第55話おかしな言動1
「ミルフィ、今日は嫌いなものは入っていないだろう? 食欲が無いのかな」
次の日の朝食の席で私の耳に届いたお父様の声に、私は止まっていた手を慌てて動かし始める。
昨日はあのまま眠ってしまい、気がつけば自分のベッドの中で朝を迎えていた。
お腹はとても空いていたけれど、体が怠くて仕方がない。
本当はそのまま寝ていたかったけれど、昨日の失態を挽回しないといけないから無理矢理に目を開けて着替えを済ましパティに手を引かれて食堂まで歩いてきた。
「ごめんなさい」
行儀よく背筋を伸ばし、スプーンでスープをすくい口へと運ぶ。
玉ねぎと芋を柔らかく牛乳で煮て裏漉ししたスープは、いつも通り口当たりが滑らかだ。
いつもなら大嫌いなパセリが細かく刻まれたものがスープの上に散らばっているけれど、今日はそれは無い。
たっぷりのバターでふわふわに焼かれた卵の側には燻製肉をカリカリに焼いたものが添えられているし、パンには甘いジャムがこんもりと盛られている。
心身共に調子が悪い私にとって、今日の朝食は嬉しいものばかりだ。
「謝らなくていい、具合が悪いのではないか」
「な、何も」
食べ始めてから手が止まっていたのは、考え事をしていたせいだ。
両親と兄様の顔をどんな風に見たらいいのか分からなくて、冷たい目をしてこちらを見ているのではないかと不安でたまらなかった。
今日は絶対に失敗は出来ない、そうしなければ私は昨日以上に両親に失望されてしまう。そう考えていたのに、早速失敗をしてしまった。
「昨日ミルフィ沢山寝たから、いっぱい食べられるの」
スープを口に運び始めたら、急に空腹を感じて来たのは本当だ。
そういえば、昨日は眠っていたせいで夕食を取っていなかった。
体が怠くて気持ちが落ち込んでいたせいで起きたばかりの時は食欲を感じていなかったけれど、体は食事を求めていたようだ。
「ミルフィは夕食を食べていなかったものね」
「ミルフィ、お腹すいてたの?」
スープを飲みこんだ後、パティが一口大に千切ってジャムを付けてくれたパンを受け取り食べる。
キム先生は、私がパンを一切れ食べ終わる前にパン一つ食べ終えそうな勢いで食べている。
魔法使いは健啖家というのは以前の私も噂で聞いて知っていたけれど、キム先生を見ているとそれは噂だけでなく事実だったのだと思う。
「ミルフィ様、頭痛などはありませんか?」
「頭痛?」
私がキム先生を見ていたと気が付いたのか、いきなり尋ねられて聞き返してしまう。
質問を答えずに聞き返すのはあまり行儀が良い行いではないと。礼儀作法の授業でジョゼットに習ったばかりだというのに、私はまた失敗してしまった。
「頭痛という言葉が難しかったですね。申し訳ありません、ミルフィ様。頭は痛くございませんか」
「頭痛くない……と思うけ……」
どうしよう。起きた時に身体が怠かったと言った方がいいのだろうか。
私は昨日魔力の操作が上手く行かずに、多分倒れた。
以前の私は経験がなかったから分からなかったけれど、目覚めた時の酷い怠さは魔力暴走になりかけた後遺症だったのかもしれない。
昨日魔力暴走を起こしかけていた私をキム先生が助けてくれて、その結果私は魔力暴走を起こさずにすんだけれど、私の幼い体は急激な魔力の変化に耐えきれず気を失ってしまった。
魔力を沢山使った後は酷い疲労を感じるものだし、それを考えると今の私の体は魔力を沢山使った後程度には疲労しているのかもしれない。
体の怠さが魔力暴走の影響だとしたら、魔法の師であるキム先生に体の状態をちゃんと伝える方がいいのかもしれない。
「何か気になる事がありますか」
キム先生はあまり表情が変わらないけれど、私を心配しているように見える。
「ミルフィ、いっぱい歩いた時みたいなの」
怠いなんて言葉を幼いミルフィは知らないし、どうやって説明したものかと悩みながら口を開く。
「ミルフィ、その時はジョゼットに抱っこしてもらうの」
これで意味が通じただろうか、それが分からなくてフォークで卵をすくい口に入れながら考える。
理路整然と話すわけにはいないけれど、あまり変な物言いをしたらお父様達が失望しないだろうか、不安でつい視線を下に向けてしまう。
お父様たちがどんな顔で私を見ているのか、確認するのが怖くてたまらない。
「ええと、侯爵夫人これは」
「発言をお許しいただけますでしょうか」
戸惑ったようなキム先生を見かねたのか、私の横に控えていたパティがお父様へと口を開く。
「ああ、許す。ミルフィが何を言いたいか説明出来るか」
「はい。ミルフィ様はまだ体力があまりございません。そのためお庭を散歩されている途中で眠気をもよおされることがあり、その時は母が抱き上げてお部屋にお連れしそのままお休みいただいております」
パティには私が何を言いたいのか分かっているらしく、上手くお父様に説明をしてくれている。
「まあミルフィはまだ三歳だからな。散歩の途中で疲れることもあるだろう。それで?」
「はい、お嬢様は本日目を覚められたばかりの時にお疲れのご様子でした。推測ではございますが、お嬢様は散歩をした時のように今とても疲れているとおっしゃりたいのではないかと」
「ミルフィ、疲れているの? 体が重く感じる? それとも眠いのを我慢しているの?」
兄様はパティの発言の後、すぐに私を案じる様に尋ねてくれる。
「ミルフィ眠くないの。スープ美味しいの。卵も」
「でも疲れを感じているのだろう」
「食べたら違うみたい? ミルフィお食事したかったの?」
お腹が空いたなんて、感じたことあっただろうか。
その辺りの記憶があやふやだけれど、疲れているなら魔法の授業を休みなさいとお父様に言われかねないから慌てて否定して空腹なのだと告げる。
魔法の授業を止められるわけにはいかない、今日こそは完璧に魔力循環が出来る様にならなければいけない。
そうしなければ、きっとまた二人に呆れられてしまう。
二人? あの時あの部屋に兄様とキム先生はいなかったのだろうか、それが分からない。
「魔力暴走をしかけたのですから、酷い空腹を感じてもおかしくはありません。ミルフィお嬢様は過度な空腹を疲れと誤認されているのかもしれませんね」
キム先生は私の顔を見ながら、疲れではなく空腹なのではないかと結論づける。
魔力を回復するには、味が酷い魔力回復薬を飲むか、睡眠、後は食事で回復するしかない。
「そうなのか? 私は魔力暴走を起こしたことはないから分からないが、ガスパール先生に診ていただかなくても問題は無いのだな」
「ええ、食欲はある様ですから、今日も魔力循環の練習をしてもいいでしょう。むしろミルフィ様は早く魔力操作が出来る様になった方が今後を考えるとよろしいかと」
それはどういう事だろう、私が愚かだから、役立たずだから勉強させないといけないということだろうか。
「でも無理をさせるのは……」
「その辺りは十分気を付けますので、セドリック様は体調は如何ですか」
「熱はありませんので、僕の授業もお願いします」
背筋を伸ばしキム先生にそう告げる兄様の姿に、私は自分の出来の悪さを再認識する。
「ミルフィ、ミルフィも授業お願いしましゅっ! ミルフィ、頑張るにょっ」
なぜ焦ると語尾がおかしくなるのだろう、真剣に訴えているのに全員に微笑まれてしまい泣きたくなる。
私は話すことすら満足に出来ない、出来損ないだと泣きたくてたまらなかった。




