第4話必死に願っても
「ジョゼットが元気じゃなきゃ嫌なの」
「ミルフィーヌ」
気持ちが落ち着いてくれば、口調は元の前世の私に近くなる。
さすがにそれでは怪しまれてしまうから、意識して幼い口調で話す。
「ガスパール先生に」
ひくっと喉が鳴った。泣きすぎて顔が熱くなってしまった。
喉の奥が詰まったように苦しくて、辛くてたまらなくなる。
「ミルフィーヌ。幼いあなたに言っても仕方ないけれどね、ジョゼットはあなたを守れなかったのよ。幸いあなたに怪我は無かったけれど、そもそもあなたの手を離してしまったジョゼットが悪いの。そのせいであなたは階段から落ちてしまったのだから。本当なら、その責任をとって辞めさせても良いくらいなのよ」
お母様の説明を、その後ろに立つパティは唇を噛みしめながら聞いている。
これは私へというよりも、パティに話しているのではないのだろうかとふと思う。
私と同じ様にガスパール先生に診て貰えたら、ジョゼットの怪我は多分すぐに良くなるし後遺症も残らないだろうことを以前の記憶がある私は知っている。
上級とそれ以下の治癒師の差は、すなわち治癒魔法や回復魔法の力の差だ。
貴族は魔力と言う不思議な力を持っていて、大抵の者が魔法を使える。
治癒魔法や回復魔法も、その魔法の一つだ。
普通の魔法と違うのは、魔法を使う時に使用する魔力の供給方法だと思う。
治癒魔法も回復魔法も、基本的には治療魔法を受ける本人の体力や魔力を使い治す。
治癒師が魔法を使う際、魔法を発動するために使う魔力の他にその魔法を使い患者の体を治すための力が必要になる。下級の治癒師は本人の体力や魔力を使わないと治癒魔法や回復魔法が使えない。
だけど下位貴族や平民には魔力が殆どないから、体力しか使えるものがない。そうなると治癒師に治療してもらいたくても、怪我や病が酷く体力が落ちている患者は魔法を掛けてもらってもあまり効果が出ない。
ジョゼットが自分で治療費を支払えるであろう、下級治癒師に治療を受けているなら大怪我をしているジョゼットの体力では上手く効果が出なかったのかもしれない。
ちなみに上位貴族であればある程、強い魔力を持つというのが定説だ。
平民でも強い魔力を持つ者は稀に存在するらしいけれど、元を辿れば両親のどちらかの家系が貴族出身だった場合が殆どだと言われている。
ジョゼットは男爵家の生まれだと聞いているけれど、魔力量は多くないと言っていた。少ない魔力と怪我をしている体力では掛けられる治癒魔法は限られていただろう。
「辞めさせちゃ嫌」
上級治癒師は患者の魔力や体力ではなく、魔石を使い上級の魔法を使う。
だからどんな相手にも強い魔法が使えるから、幼い私に魔法を掛けられたのだと思う。
中級の治癒魔法、回復魔法は術者の魔力を使い治す。けれどこれは魔法を発動する魔力と治癒するための魔力の両方が必要になるため、治癒師は何度も魔法を使えない。
だから殆どの治癒師は上級か下級の魔法をを使って患者を治療する。
治癒師の、上級、中級、下級というのはつまり使える魔法の種類を指しているのだ。
魔石を使う上級魔法はとても難しく、下級治癒師では覚えることすら難しい。
下級治癒師の治療費は安いけれど、本人の体力に合わせて治癒魔法を何度も何度も掛けなければいけないし、短期間では治療出来ない。
でも治癒魔法はただでは無い、何度も魔法を掛ければ上級治癒師よりは安いとはいえお金が掛かる。
平民には例え下級とはいえ治癒魔法を掛けてもらうなんて出来ないから、病気や怪我が完治しなくても途中で治療を諦めてしまう。
ジョゼットも途中で治療を止めてしまったのだろう。
給金がどれくらい支払われているか分らないけれど、二人の子供を抱えているのだから自分の治療のためだけにお金が使えない。
ジョゼットがどういう契約をしていたか分からないけれど、住み込みだから食事は侯爵家が三食出している。乳母はお仕着せはないから、お母様から古いドレスを貰って着ているのかもしれないけれど、それだけでは足りないしパティとスザンヌの普段着は必要だし、お母様が私の発熱をジョゼットの怠慢が原因だと決めてしまえば乳母の仕事を辞めされられるかもしれない。
その心配があるのに自分の治療だけにお金を使えない。
だから怪我が完治するまで治癒魔法を受け続けるなんて無理で、後遺症が残ってしまったのだろう。
「でも、ジョゼットはぎゅってしてくれたの。だから、だから」
「あなたを守りながら落ちたのは見ていたから知っているわ。大階段から落ちたミルフィーヌが無傷だったのは、奇跡に近いとガスパール先生も言っていたし。それでもね」
「良い子になるから、ミルフィ、良い子になるから。勉強嫌って言わない。嫌いなものもちゃんと食べるから。我が儘言わない、良い子になるから」
あの頃の私は、どうしようもない我儘だった。
偏食で怠け者などうしようもない我儘娘で、家庭教師が怖くて逃げようとばかりしていた。
私に子供が生まれ子供の癇癪に悩んでいた時、お母様にそう話を聞いたから覚えている。
あの頃、私の偏食と我儘にどれだけ悩んでいたか。
だから、それを駆け引きに使えないかと閃いたのだ。
「お嬢様、そんな事おっしゃらないでください」
急にパティが私とお母様の会話に割って入ってきた。
涙を目に貯めながら、パティはお母様に祈るように手を組み「申し訳ありません、母のせいで」と謝罪した後で私を宥め始める。
「お嬢様母は大丈夫ですから、どうか落ち着いて下さいませ。お嬢様は目覚められたばかりなのですから、興奮されたらまたお熱が出てしまうかもしれません。どうか母のことはお忘れ下さい。母の怪我は母がお嬢様をお守り出来なかったせいなのです」
「でも、パティ、でも」
泣きわめく私を、パティがオロオロと宥める。
「お嬢様、もう泣きやんでください。母のためにそんなに泣かないで」
パティがハンカチを出して、私の涙を拭いた。
そのハンカチに微かにお母様のハンカチと同じ匂いがして、それがおかしいと気になるけれどそれでも私の涙は止まらない。
「お願い。お願い」
「お嬢様、お嬢様にこんなに思っていただく資格なんて母にはありません。どうか落ち着いてください」
こんなに頼んでいるのに、お母様は何も言わず私とパティを見ているだけだから、きっとお母様からの許可はでないだろう。
それなら、後は直接ガスパール先生に頼むしかないと考えて、ガスパール先生に頼まなくても何も出来なかった前世の幼い私とは違い、今の私には以前の記憶があると気が付いた。
私には治癒魔法の才能があった。
前世の私は攻撃魔法は何も覚えられなかったけれど、魔力量だけは多かったから治癒魔法も回復魔法どちらも中級のものまでは自信を持って使えたし、魔石を使った治癒魔法も上手では無かったけれど覚えてはいたのだ。
本当なら攻撃魔法も使える素質はあったらしいけれど、私は自分の出来の悪さを知っていたから魔法の訓練には消極的で、練習しなくても使えた治癒魔法や回復魔法しか勉強しなかったのだ。
努力をしても無駄なことを、私自身が一番よく知っていたからだ。




