最初と二度目-1
「あ、ちょっとどけよ」
廊下の真ん中。本来なら大勢の生徒が行き交う場所だが、不思議とその場に鉢合わせた二人は険悪な雰囲気を漂わせて対峙していた。
一人は無表情で体操服の上着を雑に羽織ったカン・イラン。もう一人はきちんと制服を着こなしているものの、その表情だけは鋭く尖っているユン・ソジンだった。
二人の間には奇妙な火花が散っていた。今にもどちらかが殴りかかりそうな視線の中、ぎりっと誰かが歯を食いしばる音が響く。
今すぐにでも罵声が飛び交い、拳が飛んできてもおかしくない雰囲気。周囲の生徒たちは忍び足で二人を避けて通っていたが、それも無理はなかった。
というのも、この二人は校内で知る人ぞ知る、ユ・ハヌルの元カレ「1号」と「2号」だったからだ。
ほんの2ヶ月ほど前までハヌルと付き合っていたのがカン・イラン。そしてイランと別れたハヌルがすぐに新しく付き合ったのが、まさにユン・ソジンだった。
もちろんソジンも先週、ハヌルに振られたばかりだ。正確には「俺たち、これからも良い友達でいようね」というキープ目的の別れ文句を告げられ、綺麗さっぱり捨てられたところだった。
「どけって」
「命令すんなよ。そっちがどいたらどうだ、カン・イラン」
「俺が先に来てたんだけど?」
「関係ねえよ。目の前でチョロチョロすんな。胸くそ悪いから」
ソジンが鋭く言い放ち、イランの横を通り抜けようとした。しかしイランは避けるつもりがないのか、ソジンの肩を軽く遮りながら皮肉っぽく呟いた。
「胸くそ悪い理由って、もしかしてユ・ハヌルに振られたからか?」
「は?」
ソジンの目元が瞬時に険しく歪んだ。
ただでさえ腹が立って死にそうなのに、あろうことかハヌルの元々カレであるカン・イランからこんな言葉を聞かされるとは。
「お前も俺も同じように振られた立場だろ。ずいぶん口が減らないな。お前、ハヌルと別れた時、1週間昼飯も喰わずに泣きじゃくってたんだろ?」
「それは当時食欲がなかっただけだろ! 誰が泣いたってんだよ!」
「嘘つけ。泣きすぎて目が腫れてたの、みんな見てたっつの」
「あぁ!? それ言うならお前こそ、別れた当日に両目がカエルみたいに腫れ上がるまで泣いてたって聞いたぞ!?」
その言葉にソジンがくるりと振り返り、イランを睨みつけた。イランは一瞬ギクッとしたものの、負けじと顔をしかめた。
「どっちにしろ、ハヌルに振られたのはお前も同じだろ。ハヌルって奴は、誰にでも優しく見えて、結局自分の本心は絶対に見せないタイプなんだよ。お前だけは特別だったとでも思ってたのか?」
「ちげーよ! ハヌルは俺に一番本気だったんだよ!」
「あぁ? そうかい。本気だったから1ヶ月で振られたのか? お前も俺も1ヶ月で振られたのは同じだろ! たった1ヶ月の男だったんだよ、お前も!」
「あーもう、まじでムカつかせんな!!」
ソジンがついに大声を張り上げた。
通りかかった生徒たちが驚いて二人を振り返ったが、すでに頭に血が上ったソジンはイランの胸元を強く突き飛ばした。イランも押し戻されることなく、ソジンの額を指で小突いて応戦した。
「何押してんだよ! お前こそいい加減にしろ!」
「お前が先に突っかかってきたんだろ!」
結局、二人は廊下の真ん中で荒い息を吐き出しながら睨み合い、唸り声をあげた。
お互いを最も嫌う理由? 単純だった。
ハヌルという奴に同じように心を許して傷ついたという共通点。そしてなぜか相手を見ていると、ハヌルと過ごした過去の自分の情けない姿が重なって見えて虫唾が走るからだった。
『ハヌルはこの男のどこが良かったんだ?』
『そのくせ、なんであんなにあっさり別れたんだよ!』
「二度と俺の視界に入るな」
「こっちのセリフだ、ユン・ソジン」
ソジンはぷいっと向きを変えて教室へ入ってしまい、イランも唇を噛み締めながら、その後頭部に向けて中指を突き立てた後、反対側へ歩き去った。
二人の出会いと関係は、まさに最悪中の最悪だった。そしてこの時までは、二人ともお互いを「人生で二度と関わりたくない人間第1位」に挙げていた。
すれ違えば会話どころか、中指を立てて通り過ぎるのが常だった。服の端が少し触れただけでも、汚れたと言わんばかりに狂ったように服を払った。
そうして氷の上を歩くような日々が過ぎ、金曜日の午後になった。
