第56話おかしな言動2
「ミルフィ、無理はしていない?」
「お兄ちゃま、お兄ちゃまと一緒に、一緒に」
兄様が心配そうに私を見ているけれど、焦れば焦る程私の言動は無様になる。
言葉が上手く出てこない、これ以上両親に呆れられるわけにはいかないのに。
昨日、私の能力が兄様のものだったら良かったと言っていた。
兄様は生命力が弱いから、私を跡継ぎにするしかないのが残念だと、私では駄目なのだと言わんばかりに悲しみ嘆いていた。
私の能力がどんなものだったのか分からないけれど、兄様がそれを持っていたら良かったと思われるものだったものなのは確かだ。
兄様が持っていたらと言うくらいだから、悪い能力ではないけれど持っているのが私だから両親は困ってしまったのだ。それは私が愚かだから使いこなせないと判断されたからなのだと思う。
兄様がそれを持っていたら、きっと上手く能力を使い体の弱い兄様でも十分跡継ぎになれるのにと、きっとそう考えた。だけど能力を持っていたのは私だから、両親は仕方なく私を跡継ぎに兄様をその補佐にするしかないと諦めたのだ。
両親の言葉を思い出すだけで、体が硬直して息が苦しくなってくる。
でもここで辛いと逃げてしまったら、それが一番駄目なことは知っている。
「ミルフィ、頑張るの。勉強するの、絶対に魔法上手く使える様になるから。だから」
見限らないで、兄様の体が弱いから、仕方が無いからミルフィを跡継ぎにするとかではなくて、ミルフィにも当主になれる力があるから、体が弱い兄様の代わりしても心配はないと言って貰えるまで頑張るから、だからミルフィを見限らないで。
「ミルフィ、無理をする必要は無いんだよ。昨日魔力を巡らせる練習だけでも疲労しているのだから、いきなり無理をする必要はないんだ。早めに覚えられるならそれに越したことはないが、無理はしなくていいんだよ。セドリックは体の調子が良さそうだから、今日はセドリックだけでもいいんだ」
お父様は、ミルフィには全く期待していないから、ミルフィには無理をするなと言い兄様には魔法の練習をと言う。
ミルフィは、私はもうお父様に期待されていないの、きっとそうなの。
「ミルフィもするの。お兄ちゃまと一緒にするのっ」
やらなくて良いと言われてしまうのは、私に期待していないから。
そう考えるだけで、体の熱がどこかに行ってしまった様になる。
手足が冷えて、体が冷えて、呼吸するのが苦しくて、温かいスープを飲んでいるのに熱を感じなくなってしまう。
「ミルフィ、興奮してはいけないよ。昨日体に負担を掛けたばかりなのだから」
「ミルフィ、出来るの。ミルフィ、駄目じゃないの」
涙が溢れて来る。
こんな無様な行いは、それだけで両親を呆れさせる理由になるというのに、自分で自分の感情を制御出来ずポタポタと涙が零れ落ちる。
「ミルフィ、いいんだよ。無理をしなくていいんだ」
お父様は痛ましいものでも見る様に、ミルフィを困惑した顔で見ている。
こんな時でも、お父様は私を抱きしめてくれはしない。
行儀よく席に着いたまま、落ち着いた声でミルフィを宥めるだけだ。
私はそれすらしなかった、前回の私は子供達を抱きしめる事なんてしなかった。
今の両親よりももっと私は冷淡だった。
お父様は、食事中に席を立つのを良しとしないだけ、普段であれば私を抱きしめてくれる。
でも私は違った、子供を抱きしめ頬にキスする。
そんな行いをしたことは無かったし、する必要を感じなかった。
でも、子供達を抱きしめ甘やかしていた人はいた。
それは、それは。
「パティ」
「はい、お嬢様」
「パティ、パンを取ってジャムをつけて」
お父様が決めたら今日は魔法の練習はさせてもらえない、せめてこれ以上呆れられないように食事をしなければと気持ちを切り替えてパティにお願いする。
私の隣りに立ち、パンにジャムをつけるパティの横顔を見つめると、キュウと心が痛くなる。
