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後悔はなんだった?  作者: 木嶋うめ香


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第42話真実はここにあった

「いやっ! ミルフィ、ごめんなさい、ごめんなさい。ミルフィは悪い子です、生まれてきてごめんなさいっ、悪い子でごめんなさいっ。ミルフィは悪い子です、馬鹿な恥ずかしい子供です。ごめんなさいっ!!」


 両腕にある沢山の傷を見て、私は正気を失った。

 ふるふると顔を横に振り、ギュッと目をつぶり謝罪の言葉を繰り返す。

 傷の痛みが私に謝れと迫る、夫人の「謝れ」という罵声が頭の中に響く。

 私が謝らないとこの痛みは増えるのだ、謝っても謝っても終わらない、痛みがどんどん増えていく。

 だから謝らなくては、早くもっと沢山謝らなくては。

 心は焦り、じわりと涙が溢れてくるけれど泣いてはいけない。泣くともっともっと痛みが増える。

 もう、痛いのは嫌、怖いのは嫌だと頭を抱える。


「ミルフィ、生きててごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


 叫び声を上げた私は、その瞬間体から大量の魔力が流れ出るのを感じた。

 流れ出る? 違う、魔力は私の中で使われその瞬間痛みが消えた。

 私の魔力が私の体を駆け巡り、私の傷を癒やしたのだ。


「ミルフィ落ち着いて、謝る必要なんてないのよ」

「ミルフィを愛しているよ。生まれてきたことを謝るなんてしないでおくれ、私達の可愛いミルフィ」


 頭を抱えながら謝罪を繰り返す私を、お父様が抱きしめてくれる。


「打たないでっ! 怒らないで! 許して! いやぁぁっ」


 涙が溢れて、涙が溢れ出て、体が震えて呼吸すらままならなくなる。


「誰もミルフィを怒らないわ。大丈夫、大丈夫よ」


 お母様が私に手を伸ばすけれど私の顔に近付く大人の手に、恐怖でそれを振り払おうとお父様の腕の中でもがく。

 お母様もお父様も、大丈夫と繰り返す。

 でも、頭の中に聞こえてくるのは夫人の罵声だけ。

 

「ごめんなさい。ミルフィ生まれてきてごめんなさい。馬鹿で生きてる価値のない子です。ミルフィは何の価値もない子ですっ」


 お父様とお母様の「大丈夫」の声が、夫人の「生きている価値の無い出来損ないが」という罵声に消されていく。

 夫人の声が「愚かな悪い子は叩かれて当然なのよ」とミルフィを責める。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 早く謝らなくてはいけない。もっともっと謝らなくては夫人に責められる。

 泣くのは我慢しなければ駄目なのだ。そうしないと夫人が定規をテーブルに何度も叩きつけながら、いかに私が駄目な子供か馬鹿な子供かを繰り返し、「謝るのが遅い」とミルフィをせめてまた腕を叩きだしてしまう。

 悪い子は叩かれて当然なのだ、馬鹿な子供は怒鳴られて当然なのだ。


「ミルフィは馬鹿な子です。許して下さい、生まれてきてはいけなかったの。お兄ちゃまだけが侯爵家に相応しいのミルフィは駄目なの。ごめんなさい」


 涙がぽろぽろと溢れて止まらない、泣いたら余計に叩かれると分かっているのに止められない。


「ミルフィ」


 突然兄様の声がして、ベッドが軽く沈む。


「ミルフィは駄目じゃないよ。可愛い僕の妹だよ」


 お父様とお母様と、そして兄様。三人に抱きしめられていると気が付いて私の謝罪はやっと止まった。


「お兄ちゃま?」

「そうだよ。僕だよ」

「お父様、お母様」


 側にいるのは怖い夫人じゃない。私を優しく抱きしめる三人の家族だと気が付いて安堵の息を吐く。


「ミルフィお嬢様、申し訳なかったです。突然傷を見て恐ろしかったでしょう」

「傷、傷なんで?」

「お嬢様が受けていた暴力のお話を聞きましたが、傷が一つも無かったのです。色々な状況を繋ぎ合わせるとお嬢様は無意識に魔法を使っているのではないかと思いましてな。体の記憶を遡ったのですよ」


 つまり傷が本当にあったのか確認したくて、ガスパール先生は魔法を使い私の過去の傷を復活させた。

 暴力を受けていたのに傷が全くないのはおかしいとはいえ、なんて乱暴なことをするのだろう。


「ミルフィ、魔法?」


 ガスパール先生の話し方はやっぱり子供には理解できない難しさがあるから、幼いミルフィが聞き取れたであろう魔法という言葉だけでガスパール先生に尋ねる。

 今の私は以前の記憶があるから魔法が使える。でも魔法を習ってもいない幼いミルフィが無意識に治癒魔法を使い自分の傷を治していたというのだろうか。

 さっき私の魔力は魔法が発動した瞬間に大量に消費されたのを考えると、使ったのは体力で治癒魔法を使う下級魔法ではないだろう。以前の私の体にも傷が無かったのだから、魔法を習う前に幼いミルフィは難しい魔法を無意識に使っていたことになる。

 でも、そんなこと可能なのだろうか。


「傷がないから余計に発見が遅れたのでしょうなあ」


 私が無意識に治癒魔法を使っていなければ、私の腕の傷をお風呂や着替えの時に見つけてもらえていた?

