩みを緩め、顔色を窺い始めた。
『あ、あの二人また喧嘩してる』
『ユ・ハヌルの元カレ1号・2号、まだあんな感じなのか?』
『あれ、殴り合いになるんじゃない?』
『ねえ、誰か先生呼んでくる?』
『放っといてもすぐ収まるよ。呼ばなくて大丈夫』
周囲の視線に気づいているのかいないのか、二人の間には殺伐とした静寂が流れた。イランは歯ぎしりをしながらソジンのすぐ目の前まで詰め寄った。
「お前、今日の昼休みに売店行ってパン買ってこい。既読無視した罰だ」
「何で俺が? お前にパン買ってやるくらいなら担任にジュースでも買って差入れするわ」
「一言言うたびに屁理屈こねるのは相変わらずだな、マジで」
「嫌なら自分が買いに行けよ!」
「あー、お前マジでウザい」
するとソジンが先にクルリと身を翻し、教室のドアを開けて入ってしまうと、イランは中指をスッと立てかけ、バカバカしいといった風に笑って反対側の廊下へ歩いて行った。
周囲の生徒たちは『ふぅ、幸い血を見ずに済んだな』と安堵の溜息を漏らした。
だが、誰も知る由もなかった。
つい先刻、イランがソジンの肩を押す振りをして、ソジンの制服のズボンのポケットの中に何気なく押し込んだものが何であったかを。
教室の自分の席に着いたソジンが、ポケットに手を入れた。カサカサという音とともに掴めたのはチョコレート、その上には小さな付箋が貼られていた。
【またLINE無視したら、一週間チューはお預けだからな】
「参ったな」
イランが愛おしすぎて、ソジンの口元から耐えきれない笑みがこぼれ落ちた。
「おい、トッポッキのトック(餅)食うなよ」
「どうせオデンしか食ってねえだろ?」
「今トック刺したの見えたぞ」
「食わねえよ、食わねえ! お前がたくさん召し上がれ!」
放課後、学校の裏門の片隅にある小さな軽食屋。
初めて一緒にトッポッキを食べたあのテーブルに、二人は並んで座っていた。相変わらずテーブルの上には赤いトッポッキのタレに浸かった天ぷらとトック、オデンが山盛りになっており、脇にはスプライトの缶が2つ、氷カップの中に収まっていた。
カランと氷のぶつかる音とともに、二人の笑い声が響いた。
「ゲームするからって俺を放置するなよ。マジで凹むから」
ソジンが箸でイカの天ぷらをコツンと突きながら文句を言った。
「戯言抜かすな。お前こそLINE無視すんな」
「寝落ちしたって言っただろ?」
「だから何で10時に寝んだよ!」
「眠かったんだよ!」
ソジンの言葉にイランはブツブツと文句を言いながらも、ソジンが大好きなイカの天ぷらの大きな切れ端をトッポッキのタレにたっぷり浸し、ソジンの皿の上に無造作にポイッと放ってやった。
「食って口閉じろ」
「はいはい、喉に詰まりそうだわ、まったく」
ソジンは文句を言いながらも、イランが気遣ってくれたイカの天ぷらを口の中にポンと放り込んだ。サクサクの衣の間から広がる香ばしさと程よい辛さに、自然と笑みがこぼれた。
「お前、またスプライト飲むとき喉仏が3回鳴ってんぞ?」
「俺がいつ3回鳴らしたってんだよ!」
「昨日PC房でもそうだったろ。ゴクッ、ゴクッ、ゴクッって。喉痛くねえの?」
「これが好きな奴に対する態度かよ?」
イランが目を釣り上げると、ソジンはお腹を抱えてキッキッと笑った。
くだらないことでいちゃもんをつけて笑い合うこの瞬間が、たまらなく愛おしかった。顔色を窺う必要もなく、ただありのままの自分でいてもすべてがピッタリと噛み合う完璧な歯車だった。
その時だった。
カラン。
店の入口につけられた小さな鈴の音とともに、誰かが中へと歩いてきた。
「おばちゃん、ここ醤油味のトッポッキ1人前!」
しなやかで落ち着いた声。
ソジンとイランの箸が同時に止まった。二人の首が機械のようにゆっくりと店の入口の方へと向いた。
白い肌に可愛らしい容姿。ユ・ハヌルだった。
ハヌルは先にお金を払い、どこに座ろうかと奥を見渡したところで、隅のテーブルに並んで座っている二人を見つけ、目を丸くした。
「あれ? イランとソジンじゃない?」
ハヌルは一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐにトレードマークである華やかな笑みを浮かべ、二人のテーブルへとゆっくり近づいてきた。
「二人で一緒だったんだ? 親しかったっけ?」
心底不思議だと言わんばかりの表情だった。それもそのはず、ハヌルが知る限りカン・イランとユン・ソジンはお互いの名前を聞くだけで顔をしかめる間柄だったからだ。
おまけに、二人とも自分と別れた元カレたちだった。
イランは聞こえないように小さく舌打ちをして箸を置き、ソジンもまた表情を硬く強張らせた。
「親しいわけねえだろ」
イランは目も合わせず冷淡な声で呟いた。
「ただ道歩いてて腹減ったから適当に相席しただけだ。お前は? トッポッキなんて食わないんじゃなかったのか? 珍しいな」
ソジンが棘のある口調で尋ねた。