以前の私の子供達を抱きしめ頬にキスをしていたのは、パティだった。
そして、パティの隣にいるのは私の夫だ。
パティと夫は、子供達を愛していた。
私が近寄れない場に、二人は子供達と一緒に居て優しい時を過ごしていたのが急に頭の中に浮かんでくる。
「お嬢様、どうぞジャムを沢山付けました」
「ありがとう」
何故急に思い出したのだろう、子供達の事など以前の私は関心が無かった。
酷い母親だった、私は子供を産んだだけ。
夫にも子供達にも関心は無かった、だって、だって私は……。
「ミルフィ」
「沢山食べたら大丈夫なの。ミルフィ、沢山食べられるよ」
そんな気分ではなかったけれど食事をしなければとパンを口にする。
ジャムの甘み、パンの小麦の甘みが口の中に広がり始めると、途端に酷い空腹を感じた。
パンをよく噛んで飲み込み、今度は卵に手をのばす。
無言で卵もスープもサラダも全部食べたのに、何も食べていないような気持ちになる。
「卵、もっと食べたいの。スープとパンも」
こんな感じになるのは初めてかもしれない。夫人の授業の後、似たような状態になることがあったと思う。
でもここまで酷くは無かったと思う。
「そんなに食べてお腹が痛くなるよ」
兄様が心配するけれど、食欲がおさまらないのだ。
まるで何日も食べていない時みたいに、空腹で仕方がない。
「セドリック様、止めてはいけません。昨日魔力暴走を起こしかけたせいで魔力が大量に消費されていしまい、食欲が増しているのだと思います。侯爵、魔物肉はございませんか」
「魔物肉か……、ミルフィは匂いがきついから好んでは食べなかったはずだが」
私を心配する兄様を制して、キム先生がお父様に魔物肉があるか尋ねている。
魔物肉は以前も今も好きでは無い。
魔物肉は高級品だから好んで食べる貴族は多いけれど、私は独特の匂いが好きでは無った。
「そうですか、では魔牛の乳か魔鶏の卵はいかがでしょう。魔鶏の肉ならあまりクセは強くありませんから、ミルフィ様も召し上がれるのではないでしょうか」
「魔牛の乳か魔鶏の卵、それならばすぐ用意出来る。おい、急ぎでそれで何か作れないか確認を。それからキム殿の焼き菓子用に領地から迷宮品を取り寄せる時に魔物肉も多めに送るよう話をしていただろう、あれに魔鶏の肉は無かったか?」
お父様が給仕に尋ねると、足早に給仕が奥へと向かう。
「魔物の肉や卵は、魔力を多量に含んでいますので回復が早いのですよ。こちらで頂く焼き菓子には沢山使われているので、私も助かっています」
キム先生は食事の後に色々な焼き菓子を食べている。
魔法使いが大食なのは知っているけれど、今の私は魔法使いと同じなのだろうか。
「魔法使いは迷宮産の食材を好むと聞いていたので、キム殿用にと準備はしてたのだが。それはこんな幼い子供でも同じなのですか」
「勿論子供でも同じです、むしろ子供は魔力操作が上手くなくて魔力消費が激しいですから、食事で魔力を回復するのはとても大切です」
今の私の体は魔力が回復していないのか、睡眠でも魔力は回復するというのにそれでも足りないのだろうか。
「魔力回復……では等級が上の魔物の方がいいのですね」
「ええ、魔物の等級が上の物はより魔力が高いです。比較的王都に出回っています魔猪より、キングオークですとか大角魔猪等の方が肉に含まれている魔力は上ですから、なお良いでしょう」
キングオークも大角魔猪も領地の迷宮に出る魔物だった、以前の私に夫がそう教えてくれた記憶はある。
領地に興味が無くても、知識はあった方がいいと言いながら教えてくれたのだけれど、私は領地に興味がないなんて夫に言ったことは無かった。
なぜあの時夫はあんなことをいったのだろう、ぼんやりと考えながら私はパティが差し出すパンをひたすら食べていたのだった。




