第8話ジョゼットを助けるための嘘
「お兄ちゃま、お兄ちゃま」
優しい兄様の手に涙が出そうになって、ぎゅうぎゅうとしがみつく。
どうして兄様は、あの日亡くなってしまったんだろう。
優しい兄様、大好きな兄様。
兄様ではなく私が残ってしまった意味はあるのだろうか、以前の私は何度も何度も考えて私が生きる意味を探せずに絶望して考えるのを諦めてしまった。
兄様は素晴らしい人だったと誰もが褒めて、そうして兄様がいなくなってしまった事を嘆いていた。
お父様とお母様は私の前では口には出さなかったけれど、私ではなくなぜ兄様が亡くなったのかと嘆いていたのは知っている。
私はそんなことを望んでいたわけではないのに、家を継ぐことになり婿を取った。
兄様が生きていればと何度も思った。
兄様に生きていて欲しかったと、何度も何度も思った。
「お兄ちゃまは、お勉強?」
「そうだよ。お父様の様な立派な領主になるためにしっかり勉強しないといけないからね」
すがりつく私が疎ましかったのかもしれない、兄様はそう言うと私の手をやんわりと離した。
「ごめんなさい、忙しいのねお兄ちゃま」
私には久し振りの兄様でも、兄様は違うと思い出しもう一度手を伸ばしたい衝動を耐える。
自分の愚行で熱を出し寝込んでいた妹なんて、勉強に忙しい幼い兄様には自分の都合を考えずに邪魔をしてくる存在でしかないのだ。
「ごめんなさいを言えるのは偉いね。ミルフィ」
謝るなんて言葉を知らないのかと疑いたくなる程、以前の私は我が儘で自分だけが大切だったから、癇癪を起すことなく謝る私が意外だったのだろう。
兄様は目を丸くして私を見た後、優しく頭を撫でてくれた。
「ミルフィ偉い?」
「ああ、とっても偉いよ。良い子だねミルフィ」
目を細めて兄様は、私の頭を何度も撫でる。
五歳児とは思えない程、兄様の行動は大人びている。
兄様は以前の私にこんなことをしてくれたことはあっただろうか、両親にすらこんなことしてもらったことはあったのだろうかと考えて、そんなのあるわけないと否定しながら昨日の夜考えた計画を開始する。
「あのね、兄様」
「なあに」
「ミルフィをミーフィって呼ぶ?」
昨日の夜考えていた、ジョゼットに魔法を掛けられた理由と言い訳だ。
その言い訳のために兄様を使うのは心苦しかったけれど、一番都合がいい相手でもあった。
「ミーフィ?」
「お母様みたいな、でも違うのかな」
「ミーフィと呼ぶ人に会ったの?」
「うん、会った? ミルフィ会ったの?」
あやふやに、兄様に逆に聞くのは演技だ。
今の私は三歳だから、いつ誰に会って何を話したかはっきり答えられるのはおかしい。
私が考えた言い訳するための計画はこうだ、まず夢でミーフィと私を呼ぶ女の人に会った。
彼女は私に、ジョゼットを治したい元気になって欲しいと私が心から思うなら一度だけ力を貸してあげると言っていた。私には力があるけれど、今はまだ未熟で使えないから力を貸すと。
そう夢で言われたから、私はジョゼットを治せたのだ。
でも一度だけと言われた通り、もう魔法は使えない。
「それは亡くなったお祖母様だと思うよ。お祖母様はミルフィをそう呼んでとても可愛がって下さっていたとお母様が以前お話されていたから」
「お祖母様って?」
知っているけれど知らない振りでお兄様に聞き返す。
お祖母様が亡くなったのは私が二歳の頃だ、二歳の幼児がお祖母様を自分の祖母だと認識しているわけがないから、知らない振りをするのが正しいと思ったのだ。
「ミルフィは覚えていないだろうね。去年亡くなった、お母様のお母様だよ」
「お母様のお母様?」
不自然に思われないだろうか。
パティはともかく、兄様付きのメイドが私の不自然さに気がつく可能性はある。
多分今の私は、今までとは違うと思う。
大人だった時の私の記憶を思い出したのだから、愚かな私でもそのままなら三歳児の言動とは違うと分かるだろう。
だから私は慎重に三歳の幼児を演じ、無垢な幼児の顔で兄様を見た。
「そうだよ、お母様のお母様」
「ミーフィって呼ぶ?」
「そうだね、そう呼んでいたよ」
「会える? ミルフィ会いたい」
「今は遠い場所にいらっしゃるから、お会い出来ないけれど。お祖母様は僕達をいつも見守って下さるよ」
優しい兄様は、優しい答えを私にくれる。
大人の人が幼児に話すように、優しい嘘を吐く。
「遠い? 領地?」
幼い頃の私の遠い所と言えば領地だったから、そう尋ねると兄様は首を横に振る。
私達はずっと王都の屋敷で暮らしていて、両親がたまに領地に戻る。
領地の管理は、お父様の両親がしていて私は二人には会ったことはない。
「もっと遠いの?」
「そうだよ。もっと遠い」
たった五歳で兄様はお祖母様の死を理解しているように見える。
悲しそうな顔で、私に遠い場所だと教えてくれた。
「でもどうしたの、ミルフィは覚えていないと思ってたのに」
「あのね。ミーフィって言われたの」
「お祖母様の夢を見たの?」
「夢? ミーフィって呼んでたけど、夢見たのかなあ」
あくまでも曖昧に、ただ覚えているのだと兄様へ告げる。
これで準備は整った。
後はジョゼットの元へ行くだけ。
「坊ちゃまそろそろお時間です」
「ああ。ミルフィ、もっとお話していたいけれど時間みたいだ。お昼は一緒に食べようね、約束だよ」
「はいお兄ちゃま、絶対ね」
「ああ、約束するよ」
手を振って兄様は去って行く。
それを手を振って見送った後、私は後ろに黙って立っていたパティに振り返る。
「パティ、ジョゼットに会うの」
「畏まりましたお嬢様」
思うところが色々あるだろうけれど、パティはそう言うと使用人のお辞儀の手本みたいに私に頭を下げた。
ジョゼットの怪我を治す。絶対に治す。
そう心に誓って私は歩き始めた。




