第5話どうしたらいいのだろう
「ミルフィーヌ、そんな特例は認めるわけにはいかないのよ」
「とくれい……。駄目ってこと?」
三歳児に特例なんて言葉が分かるとは思えないのに、お母様はそう言うだけだから表情で理解した振りをして確認する。
「そうよ、駄目」
「じゃあ、ミルフィがガスパール先生にお願いする。ミルフィのドレスでも髪飾りでもガスパール先生にあげるからジョゼットを治してって」
そんなこと、それこそお母様は許さないだろうと分かっているから、考える。
私は今、魔法が使えるのだろうか。
お母様にお願いを繰り返しながら、考える。
以前の私は使えたけれど、今の三歳の私では分からない。
以前の私は出来損ないだったし、今の三歳の私なら余計にそうだ。
本当に私は我儘で怠け者な出来損ないでしかない、お母様はこんな私だからお願いをきいてくれないのだ。
「お母様」
ぐすんと鼻を鳴らす、涙がまた零れ落ちる。
そして、お願いしているのがお兄様なら違うのだろうと思う。
以前の私の生きていた時と、今の私が生きているお兄様は同じだろうか。
以前のお兄様は体が弱く、若くして亡くなった。
お兄様が亡くなる時、私はお兄様の傍にいたのに何もできなかった。
あの頃の私が使えたのは、下級の治癒魔法や回復魔法だけだったから、病で弱っていたお兄様には気休めどころか害にしかなっていなかったのだ。
出来損ないなりに真面目に魔法を勉強して幼いうちから上位の治癒魔法を使えるようになっていれば、兄様を死なせずに済んだのかもしれないのに。
ああ、そうだあの人が生きていたころは兄様と呼んでいた。
お兄様と言い始めたのは、彼が亡くなってからだ。
兄様の死を悲しむ両親を遠目に見ながら、そう心の中で呼び始めた。
なぜそうしたか忘れてしまったけれど、そうしようと決めたのだ。
兄様は幼い頃から賢くて、私とは何もかもが違った。
ただ体が弱くて、すぐ熱を出して、大人になる前に亡くなってしまったのだ。
私は何度も何度も兄様が死に自分が生きている意味を考えた、何度も何度も繰り返し考えても何も答えは出なかったのに。
「我儘よ。ミルフィーヌ」
「お嬢様、もうお休みになってください。母は大丈夫ですから。お嬢様はご自分のお体を休める事だけをお考え下さい」
兄様の事を思い出し黙り込んだ私が納得していないように見えたのか、困った様な顔でお母様は私を見下ろす。
その隣りで、おろおろとパティは私を見つめている。
たった三歳の幼児でしかない私は、何も出来ない。
今何を言っても、我儘だとしか二人は思わないのだと諦めるしかない。
「ミルフィが元気になったら、ジョゼットに会える?」
「ええ、元気になったらね」
「ミルフィ、早く元気になる。ジョゼットにごめんなさいって言うの」
それすら以前の私は言わなかった。
それどころ怪我による後遺症で足を引きずりあるくジョゼットに文句を言ったことすらあったのだ。
完治できなかった怪我、その後遺症で上手く動かない足。
本当はただ立っているのも辛かったのかもしれない。雨や雪の日は特に動きが鈍かった、それすら以前の私は苛々して文句を言い続けたのだ。
「さあ、もう休んでミルフィーヌ」
「はい、お母様」
「パティ、後を頼んだわよ。もう泣かせたりしないように」
「はい、奥様」
お母様が部屋を出て行くまで、パティは頭を下げ続けていた。
以前の私にパティは結婚もせず、ずっと仕えて居てくれた。
兄様が亡くなった時も、私が学校に通う間も、結婚してからも、両親が亡くなった時も、ジョゼットが亡くなった後も、私が子供を産んでその子供達が大きくなっても、私が年を取って亡くなるまでずっとずっと傍にいたのはパティだけだった。
パティを姉のように思っていた、親しい友人がいなかった私には唯一頼れる人だった。
だけどパティはどう思っていたのだろう。
ジョゼットの怪我の原因だった私を、本当は恨んだりしていなかったのだろうか。
「パティ。ごめんなさい」
「お嬢様。もう母のことは気になさらないで下さい」
「ガスパール先生にお願いするから、先生にお願いするから」
「ガスパール先生の治療はとても高額で、母にも私にも支払うのは無理なんです。母の怪我は自然に治るのを待つしか方法はありません。母が苦しんでも痛がっても仕方がないんです」
パティはどこか他人事の様な淡々とした口調で私に話す。
「奥様はお許しになりませんでした。奥様がお許しにならないのに母がガスパール先生の治療を受けるなんて、お嬢様がガスパール先生にお願いしてくださり、それをガスパール先生が受けてくださったとしても。私達はそれを受けることはできません」
「でも」
「そんなことをしたら、私たちはこのお屋敷から追い出されてしまいます。そうしたら私達は露頭に迷うことになるのです。お嬢様はそれを望んでいるのですか?」
「追い出す? ちがうよ、そうじゃなくて」
淡々と、いいや冷ややかな目でパティは私を見つめているから、恐ろしくなって子供の振りを忘れて否定する。
「いいんですお嬢様、母はお嬢様をお守り出来なかったのですから、これは罰なんです」
ジョゼットを苦しめたくない、治してあげたい。
そう言いたいのに何も言えない。
言わせない何かが、パティの声と表情にあると気がついてしまった。
「パティ」
「どうかお休み下さい。お嬢様、熱がまた上がれば私は奥様に叱られてしまいます」
三歳の子供が脅えない様な優しい口調、でもその顔には怒りと悲しみがあった。
ああ、パティは私を許していない。
自分の母の怪我の原因だった私に怒りながら、仕方がないと現実を受け止めているのだと気が付いた私は大人しく毛布を頭から被る。
階段から落ちた衝撃で熱を出しただけでも上級治癒師の治療を受けられる私と、大怪我で苦しんでいるのに碌な治療を受けられないジョゼットを比較して、怒り、悲しんでいるパティに、私は何も言えなかったのだ。