週末を控えた学校は、浮かれた生徒たちの雑談で賑わっていたが、6時を過ぎると嘘のように静まり返った。
普段なら走り回り、騒がしく喋っていた血気盛んな男子生徒たちも、黄金の週末を逃すまいと、下校時間になると潮が引くようにワーッと散っていった。
「あー、まじで自分の抜け作ぶりに呆れる……」
裏門の方へ楽しそうに歩いていたソジンは、ふと何かを忘れているような物足りなさを感じた。そして来週までに提出しなければならない課題のプリントが入ったファイルケースを、教室の机の引き出しに置き忘れてきたことを思い出したのだ。
週末中、家で取り組んでも時間が足りないくらいなのに、それを置いてくるなんて。
ソジンは低く毒づきながら足を返した。人影が消え、静まり返っていく廊下を一人とぼとぼと登っていき、教室でファイルケースだけを掴んで再び降りてくる途中のことだった。
裏門へ抜ける一番の近道には、使われていない旧校舎へと続く音楽室があった。
防音の壁紙が厚手フェルトのように貼られており、一応学校で一番静かな空間だった。生徒がみんな下校した時間なので、当然誰もいないはずだったが、音楽室の前を通りがかったソジンの足がぴたりと止まった。
『ん?』
扉の隙間から、何か小さな音が漏れていた。楽器の音や歌声なら何の関心も払わずに通り過ぎていただろう。
だが、ごく薄く、息を切らすような喘ぎ声。そして続いて聞こえてきたのは……。
「くっ、ひぐ……」
息を殺そうとして、結局耐えきれずに漏れ出たような、すすり泣く音だった。
ソジンは目をまあるく見開いた。校内で有名な音楽室の怪談でも出たのかと鳥肌が立ったが、どう考えても幽霊が出るような時間ではなかった。まだ日が完全に沈みきっていない時間帯だったし、何より幽霊にしてはあまりにも聞き覚えのある声だった。
好奇心を抑えきれなくなったソジンは、ドアにそっと手をかけた。できる限り音を殺してドアをわずかに開けると、音楽室の隅、ピアノの脇に体を小さく丸めて座り込んでいる奴がいた。
膝の間に顔を埋め、肩をわなわなと震わせている奴。体操服の上着から覗く、くしゃくしゃの頭。
どう見てもカン・イランだった。
いつも自分に噛みついてばかりいたあのカン・イランが、音楽室の隅っこで泣きじゃくっていたのだ。
その姿が少なからず衝撃だったのか、ソジンはその場に凍りついたように立ち尽くし、泣いているイランを見つめた。
頭の中が複雑になった。
偉そうな顔ばかりしていたくせに、結局こいつもユ・ハヌルという存在を吹っ切りきれずに、ここでこんな風に泣いていたのだ。
『お前も、本気で好きだったんだな』
人前では割り切ったフリ、平気なフリをしておきながら、陰では一人でこんなに胸を痛めて泣いていたなんて。
不思議なことに、見下すような気持ちやざまぁみろという感情はまったく湧いてこなかった。
むしろ同病相愛の親近感が込み上げてきた。ハヌルに振られた後、毎晩ベッドの中で布団をかぶって無理やり息を殺して泣いていた自分の姿が、目の前のカン・イランという奴にそのまま重なって見えたからだ。
『お前も、俺も』
本当に情けなくて、哀れな奴らだった。
ソジンは低くため息をつくと、わざとドアを豪快にバンッと開けて大きな音を立てた。
「おい、泣いてんのか!?」
息を殺して泣いていた音がぴたりと止まった。
イランがはっと驚き、顔を跳ね上げた。目元が真っ赤に腫れ上がっており、頬には筋となった涙の痕が水彩絵の具のように滲んでいた。
イランはソジンだと確認するやいなや、一瞬で顔が破裂しそうなくらい真っ赤になった。彼は慌てて袖で目元を乱暴に擦りながら叫んだ。
声が擦れて、裏返っていた。
「な、泣いてねえよ!! お前、なんで学校の音楽室に勝手に入ってきてんだよ!」
「俺もこの学校の生徒なんだけど? 俺が立入禁止区域にでも入ったか? 泣いてんのか? 泣いてんだろ? えらい大洪水だな!?」
「こ、これ、お袋が作ってくれたキムチチゲが辛くて涙が出ただけだろ! なんでだよ!」
「学校の音楽室でキムチチゲ食う奴がどこにいるんだよ、バカかお前は」
ソジンが呆れたように乾いた笑いを漏らした。
イランは発覚した恥ずかしさと気まずさにどうしていいか分からず、脇に置いてあった鞄を掴んで勢いよく立ち上がった。
「どっか行けよ! チョロチョロすんな!」
