最初と二度目-2
週末のPC房は、老若男女問わずごった返していた。
あちこちから上がる怒鳴り声とキーボードの連打音、ラーメンの匂いが混ざり合った独特の空気で店内を満たしていた。
ソジンはゼリーPC房の入り口に立ち、スマホを確認した。
約束時間の10分前。
正直に言えば、家を出る直前まで「俺がどうかしてたな、なんでカン・イランなんかと週末にPC房なんか行くんだよ」と何度布団を蹴っ飛ばして悩んだか分からない。
だが、ここで顔を出さなければ、月曜日の廊下で「ビビった? ビビったの?」と煽られるのが目に見えていたので、意地になって出てきたところだった。
カウンター横の空き席を見回しながら探していると、奥まったカップル席……いや、2人用の集中エリアのラインに、見覚えのある後ろ姿が見えた。
暗い色のパーカーを目深にかぶり、モニターに顔を埋めんばかりに近づけている奴。カン・イランだった。
「おい」
ソジンが近づき、イランの肩を軽く叩いた。イランはヘッドセットを片耳の後ろへそっと外し、顔を上げた。
「来たか? 遅いぞ」
「今1時50分なんだけど? 10分前だし」
「はいはい。お前は偉いね。お前の隣の席、俺があらかじめゲストチャージして確保しといたから座れよ。キーボードの軸が合わないなら言えよ。ここ軸の種類が揃ってる場所だから」
イランが顎で真隣の席を指し示した。
ソジンは何事もないフリをして椅子に座った。モニターの電源を入れつつチラッと横を見ると、イランの奴はすでにLOLを起動してランクマッチのリプレイを分析中だった。
「お、マジでLOL起動してんじゃん。俺、キャリーとかめったにしてやらないけど」
「ハッ、自分の心配でもしてろよ、プラチナさん。俺、Diamond IVだからな?」
「嘘つけ」
「ログインするところ、とくとご覧あれ」
ソジンが鼻で笑いながらIDとパスワードを入力した。イランも画面を切り替え、ゲームにログイン中だった。
二人はログインするやいなや、お互いのユーザー名を確認しようとモニターへ顔を極限まで近づけた。
イランのユーザー名は【伝説の土鍋】、ソジンのユーザー名は【刃の嵐ユン・ソジン】。
「ユーザー名のネーミングセンス見ろよ。クソダサいな」
イランは大っぴらにバカにした。
「お前も俺も同じようなもんだろ! 土鍋って何だよ、土鍋って!」
ソジンが鋭い視線で睨みつけた。
あーだコーダと言い合いながらパーティーを組み、最初の1試合目を回し始めた。ソジンはADCで、イランは予想外にもサポートだった。
「お前サポートやるのか? ADCじゃなくて?」
「俺がサポートやってやらないと、お前すぐ死ぬだろ。お前、ダメージ出そうとして興奮して立ち位置ミスるタイプだろ?」
「違えよ! 俺、引き際めちゃくちゃ極めてるから!」
マッチングが成功するのを待つわずかな時間、小腹が空いてきた。
昼飯を適当に済ませてきたソジンが、モニター画面の隅にある【フード注文】のウィンドウをクリックした。ラーメンや丼もの、揚げ物類が華やかに並んでいた。
「おい、お前何か喰うか?」
一応の礼儀としてソジンが訊いた。
「俺、ラーメン」
「何のラーメン?」
「当然、ジャゲチだろ。PC房に来てジャゲチ以外喰う奴なんているか?」
イランがあまりにも当然のように答えたので、ソジンの指が一瞬宙で止まった。
「……ジャゲチ?」
「おう。ジャパゲッティに目玉焼きとチーズ乗せたやつ。何だよ、お前それ嫌いか?」
「いや。俺もジャゲチ頼もうとしてた」
ソジンは少々呆気にとられた表情でイランを見つめた。
イランもキーボードから手を離し, ソジンの画面を覗き込んだ。ソジンのカートには、すでに【ジャゲチ(半熟卵追加 +2)】が入っていた。
「あ? お前もジャゲチ派か?」
イランが目を少し丸くした。
「おう。辛いラーメンも良いけど、なぜかPC房に来るとジャゲチに唐辛子の粉をちょっと振りかけたやつが一番食いたくなるんだよな」
「お、唐辛子の粉かけるの分かってんじゃん。通だな、お前」
イランが褒めているのか皮肉っているのか分からない言葉を呟き、ふっと笑った。ソジンも乾いた笑いを漏らしながらドリンクのカテゴリーを押した。
「飲み物は何にする? 缶のやつ頼むけど」
「俺、炭酸」
「コーラ買ってくるか?」
「いや。俺スプライトしか飲まないから。コーラは甘すぎて嫌い」
瞬間、ソジンの口から短い感嘆が漏れた。ソジンが目を丸く見開き、イランをじっと見上げた。