 でも、夫人に叩かれるのを躾だと思い込んでいたミルフィが、理由を話せただろうか。

 分からない、もしも? あの時こうだったら? そんなこと今の私には分からない。


「ミルフィ、申し訳なかったわ。もっと私達が気を付けていればあなたを苦しめずに済んだのに」

「忌々しいあのおん……いや、もうあれの話はいい」


 のんびりと考察するガスパール先生、気が付かなかったことを後悔している様子のお母様、そして夫人に対する怒りに震えるお父様の声を、三人の腕の中で聞く。


「魔法、ガスパール先生。ミルフィは魔法を使えたのですか? 僕よりも小さいのに」

「はい、セドリック様が予想されていた通りです。ミルフィーヌお嬢様は子爵夫人に暴力を振るわれる度に出来た傷を無意識に治癒魔法を使って自ら治療していたのは明らかです」


 ガスパール先生の難しい言い方を兄様は理解したのかわからない。

 ガスパール先生の考えが正しいとしたら、治癒魔法を使えたのが偶然ではなく何度も治癒魔法を使っていたことになってしまう。

 幼い体は治癒魔法を発動できるほどの魔力を蓄えていないはずなのに、ミルフィは魔力切れを起こすことなく治癒魔法を使っていたことになるけれど、そんなことあるのだろうか。

 でもこの体で私はジョゼットの体の状態を確認し、怪我を治療したのだからそれだけの魔力が私にはあるのだ。

 以前の私の記憶があるから魔力量も以前の私と同じくあるのかと誤解していたけれど、そういえば大人だった私の魔力量ほどは今のミルフィの魔力は多くない。

 そのせいなのかどうか分からないけれど、以前の私が覚えていた魔法全部が使えるわけではない気がする。


「ミルフィ、魔法を使って自分の傷を治していたんだね」


 兄様はガスパール先生の説明を理解したらしく、そう言いながら私の頭を撫でた後お母様のハンカチで私の涙を拭ってくれる。

 子供の小さな手だからだろうか、兄様の手は私に近付いても怖くない。


「ミルフィ、こんなに泣いて。もう謝らなくていいんだよ」


 優しく声を掛けながら、兄様はそっと涙を拭ってくれるけれどお母様のハンカチから、またあの不思議な匂いがして、その匂いを嗅ぐとなんだか心がざわざわとしてしまう。

 何かを思い出す、そんな匂いなのだ。

 

「ガスパール先生、ミルフィはこんなに幼いのに魔法を無意識に使うなんて大丈夫なのでしょうか」

「ミルフィは魔法の勉強したことないのに、魔法を使ったのですか? ガスパール先生」

「そうですなあ、ミルフィーヌお嬢様の今の状態を見るにそうだろうとしか言えません」


 兄様の問いに、ガスパール先生は自信なさげに答える。


「ミルフィが今後無意識に魔法を使ってしまうかもしれないのであれば、幼くても魔法の勉強をした方がいいのでしょうか。でもこんなに幼くて理解できるのか……」


 お父様が心配そうにガスパール先生に聞く。

 兄様でさえまだ始めていない魔法の勉強を、私にさせるのだろうか。

 それなら私の望み通りだけど、そんなに簡単な話なのか分からない。


「ミルフィーヌお嬢様は確かに幼いです。でも私は勉強しない方が怖いです」


 ガスパール先生は不思議なことを言うけれど、勉強しない方が怖いというのはどういうことだろう。


「ミルフィーヌお嬢様は、自分の魔力を使ってこれだけの傷を瞬く間に治してしまわれた。治癒魔法というものは、すべての傷や怪我を同じ魔力量で治療するものではないのです。治療しなくてはならない傷があればあるだけ魔力を使うものなのです。つまり小さな傷を一つ治すのと沢山の傷を一度に全部治すのでは、同じ治癒魔法を一度使うだけだとしても使用する魔力量が全く異なるのです」


 相変わらずガスパール先生の説明は子供向けではないし、難しい。

 だけどこれは治癒魔法が使えない人には必要な説明だ、治療する傷の大きさや多さにより使用する魔力量を変えられるかどうか、それが治癒師の力の違いになる。

 小さな傷を一つ治すのも、大怪我を治すのも同じ魔力量で行っては効率が悪い。

 小さな傷一つに、大怪我を治せるほどの魔力量は必要ないしその逆もそうだ。


「ミルフィーヌお嬢様は、先ほどたった一度の治癒魔法で傷を治してしまわれた。私は今日ミルフィーヌお嬢様の頭痛を、ミルフィーヌお嬢様の魔力を使い治療いたしました。その後で私の怪我をミルフィーヌお嬢様は治癒魔法で直してくださりましたが、その時魔力切れになりかけ下級魔力回復薬をお飲みいただきました」


