第53話授業を終えて4(キム先生視点)
「ミルフィ様の詳細検査の結果を申し上げます。魔力は最大、現在の魔力量は大。精神力大ですが、現在の精神力は最小、生命力は大、現在の生命力は中です。そして現在覚えていらっしゃる魔法ですが……」
「覚えている魔法? ああ、怪我を治す魔法は覚えているのか……」
侯爵の呟きは、ミルフィ様が無意識に傷を治していたことを言っているのだろう。
私も話を聞いてそれだけを覚えているのだと考えていた。
だが、検査の結果は違っている。これはどう考えたらいいのだろう。
「侯爵が言われた通り怪我を治療する魔法は覚えていらっしゃいます。その他にもいくつか、結果は後で紙に書いてお渡ししますがかなり多いですね」
こんな事あるだろうか、過去の詳細結果を確認した記録を思い出してもあれはあまり役に立たないと思い直す。
普通詳細検査をする者はすでに魔法の勉強を始めてだいぶ経っている、勉強を始める時にこれをするものは皆無だからミルフィ様のように始める前から魔法を覚えているかどうかなんて分からない。
ミルフィ様は治癒師の基本ともいえる魔法の中位、下位をすでにいくつか覚えている。治癒魔法を使う為の補助魔法の名前もあるし、怪我を治すに特化した魔法だけは、恐ろしいことに最上位まで覚えている。
侯爵家の家系が魔法使いの才能に優れているのは、セドリック様とミルフィ様のどちらも魔力量が高い事からも推測できる。
だが、セドリック様は何も魔法を覚えてはいなかった。
魔法の勉強をする前から魔法をいくつか覚えていた人は、宮廷魔法使いの中にもいる。
だがそういう人間は現在の魔力量と精神力どちらも高い者が殆どだし、本人がそうだったと言っているだけだから信憑性がない。なにせ詳細検査でもいつ魔法を覚えたかまでは分からないのだから。
それにしてもミルフィ様は、現在の魔力量に対して精神力が低すぎる。
今魔力暴走を起こしかけたばかりで気を失っているとはいえ、この精神力は低すぎると思う。
彼女が魔力制御が出来ずに魔力暴走を起こしたのも分かるというものだ、魔力量と精神力の釣り合いが取れていなさ過ぎる。
「何故そんなに魔法を? そんな事があり得るのですか。まさか子爵夫人に暴力を振るわれていたせいなのですか」
セドリック様が泣きそうな顔で私に尋ねる。
セドリック様は、自分よりもミルフィ様を心配しているように見える。
この位の年齢であれば、自分より年下の者の能力が高いと言われたら不満を持ってもおかしくないというのに、セドリック様にその様子は見えない。
「覚えているだけで、使えるわけではないということはないのか」
「ある魔法を極めることで、関連した魔法を覚えるというのはありますが、それにしてもこれは多すぎます」
例えば火属性のある魔法が得意でそればかり使っていると、その上位の魔法を覚えたりそれに近い魔法を覚えたりすることはある。でもミルフィ様の覚えた魔法はそういう覚え方ではないように思う。
なにせ統一されていないのだ、病を治すものも怪我を治すものも覚えているし、体調確認の魔法などもある。
ミルフィ様の場合、治癒魔法が使えるようになった理由が自分へ家庭教師が行っていた暴力なのだから、体調確認や病を治す魔法まで覚えている理由が分からない。
「どの魔法が得意とか、これは覚えていても使いこなせないとか、そういうことは分からないのですか」
「今行ったものより更に詳しく調べるには、宮廷魔法師団の中にある魔導具が必要です。それならもっと様々なことを調べる事が出来ますが今以上の血が必要ですから、針ではなくナイフで腕辺りを切らないとなりません。ですからミルフィ様には難しいでしょう」
ミルフィ様の魔法発動の速さを考えると、針がナイフに変わっても採取は難しいのかもしれない。どのみちあの魔道具は宮廷魔法師団の外には持ち出せないから検査は出来ない。
「魔道具以外で確認……例えばミルフィ様が覚えている治癒魔法を実際使って頂き、どの程度使えるのか調べるというのも難しいですね」
「何故ですか」