「お前、スプライト飲むのか?」
「おう。何だよ? 飲み物にまでケチつける気か?」
「いや……マジかよ、お前もか?」
「お前もなのか?」
イランが呆れたようにソジンのマウスカーソルを見つめた。ソジンがすでに選択していた飲み物は【スプライト 355ml】だった。
二人はしばしの静寂の中でお互いを見つめ合った。
普通、男子高校生を集めれば十中八九はコカコーラかモンスターエナジーを選ぶものだった。サイダーを飲むにしても普通のサイダーを選ぶのが関の山で、わざわざスプライトばかり好む奴は珍しかった。
それに加えてジャゲチとスプライトの組み合わせとは。これはほぼセットメニューレベルの見事な一致だった。
「キチガイかよ。お前、俺の真似してんのか?」
ソジンが呆れたように笑ってしまった。
「俺が狂ったかよ! お前ごときの真似なんかするか! 俺は昔からPC房に来たら絶対にジャゲチとスプライトって決まってんだよ!」
「俺もだよ! 本当にしぶといな、しぶとい」
ソジンが首を振りながら注文ボタンを押した。決済完了の画面が表示されるやいなや、二人はどちらからともなく同時に吹き出してしまった。
「あー、クソウケるマジで……」
イランが手で顔を覆いながら低くクスクスと笑った。ソジンも呆れ返って椅子の背もたれに体を預けながら笑いを漏らした。
たかがPC房のラーメンと飲み物の好みがぴったり同じだという理由一つで、向かい合ってお腹を抱えて笑っているという事実が呆れつつも不思議で、そして面白かった。
そう、面白いのだ。
ユ・ハヌルと付き合っていた時には絶対に経験できなかった愉快さだった。
ハヌルはPC房という場所自体を嫌っていた。たまに無理やりついてきても、空気の質が悪いと言っては30分で出ようとぐずり、ソジンがラーメンを注文すると「高くて美味しくないものを何で食べるの?」と言いたげな視線を向けてくるのが常だった。
だからソジンはハヌル tapの前ではいつもエードやアメリカーノを飲み、上品なフリをしなければならなかったのだ。
しかし、このカン・イランという奴の前では、上品ぶるどころか、ただ異常なほど馬が合うので怖いくらいだった。
「ピック画面入ったぞ。入れ、ユン・ソジン」
「おう、入る。サポートやるなら見事なプレイ見せろよ」
「注文が多いな、まったく。フック外したからってギャーギャー騒ぐなよ」
しばらくすると、アルバイトの店員が湯気の立ち上るジャゲチ2皿と氷の入ったグラス、そしてスプライト2缶を運んできた。「ごゆっくりどうぞ!」とその一言だけ残して去っていった店員。そしてキーボードの前に置かれたジャゲチからは、黄色い卵の黄身と香ばしいチーズの匂いが鼻をくすぐった。
「いただきます」
「おう、たくさん食ってデス重ねるなよ」
二人はキーボードのすぐ横に皿をぴったり寄せ、ゲームが進行する間中、猛烈な勢いで箸とマウスを同時に動かした。
「おい! おい! カン・イラン! フック引っ掛けろ! フック!!」
「引っ掛けただろ、このキチガイが! 火力出せ! 火力!!」
「あー勿体ねえ! あと一歩のところで逃した!」
「お前のプレイヤースキルが死んでるから逃したんだろ、何があと一歩だよ! あー、ヘイト管理下手くそすぎるだろマジで!」
「何て言った? お前今ランタン投げた位置マジかよ? 小学生でももうちょっと上手く投げるぞ!」
ゲームが始まるやいなや、二人の口からは四方八方に荒い暴言が飛び交った。ヘッドセットをしているにもかかわらず、お互いの生声がマイクを突き抜けて耳元に交互に刺さった。
「あー、あのジャングル全然ガンク来ないで何してんだよ! クソみたいなプレイしやがって!」
「ソジン、言葉遣い荒いぞ。品が下がる」
「お前、さっき相手に『クソ野郎』ってスタンプ連打してただろ!」
「あれは正当な精神攻撃だ」
ソジンが呆れたように乾いた笑いを漏らし、ジャゲチを一口大きく頬張ってモグモグと噛んだ。香ばしく濃厚な麺が口いっぱいに広がり、その直後に冷たいスプライトをひと口煽ると、くはぁと勝手に声が漏れた。
炭酸が喉をパチパチと刺激しながら落ちていく感覚が、これ以上ないほど爽快だった。横をチラッと見ると、イランも全く同じタイミングでスプライトの缶を傾けていた。
喉仏が動き、ゴクゴクと飲み込む音まで一緒だった。
「くはー、生き返るわ」
イランが缶をパタンと置きながら言った。
「あー、ジャゲチに唐辛子の粉がちょっと入ってるのがやっぱり効くな」