 そうだ私はさっき魔力回復薬を飲んだばかり、あれは下級のものだったのか。

 薬の下級、中級、上級は魔力回復薬の場合、魔力の回復量と回復速度で決められている。下級であれば気休め程度の回復しかしないし、回復速度も遅いというより徐々に回復していくと言えばいいのだろうか。

 

「下級魔力回復薬は、本人の魔力量の一割程度を回復すると言われております。飲んですぐに回復するのではなく、だいたい半刻程度をかけて一割を回復します。つまりミルフィーヌお嬢様の魔力は魔力総量の一割以下だったということです」


 その辺りが魔力回復薬の不思議なところだけれど、魔力量が多い少ないに関係なく下級魔力回復薬はその者の魔力量の一割程度を回復するものらしい。

 難しいことは分からないけれど、そういうものだと以前の私はガスパール先生に教えられている。

 

「ミルフィーヌお嬢様はご自分の魔力が一割以下の回復しかしていないのにも関わらず、あれだけ沢山あった傷に治癒魔法をかけられましたが、魔力切れを起こしておられないどころか魔力切れを起こしかけていもいません」


 魔力切れになりかけた場合、体が怠くなくなり先ほどのように自分で体を支えられなくなる。でも今皆に抱きしめられたままとはいえ私の体に魔力切れの症状はない。

 

「それはつまり、どう考えたらいいのでしょう」

「魔力量が元々とても多い、または魔力の回復がとても速いのどちらかでしょう」


 魔力回復が速いなんてこともあるのか、私はどちらなのだろう。


「ミルフィーヌお嬢様は無意識に魔法を使っておいでです。魔力は魔法を使えば使う程増えるものですが、使わなかったとしても年齢が上がるにつれ体が成長することにより増えていきます。ミルフィーヌお嬢様の場合は体の成長ではなく魔法を繰り返し使うことにより魔力が増えたものと思われます」


 ガスパール先生の話を聞いているうちに、私を抱きしめる腕の力が強くなっていく。

 こんな風に誰かに抱きしめられたこと、以前の私にはあっただろうか。

 ジョゼットやパティが私を抱き上げ歩くことはあっても、それ以外でこんな風に私に触れてくれる人は誰かいたのだろうか、それが分からない。

 

「ミルフィーヌお嬢様は魔力の正しい使い方を習って魔法を覚えたのではありませんし、今魔力量がどれだけあるのかも分かりませんが、同じ年齢の子供に比べたら相当多いのは予想できます。ですから魔法を学ばせずに放置しているのは良くありません」

「良くないというと」

「何かのはずみで魔力暴走を起こすかもしれません」


 魔力暴走。それは前回の人生で魔法を習う際に、何度も繰り返し怖ろしさを教えられた。

 魔法を使うには自分の魔力を自由自在に扱える様に、魔力循環というものを覚えないといけない。これをおぼ得られないといくら魔力が多くても、上手く魔法を発動できないし威力の調整も出来ない。

 治癒師の場合、小さな傷を治すのに大量の魔力を使ってしまったり、小さな傷すら治せなかったりする。

 その程度であれば問題ないけれど、例えば小さな効果の火の攻撃魔法を使おうとして、魔法を発動する時に大量の魔力を使ってしまい魔法の暴発を起こすかもしれないのだ。

 だから魔力循環を覚えるのが、魔法の基本になる。

 そして怖いのが魔力暴走だ。

 魔力暴走は自分の魔力が制御できなくなり、自分の魔力が自分自身を攻撃してしまう。 

 

「そんな……それでは急いで魔法適性を調べて、教師も探さないと」


 ガスパール先生の心配を聞いて、お父様が瞬時に教師を探すと決めた。

 それはつまり、私は魔法を学べるということだ。


「お父様、僕も一緒に習います」

「お前もか、まあ妹だけ習わせるわけにもいかない。ミルフィはまだ外部の教師は恐ろしく感じるだろう。お前は妹と一緒に魔法を習えるかい? セドリック自身の勉強は減らせないが、それでも良いと言うなら一緒に勉強できるように教師に依頼しよう」


 まさか、魔法だけ兄様と一緒に勉強できる? そんな嬉しいことがあるだろうか。

 お父様の言葉に茫然としていると、兄様は何かを決意した様に口を開いた。


「僕はミルフィと一緒に魔法を勉強します。ミルフィが魔力暴走したりしない様に僕が守ります」


 体の弱い兄様が、ミルフィを守ると言ってくれ、それだけで私は胸が一杯でになってしまったのだ。

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