第6話今できることを考える
「パティ、もう寝るね」
「はい、お嬢様。お休みください」
毛布を被ったままパティにそう言って毛布の隙間から様子を窺っていると、部屋の灯りを最低限にしてパティは部屋の隅に置いてある椅子に腰掛ける。
普段なら私が眠る前寝室に付き添っているのはジョゼットで彼女は私が眠ると自分の部屋に戻っていたけれど、今晩パティは不寝番をするのかもしれない。
「……」
寝たふりをしながら、治癒魔法について考えていた。
上級、中級、下級の三種類ある治癒魔法は、基本的に怪我を治療するために使う。病にも使えるけれど、病の場合は回復魔法の方が効果が高い。
大怪我をしている場合、最初に回復魔法を掛けてから治癒魔法を掛ける場合もある。それは治癒師の見立てによりどういう魔法を使うか決めていく。
ジョゼットの怪我を治療するには、下級魔法では駄目だと思う。
後遺症が残るほどに酷い怪我だったのだとしたら、今の彼女に下級魔法に使えるような体力は残っていないだろうし、自分で魔力量が少ないというほどだったのだから彼女の魔力を使って治療する方法も駄目だと思う。
今の私が仮に上級魔法を使えるとしても、自由に使える魔石がないからそれは使えない。
だから、使うなら私自身の魔力を使う中級魔法になる。
中級治癒魔法も中級回復魔法も、詠唱は全部覚えている。以前の私は無詠唱でも魔法の発動ができた。
兄様の命を救うことは私が未熟過ぎて出来なかったけれど、後になって出来るようになったのだ。
「魔力循環できるなら、魔法使える?」
パティに聞こえないように小さな声で呟いて、目を閉じて集中する。
まずは魔法の基礎、魔力循環を試してみようと思ったからだ。
魔法を覚える前に覚えなくてはいけない、つまり魔法の基礎の基礎それが魔力循環だ。
体内にある魔力を思い通りに体中に循環させ、魔法発動の素として使用できるように魔力を体内中から集める。
魔力循環が上手く出来ないと魔法も上手く使えないというのは、以前の私が家庭教師に散々習ったから覚えているし、魔法を使う度に実感していた事だった。
以前の私は魔力循環を習得するまでかなりの時間を要した。
元々が堪え性のない怠け者な私だったから、派手さもなくただひたすら自分の内面と向き合う様に繰り返す魔力循環の練習が苦手と言うより嫌いだったのだ。
上手く出来ずにすぐ癇癪を起す私を辛抱強く宥めて、訓練に付き合ってくれたのは兄様だった。
仕事が忙しいお父様、社交や屋敷の管理に忙しいお母様、二人との接点が私はとても少なく私の教育は家庭教師任せだった。
家庭教師二人いて、魔法関係を教えてくれていた男性の家庭教師と、それ以外の勉強を教えてくれる女性の家庭教師がいた。
我が儘で怠け者な私を家庭教師の二人は持て余していたから、兄様がいなかったら私は魔法を上手く使える様にはならなかったかもしれない。
以前の自分を思い出しため息をつきたくなるのを我慢して、こっそりとパティの様子を窺うが、彼女が起きているのか寝ているのか分らなかった。
魔力循環には詠唱は必要ないから、ゆっくりと自分の魔力を集め始めると難なく魔力を手のひらに集めることができた。魔力が霧散することはなく、ずっと手のひらに留めて置ける。
これなら魔法も上手く使えるだろう。
始めに体力回復のための回復魔法を自分にかけてみようとして、思いとどまる。
詠唱したらパティに私が何かしていると、気付かれてしまうだろう。
パティは今は平民だし、男爵令嬢時代も魔法の勉強はしたことが無かったと以前の私に言っていたけれど、魔法を使う時に詠唱を行うのはどんな子供でも知っていることだと思う。
だから魔法を掛けるなら無詠唱でなくてはいけない。
無詠唱で魔法を使う時に必要なのは、使う魔法への理解と想像力だと以前の私は教えられた。