ソジンが付け加えた。
最初の1試合目は、ソジンの圧倒的なダメージ量とイランの見事なサポートのスーパープレイのおかげで圧勝に終わった。相手の拠点まで押し込み、スタンプを連打しながら収めた完勝だった。
「見たか? 俺がダメージ量1位だぞ」
「俺がお前を活かすために代わりに攻撃受けてやったのは計算に入ってねえのか? クソみたいなサポートと組んでたら、お前今頃10デス行ってメンタル崩壊してただろ」
「分かったよ、よくやったよくやった。【土鍋】様のおかげです〜」
「言葉に心がこもってねえんだよ、ユン・ソジン」
言葉ではそう言いながらも、イランの口元はニヤリと上がっていた。
試合を重ねるごとに、二人の連携は恐ろしいほどぴったり合っていった。最初は喧嘩ばかりでお互いに責任転嫁するのに忙しかったが、3試合も過ぎる頃には、お互いの目を見るだけでスキル連携を合わせる域に達していた。
連勝街道が続き、気分が良くなった二人は間食まで追加で注文し始めた。
「おい、ホットドッグ食うか?」
「俺、ソーセージホットドッグ。ガーリックディップソースがかかってるやつ」
「お前マジで俺と食性のテストでもしてんのか? 俺もそれ喰おうとしてたんだけど」
「は? 嘘つくなよ」
「マジだって」
今回もメニューが被った。二人はもはや驚きもせず、ただハハッと笑ってしまった。
イランが注文したガーリックホットドッグはさほど時間をかけずにすぐ届いた。
熱々のホットドッグを片手に持ち、もう片方の手でマウスを握りながら、連神のごとく相手チームを蹂躙した。
ソジンがキルを取るたびに、イランがソジンの肩をガツンと叩いて「お〜 ユン・ソジン絶好調じゃん!」と合いの手を入れ、ソジンもイランがアルティメットスキルで大技を決めるたびに「カン・イラン! 神プレイ認定してやるよ!」と叫び声を上げた。
夢中でゲームをしているうちに、時間は飛ぶように過ぎ去っていった。
モニター右下の時計が6時40分を指していた。チャージした5時間がまるで溶けて消えたようだった。
「あー、時間経つの早すぎだろ」
イランがヘッドセットを外して首にかけ、大きく伸びをした。Tシャツの隙間から腰のラインがチラッと見えては戻った。
「本当だな。お前とゲームしてたら時間経つのも忘れてたわ」
ソジンも背もたれに寄りかかり、疲れたように目を閉じて目元を揉んだ。
目は少々疲労し、肩は凝っていたものの、胸の奥深くに突き刺さっていた鬱屈とした気持ちは影も形もなく消え去っていた。
ユ・ハヌルに振られて以来、こんな風に何も考えずにゲラゲラと笑ったのがいつ以来だったか、思い出せないほどだった。
「おい、ユン・ソジン」
「何だよ」
「お前、今日結構やるじゃん。プラチナにしてはまあ見られるレベルだったわ」
「ハッ、実力がダイヤのフリすんなよ。お前が俺のバスターミナルに乗っかってただろ」
ソジンが立ち上がりながら皮肉った。イランもニッと笑い、鞄を肩に担ぎ直した。
二人はPC房を出て、夕方の風が吹き抜ける通りへと足を踏み出した。日が沈み、うっすらと色あせていく夕焼けが幽かに広がっていた。
正直、棘を立てて気まずかった雰囲気はどこへ行ったのか、二人の間に流れる空気は心地よいことこの上なかった。
まるで何年も一緒にゲームをしてきた幼馴染みにでもなったような気分だった。
「おい、来週の週末は何すんの?」
歩いていたイランが何気なく、ごく自然に尋ねた。
ソジンはポケットに手を突っ込んだままイランを振り返った。
イランは口元を上げて笑っていた。いつ泣いていたのかと言いたくなるほど、どこかすっきりとした表情だった。
「知ってどうすんだよ? またLOLやってランク上げる気か?」
「LOLは飽きた。お前、漫画好きだろ。漫画カフェにでも行くか」
「漫画カフェ? お前、少女漫画見たら眠くて死ぬんじゃないの?」
「TWO PIECE完結まで全部読むんだよ。嫌ならいいけど」
「誰が嫌だって? 行くに決まってんだろ」
ソジンが口元を上げて答えた。イランもふっと笑い、ソジンの肩を軽く小突いた。
二人はまた、あの時の三叉路で軽く手を振り返しながら別れた。
家へと戻る道すがら、ソジンはふと自分の胸に手を当ててみた。
不思議だった。
失恋の痛みは嘘のように薄らぎ、きりきりと痛んでいたその場所には、むず痒いようなときめきが芽生えていた。
翻訳機を使用しているため、不自然に感じられる場合があります。 ご了承ください.