ハヌルは二人のトゲトゲしい反応にも顔一つ変えず、落ち着いた声で微笑みながら言った。
「あ、ただ急に粉ものが食べたくなって。今の彼氏がここ美味しいってオススメしてくれたんだ」
「彼氏」という単語に、イランとソジンの視線が同時に細められた。わずか一ヶ月前にソジンを振ったくせに、もう新しい恋人ができたという意味だった。
いや、一ヶ月もあれば十分か。乗り換えなんて元々お手の物だった人間なのだから。
「へえ、そう。じゃあテイクアウトしてさっさと行けよ。俺たちの飯の邪魔すんな」
イランが冷たく言い放ち、再びオデンをつまみ上げた。しかしハヌルは帰る気がないのか、二人のテーブルの上に置かれた器をじっと見つめた。
「それにしても二人とも本当に好みがおかしいね。そんな辛いトッポッキに天ぷらまで全部混ぜて食べるなんて。イラン、君は私と何か食べに行くとあんなに文句ばっかり言ってたのに。ソジン、君も私と付き合ってた時はこんな辛いもの食べなかったじゃない」
まるで自分が二人のことを知り尽くしているかのように、過去に自分に合わせてくれていた二人の配慮を勝手に錯각し、見下すような無礼さ。
瞬間、イランとソジンの視線が交差した。
今回も通じ合った。
わざわざ口を開いて言わなくても、二人はテレパシーでも通じたかのようだった。
『相変わらずだな』
『自分中心で世界が回ってると思ってやがる』
結局、ソジンが先にクスッと笑いを漏らした。皮肉の笑いではなく、心底呆れておかしくてこみ上げてきた笑いだった。
「ハヌル」
ソジンが箸を置き、軽く顔を向けた。表情は、どこまでも穏やかだった。
「お前何か勘違いしてるみたいだけど。俺、元々辛いもの大好きなんだよ。お前に付き合って一ヶ月間無理して我慢してたの」
「え?」
「それにイランもそうだ。ブツブツ文句? ただお前と一緒に食べに行った料理が好みに合わなかっただけだろ。つまり俺たちはお前のために全部合わせてやってたんだよ。自分たちの好きなものを全部押し殺してさ。言ってる意味わかるよな?」
イランの言葉が続いた。
イランもまたスプライトの缶を手に取ってゴクゴクと飲み干した後、はぁーと長年溜め込んでいたかのような息を吐き出し、ハヌルを見上げた。
「正直、お前が食いに行こうって言ったやつで俺の好みのものなんて一つもなかった。俺が何か食いたいって言っても全部無視してお前が行きたいところばっかり行ったじゃん。うわ、俺あの時一体どうやって合わせてたんだろ?」
笑っていたハヌルの顔から笑みが消え、少しずつ亀裂が入り始めた。自分の記憶の中にあった従順な元カレの姿ではなかった。
「あ、あなたたち……私と別れてから連絡取り合ってたの?」
少し歪んだ顔で問い詰めるように尋ねた。
するとイランが肩をすくめて答えてやった。
「連絡だけだと思うか?」
そして手を伸ばし、ソジンの口元についたトッポッキのタレを拭って自分の口へと運んだ。指についたタレを舌で軽く舐めながら、言葉を続けた。
「俺たち、付き合ってんだよ」
「……は?」
信じられないと言わんばかりに、目が揺れた。
「ふ、二人で? あり得ない。あんたたちお互い嫌い合ってたじゃない! あ、あんた……私と別れて泣いてたって聞いたのに!!」
「あー、またどの仕切り屋がコソコソ言いふらしたんだよ。ウザっ」
「あー、嫌いだったね。そうだったわ」
ソジンが受け流すように言った。
「嫌いだったんだけどさ、知ってみたら俺たち信じられないくらい好みが合うんだよ。味の好みも、遊びの好みも、カラオケで歌う曲まで全部一緒だったの」
「……」
「あ、そう考えるとさ、お前が俺たちに一番大きなプレゼントをしてくれたんだな、ハヌル。お前と別れたおかげで人生最高の相棒を見つけられたんだから」
ソジンの言葉に、ハヌルは信じられないといった様子で口を開ぐうぐうと震わせた。そんなハヌルを見つめながら、ソジンは目の前にいるイランの手をしっかりと握りしめた。
肌に触れる温もりが温かかった。
その光景を目にし、プライドを完璧に打ち砕かれたハヌルの顔が蒼白になり、次いで真っ赤に染まった。
「あ、あんたたち……!」
「お持ち帰り出来上がりましたー!」
店のおばちゃんの声が静寂を破った。ハヌルは何事か言い返そうとしたが、ギッと唇を噛み締めると、慌ただしく袋をひったくるように持ち、二人を睨みつけてから疾風のように店を飛び出していった。
二人はハヌルが出て行ったドアをじっと見つめていたが、同時に爆笑した。
「プハハハハ! 見たかよあいつの顔、腐ったみかんみたいだったぞ!」
「あーマジで頭おかしくなりそう! お前さっき『付き合ってる』ってストレート投げた時、俺鳥肌立ったわ!」
「事実を言っただけだろ! あー、スッキリした、マジで!」
イランがテーブルをバンバン叩きながら笑い、ソジンも涙をうっすら浮かべながらキッキッと笑った。
「あー飲め、スプライト飲め! 喉ごし最高だわ」
ソジンがスプライトを持ち上げると、イランも自分の缶を持ち上げた。
チーン!