普段なら「お前こそ消えろ」と中指を立て返してやるところだったソジンだが、今回ばかりは赤くなったイランの目元から視線を外すことができなかった。
自分の横を通り過ぎようとするイランの服の袖を、ソジンは咄嗟に掴んだ。
「痛っ! 放せよ、マジで! 殴るぞ!」
イランが歯を食いしばりながら睨みつけた。しかし、イランを掴んだソジンの表情は淡々としていた。
「おい。お前、トッポッキ好きか?」
「は?」
唐突なトッポッキの話に、イランはぽかんとした表情を浮かべた。鼻水をすすって赤くなった鼻頭をし、間抜けた目でソジンを見つめる姿は、なかなかに抜け作に見えた。
「俺、今小腹が減ってんだよ。お前も泣いたなら腹減ったろ。トッポッキ食いに行こうぜ」
「俺がお前と狂ってトッポッキなんか食うかよ! 放せ!」
「嫌ならいいけど。でもお前、今その顔で外歩いたら、すれ違う奴ら全員に『まだハヌルを忘れられずに泣いてるダサい奴』って噂されるぞ?」
「正気かよマジで」
「でも俺といれば、少なくとも俺とケンカして泣き出したように見えるだろ?」
イランの顔が固まった。
ソジンはニッと笑って掴んでいた袖を離すと、前に立って歩き出した。
「ま、ついて来るなり、来ないなり。あ、俺、天ぷらも食うからな」
イランはその場に立ち尽くし、ソジンの後頭部を睨みつけた。天ぷらがどうとか知ったことか、という話だった。
腹の中は煮えくり返っていたが、本当に今の顔のまま外に出れば噂になるのは明白だった。
それに不思議なことに、泣いた後だからかソジンの言う通り急に空腹感が押し寄せてきた。お腹が小さくグ〜ッと鳴ると、結局イランは短く舌打ちをして、ソジンの後ろをチョロチョロとついて行くしかなかった。
つまりこれは、他の理由じゃなくて、本当に腹が減ったからだ。
二人が到着したのは、学校の裏門の路地裏の隅にある小さな軽食屋だった。古びた店内には少し昔の曲が流れており、店の店主はおばあさんは二人を見るなり嬉しそうに声をかけた。
「いらっしゃい。今日は何にするい?」
「トッポッキ2人前と、天ぷら盛り合わせで」
「タレに和えちゃっていいかい?」
「はい!」
ソジンが慣れた手つきで注文し、隅のテーブル席に腰を下ろした。
イランはためらいながら、向かいの椅子にどさりと座った。相変わらず気分は底を突き破りそうな表情だったが、もう泣いてはいなかった。
「なんで勝手に和えてんだよ!?」
「何だよ、お前天ぷらはタレに浸さない派だったのか?」
「そうじゃねえけど!」
「じゃあいいだろ、何が問題なんだよ」
「一言聞くくらいできただろ!」
「あーあ。知らん、俺が奢るんだから俺の勝手だ」
子供っぽい奴。
そう思いながらも、イランはそれ以上何も言わなかった。
しばらくすると、湯気が立ち上る真っ赤なトッポッキの皿がテーブルに運ばれてきた。天ぷらは食べやすい大きさに切られ、甘辛いタレがたっぷりと絡められていた。
二人の間に、気まずいことこの上ない静寂が流れた。
『笑えるな』
本当なら、こうして顔を突き合わせて物を食うような関係じゃないのに、喜劇以外の何ものでもなかった。
ソジンが先に箸を握った。
そしてタレの中に埋もれていた真っ赤な餅を一つつまみ、口へぽいと運んだ。モチモチとした歯ごたえと、甘辛いタレの味が口いっぱいに広がった。
イランはソジンの顔色を伺いながら、そっと箸を伸ばした。イランがつまみ上げたのは餅ではなく、タレがたっぷり染み込んで柔らかくなった長いおでん(練り物)だった。
ソジンが餅を二つ連続につまんで食べている間、イランはおでんだけを狙って食べていた。
『ん?』
ソジンは箸を止め、イランをじっと観察した。
イランは餅には目もくれず、タレの下に隠れたおでんとノリ巻きの天ぷらだけを集中攻撃していた。逆にソジンは、元々おでんよりモチモチした餅の方が好きなタイプだった。
「おい」
ソジンが呼びかけると、おでんを口にくわえていたイランが警戒するような視線で見上げてきた。
「何だよ。俺のおでん狙うなよ」
「狙ってねえよ。お前、おでん派か?」
「そうだよ。俺は餅だとパサついて嫌なんだよ。おでんの方が好きだね。何か文句あるか?」
「いや。めちゃくちゃ気に入った」
ソジンがニッと笑い、餅をもう一つつまんで食べた。
普通、友達同士でトッポッキを食いに行くと、餅を食うだの、おでんを食うだので牽制し合うのが常だった。
