第3話あれは私の我儘なせいだったのです。
「ジョゼット怪我したの? 大丈夫?」
私は今三歳だと、少し拙い話し方を意識してパティに問いかける。
「はい。少しお休みすれば。お嬢様、お守り出来ず申し訳ありません」
「お守り?」
お守りという言葉に、やはり以前の私がお母様から聞いていた通り、階段から落ちた私を守ろうとしてジョゼットは私と一緒に落ちて怪我をしたのだと分かった。
子供の私が熱を出しただけそれももう回復しているのは、ガスパール先生の治癒魔法のお陰だろうけれど、それもジョゼットが守ってくれたから私はこの程度で済んだのだ。
「母が、もっと注意してお傍に居ればお嬢様はお熱を出したりしなかったはずです」
「ジョゼットの怪我、ミルフィのせい?」
静かな話し方の中に怒りのようなものを感じてしまうし、パティの声が私を冷たく突き放すように聞こえてくる。やはり、ジョゼットの怪我は私を庇ったせいなのだ。
「いいえ、いいえ。お嬢様のお熱の原因が母なのです。母がもっと気をつけていれば。申し訳ありません。小さいお嬢様はどれだけ怖い思いをなさったか、高熱を出して何日も意識が戻らかったのです。母がもっともっと気をつけていれば」
私が尋ねたせいだろう、パティは慌てて否定する。
こんな会話を他人が聞いたら、パティが私を責めていると誤解しかねない。けれど。
「違うよ」
「え」
「ミルフィ知ってる。ジョゼット、ぎゅってしてくれたの。ジョゼット、ジョゼットはぎゅってしてくれたの」
三歳の時の記憶なんて、前世だって覚えていない。
でも、お母様から聞いた話はよく覚えている。
私を庇い階段を落ちていくジョゼットを、両親も執事も見ていたのだ。
外出するお父様と、お父様を見送るために玄関に来ていたお母様と執事の三人だ。
私が落ちたのは、玄関から正面に位置する大階段だった。
侯爵家の玄関は、家の裕福さを表すようにとても広い。
子供の私ではとても開くことが出来ない、重く大きな玄関の扉を開くと一番に目に入る大階段だ。
日々使用人が磨いて艶を出している飾り彫りが美しい手すりがついていて、ふかふかな絨毯が敷かれた階段を二十段ほど上ると装飾された明り取り用の窓があり、そこから左右に階段が分かれていく。
階段を上り切ったところには二階から階下を見下ろせる場所があり、そこにも綺麗に飾り彫りが施された手すりがある。
左右どちらからも同じ場所に辿り着くのに、わざわざ二つに分ける理由が分からないと以前の私は考えていた。まあ今はそれはどうでもいい。
私が落ちたのは、左右に別れた階段が一つになったところだったらしい。
前日に絶対に明日はお父様を見送るとジョゼットに言っていたのにも関わらず、次の日の朝寝坊してしまった私が着替えが終わった頃にはお父様はもう出かける時間になっていた。
階段を下りるときはジョゼットに抱っこされるか手を繋ぐ約束だったのに、どうしてもお父様に会わなくてはいけないのだと、繋いでいたジョゼットの手を振りほどき大階段を駆け下りようとして足を滑らしたらしい。
ジョゼットが上げた悲鳴に振り反ったお父様達の目に映ったのは、私を庇う様に抱きかかえ階段を落ちてくるジョゼットの姿だったそうだ。
「ジョゼット、ぎゅって。ぎゅって」
落ち着いていれば前世の様に話せるのに、わざと拙く話すのではなく感情が高ったせいで私は三歳の子供に戻ってしまったようだ。
言葉が上手く出てこない、それだけでなく胸の奥が苦しくなって涙がこみあげてくる。
我慢しようとしたのに、ぽろりと涙を一粒こぼした後は、もう駄目だった。
「ジョゼットじゃないよ。ミルフィが、ミルフィが」
「お嬢様、泣かないで下さい。どうか、泣かないで」
「パティ、ミルフィーヌは、ミルフィ!」
ドアを開き部屋に入ってきたお母様は、泣いている私を見て駆け寄ってきた。
ミルフィというのは、私の愛称だ。
この頃はまだお母様は私を愛称で呼んでくれていたのか、とそんな場合では無いのに驚いてしまう。
「ミルフィどうしたの? パティこれはどういう事」
「おか、さま、ジョゼットは」
すんすんと鼻を鳴らし、近寄ってきたお母様に抱きつく。
抱きついていいのだろうか、戸惑う心もあるのにお母様に縋りたい気持ちが強くて手が伸びてしまう。
「申し訳ありません奥様。ミルフィーヌ様は階段から落ちたときの事を覚えていらっしゃる様で、母の事を」
「ジョゼット怪我したの? 怪我、痛いの?」
「ミルフィーヌ泣かないで。パティ、怪我の話をしたのね」
「申し訳ございません。お嬢様が母は何故いないのかと気にされたもので。申し訳ございません、申し訳ございませんっ!」
パティが何度も何度も頭を下げる。
パティだってまだ子供なのに、何の非もないのに頭を下げ続けている。
「ミルフィーヌが心配する様な怪我ではないのよ。少しお休みしたら、またジョゼットはミルフィーヌのところに戻ってくるわ」
謝り続けるパティを無視して、お母様は私がいるベッドに近寄ると細い指先で私の頬を撫でながら話し始めるから、パティはもうそれ以上は何も言えず口を閉じるとお母様の後ろに移動した。
「ガスパール先生、ジョゼットを診てくれた? ガスパール先生に、ガスパール先生に」
「ミルフィーヌ」
パティが何を言ってもお母様は聞いてくれないだろう、そう判断した私は精一杯三歳の子供を演じながら状況を確認し始めた。
ジョゼットが誰に見て貰ったのか、そもそも治療を受けているのかそれが気になった。
上級治癒師という立場のガスパール先生は、貴族専門の治癒師で治療費も高い。普通に考えれば使用人のジョゼットでは治療費を払えない。
それでも以前の私の傍で片足を引きずりながら働いてくれていたジョゼットの姿を思い出すと、黙ってはいられなかった。
「ミルフィーヌ。ガスパール先生はね上級治癒師なのよ。ジョゼットでは治療費は払えないわ」
諭すように言われて私は黙るしか無かった。
三歳の私に上級治癒師がどんなものか理解できるわけがないのに、お母様は当然のように上級治癒師や治療費とい言葉を使う。それでジョゼットをガスパール先生に見せることは出来ないと、私に理解しろと言っているのだ。
私には優しい両親も、使用人のジョゼットを上級治癒師に治療させようなどとは思わなかった。
ジョゼットは多分、使用人の彼女が払える程度の治癒師に診て貰っただけなのだろう。
だから、怪我で何日も休み後遺症も残ったのだ。
その未来を知っているのは私だけだ、だったらここで折れるわけにはいかなかった。