小さな缶がふたつ、空中軽快な音を立ててぶつかり合った。
「ユ・ハヌル追放記念、乾杯ー」
「ふざけんなマジで。でも、こういうバカ騒ぎなら大歓迎だわ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、同時にスプライトを喉の奥へと流し込んだ。弾ける炭酸が不思議なほど痛さではなく、ただ甘く感じられるだけだった。
注文した料理をすべて平らげ店を出ると、太陽は沈み、空は暗くなっていた。
歩幅を合わせてゆっくりと歩いた二人は、いつものように互いの家へと分かれる三叉路の交差点に到着した。
街灯の光がうっすらと二人の影を長く伸ばしていた。週末ではない平日の夜なので、もうそれぞれの家へ帰る時間だった。
「おい」
イランが pocket に手を入れたままソジンを呼び止めた。
「何だよ」
「お前明日提出の数学の課題やったか?」
「当たり前に終わってるわ。お前みたいに後回しにすると思ってんのか?」
「じゃあ明日朝早く学校来いよ。写させろ」
「バカか? 100ウォンずつ払って写せ」
「あーケチくさ」
するとソジンがそろりとイランの方へ一歩近づいた。
「ちゃんとおねだりしたらタダで見せてやるよ」
「あー、やらんやらん」
イランの唇が尖っていた。道端でなければ今すぐにでもキスしたかった。
コホン、ソジンが軽くすっとぼけながら尋ねた。
「お前、さっき軽食屋で俺の唇拭いてくれただろ」
「おう。何か問題でもあんのか?」
「そのまま舐めたよな」
「あーくそっ」
「何でそんなことしたのかなー? 何でかなー?」
からかうようなソジンの言葉に、イランの耳の先端がぽっと赤くなった。イランは意味もなく首の後ろを掻きながら視線を空へと向けた。
「別に……あいつに見せつけてやりたかっただけだし」
「何を?」
「俺がお前をゲットしたんだって」
「お前、本当……」
ソジンの胸の中で、再びむず痒い熱の花が咲き誇った。不思議とどんな甘い告白よりも強く心臓を揺さぶった。
「キスしたい」
「ここ道端だぞ?」
「誰もいないし」
「あーもう!」
今や顔全体が真っ赤になったイランが顔を背けた。あ、ダメか? ソジンが週末までのお預けを覚悟したその瞬間だった。
イランが周囲を見回すと、そのままソジンの唇にチュッ、と素早く自分の唇を押し付けて離した。
「こ、これで我慢しろ」
「自慢したくなるわけだ」
ソジンが気取った風に口角を上げた。
「は?」
「こんな愛くるしい奴を俺が手に入れたんだから。俺も自慢すればよかった」
イランが呆れたように笑った。けれど嫌そうではなく、ソジンの手を愛おしそうに握りしめていた。
誰かは失恋を終わりと言うけれど、彼らにとって失恋は最も完璧な相手に出会うための前奏曲の終わりに過ぎなかった。
つまり本番の食事のためのアペタイザー、みたいなものだろうか?
「土曜の午後2時」
「ん?」
「ジェリPC房。ジャゲチに唐辛子の粉二つまみ」
脈絡のないイランの言葉に、ソジンは晴れやかな笑みを弾けさせた。
「スプライトと氷カップふたつもな」
「それはお前が奢れ」
「はいはい、俺が奢るしかないだろ」
二人はお互いを見つめ合い、再び笑い声をあげた。
「ソジン」
「何?」
「課題見せてくれ」
「それはちゃんとおねだりを……」
「ダーリン」
その瞬間、唯一まともだったソジンの顔が真っ赤に染まった。勝ったと言わんばかりの表情で「明日絶対見せろよな!」と言い残して家へと走っていくイランの後ろ姿を見ながら、ソジンは手を上げて顔を覆った。
到底勝ち目のない悪魔のような恋人だ。
「まあいいさ、より好きになった方が負けなんだから」
きっと、ソジンはこれからも負け続けるのだろう。きっと、これからも、ずっと――。
- END -
ここまでご一緒いただき、ありがとうございます。
翻訳機を使って掲載することになったので、私が伝えたい内容が正しく伝わっているのか非常に心配です。
お読みいただき、心より感謝申し上げます!!