「健康な者に治癒魔法を使っても効果は分かりません、治癒院なら患者はいくらでもいるでしょうが、幼いミルフィ様にそこで治癒魔法を使わせるわけには行きません」
こんな幼い子供が上位の魔法を使えるとなれば、王家が放っておかないだろう。
何せ魔力量が最大まで増える可能性があるし、魔法の訓練を幼い頃から始めるし、治癒師が使う最低限の魔法はもう覚えているのだから、王家専用の治癒師として王子の婚約者にしてしまおうと動く可能性だって出てくるだろう。
何せミルフィ様は裕福で知られる侯爵家のご令嬢だから、治癒師の能力が低くても王子の誰かと婚約させたいと言い出してもおかしくないかもしれない。
幸い王子は年齢が上だし王子たちにはもう婚約者がいるが、それでも油断は出来ない。
「そんなことさせられるわけがない。ミルフィが道具扱いされかねん。先生このことは」
「分かっております。誰にも話したりしません。ガスパール先生は信用出来る方ですが、どうしますか」
「ガスパール先生なら悪いようにはされないでしょうが、それ以外の者に知られたら、ミルフィが狙われてしまう」
治癒魔法の使い手が育つには、かなり時間が掛かる。
平民は元々魔力量が低く、貴族女性は余程の理由が無ければ訓練を熱心にはしない。
簡易検査だけならミルフィ様も魔力は中としか分からないし、覚えている魔法も簡易検査では分からないから高位貴族家の令嬢なら社交に困らない程度に使えれるなら良い程度にしか周囲も考えないだろう。
男性なら貴族であっても迷宮に入ることも外で魔物を狩ることもする可能性は多いにあるけれど、令嬢は殆ど屋敷の中にいるのだから本人か父親に強い思い入れがあって魔法の訓練を始めない限り、魔法使いや治癒師になることはない。
「ミルフィが狙われる?」
「物理的には無く、婚約相手としてですね」
「王家か神殿、王家なら王子の婚約者、神殿なら聖女か。王家なら王子の婚約者を変えようとしてもおかしくない」
セドリック様と私の問いかけに、侯爵は眉間に皺を寄せ答えてくれる。
そうだ、聖女の可能性もあるのか。
「ミルフィの場合は家庭教師の虐待が魔法を覚えた理由だろうが、そんな事誰も思わないだろう。だとしたら考えるのはミルフィの魔法使いとしての才能だ」
「幼い頃にこれだけ覚えているなら、大人になればもっと凄い魔法を使えるようになるだろうと、きっと誰もがそう考えることでしょう」
実際はどうか分からないけれど、ミルフィ様は魔力量が宮廷魔法使い並みに増える可能性はある。
治癒師の能力に傾いているものは攻撃魔法が使えないものが殆どだけれど、上手く育てば浄化や解毒の上位魔法も覚えるかもしれないのだから、早めに確保して自分の都合よく教育したいと神殿と王家どちらも考えるだろう。
「聖女とは、物語に出てくる?」
「いいや、治癒魔法や浄化等の最上位魔法が使える者を聖人や聖女と呼ぶんだよ。そうなってしまえば家とは切り離されて神殿の最奥に連れ去られてしまうだろう」
「家と切り離される? ミルフィが妹じゃ無くなる?」
みるみるセドリック様の顔が青くなっていくから、私はとっさにセドリック様の手を掴み魔力を診た。
暴走はしていないけれど、手は冷たくかなり魔力が乱れている。
「セドリック様落ち着いて、深呼吸してください」
「キム先生?」
「深呼吸です、セドリック様。落ち着いて、体に負担をかけないで」
セドリック様に声をかけ、魔力を流す。
「数年です、数年隠し続けれられればミルフィ様の能力は目立たなくなります。本人もある程度大きくなれば周囲から隠すことも出来るでしょう」
「守れる?」
何度も何度も深呼吸しながら、セドリック様は私を縋るように見つめている。
私は安心させる様に笑顔のまま、セドリック様の魔力を無理矢理に整える。
「ええ、守れますとも」
やっと温度が戻ってきた小さな手を掴み、セドリック様の魔力の動きを調節しながら、私は面倒なことになったと内心舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。