ユ・ハヌルと付き合っていた頃もそうだった。ハヌルは辛いものが食べられないと言っていつも甘口のトッポッキばかりこだわり、それすら大して食べないため、ソジンが顔色を伺いながら合わせてやらなければならなかった。
ところが、このカン・イランという奴とは、不思議なほど息がぴったり合った。
ソジンは餅だけを食べ、イランはおでんだけを掬い上げて食べるので、皿の上で喧嘩になる要素がまったくなかった。お互いに好きなものを好きなだけ食べながらも、綺麗に皿が空になっていった。
天ぷらもそうだった。
ノリ巻き天ぷらはイランが、イカ天はソジンが食べた。
「ハヌルって、おでん好きだったか?」
イランがおでんを噛み締めながら、脈絡もなく尋ねた。
「いや。あいつは辛いもの自体食わなかったろ。トッポッキ食いに行こうって言うと気のない顔して、いっつもグルメバーガー食いに行かされたわ」
「あー、分かる。あとちょっと油っこいもの好きだよな。俺、油っこいの苦手だったのに……」
「お前もそうだったのか? 俺もトッポッキ大好きなのに、あいつと付き合ってた1ヶ月間、一度もトッポッキ食えなかったんだぞ」
ソジンが悔しそうに言い放つと、イランがぷっと笑いを漏らした。鼻づまりの声の笑い声だったが、さっき音楽室で惨めに泣いていた姿はどこにもなかった。
「とにかく、気取って高級ぶるのだけは一人前だよな」
「本当それ。自分の我が通しばかりしてさ」
ハヌルという共通の元カレの悪口を言い始めると、気まずかった me 気は一瞬で消え去り、二人だけの愉快な暴露大会が始まった。
お互いにハヌルと付き合いながら寂しかったこと、我慢しなければならなかったことを一つずつ吐き出すたびに、激しく首を縦に振って共感し合った。
「イカ天食わないのか?」
「俺はノリ巻きと野菜天派」
「俺はイカ天とエビ天」
「餃子は?」
「キムチ餃子。お前は?」
「俺もキムチ餃子」
たわいもない話をしながら箸を動かしていると、いつの間にかトッポッキの皿はタレだけを残して綺麗に空っぽになっていた。
餅も、おでんも、天ぷらまで、何一つ残らず綺麗に消え去った状態だった。
「あー、食った食った」
ソジンがお腹を叩きながら満足そうな表情を浮かべた。イランもティッシュで口元と鼻をぬぐい、深呼吸をするように肩を広げた。泣いて赤くなっていた目元は、トッポッキの辛さのせいか、それとも気分が晴れたからか、自然と落ち着いていた。
「ごちそうさま」
何はともあれ奢ってもらったのは事実なので、イランがぽつりと礼を言った。ソジンは特に返事もせず、ただニッと笑ってみせた。
食べ終えて外に出ると、いつの間にか空は薄暗くなっていた。
偶然にも帰る方向が似ていたためしばらく一緒に歩いたが、歩幅も似通っていた。
再び静けさを保ったまま10分ほど歩いた頃だろうか。お互いの家へと分かれる三叉路に到達した時、二人は自然と足を止めた。
イランがぼりぼりと首の後ろをいじくった。
ソジンの目をまっすぐ見ることができず、わけもなくつま先で地面をチョンチョンと小突いていたイランが、そっけなく一言投げかけた。
「おい」
「何だよ」
ソジンが顔を向けた。
イランは咳払いを何度かすると、視線を空に向けたまま尋ねた。
「週末、何すんの?」
ソジンが目をまあるくした。こんな質問をするような関係ではなかったので、あっけにとられた。そのため思わず言葉がぽろりと出た。
「知ってどうすんだよ」
するとイランは耳の縁をほんのり赤くしたまま、声を低く抑えて呟いた。
「別に。遊ぼうと思って」
ソジンはしばらくイランの顔をじっと見つめていたが、うっすらと笑みを浮かべて答えた。
「どこで?」
イランの口元にも、ごくわずかな微笑みがかすめていった。
「PC房。お前、ゲームとかできんの?」
「俺、LOLプラチナなんだけど?」
「最近プラチナなんてごろごろいるだろ」
「笑わせんな。『助けて〜』とか言って泣くなよ?」
「神プレイってやつを見せてやるよ。土曜の午後2時。ゼリーPC房に出てこいよ」
そう言いながら、ソジンは見た。イランが、今まで見たどの顔よりも明るく笑っていたことを。
翻訳機を使用しています。
ぎこちないかもしれません。 至らない点もありますが、よろしくお願いします!
元彼が同じ人の二人が、いがみ合いながら親しくなっていく物語です!




