第54話目が覚めて知った絶望
声が聞こえる、小さな声が。
意識が戻っているのに、瞼が開かない。
体が重くて、怠くて、眠い。
眠りの前、私は何をしていたのかと思いを巡らせキム先生の授業の途中だったと思い出す。
思い出したその途端、全身が冷え切ってしまう。
私は何をした、何が出来て、何が出来なかったのかを思い出してしまった。
思い出したのに、授業の終わりを覚えていない。
魔法の授業の最初に私たちは検査をしてから、魔力を体内に巡らせる練習をした。
キム先生に誘導されながら始めたものの、私は途中から上手く魔力を制御できなくなった。ぐるぐると魔力が私の体を巡り始めてそれが上手く動かせなくなって、失敗したらお父様やお母様がどう思うだろうと思った瞬間制御が全くできなくなってしまった。
その後、キム先生に助けを求めたと思う。そこまでは覚えている、でもその後が分からない。
私はあの後どうなったのか、両親はあの時私をどんな顔で見ていたのか、それが思い出せない。
「ミルフィは目を覚まさないわね」
「キム先生は魔力暴走を起こし掛けていたと言っていた。私は魔力暴走を起こしたことはないが、あれは酷く体力と精神力を使うというし、魔力暴走を起こすと数日寝込むこともあるそうだ。幼いミルフィなら余計だろう」
自分がどうしたのか思い出そうとしていたら、目を覚まさない私を気に掛けるお母様と魔力暴走について話すお父様の声が聞こえてきた。
さっきから聞こえていた声は両親の声だったのだ。
「数日寝込む、魔力暴走というのは恐ろしいですわね」
「そうだ、キム先生はこのまま静かに眠らせておけば大丈夫だと言っていたが、ガスパール先生を呼んだ方がいいかもしれないな」
お父様の声に、私は自分がなぜ眠っていたかを悟る。
私は眠っていたのではなく、魔力暴走を起こし掛けて気を失ったのだろう。
キム先生が側にいて魔力暴走を阻止してくれた、それで私は助かったのだと思う。
魔力暴走というのは、対処を間違うと死に至ることもあると聞いたことがある。
以前の私は苦しいのも痛いのも嫌で避けていたから、魔力暴走の恐れがある辛い訓練の経験はない。
貴族令嬢や夫人は才能があっても熱心に魔法の訓練はしないものだから、独身時代はそれを良いことに治癒魔法の訓練を熱心に行うことはなく。最低限の慈善活動を治療院でする程度だった。
結婚してから治癒の補助魔法をガスパール先生に習い自分にかけるようになってからはかなり魔法が上達したけれど、そうでなければ私は才能があったのに努力せずになにも覚えられなかった愚か者のままだっただろう。
「ミルフィには治癒魔法の才能があるのですね、生命力もあり魔力量も多い」
「だがセドリックの生命力は弱すぎる程に弱い……」
何の話をしているのだろうと、二人の会話に疑問を覚える。
生命力、魔力量というのは知っている。詳細検査というもので確認できるものだ。
でも私が意識がある時に調べた簡易検査では、そこまで調べられないはずだ。
それとも私には結果を言わなかっただけで実は調べられていて、私が意識を失った後でその話をしたのだろうか。
「ミルフィにもセドリックにも決して言えることではないが、私はさっきミルフィの能力がセドリックにあれば良かったと思ってしまった」
お父様の声に、私の心臓はぎゅっと掴まれた様な気持ちになる。
お父様は今何と言った? 私と兄様がどうだったら良かったというのだろう。
「セドリックはこの家の跡継ぎだというのに、それなのに生命力があんなに弱いなんてあんまりです」
「せめてミルフィの半分でもあれば、違ったのだろうが。キム先生はセドリックに希望はあると言ってくださっていたけれど、あれは気休めだろう」
ドクンドクン。
目を閉じているせいか、余計に自分の脈打つ音が鮮明に聞こえて来てしまう。
これ以上聞いては駄目だと思うのに、瞼は開かず指先すら動かすことが出来ない。
「セドリックでは家を継げない。あれだけ賢い子なのに、これから成長し生命力が僅かでも良くなる可能性はまだあるとはいえ、それは可能性でしかない」
「ではミルフィを跡継ぎにするのですか? あの子を?」
「そうするしかないだろう。ミルフィに次期領主になれるような教育を行うのはかなり難しいと思うが、そうするしかないだろう。ミルフィに婿を取らせ家を継がせ、セドリックには補佐をさせる」
お父様は何を言っているの? 私に婿なんて、お兄様は生きているのに。私が家を継ぐ?
「セドリックの体に負担を掛けるわけにはいかないから、仕方がない。セドリックに無理をさせてあの子を苦しめるわけにはいかない」
耳を塞ぎたいのに出来ない、お父様は何を言っているの。
前と同じ、私が婿を取り家を継ぐなんて、そんなの誰も幸せにならないのに。
「そんなあなた、それではセドリックが可哀想です。セドリックに無理はさせられないとしても、あんなに賢い子なのにあの子にミルフィの補佐をさせるというのですか」
「確かにセドリックは賢い子だ、あの子ならミルフィの能力を持っていても自分で何とか出来ただろう。だが、ミルフィにそれが出来るとは思えない。だから早めにミルフィが跡継ぎにすると届けるんだ。そうすれば……」
跡継ぎの届けというのは、当主に何かあった時誰に跡を継がせるかと前もって国に届けるものだ。
以前は兄様が亡くなるまでは兄様の名前を届けていたのに、どうしてこんな幼いうちに私にしようとしているのか分からない。
「キム先生は、ある程度大きくなればと仰っていましたわ。これから魔法の訓練をして……。ああ、どうしてミルフィなの。この子には過ぎた力よ、持て余すに決まっているわ」
私は出来ない、兄様なら出来る。
つまり私はまたお父様とお母様から見限られてしまったのだろうか、私の能力が兄様にあったら良かったというのはそういうことなのだろうか。
「ミルフィを跡継ぎと届けてしまえば、王家に取り上げらる心配は減る。セドリックが虚弱だからと理由もつけられるから誰も疑わないだろう」
「それはそうですが」
「それにしても、何故ミルフィなんだ、セドリックならもしもそうなら」
王家に何の関係があるというのだろう、取り上げられるってなんだろう。
私という存在をお父様もお母様も見限ったというのに、兄様に能力があれば良かったと嘆きながら何故王家の話なんてしているのだろう。
その理由は分からないけれど、私は自分に絶望していた。
私は努力した、いい子になろうと精一杯努力した。
それなのに、私はまた言われてしまったのだ。
お父様とお母様に、なぜ私なのだろう兄様ではなく何故と。
「見捨てないで、見限らないで」
頑張るから、努力するから。
魔法の勉強も、令嬢の勉強も、死に物狂いで努力するからいい子になるからどうか見捨てないで。
声にならない声で、私は必死に二人へと思いを吐露し続けた。
二人は私を見限ったわけでも疎んじていたわけでも無く、ただ心配していただけだというのに、私は二人の言葉だけを聞いて誤解して、そうして自分を極限まで追い詰め始めたのだった。