私は以前の私がそうしていたように、魔法で自分の体が元気になるところを想像しながら下級の回復魔法を発動した。
魔法が発動した感覚があり、体温が上がった気がし少しだけ体の怠さが減った気がする。
使えた。
私は以前の私の様に魔法が使える。
以前の三歳の私には使えるはずのない魔法が、今の私は使う事が出来る。
以前の私は七歳で魔法の勉強を始めたし、三歳の頃なんて文字を書く練習くらいしかしていなかった。
文字を書く練習、淑女の礼、それすら上手く覚えられなくて家庭教師を困らせていたのだ。
使える、今の私は治癒魔法を使うに必要な魔力量を十分に持っているしジョゼットの怪我を治療する魔法を覚えている。
その他に、以前の私が覚えていた魔法は多分全部使えると思う。
試しにパティに向かって睡眠魔法を掛けてみた。
睡眠魔法も治癒師が使う魔法の一つだ。
体の痛み等で上手く眠れない患者に、睡眠魔法を使う。
眠りというのは、体を回復するには必要なものなのだ。
以前の私は不眠気味だったから、眠る前に自分に睡眠魔法を掛けていた。だから治癒師の魔法の中でもこの魔法は得意な魔法だと言える。
「パティ?」
声を出しながら毛布をずらすけれど、パティから反応はない。
睡眠魔法は大体五時間程度で切れて目を覚ます。
これは、睡眠魔法を使った時の魔力の込め方で時間は変わるけれど、私が意識しないでこの魔法を使うと五時間で切れていた。
パティは椅子に座ったまま熟睡しているように見える。
私の看護で疲れているだろうから、椅子に座ったままだけれどしっかり眠って欲しい。
「パティ、回復魔法かけるね」
パティにも元気になって欲しいから、中級の回復魔法を無詠唱でかける。
回復魔法と一言で言っても、かける時にある程度方向性を決めて掛けないと実は上手く患者に魔法が掛けられないし効かない。
体力回復だけを目的する、病を治療する、怪我等で落ちた体力を癒すなどを考えて掛けないといけないのだけれど私は治癒師として修業したわけではないから、その辺りは多分上手く使い分けできない。
だからパティの体が元気になるように、それだけを願って回復魔法を掛けた。
パティは病を得ているわけではないから、睡眠魔法と回復魔法で明日目覚めた時に十分元気になっていると思う。
試しに体調鑑定という魔法をパティにかけて見ると、パティの体全体が淡く光る。
この魔法は健康な部分は淡く光り、治療が必要な場所だけ黒い靄に覆われる。
これはジョゼットの体を確認する時に必要な魔法だから、これも使えてホッとする。
三歳の今の私は魔力量が以前の私よりも少ないと思う、魔力量というのは魔法を使い続けることで増えると言われているから、全く魔法を使ったことがない三歳の私の魔力は以前の私に比べたらだいぶ少ないと思う。
ジョゼットの怪我を治す治癒魔法と、体調確認の魔法、最低限この二つは使えないといけないけれど、どちらもパティに使えたから、魔力量は十分にあると思う。
三歳の私が、中級魔法を無詠唱で使えた。これだけでも十分凄いことだ。
中級魔法が一度だけでも発動出来るなら、話は簡単だ。
一度ジョゼットに中級魔法を掛けておおよその怪我を治し、それでも後遺症が残るようなら後日彼女の体の様子をみながら下級魔法を何度も使っていけばいい。
治癒師に魔法を頼むからお金がかかり過ぎて十分な治療が受けられないけれど、私がジョゼットに内緒で魔法を使う分には何の問題もない。
周囲に気付かれないように、それを行えばいいだけだ。
「ジョゼットを治せる」
こっそりとジョゼットに会いに行こう。
明日、お父様とお母様が執務に忙しい時間を狙えばきっとジョゼットに会いに行ける筈。
その為に今は自分の体力を回復しよう。
私は目を閉じて、自分自身に回復魔法と睡眠の魔法を掛けた。
魔法使いの体力と魔力は眠る事で回復する。
明日はジョゼットを治す。絶対に。
心に誓って私は目を閉じた。




